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13-2.藍は哀より青く


「やあ、スイファちゃん。探したよ、こんな所に居たんだ」

「無音先輩、嘘がお上手ではないんですね」

 何気ない様子を装って声を掛けようとした無音に、冷然とした声が応じる。

 思いも寄らない返しに驚いていると、アスィファはにこやかに笑いながら続けた。

「さきほどからそこで、見ていらしたんでしょう?」

「えっと……ごめんね。なんだか立て込んでたみたいだから、声かけづらくて」

「ご心配おかけして申し訳ありません。ですが、もう済みましたから」

 アスィファはぺこりと小さく体を折りたたんで頭を下げる。

 二人の間には、一本の線が走っている。先ほどアスィファが魔法を使用した際、竜巻が地面の土や草を吹き飛ばしたことで生じた風の跡だ。

 目を懲らさなければ見えない、曖昧な一本の境界線。

 二人は互いに、その線の向こう側へ踏み込めないでいる。

「さっきの魔法使い……スイファちゃんと同じ、魔界から来た人なんだよね」

「ええ。近頃は世界のあちこちで〝門〟が開いていますから、こっそりこちらの世界に来る方もいらっしゃるみたいで」

「そうだね。お互い違う国みたいなものだけど、港とか関所みたいなチェックする場所がないもんね」

「お父様も勝手に門を通らないようにと何度も警告しているんですが……こちらの世界のご迷惑になってはいけませんし」

 つまり言ってしまえば〝密入国者〟なわけだが、分かっていてもお互いその言い方はしない。

 そもそも魔界の国王の娘――つまり王女であるとはいえ、アスィファ自身も同じ〝他の世界から来た人間〟なのだ。

「でも、さっきの魔法使いはスイファちゃんのことを狙ってきたんだよね?」

「……そうですね。私が一人のときを狙ってきてくれて助かりました。蓮花先輩たちを、私の国の事情に巻き込むわけにはいきませんから」

「巻き込むだなんて……そんな言い方したら、蓮花さんきっと残念がるよ」

「ええ、蓮花先輩は優しい人ですからね。でも、無音先輩が〝黙って見てくれていた〟のも、私は同じぐらい優しいことだと思います」

「僕は……ただ、臆病なだけだよ」

 きっと通りがかったのが無音ではなく蓮花だったら、おそらくアスィファを助けようとして止めに入ってしまったことだろう。

 だが当人にしてみれば、先ほどの魔法使い――ビラウラは、あくまでアスィファを狙ってきただけだ。こちらの世界の事情とは、本来関係がないし下手に手を出すとややこしいことになる。

 敢えて手を出さない、知らないふりをする。

 そうした気遣いは、互いを傷つけることはないが、踏み込めない一線をふとした拍子に生じさせてしまう。

「無音先輩は、私が【自警団】を辞めることを、止めるためにここまで探しに来てくださったんですか?」

「ううん。僕が今さら何か言ったところで、スイファちゃんの決意が変わらないのは分かってる。でも、一つだけ聞いておきたいことがあって――」

 無音は、手をすっと上げるとアスイファを真っ直ぐに指刺す。

「――君は、何の為に〈ライブリー・セイバーズ〉に入ったの?」

「えっ? それは、蓮花先輩に誘われたからで……」

「違うよ。それはただの〝きっかけ〟だよ」

「お父様にお尋ねしたら、『ぜひやるべきだ』と勧めていただいたからで」

「それはただの後押しだよ。〝君〟が、始めようと思った理由を、僕は聞きたい」

 無音は、言葉を続けながら一歩一歩、アスィファに歩み寄ってくる。

 見えない一線を躊躇なく跨ぎ、少女の目の前までくると、突き出した人差し指を胸に触れるか触れないかの寸前でピタリと止める。


 君のその胸に問いかけているんだ。


 無音は言葉もなく、目をじっと見つめることでその思いをアスィファに送る。

「君の正義は、君の(ここ)にあるの?」

「……くすっ、無音先輩。まるで、蓮花先輩みたいです」

「僕もたまには、頼れる先輩らしくしてみようと思ってね」

「ありがとうございます。でも、今言った言葉は私の全てです」

 アスィファは無音の手を掴むと、自分の胸に向かって急に引き寄せた。

 手の平がぴったりと胸に触れ、制服越しにじんわりと少女の温さと柔らかさが無音に伝わってくる。

 今はこんなことに動揺している場合ではない。分かっていても、動悸は早まるばかりだ。

「私がこの世界の人たちのために何かをしたいのも、お父様の役に立ちたいと思うのも、全て私自身が願った、私の胸(ここ)にある確かなものです」

「そ、それならいいんだけど……」

「でも、それは私の個人的な感情で、わがままなんです。無音先輩の仰る通り、ここに正義と呼べるものは無いんだと思います」

 自分の正義を持つということは、自分の正義と世界をどう関わらせていくかの問題だ。

 衝突すれば世界を変えようとする者もいる。自分の正義を変えることもある。衝突や摩擦などにとらわれず、己の正義をただ貫く狂気と紙一重の人間も居る。

 だがここは、アスィファが本来居るべき〝世界〟ではない。

 だからこそ、彼女の正義はこの世界と関係できていない。空っぽなままなのだ。

「君の正義は、君が生まれ育った世界のものなんだね」

「いいえ……それは、違います。私は自分が生まれ育った魔界も、温かく迎えてくれたこの世界も、どちらも大切なんです。だから、私は……」

 アスィファは自分の胸に押し当てさせていた無音の手を、そっと放す。

 一歩分、後ろに距離を取ってから、アスィファは急に明るい口調になって問いかけた。

「無音先輩。もしも、もしもですよ?」

「えっ、なに? スイファちゃん」

「先輩は……もし魔界が『実はこの世界を侵略しようと企んでいる』って言ったら、どう思います?」

「それは……面白い冗談だね」

 じわりと、無音の心の奥にある深い暗闇の底から声がする。


――この哀れな少女は、お前と同じだ。


 うるさい。誰が哀れなんだ。

 心の内から聞こえてくる声を退けつつ、無音はアスィファに合わせて明るい冗談めいた声で答える。

「お話としては面白いけど、ちょっとリアリティがないかな」

「やっぱり、冗談としか思えませんよね?」

「確かにこの世界には、魔界には無い〝もの〟がたくさんあるし、それを欲しがるのは理解できるよ。でも、魔界がこの世界の侵略を企んでいるとしたら、そのお姫様が留学生としてやって来て、しかも正義の為に戦ってるだなんて思わないよ」

「でも、それも全て、『そんなはずない』と思わせるための作戦だったとしたら?」

「だとしても、魔法使いの魔法はこの世界じゃ本来の威力が出せないんじゃ、返り討ちにあっちゃうんじゃない」

「ええ、そうですね。〝今はまだ〟、風が通っていませんから」

 アスィファはにっこりと微笑みながら答える。

 そう、この世界には魔法の元となるエーテルがかなり薄い。

 だが、通気口となる〝門〟が増え続けていけば、魔界から多くの空気が流れ込んでくる。

 いつか魔界とこの世界の空気が平衡化されたとき、今の話を笑い飛ばせるだろうか。

 〝小さな土人形〟しか召喚できなかった先ほどのビラウラも、いつかは当人が言う通り〝城塞を破壊できるほどの土人形〟を召喚できるようになるかもしれない。

「ありがとう、スイファちゃん。とても面白い冗談だったよ」

「はい。とっておきのジョークのネタなので、皆さんには秘密にしておいてくださいね」

「ああ、もちろんだよ」

 二人は短い挨拶を交わして、その場を別れることにした。

 無音はスイファと別れたあと、無言で携帯電話を取りだし耳に押し当てる。

 一度目の着信音が鳴り終わるより早く、すぐさま声が返ってきた。

『総帥、どうされたのですか?』

「参謀。至急、話がしたい相手が居る。すまんが呼び出してくれんか」

『あの……それはもしかして、〝魔界の国王〟ではないですか?』

「ああ、そうだ。よくわかったな。魔王の奴と話がしたい」

『はい。実は、こちらかもその話をしようと思っていて……』

「どういうことだ? 話が見えんぞ」

『実は今、この本拠地(アジト)に〝魔王〟が突然いらっしゃったんです。なんでも、久しぶりに総帥と話がしたくなったとかで……』

「本当に暇だな、あの魔王は……まあいい。わしの部屋に通しておいてくれ」

『いえ。それが既に、勝手に総帥の部屋に上がり込んでしまわれて……』

「……本来なら怒るべきところだが、話が早くて今回は助かった。そのまま待たせておいてくれ」

 無音は通話を終えて携帯をしまおうとしたとき、ふと一つの違和感を覚える。

 携帯電話をしまおうと開いた鞄の奥に、黒い仮面が収められているのに気づいたからだ。

「あれ? 今、僕、仮面つけてなかった……?」

 別に変声器が仕込んであるわけでもない。被ると性格が変わる装置が取り付けられているわけでもない。

 電話なら顔を合わせることもないのだから、仮面を被る必要など最初からどこにもない。

 当たり前の事実だと分かっていながら、無音は胸の奥に微かな震えを感じるのだった。


『今週のちょっとどうでもいい話』

魔法関係の設定は、以前「異世界転生モノ」を書いてみようと思って設定だけ考えて挫折したときのものを流用しています。

本当にどうでもいい話だ。

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