11-2.これからも『正義』の話をしよう
「どうしても何も……アタシは、アンタの正義の為なら戦ってもいいと思えたから、今までこのチームに参加してきただけよ」
思いも寄らぬ鳴矢の正直な言葉に、蓮花は一瞬だけ嬉しそうな表情を見せる。
だが、言葉の意味するところに気がつくと、すぐさま表情の緩みを真剣なものへ戻す。
「私の正義なら、って……どちらも同じ〝正義〟でしょう? 何か違うの?」
「アンタ、普段から正義正義ってバカの一つ覚えみたいに言ってるくせして、そんなことも考えてないの? ……はー、ほんとバカなんだから」
鳴矢の声にいつもの突き刺すような棘はない。むしろ、ただ突き放すような冷たい諦めの色合いの方が濃く聞こえる。
「例えばアタシは――自分と同じ超能力者が、その能力を悪いことに能力を使うのがイヤだからってのが戦う理由よ。それはアタシ自身の立場を守るためにもなるからね」
「じゃあ、これからもその為に戦えばいいじゃない?」
「もし、軍が〝悪い超能力者は危険だから殺せ〟って言ってきたら、それにアタシは従わなきゃだめなの?」
蓮花の能天気な問いかけに痺れを切らしたのか、鳴矢は冷たい表情でばっさりと切り捨てる。まるで、言葉の刃を突きつけるように続ける。
「アタシみたいに危険な能力を持った人間の正義と、普通の人間の正義ってのは、同じに見えても全然違うものなのよ」
「でも、そんな命を奪うなんて極端な命令がでるわけ……」
「それがお花畑だって言ってんのよ! 「超能力者だから」という理由だけで、今まで世界中でどれだけの人間が殺されてきたか分かってるの!?」
「そ、それは……」
鳴矢は超能力者というだけで、まるで生まれついての犯罪者であるかのような偏見と誤解に晒されながら今まで生きてきた。
蓮花のような何の能力も持たない、選ばれなかった側の人間とは見えている景色も、抱く思いも全く違うものになってしまう。
「アンタはか弱き市民をこれからも守り続ければいいじゃない。でもアタシは、か弱き大勢の正義を守る為に、異端の小数の正義を譲るわけにはいかない」
「あ、あの! 鳴矢先輩、落ち着いてください! 今私達が言い合っても、法律が覆るわけではありません」
見かねたアスィファが間に入って、声を荒げる鳴矢を押しとどめる。だが、その言葉はどこまでも残酷な諦めに満ちたものだ。
【修正自警法】が施行されれば、これまでのような活動を続けていけないのは彼女も同じ立場なのだから。
「私は鳴矢先輩の考えも、蓮花先輩の考えも分かります」
「じゃあ、どうしてブルーまで……」
「私が、元々この世界の人間ではないからです。無辜の市民を守る為に力を使うことはお父様はお許しになるでしょうが、特定の国家の軍に従うとなれば話は別です」
「どうして? 日本が他の国と戦争になったら困るから?」
「極端に言えばそうですが、もっと小さな場面でも問題は起こりえます。例えば悪人が外国籍をお持ちの方であった場合、私が手を出せば国際的な問題にこの世界と魔界との問題が絡んでしまうことになります」
異世界からの留学生という特殊な出自を持つアスィファではあるが、異世界とは言っても大まかに言ってしまえば〝魔界という名の他国〟に過ぎない。
国と国同士である限り、そこには外交という問題が常につきまとってしまう。
「魔界の出身である私が一つの国家の味方をすれば、魔界全体が日本一国に味方しているとこの世界の方々が思い込まれてしまいかねません」
「それは……そうね、そうなってしまうかもしれない」
そんなはずはない。そう言い返したい蓮花だったっが、ぐっと我慢して言葉を飲み込む。
超能力者が今まで受けてきた偏見の問題を、たった今鳴矢に突きつけられたばかりだ。そんな誤解と偏見の渦に、彼女のような他国の人間を巻き込むわけにはいかない。
「本当に残念です……いずれこういう時がくるだろうとは思っていましたが、まさかこんなにも早く時期が来てしまうとは私も思っていませんでした」
「しょげることないわ、ブルー。別に誰も、永遠に正義の味方でいられるわけじゃないもの。このバカとは違ってね」
鳴矢は静かに席を立ち上がると、会議室の出入り口に向かって静かに歩いて行く。
「ちょっと、どこに行くの!? 会議はまだ途中でしょ!!」
「わかってるわよ、んなこと。アタシは〈ライブリー・セイバーズ〉を抜けるんだから、その会議に部外者がいつまでも居残ってるわけにはいかないでしょ」
部屋を出て行こうとする鳴矢を、蓮花は泣きそうな表情になって見送るしかできない。
力尽くでも押しとどめたいというのが、彼女の本音だろう。だが、正義を標榜する蓮花は、自分の信念において〝嫌がる人間を無理に引き留める〟ことができない。
だが、鳴矢はそんな彼女の様子を振り返ると、優しげな声でたしなめる。
「そんな顔しないでよ。別に、アタシはチームを抜けるだけなんだから」
「じゃあ……私のこと、これからも友達だと思ってくれる?」
「当たり前じゃない。アタシは〝友達に誘われて〟始めただけなんだから」
自分の言葉に恥ずかしくなったのか、鳴矢は言い終えるなりぷいっと顔を背けて部屋を出て行く。
「あの、蓮花先輩……ごめんなさい。私も、今日のところは失礼します」
「いいのよ。ラズワルドさんが謝ることじゃないから」
「私も、鳴矢先輩とは同じ気持ちです。明日からも、お友達として接していただけると嬉しいです」
「ええ、もちろんよ。でも友達としては、もっと打ち解けてくれると嬉しいかな」
「はい、ありがとうございます」
アスィファはそう言った傍から、深々と頭を下げて部屋を出て行く。礼儀正しい態度は立場や出自の違いによるものだけではなく、単に彼女自身の性分なのだろう。
超能力者と魔法使い。それぞれ優れた力を持つ二人だが、その力にかかる責任や義務から逃れるわけにはいかない。
色とりどりの人間を集めたチームが、それぞれの本来あるべき場所に帰った。
ただ、それだけのことなのだ。
「この部屋も、ずいぶんと広くなってしまったね」
黙って成り行きを見守っていた緋色博士も、ガッカリと肩を落として一人つぶやく。
「ねえ、父さん……今からでも、修正法案を変えてもらうことってできないのかな?」
「私も責任者として、法案がこうした問題を持つことについては、自警省にさんざん警告してきたんだが……やはり、【チャリオット】の一件がよくなかったようだ。強すぎる力が存在することそれ自体が、多くのか弱き人々にとっては恐怖なんだ」
「強すぎる力って……もしかして、私たちのこと?」
「もっと正確に言えば、私が与えてしまったその〝剣〟の力だろう。おそらく法案が可決されれば、その剣の使用には制限や許可が必要になる」
「……私はただ、皆を守りたいだけなのに、どうして皆はその邪魔をするのかしらね」
蓮花はため息を吐くような声で呟く。
その自問自答するような言葉に応えたのは、部屋の片隅で静かに皿の後片付けをしていた黒間無音だった。
「仕方ないよ、蓮花さん。強い力を持つ人間が、悪に負けない正しい心を持っているなんて、誰も信じていないんだ。皆、力だけじゃなくて、心も同じように弱いから」
「無音くんも、やっぱり同じように思うの?」
「僕は、これからもずっと、〈ライブリー・セイバーズ〉の一番のファンで居続けるよ。その意思だけは、絶対誰にも負けない……と思う」
「ありがとう、黒間くん。今はその言葉が、すごく嬉しいわ」
覇気のない笑顔でにっこりと笑いかける蓮花に、無音はただ悲痛な面持ちで見つめ返すことしかできない。
――そんな顔、あなたには似合わない。
「僕は、〈ライブリー・セイバーズ〉の一番のファンだから……だから、皆にはずっと笑っていて欲しい。法律を変えるような力なんて、今の僕にはないけど」
そうだ。
〝今〟の自分にはない。
懐に忍ばせた仮面を一度被れば、無音は強い意思と力を持った存在になれる。
――正義に陰りがさすことなど、絶対に許されない。
無音は胸の奥から、自分ではない誰かがそう囁きかけてくる声を、はっきりと耳にしていた。
【今回のまとめ】
ぅゎ。法のちからっょぃ。




