11.これからも『正義』の話をしよう
「今諸君に見てもらっているのは先日の【チャリオット事件】における映像だが、特にこのクラヤミ総帥自らが止めに入ったシーンに注目してほしい」
白衣姿のその男は、物々しい口調で画面を指刺しながら言葉を続ける。
「彼の着ているこの鎧だが、間違いなく私の恩師――黒間遍音が晩年考案していた、エネルギー吸収技術の応用によるものだと思われる」
「おじさーん。その話って長くなるやつ?」
〝おじさん〟と呼ばれた壮年の男性は、苦笑いを浮かべながら鳴矢の問いかけに応える。
「梔子くん、今は〝おじさん〟ではなく緋色博士と呼んでくれないかな」
「……ほんと、この娘にしてこの親ありって感じね」
「娘って私のこと?」
鳴矢の隣に座っていた蓮花がきょとんとした表情で首を傾げる。
「アンタ以外にだれが居んのよ、このバカ娘」
「ちょっとイエロー! 今は〈ライブリー・セイバーズ〉の作戦会議中よ! 私のことはちゃんとリーダーって呼んでもらわないと!!」
鳴矢はこめかみを押さえながら苛立った表情を浮かべる。
「ほんっとにコイツときたらもう……!!」
「イエローさん。自覚のない方には何を言っても無駄です。諦めましょう」
「……アンタも言うようになったわね、スイファ」
「ここではブルーですよ、イエローさん?」
澄ました表情で鳴矢に応じるのは、向かいの席に座るアスィファである。
彼女達が居るのは、緋色家の敷地内にある私設研究室。その地下にある会議室だ。
放課後会議室に集められた彼女達は、現在〈ライブリー・セイバーズ〉の作戦会議中なのである。
そして彼女らを前に解説を行っている白衣の男性は、優れた科学者である蓮花の父――その名前を、緋色博士という。冗談のような名前であるが本当にこれが彼の名前である。
元々彼の姓は『緋色』ではなかったのだが、結婚した際に妻の苗字である『緋色』に変えたらしい。
理由は「名前に〝ヒーロー〟が二つも付くようになるなんて素敵じゃないか」だそうである。鳴矢の言う〝この親にしてこの娘あり〟はかなり的を射ている。
一応、自警省公認の書類によれば【武装自警団】組織〈ライブリー・セイバーズ〉の責任者という立場も担っている。そして武装や防具、通信機器なども全て彼が自作して彼女たちに提供したものである。
彼の存在無しに〈ライブリー・セイバーズ〉という自警団は成り立たないし、また蓮花が本気で自警団を始めることができてしまったのは彼の余計な全力支援によるものだとも言える。
「ねえ、なんかお茶とかお菓子とか出ないのリーダー?」
「えっ……ちょ、ちょっと待ってね! えっと、お茶の買い置きはどこだったっけ」
リーダーと呼ばれたからにはむげに断れない。だが、蓮花には家庭的な能力というものがほとほと欠如している。わたわたと慌てふためいて考え込んでいる。
そんな中、部屋の中に一人の少年が姿を現した。
「蓮花さん、お茶なら僕がやっておいたよ。あと、ケーキもここに来るついでに買っておいたから、良かったら一緒にどうぞ」
「黒間くん! さすがは〈ライブリー・セイバーズ〉公認ファンの第一号ね!」
「まあこんなことでも役に立てるんなら、僕も嬉しいよ」
無音は控えめに笑みを浮かべながら、蓮花の前に紅茶のカップと苺のショートケーキを置く。続けて、鳴矢とスイファにもそれぞれ同じように続けた。
「はい、鳴矢。ミルフィーユだけど良かった?」
「……ほんとアンタって気が利くのだけが取り柄ね。そんなんだから使いパシリにされたり無茶ばっかり押しつけられるのよ。わかってるの!?」
「えっと、気に入らなかったなら謝るけど……」
「こっちの好みを把握し尽くしてるのがムカツクのよ!! ……まあ、ありがと」
「あはは、どういたしまして」
鳴矢は不機嫌そうな言葉を返しながらも、ミルフィーユを一口含むと途端に頬を綻ばせる。女の子は甘い物には勝てない生き物なのだ。
「スイファちゃんも。抹茶味のケーキだけど……これ、かなり苦いよ?」
「そうでしょうか? 私としては、もう少し渋みが強い方が好みなぐらいで……いえ、無音先輩が買ってきてくださったものに不満があるわけではありませんよ!! 本当に嬉しいです! 私の好みもちゃんと覚えてて下さって!!」
「まあ、スイファちゃんの好みに合うケーキは、たぶんもはやケーキじゃないだろうからね……仕方ないよ」
一応オーダーを出すとき、苦味を通常より多めにしてもらっているのだが、それでもスイファの好みには今一歩届かないらしい。その味の趣向が魔界の人間独特のものなのか、あるいは彼女が魔界の人間としても人並み外れた味覚の持ち主なのか、無音には疑問だった。
「緋色博士もどうぞ。レアチーズケーキです」
「うーん、いいね。この、一点の穢れもない真っ白さは、正義の崇高さのようだ。いやあ、本当に無音くんは気が利くね」
緋色博士は上機嫌なまま、とんでもない言葉を口走る。
「無音くんが緋色家の人間になってくれれば、うちも安泰なんだけどねえ」
「「!?」」
言葉を聞いた瞬間、鳴矢とアスイファが飲みかけていた紅茶を一斉に喉につまらせて咳き込んだ。
一方、言葉の意味を理解していないらしい蓮花が、呑気な態度でその言葉に応じる。
「もう、お父さんったらー。いくら無音くんが女の子みたいだからって、お父さんと結婚はできないわよ。確かにお父さんには良い人を見つけて早く結婚して欲しいけど、無音くんをお母さんって呼ぶわけにはいかないものね」
能天気にくすくすと笑いをかみ殺している蓮花を、鳴矢とアスィファの二人は物凄い剣幕で睨み付けている。〈ライブリー・セイバーズ〉の結束に現在進行形で亀裂が走り続けているものの、当のリーダーは全くその状況を認識できていない。
空気の圧力を感じ取った無音は、すぐさま話の進路を修正しにかかる。
「……あの、博士。そろそろ話を本題に戻しましょう」
「ああ、そうだね。やはり〈SILENT〉の組織の影には、遍音博士の研究を利用している気配がある。先生の助手として、そして志を継ぐ者として、すばらしい研究の数々が悪用されている状況をこれ以上許してはおけない」
緋色博士は表情こそ穏やかなものの、瞳にはふつふつと沸き上がる情熱の火が灯っている。
「今回、チームの一員ではない無音くんに会議に参加してもらったのもこれが理由だ。彼の素性について、何か思い当たることがあれば教えてほしい」
「は、はい。そうですね……わかりました」
まさか、目の前に居るその少年が、祖父の研究を受け継ぎ悪用している張本人だとは思いもしないだろう。緋色博士の言葉に、無音は引きつった笑いで応じる。
彼は、黒間遍音の愛弟子であるのは事実だが、〝善き科学者〟としての側面しか知り得ていない。
遍音の本当の野望が【世界征服】であり、無音は後継者としてその研究を正しく受け継いでしまっているだけなのだが、そうと知らない緋色博士は純粋な正義感によって〈SILENT〉の悪行を阻止しようと決心に燃えている。
唯一その真実を知る無音は、ただ貼り付けたような笑みで必死に誤魔化すのみだ。
「それに今回の一件で、敵も今後かなりの大戦力を投じてくることが予想される。戦力増強の策も考えなければならないだろう……」
「はい、博士! でしたらやはり、メンバーの増員が必要不可欠だと思います!!」
蓮花は勢いよく手を挙げると、ノリノリの表情で一挙にまくし立てる。
「そもそもどうして私が三人のチームで始めたかっていうと、ヒーローモノは五人よりも三人の方が良いと思ったからなの。だって、五人もいると均等に出番を与えるのが難しいし、どんどん目立つキャラと目立たないキャラが出てくるし、その上ただでさえ枠を取り合ってるところに新キャラの六人目が増えたりすると、そのキャラに出番が偏ってしまうことあるじゃない? かといって、追加戦士枠は必要不可欠だし……でもその点三人なら、活躍する機会も均等にしやすいし、なにより人数があとから増えても本来の適正数である五人に落ち着くわ。どう、完璧な考えでしょう?」
「突っ込みどころが多すぎるからとりあえず言うわね? 知るかあッ!!」
鳴矢がテーブルをひっくり返しかねない勢いで机の天板を叩きながら言い放った。
「なんでよ!?」
「アンタみたいなバカに付き合わされる人間は、私達二人でもう十分足りてるのよ。大体、メンバーを増やすかどうかの話より、もっと先に話すべきことがあるでしょ」
「ええっと……新技の開発とか?」
「だから違うわよ、アンタほんと脳内花畑満開ね!!」
鳴矢は勢いに任せて、言ってはならない――それでも、決して避けては通れぬその言葉を、口にしてしまう。
「【修正自警法】の件、アンタ、アレどうするのよ?」
「え、どうするって……何かしなきゃいけないの?」
「……アンタには関係ないことかも知れないけど、アタシやアスイファにとっては、そういうわけにはいかないのよ」
鳴矢はぐっと奥歯を噛みしめてから、苦々しい口調で告げる。
「アタシ、梔子鳴矢は、【修正自警法】が可決された場合、〈ライブリー・セイバーズ〉を抜けるわ」
「……ごめんなさい、レッドさん。私も、同じ意向です」
ずっと椅子に座ったまま黙り込んでいたアスィファも、鳴矢に続けて声を上げる。
「あの法案が可決された場合、私もこの自警団の活動を続けることは難しくなります」
「えっ……え、ちょっと待って。私達、今まで、ちょっとけんかすることもあったけど、上手くやれてきたでしょう? なのに、どうして……?」
蓮花は今まで見せたこともない、途方に暮れたような悲しげな表情で、二人に問いかける。だが、二人はそれ以上に語る言葉を持とうとしない。
重い重い沈黙が、騒がしき守り手たちの頭上にのし掛かっていた。
本当は学園パートはさむ予定だったんですけど、なんか大して面白いイベントが思い浮かばなかったのでいきなり放課後です(唐突なカミングアウト)




