14.お前のような魔王がいるか
「魔王、この一手で貴様の敗北は決まりだ」
「ふうむ……さすがは闇の帝王、クラヤミ総帥。歴代魔王の中で随一の知略家と呼ばれる余を、ここまで追い詰めるとは」
クラヤミ総帥こと黒間無音は、本拠地の自室で一人の男と真剣な表情で向き合っている。
魔界の人間独特の特徴である尖った耳に、青空のように透き通った水色の長髪。
整った顔立ちと涼やかな雰囲気は、〝美青年〟という言葉がまさにぴったりだ。
魔界の現国王、サマワート=ラズワルド。
〝天帝〟という異名を執る、【風の塔】で最も優れた魔法使いでもある。
そんな大人物は今、端正な顔立ちを苦々しく歪ませながら、クラヤミに向かって驚愕と礼賛の言葉を口にする。
「こちらの交代を読んで交代を行い、戦局の決定権を押さえ込むとは、大した戦略眼だ! せっかく大臣達に手伝わせて個体値を厳選したというのに、余の軍勢がこうも簡単にあしらわれてしまうとは」
「いや、このゲームの対人戦では常套戦術だ。単なる経験と研究の不足だろう」
クラヤミは大げさに溜息を吐きながら言う。
魔王サマワートとクラヤミ総帥が互いに手にしているのは、事もあろうにこの世界で老若男女問わず遊ばれている、あの携帯ゲーム機だ。
魔王サマワートは中でも「魔獣を使役して戦わせるとは面白い」と、あるソフトにかなり熱中している。魔界に攻略本ごと持ち帰って魔獣の育成に熱中していると、以前アスィファがため息混じりにこぼしていた。
そう。サマワートは〈ライブリー・ブルー〉ことアスィファの父親であり、彼女をこの世界に留学生として送り込んだ張本人でもある。
「なあ、魔王よ。普通こういう場面では、ワイン片手にチェスなど打っているのが定番だとわしは思うのだが」
クラヤミは魔王にふと声を掛けてみる。魔界の王と悪の総帥が、携帯ゲームに熱中しているという光景はあまりに見栄えが悪い。
だが当のサマワートは、目線を画面に注ぎ込んだまま、つまらなそうに言葉を返す。
「ああ、チェスか。以前、この世界の人間から教わったな。あのような盤上の遊技ならば、魔界にも似たようなものがある」
「どうせなら、次からはああいったもので勝負しないか?」
「余は絶対に嫌だ! せっかくこちらの世界に来ているのだ。こちらの世界でしかできぬ遊びに興じたい。そうそう、最近は〝かくげー〟というものに興味があるのだが、何か良さそうなものを推薦してくれんか」
「……魔王、暇だな」
「余の治世と人選は完璧であるからな。本国のことは大臣連中に任せてある。今はこうした、この世界との外交の方が重要だ」
贅沢な料理や歓迎の儀式などではなく、ゲームの対戦相手をつとめるだけで上機嫌になってくれるのだから、ここまで安上がりな接待もない。
文化が違い過ぎるおかげで、ある意味助かったとも言える。
「だが、どうしてその相手がわしのような秘密結社の総帥なんだ」
「決まっておろう。貴様の方が話していて面白い人間だからだ。ゲームも色々と貸してくれるしな」
「やはり、あくまで目的はそちらというわけか……」
クラヤミは頬の端に小さく笑みを浮かべ、いかにも悪の総帥らしい意地の悪そうな口調で魔王に問いかける。
「……そろそろ本音を出したらどうだ、魔王サマワート。貴様が興味を抱いているのは、このゲームという機戒の〝中身〟の方だろう?」
「それはそうだ。面白いからな」
「とぼけるな、わしが言っておるのは、半導体とその利用技術の方だ」
サマワートはほんの一瞬、きょとんと目を丸くする。
そして次の瞬間、青年のような顔貌に少年のように純粋な笑いが浮かびあがった。
「ははは、バレていたか! さすがは余の盟友、実に慧眼だ!!」
「以前から不思議だったのだ。魔界とこの世界の人間に、知能レベルには全く差が無い。むしろ、魔界の人間の方が優れておるぐらいだ。だが、魔界の技術は格段に遅れている」
「そもそも魔界には、この世界のように〝人類の国〟がいくつもあるわけではない。魔獣に亜人、竜族と外敵には事欠かない。そうした多種族と戦うのに必死で、魔界の技術は一向に進歩がない」
「だが半導体の技術がいかに有益か、気が付く程度の科学水準はあったようだな」
「ああ、感服としか言いようがない。これだけ有益な技術が、児戯にまで利用されているとは。お前は余を『暇だ』と言ったが、余に言わせればこの世界の人間は暇を明かすために粋を尽くしすぎている」
魔王は携帯ゲーム機を色んな角度に回転させながら、しげしげと見つめている。
普通の魔法使いが一分も使って行う詠唱の行程も、集積回路があれば一秒と経たず終えることができてしまう。
軍事的に言えば、火縄銃で撃ち合いをしている人間の目の前に、いきなり自動小銃を手渡して見せたようなものだ。文字通り、彼の中で世界が変わってしまったのだろう。
「トランジスタの原形……確か、ゲルマニウムと言ったか? 【土の塔】の魔法使いたちは、とっくにあれの利用価値には気づいていたらしい。地質と鉱物の研究は彼らの得意分野だ。だが連中は、他の塔を出し抜くためにその発見をひた隠しにしてきた」
クラヤミは――無音はふと、つい先刻目にしたアスィファを狙った刺客、土人形の魔法を使う少女ビラウラのことを思い出す。
アスィファは彼女が【土の塔】の出身の魔法使いであることも、その狙いが自身の持つ機戒杖――半導体技術と魔法技術を組み合わせた、画期的な武器であることも。
「こちらの世界との〝門〟が開いたとき、連中はさぞ驚いたろう。数十年かけて秘密裏に研究してきた技術の完成形が、いきなり目の前に現れたのだからな」
サマワートは屈託のない笑みを浮かべながら言う。おそらく【土の塔】が隠れて半導体の研究を行っていたことは、最初から知っていたのだろう。
「だから貴様は独自にこの世界の技術を調べるために、娘を留学生として送り込んだわけか。自分の娘まで手駒にするとは、魔王と呼ぶに相応しいな」
「いや、他にも理由はある。あの子なら自分の身を守る程度の魔法はこちらの世界でも使えるし、何よりこの世界の人間は〝魔法少女〟という存在を神聖視している。今後国交を結んでいくことを考えれば、やはり第一印象は大事にしておきたかったのだ」
「なるほど、つまりは好感度稼ぎか」
「ああ、そうだ。控えめに言ってその企みは成功している」
「なるほど、【自警団】に参加させていたのもその為だったか」
「それについては本当に済まない。余の娘が、君の世界征服の邪魔をしてしまって」
「ちっとも謝っているような顔には見えんな」
魔王は拝むように手を前に出して、ぺろっと舌を出しながらクラヤミに詫びる。
口調こそ「魔王っぽく」しているが、中身は見た目相応の青年じみたものだ。
意外に影内あたりと会わせてみたらウマが合うかも知れない。
「とにかく、貴様ら魔界がこの世界の半導体技術を〝狙って〟いることは承知した。だが、どうやってそれを手に入れる? 奪うか、分け与えられるか。究極的にはその二択だ」
「それだが、余はあくまで平和的に分けてもらいたいと考えている。だが、魔界の方からこの世界に返せる価値はそれほど多くはない」
「だから奪った方が早い――魔王としては、そういう考えなのか?」
「いや。魔界の王とはいえ、余は〝魔界そのもの〟ではない。出来ることと言えば精々、余の意向に従わぬ者達を一族郎党縛り首にする程度だ」
「初めて貴様の口から、魔王らしい言葉を聞いた気がするぞ」
「ははは、今のは冗談だ。余が本当に消すつもりなら、見えないところで事故に見せかけて静かに行う。粛正などしては民衆の好感度を下げるだけであるからな」
どこまでが冗談とも知れない魔王の言葉に、クラヤミは少しぞっとするものを覚える。
気さくな口調で談笑などしているが、相手は腐っても一国の王。しかも権謀術数と人心掌握を武器とする、自他共に認める知略派だ。
さすがはあの、〈ライブリー・ブルー〉を育てた父と言っても良い。
「つまり魔界には、二つの派閥がある。この世界の技術を力によって奪うか、交易として平和に手に入れるか。それで、どちらが多数なのだ?」
「現状では半々といった所だ。〝門〟の数が増えるに従って、この世界のマナも増加し続けている。武力的な格差はあと一年もすれば是正されてしまうだろう」
逆に言えば、魔界の人間が攻め込む準備を終えるのは時間の問題とも言える。
サマワートが娘のアスィファを送り込んだのは、その濃さの程度を測る試験紙的な意味合いもあってのことだろう。
「だが、そんな話をわしにしてどうする。わしは所詮、世界征服を企む秘密結社の首領だ。外交的取引がしたいのなら、この国の代表とでもやるがいい」
「そう、そうなのだ。余もまさしく、それを考えて貴様と話をしにきた」
魔王サマワートは椅子から勢いよく立ち上がると、クラヤミの手を取ってぎゅっと握り締めながら、まるで友達に頼み事をするような気楽さで言い放った。
「ひとまず貴様、世界征服の手始めとしてこの国を手に入れてみないか?」
「……は?」
「そしてこの国の代表となった貴様と余の間で、改めて取引をしよう。どうだ、名案だとは思わぬか?」
まさか、魔界の王から世界征服を勧められることになろうとは。
あらゆる方面から逃げ道を塞がれていく自分の現状を、黒間無音は憂うことしかできなかった。
繰り返しになりますが当作品のジャンルはSFとなっております。
ちなみに僕は電子工学めっちゃ苦手です。




