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3.騒々しき守り手たち

『突然の通り雨によって窮状を脱した〈ライブリー・セイバーズ〉ついに怪人ハーミットを、ここ水稲競技場まで追い詰めました! さあ、ここからが反撃の開始です!! 実況は引き続き、クララ=ブリリアントがお送りしてまいります!!』


 現場の上空を飛ぶ報道ヘリの中、マイクを握り締めたレポーターの少女が熱のこもった声でまくし立てる。

 水稲陸上競技場。広大な敷地にサッカーグラウンドと1000メートルのトラックを持つ、市内でも最大の規模を持つ陸上競技場だ。

 広大なグラウンドの中心では、改めて集結した三人の少女〈ライブリー・セイバーズ〉の面々と、岩のような外殻を背負うヤドカリに似た怪人ハーミットが対峙している。

 ちなみに怪人の名称は、組織側が声明文と共に出したものを民法各局が共通の呼称として採用するのが定例である。

 先頭に立って仁王立ちする背の高い少女が、後ろの二人へ威勢よく呼びかけた。


「いい、二人とも!? テレビ局もああ言ってることだし、ちゃちゃっと華麗に決着をつけるわよ!」


 体をぴっちりと覆う暗褐色のライダースーツに、深紅に彩られた硬質なプロテクタ。

 そして赤みがかった長い髪をポニーテールにした背の高い少女。

 ライブリー・レッド。本名、緋色(ひいろ)蓮花(れんか)

 武装自警団〈ライブリー・セイバーズ〉の自称リーダーだ。

 蓮花の言葉に対して、後ろから冷めた言葉が投げかけられる。


「別にいいじゃん、テレビ映りとかそんなの気にしなくって」

「何言ってるの!? テレビの前では、たくさんの子供たちが私たちの戦いを応援してくれてるのよ。だから私たちは、正義の味方として恥ずかしくない戦いをする義務があるの。わかった? ライブリー・イエロー」

「誰がイエローよ! その呼び方のが恥ずかしいわ!!」

「ええっ!? チームなんだから、コードネームで呼び合うのは当然じゃない!」

「ほんと、アンタにはついてけないわよ……まったく」


 イエローと呼ばれた金髪ツインテールの少女は大げさなため息を吐く。

 ライブリー・イエロー。本名、梔子(くちなし)鳴矢(めいや)である。

 鳴矢は額に手を当てて、呆れたという表情を浮かべるばかりだ。

 と、彼女の後方で動きがあった。

 青い髪の少女が、自身の身の丈を大きく越える巨大な杖を、天に向かって高く掲げる。

 杖とは言うが、その見た目はSF映画に出てくる光線銃のような、機械的な見た目をしている。それが杖だと呼べる理由は、先端部分に銃口と呼べるような孔がないことと、それを持つ少女が〝とんがり帽子〟を被ったいかにもな魔法少女だからだ。

 ワンピース状の衣装と、豪奢な装飾の施された重々しい鎧。そんな奇妙な恰好に身を包んだ、青いショートカットの髪をした小柄な少女。

 ライブリー・ブルー。本名、アスィファ=ラズワルド。

 アスィファは肩を包む鎧の裏側から一冊の重厚な装丁の本を取り出すと、まるで銃に弾倉を詰め込むように、手にした巨大な本を杖の凹んだ部分へ差し込んだ。

『【雨天の書】詠み込み開始――』

 杖から、涼やかで機械的な音声が上がる。

『――構文解析完了』

「【雨雲の章・五月雨】」

 アスィファがそう唱えた瞬間、杖の先端から幾条もの光の筋が奔った。

 光は円と直線からなる幾何学的な模様を空中に描き出す。

 描き出された幾何学模様は、遥か上空へと浮き上がり、怪人の頭上にその模様を浮かび上がらせた。

 頭上を高く仰ぎながら、アシファは凛とした声でつぶやく。


「座標設定完了・魔法実行(イニシエート)


 つぶやきと共に、光の模様が急速に広がり、霧散した。

 拡散した光の粒子の一粒一粒が霧のような薄もやを作り、急速に雨雲を形成する。

 そして、局地的な土砂降りの雨が怪人ハーミットの頭上に振り始めた。

「ウォアアアアアアー!!」

 ハーミットが大げさな悲鳴を上げて、雨から逃れようともがき苦しむ。

 硬質で堅牢だったはずの岩のような外殻に、雨が染み込んで泥のようにどろどろと崩れ落ち始めたのだ。


「……なるほど。やっぱり、水が弱点だったようですね」


 仕事を終えたアスィファがふうと溜息を吐いて呟く。

 一連の流れを見つめていた蓮花は、はっと我に返って大声をあげた。


「ちょ、ちょっとブルー!! スタンドプレーは禁止っていつも言ってるじゃない! 段取りってものがあるでしょ!」

「その……れ、レッドさんが早く決着をつけようと言うので……」

「はーい。アタシもブルーが正しいとおもいまーす」


 たじたじな様子で俯くアスィファを庇うように、鳴矢が右手を高々と上げて茶化すように言う。


「ちょっと待って、イエロー! あなたさっきはその呼び方恥ずかしいって言ったわよね!?」

「えー。アタシそんなこと言ったっけー? ね、ブルー?」

「ど、どうでしょう……それより、敵に攻撃した方がいいのではないでしょうか?」

「そうね。じゃ、攻撃開始といきますか」

「指示は私がするの! リーダーは私っ!!」


 蓮花が涙目で抗議するのを無視して、鳴矢はすっと前へ歩み出る。

 白筒袖に山吹色の袴。その上から浅黄色の胸当てで肩から胸元にかけてを覆っている。まるで、弓道着をアレンジしたような衣装である。

 一目で異国の血が混ざっていると解る端正な顔立ちと、和装をベースにした衣装の異色な組み合わせが、意外と思えるほど調和していた。

 鳴矢は三本の銀色をした矢を左手に持ち、右手に持った弓につがえる。


「【久遠流弓術・(はやぶさ)】」


 宣言と共に、鳴矢は三本の矢を一斉に射出した。

 一度に飛び出した矢は、ハーミットに真っ直ぐ向かいはせず、それぞれバラバラな三方向へと飛んでいく。

 でたらめに飛ばしただけかと思えた矢が、不意に大きくうねりを見せる。

 三つの方向へ飛び出した三本の矢は、まるでそれぞれが意思を持ったかのように、目標である怪人ハーミットへ向けて軌道を変えたのだ。

 それはまるで、得物へ向かって飛びかかる隼そのもの。

「グアアアアアアア!?」

 三方向から襲い掛かった矢は見事に命中し、もろくなっていた装甲を引きはがした。

 一連の攻撃を見ていた蓮花は、純粋な感動と共に歓声を上げた。


「すごーい! 三本も操れるようになったのね、イエロー!!」

「ふふーん。調子のいいときなら、四本までは行けるわよ」

「でも、調子が悪かったら一本しか操れないんでしょ? 超能力って不便ねー」

「っ……!! なんで人のやる気削ぐようなこと言うんのよアンタは!! いっつも一言多いのよ!!」

「べ、別にそんなつもりじゃ……ほ、ほら! リーダーたるもの、メンバーの能力は把握しておきたいじゃない?」

「私が超能力を上手く使える条件はたった一つ。あんたが余計なこと言わないってことだけよ。解ったら黙ってて!」


 怪人が弱って、トドメをさす絶好の機会だというのに、蓮花と鳴矢は喧々囂々の言い争いを繰り広げてしまっている。

 終わりの見えない言い合いを遮るように、突如競技場の観客席に置かれた大型のスクリーンが明滅を始めた。

 砂嵐の向こうから、一人の男の顔貌が姿を現す。


『相変わらず騒がしいことだな。〈ライブリー・セイバーズ〉の諸君』

「レッドさん、イエローさん! 喧嘩している場合じゃありません!」

「「クラヤミ総帥!?」」


 互いに睨み合っていた二人が、途端に声を揃えて大型モニターに視線を移す。

 画面に映り込んでいるのは、古城を思わせる室内を背景に、豪奢な椅子に腰を下ろす黒い仮面を被った男。〈SILENT〉のクラヤミ総帥であった。


『ハーミットの弱点を看破したのは見事だったな……だが、このまま好きにさせる我々ではない! さあ行けい、戦闘員達(サイレンサー)よ!!』

 途端。競技場の入り口から、次々と黒いスーツに身を包んだ男たちが、三人の立つグラウンドへとなだれ込んだ。

 彼らの名はサイレンサー。防護スーツに身を包んだ〈SILENT〉の末端構成員。要するに寄せ集めの下っ端戦闘員たちである。

 数十人に及ぶサイレンサーの集団が、彼女たちの周囲をぐるりと取り囲んだ。


「ああもう! せっかくチャンスだったのに囲まれちゃったじゃない!」


 悪態をつきながら、鳴矢は矢を数本ひっつかむと、弓につがえず空中へばらまく。

 放り投げられた矢の一本一本が空中で静止し、彼女を囲むように宙へ浮かんでいる。


「【久遠流弓術・椋鳥(むくどり)】」


 鳴矢の叫びと共に、宙で静止した矢が一斉に〈サイレンサー〉へ向かって飛び出した。

 細かい狙いをつけず、超能力によって四方に矢をばらまいただけであるが、密集している戦闘員たちには面白いように次々と直撃する。

 だが勢いが小さいため、防護服を貫通することはできない。せいぜい足止めの弾幕にしかなっていなかった。

 一連の光景を眺めていたアスィファが感嘆の声を上げる。


「わあ、凄いです。弓を使わない弓術なんてあるんですね!」

「……実は今の技、たった今勝手に作った」

「わっ、私はいいと思いますよ! 戦いの中で新しい技を編み出すって」


 慌ててフォローをしながら、アスィファは杖の窪み(スロット)から【雨天の書】を取り外し、銃の弾倉を取り換えるように別の書を窪みにはめ込む。

 背後を振り返り、後方から距離を詰めようとしていた戦闘員の一団へ向けて、巨大な杖を銃口のように向けた。


『【風天の書】詠み込み開始――構文解析完了』

「【渦巻きの章・旋風】魔法実行」


 間髪入れずブルーが唱える。杖の先から、光の幾何学模様が放射され、霧散する。

 光の粒子が舞い上がると同時、大気を揺るがして漏斗状のつむじ風が出現した。

 強風が戦闘員たちを襲う。

 足を踏ん張っていないと、転倒しかねないほどの激しい風圧だ。

 攻撃としての決定力は薄いが、足止めとしては十分以上の効果がある。


「レッドさん! 今です!」

「ほら、あんたの仕事よ!」


 両側と後方を支える二人が、同時に蓮花の方を振り返る。

 向かって正面。ハーミットを庇うように厚い人垣の壁を作る〈サイレンサー〉たちへ、まるでホームラン予告をするバッターのように、片手に握る大剣を真っ直ぐに向ける。

 機械的な部品で構成された鞘に、幅広で所々に噴出口のような穴が空いた、その剣の名は炎刃〈花一匁(はないちもんめ)


「さあ、あなた達! 怪我をしたくなかったら下がりなさい!」


 意気軒昂に叫んだ緋色蓮花は、巨大な大剣〈花一匁〉を軽々と振りかぶる。

 白磁の刀身が、溶解寸前の鉄のように赤みを帯びていく。まるで溶鉄のように、紅い光が刃先を覆い始めたのだ。

 構えた〈花一匁〉を、両腕で静かに振りかぶる。

 風を切り裂く横薙ぎの一閃。

 咆える様に、少女は叫んだ。


「【火剣・石楠花(しゃくなげ)】!!」


 波面が広がるように、刀身に宿る紅い光が放射状へ広がった。

 放たれた光の刃は、〈サイレンサー〉たちに衝突すると同時、花が咲くように小規模な爆発を次々と引き起こし、瞬く間に一面を紅蓮の花畑へと変えた。

 蓮花の隣に並ぶ鳴矢が、苦笑しながら意地の悪い声色で言う。


「あんたの技さ、いっつもただ振り回してるだけじゃん。名前で違いとかあんの?」

「気分の問題! それより、今がチャンスよ!」

「言い切ったコイツ……」


 吹き飛ばされた戦闘員たちの向こうには、無防備な姿を晒す怪人ハーミットの姿がある。トドメを刺すならば今が絶好の機会だ。

 三人が武器を構える。と同時に、両者の間に巨大な影が降り立った。

 見上げるほど巨大な、蜂の怪物の群れであった。


「うわっ、キショい!! デカい! デカくてキショい!?」

「……かわいい」

「ちょ、ブルー!? 今なんて言ったの!?」


 悲鳴をあげる鳴矢、うっとりと呟くアスィファ、そんな彼女の声に耳を疑う蓮花。

 少女たちが三者三様に驚いている間にも、空から巨大な蜂の群れが次々と降り立つ。

 上空を飛ぶ報道ヘリと見比べると、その異常な大きさが際立つ。ヘリより一回り小さいぐらいの大きさだ。

 〈ハーミット〉を始めとした戦闘員達が、降り立った蜂の胴体や脚に素早くしがみ付く。

 間髪入れず、巨大蜂は羽を高速で振動させ、上空へと再び飛び去って行った。

 後に残されたのは、呆然と蜂の群れを見送る〈ライブリー・セイバーズ〉の三人と、大画面のスクリーンに映し出されるクラヤミ総帥の高笑いだけだ。


『はっはっはっは! 本当にツメが甘いの、貴様らは』

「卑怯じゃない! クラヤミ総帥!!」

『卑怯こそ悪の華よ』


 大画面のスクリーンに映り込むクラヤミ総帥の嘲笑を、蓮花はじっと睨みつけている。

 彼女の後ろから、鳴矢が歩み出てくたびれた様子で呟いた。


「上手く逃げられちゃったわね。今のザコ、ただの時間稼ぎだったのよ。真面目に相手して損したわ」

「あの……私、追撃しましょうか?」


 アスィファが控えめな声と物腰で、おずおずと言う。


「【風天の書】を使えば空を飛べるので、追いかけられますけど」

「……いいわ。敵は追い払ったんだもの。これで十分」


 蓮花は落ち着いた表情で片手を翳し、杖に跨ろうとするブルーを留める。

 そして、自らも大剣〈花一匁〉を鞘へと静かに収めた。


「相手が悪人だからって、逃げる相手を討つべきじゃないわ」


 ライブリー・セイバーズのリーダーとして、芯の通った声で呟く。

 その表情にはどこか、憂いのようなものが滲んでいた。

 画面の中のクラヤミ総帥が、小気味よく鼻を鳴らして笑う。


『フン。敵に情けをかけるとは、余裕ではないか、ライブリー・レッド』

「そっちこそ、全然悔しそうに見えないわね。クラヤミ総帥」

『目先の勝利は貴様らにくれてやる。だが決して、これで終わりだなどと思うなよ』

「ええ、望むところよ。〝この世に悪の栄えたためしなんてない〟。何度あなた達が来ても、あなたのような悪が居る限り、私達が倒してあげる」

『……フはっ。その言葉、忘れぬぞ』


 押し殺すような笑いを残して、スクリーンからクラヤミの姿が消えた。

 それと入れ替わりに、ヘリのロータリーエンジンの回転音と、キャスターによる大声のナレーションが彼女たちの頭上に降り注ぐ。

『テレビの前の皆様、ご覧ください! 今回も〈SILENT〉の怪人をちょっとグダグダしながらも見事撃退しました、我らが〈ライブリー・セイバーズ〉!! 尺の都合とかあるのでもう少し早く倒して欲しいところでしたが、とにかく惜しみない拍手を!!』

 彼女たちをよりアップで撮ろうと、ヘリはその高度を徐々に落とし始める。

 頭上を仰ぎながら、蓮花が二人に呼びかけた。


「さあ、まだ大事な仕事が残ってるわよ。勝利のポーズ、打ち合わせした通りにね!」

「誰がやるかっ!! あんな恥ずかしいポーズ!!」

「え、えっと、その……イエローさんがやらないんでしたら、私もちょっと……」

「えーっ!! せっかく徹夜で考えたのに!!」


 撮影用ヘリがゆっくりと下降し、三人へ近づいてくる。

 鳴矢はカメラから視線を逸らすように、どこか遠くを見ながら。

 アスィファはうつむいたまま、大きな杖で顔を隠しながら。

 そして蓮花はカメラに向かって、勇ましく剣を掲げながら。

 それぞれ見事なまでに統一性のない決めポーズを取っている。

 カメラに向かって、自称リーダーは勢いよく叫んだ。


「〈ライブリー・セイバーズ〉は負けません! 世界が正義に満ちるその日

まで!!」


 正義の味方を名乗る少女は、心の底から楽しそうな笑みを口元に浮かべるのだった。


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Kindleを利用して前半部分のまとめを電子書籍として販売はじめてみました
ちょっとした書き下ろしの短編もついております。
詳しくはこちらの作者ブログ
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