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12.この世で一番弱いものは何?

 鳴矢は街の外れにある弓道場で、一人弓に手を掛けていた。

 この弓道場は【久遠流道場】という道場の一角にあるもので、鳴矢自身も昔からずっと通っている。

 特に弓道に限定した道場というわけではない。広い敷地内には柔道場や剣道場、様々な武道を教えるための施設が存在する。通っている子供達は、自分の好きなように好きな武術を習うことができるという仕組みだ。

 この道場の師範は、普通の子供達と一緒にスポーツや武道を学ぶことが許されない超能力者の子供達のためにこの道場を作った。

 師範本人は元警察官で、様々な武道やその対処に通じてはいるが、特に何か一つの武道に精通しているわけではない。

 そもそも常人には不可能な動きを可能とする超能力者たちに、普通の人間と同じ武術を教えても意味が無い。門下生たちは毎日のように我流の新技を編み出し、その技に〝久遠流〟の名を付ける。

 鳴矢が戦闘時に使う技の多くも、この道場で師範と共に開発してきたものだ。

 高校に入り自警団の活動を始めてからは通わなくなったが、何か悩みがあるときや気分転換をしたいとき、今でもふらっと気まぐれに立ち寄ることがある。

「……駄目ね、全然集中できてない」

 鳴矢はつがえた矢を弓から放つと、大きくため息を吐いた。

 〈念動力〉による軌道修正を行っていない、自分の腕だけで放った矢は、的に当たることすらなく、見当違いな場所に突き刺さってしまう。

 日頃は疎ましく思っている自分の能力だが、やはりそれが無ければ何もできないという事実は変えようがないらしい。

「鳴矢、やっぱりここに居た」

「ぎゃっ! ……なんだ無音か」

 かわいらしさの欠片もない、尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げて鳴矢は振り返る。

 声がした入り口の方を振り返ると、幼馴染みの同級生、黒間無音の姿があった。

「アンタ、鈍くさいくせに、ほんと捜し物は昔から上手よね」

「そうかな? 他に行きそうな場所が思い付かなかっただけだけど……」

「何よそれ、アタシの行動が単純だって言いたいの?」

「ちょっと鳴矢、人に弓を向けるのはまずいよ!」

「大丈夫よ。今日のアタシ、調子が悪くて全然当たらないから」

「打つ気はあるの!?」

 慌てふためく無音の姿をひとしきり楽しんだ鳴矢は、くすっと笑みを零しながら弓を静かにおろす。


――そういえば。


 この情けない気弱な幼馴染みとの出会いも、そもそもとある〝捜し物〟が原因だった。

「ねえ、無音……アンタさ、覚えてる? アタシとアンタが、初めて会ったときのこと」

「うん……確か、靴のことだよね」

 言いにくそうに表情を曇らせる無音に対し、鳴矢は明るい表情で言葉を返す。

「そうそう、あの小学生のときの〝靴隠し〟ね。ほんとアレ、いたずらとしてはチャチだけど、やられると思った以上にヘコむのよね」

 暗い雰囲気にならないようにと、鳴矢は必要以上に明るい口調を努める。

 鳴矢という超能力者の存在が、今ほど世間に受け入れられていなかった頃。

 彼女は、いじめられっ子な無音と同じかそれ以上に、嫌がらせや悪戯の対象にされることが多かった。

 下駄箱から靴を盗んで隠すという古典的な悪戯は、いじめの方法としてかなりポピュラーで、古くから今まで廃れることのない文化の一つだ。

 だがやられる方が受ける精神的なダメージは、その簡単さに比べて意外と大きい。

「すぐ見つかればいいけど、全然見つからなくって、どんどん気分が滅入っちゃって……でも、アンタが見つけてくれた」

 幼い鳴矢が、泣きそうになりながら隠された自分の靴を探していたとき。

 「もしかしてこれは君の靴?」と声を掛けられたのが、黒間無音との初めての出会いだった。

「まあアレは、僕も自分の靴探してて、偶然見つけただけなんだけどね……」

「そうそう! ほんと間抜けよね。アタシあの話聞いたとき、ほんと笑っちゃった」

「まあ、いじめる方って結構単純だから、靴を隠す場所って大体パターンが決まってるんだよね。だからいつも隠されてる場所を順番通りに見て回ってただけだよ」

「アンタってほんと、〝いじめられ慣れし〟過ぎよね。あまりに可哀相すぎて、自分が落ち込んでたことなんて忘れちゃったもの。その点については感謝してあげるわ」

「こっちこそ。あの後、一緒に僕の靴探してくれたの、感謝してるよ」

「確かに、給水塔の上なんて、無音一人じゃ絶対に取れなかったものね」

「そうそう。鳴矢が超能力で飛べるおかげで、本当に助かったよね」

「今思うと、アタシが自分の能力を人助けに使ったのって、アレが初めてだったわね」

 そうなのだ。

 靴を隠されたと気づいたとき――自分が誰かに悪意を向けられていると知ってしまったとき、まるで自分以外の世界中すべてが敵のように思えた。それが辛かった。

 だが、自分以外にも同じような目に合っている人間が居る。

 そして、落ち込んだり自棄になったりすることなく、明るく前向きに生きている。

 鳴矢にとって無音は、幼馴染み以上の存在――言わば、初めて巡り会えた同志だった。

 超能力を持つか否かという違いはあるが、それは本当に些細な違いに過ぎない。

「それでさ、鳴矢……やっぱり〈ライブリー・セイバーズ〉を抜けるつもりなの?」

「アンタが追いかけてきた理由はそれ? そりゃそうよね。アタシが抜けたら、アンタの大好きな〝蓮花さん〟が悲しむもんね」

 鳴矢は敢えて名前の部分を強調した言い方で、無音にずいっと詰めよる。

 図星をつかれたのか、無音は珍しく慌てふためいた様子で言葉を返す。

「い、いや、そうじゃないよ! 一人のファンとして、チームの解散は残念だし、できれば鳴矢自身のためにも続けて欲しいと僕は思ってる」

「私自身のために、か……確かにそうよね」

 鳴矢はすっと声の大きさを落とすと、今まで誰にも話したことがなかった、一つの本音を口にする。

 それは、無音以外には絶対に言えない、言うべきではない懺悔にも似た告白だった。

「本当はアタシ、あの〈SILENT〉って組織のこと、実は嫌いでもなんでもないのよね。むしろ、『ありがたい』と思ってるぐらい」

「……〝正義の味方〟が、〝悪の組織〟の存在を喜ぶの?」

「なに怖い顔してんのよ? いつも言ってるでしょ。アタシは〝正義の味方〟なんてものは名乗らないし、そんなものにはなれない」

 鳴矢は同志と認める幼馴染みの顔を、じっと真剣に見つめる。

 決して誤解されたくはない。だが、それ以上に誤魔化すこともしたくない。

 きっと無音なら理解してくれる。そう信じて、不安を抱きながら言葉を続ける。

「アタシが戦ってるのは、アンタやアタシみたいな〝弱いもの〟の為よ」

「弱い者……? 僕や鳴矢が?」

「あたしが超能力を使って敵を倒せば、世間は超能力者(あたしたち)のことを良く思うようになってくれる。もう誰も超能力者だってだけで、いじめられたり差別されたりしないような世界になる――」

「そうだね。事実、そうなってきてると思う」

「だからアタシは、そのチャンスをくれた〈SILENT〉のこと、本当は有り難いと思ってたの。もちろん、チームに誘ってくれた蓮花(バカ)のことだって、ちょっとぐらいは感謝してるけど」

「【修正自警法】があろうとなかろうと、きっとそれは続けられるよ」

「ううん。今は大丈夫だとしても、いつかは結局『弱い者をいじめる側に回れ』と言われる日が来るわ。アタシにとって戦うべき敵は、アタシ自身が決める」

「そっか……鳴矢は、本当に強いよね。僕みたいに、自分では戦えない人間と違って」

「やる前から諦めてるんじゃないわよ。アンタももっと、強くなれるように鍛えるとか、何かやって見返してやろうとか、そういう方法を探すことに頭使いなさいよ」

「……そうだね。僕は、捜し物ぐらいしか取り柄がないからね」

 黙って言葉を聞いていた無音は、突然顔を上げると鳴矢の両肩をぐっと掴んだ。

 その力の強さに驚く。

 今までひ弱とばかり思っていたが、彼もいちおう男なのだ。腕力は自分に比べてずっと強いし、手だって小さい頃のままではない。

 幼馴染みの思わぬ〝男〟を意識してしまう鳴矢に、無音の顔がぐっと近づいてくる。

 あと少し踏み出せば、鼻と鼻が、唇と唇が触れあってしまいかねないような距離だ。

「分かったよ、鳴矢」

「えっ……分かった? 何、何の話!?」

「鳴矢の〝強さ〟は、僕が守るよ」

「守る……? な、何言ってんのよ!? アンタに何が出来んのよ!!」

「えっと、その、法律がなくなるように、何か頑張るとか……」

「いいんじゃない? 署名集めでもなんでもすれば。ていうか離れろ! 近い!!」

 鳴矢はツインテールの髪束を鞭のようにして、肩を掴んできた無音の手を叩き飛ばす。

「い、痛いよ鳴矢! もしかして、能力の強さが成長して上がってきたんじゃない? 手首吹っ飛ぶかと思ったよ……」

「あ、ごめん。ちょっと力の調節間違えた」

 鳴矢は自分の胸に手を当てて、心音の早さを確かめる。明らかに異常な早さだ。

 ひどく動揺したせいだろう。力の制御が全くできていない。

 無音に聞こえないように小さな声で、鳴矢はそっと胸に手を当てたまま呟きを零す。

「び、ビックリした。キスされるかと思った……」

 超能力が使えようと、己の正義を貫く強い人間であっても、結局のところ梔子鳴矢は自分がただの〝女〟なんだと気づかされるのだった。

なんか凄いそれっぽいタイトル付けてますけどさっき聞いてた曲の歌詞が良かったんで引用しました(台無し)

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