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10.ノイジー・マジョリティ

 ドンドンドン――と。

 激しく窓を叩く騒音によって、黒間無音は浅い眠りから目を覚ました。

 ベッドから重い体を引きずるように這い出し、窓に向かって歩み寄ってがらりと開く。

 窓の外では、小さく頬を膨らませた梔子鳴矢が、じっと無音を睨み付けていた。

「おはよう、鳴矢」

「遅い。もっと早く開けろ、バカ無音」

 鳴矢はそう言うなり、2本のツインテールを〈念動力〉によってしゅるりと伸ばすと、まるでロープをひっかけるように無音の首に回した。

「ちょっ、人の首を取っ手代わりにしないでよ!」

「うっさい。取っ手が喋るな」

「せめて首から上は人間扱いしてほしいな……」

 鳴矢は無音の部屋に上がり込むと、彼が身支度を始めるのを見届けると無言で部屋の外へと出て行く。

 いつもと変わらぬ普段通りの光景――のはずだが、二人とも不思議と口数が少ない。

 着替え終えた無音が部屋を出てマンションの一階まで降りると、そこには蓮花とアスイファの二人が出迎える。

 両者とも、何か難しい顔をして相談をしていたようだ。

「おはよう、蓮花さん。スイファちゃん」

「おはようございます、無音先輩。鳴矢先輩」

 アスイファが立ち上がってお辞儀をするのに遅れて、蓮花がはっと二人に気が付いて声をあげる。

「あ、黒間くん。梔子さん、おはよう」

「どうしたの、蓮花さん。何か考え事してたみたいだけど」

 無音の心配そうな声に続いて、鳴矢が背後から野次を飛ばす。

「アンタみたいな脳天気でも悩み事なんてあるのねー、珍しい」

「わ……私だって、考え事をするときぐらいあるのよ!」

「別に考えたって、状況が変わるわけじゃないんだから、諦めて受け入れるしかないじゃない。今更なに悩んでるんだか」

 呆れた表情でつぶやく鳴矢に、アスィファは意外にも肯定を示す。

「鳴矢先輩のおっしゃる通りです。起こってしまったことは仕方ありません」

「そんな、ラズワルドさんまで!」

「まあ、私や鳴矢先輩はある意味〝慣れて〟いますから、蓮花先輩ほど慌てていないだけかも知れませんけどね」

「な、なるほど……つまりこれは一種の試練で、私だけがその試練を乗り越えられていないというわけね!」

「ああ、蓮花先輩がまた遠くに行ってしまわれました」

 微塵も困った様子など見せずにアスィファは平坦な音程の棒読みで口にする。

 鳴矢の言っていた通り、彼女も蓮花の扱いをほどほどに理解してきたという証拠だろう。

 迷いを振り切ることに成功したらしい蓮花に、無音はそっと小さな声で呼びかける。

「蓮花さん。そろそろ出発しないと、学校遅れちゃうよ」

「そうね、たとえいかなる試練が待ち構えていようと、私達は正義の味方として逃げるわけにはいかないわ!!」

「学校行くだけで、何をそんなに力んでるんだか……」

 蓮花は力強く拳を握りながら激励する蓮花に、鳴矢は大げさなため息で応じる。。

 いつも自信満々明朗快活な蓮花の表情には、微かな怯えと戸惑いが浮かんだままでいた。

 

//


「〈ライブリー・セイバーズ〉の方々ですよね、ちょっと取材よろしいですか!?」

「こちら○○新聞です! 先日の【チャリオット事件】に関して一言お願いします」

「そちらの背の高い方がリーダーさんですか!? あの炎の剣はすごかったですね!!」

 〈ライブリー・セイバーズ〉の面々と黒間無音の四人が小鍬高校の近くに辿り着いたと同時、彼らに向かって一斉にマイクやカメラを手にした一団が津波のように押し寄せてきた。

 全員が有名テレビ局や新聞社の腕章をつけ、好機の目線と取材用のマイクを一斉に彼女達へと押しつける。

「あ、あの……自警団活動に関するインタビューを受け付けるわけには……」

 普段は並み居る敵の戦闘員達を剣の一振りで片付ける緋色蓮花も、報道陣から取材というなの暴力に押しつぶされても全く抵抗することができない。

 どうしてこんな事態に陥っているのか――答えは簡単だ。

 先日の戦闘中、〈ライブリー・セイバーズ〉の三人はそれぞれ、自分の素顔を公衆の面前に晒してしまっていた。

 レッドである蓮花は目元を隠すバイザーが砕けたときに。

 イエローである鳴矢は口元を覆うマスクを鼻血を拭き取って投げ捨てたときに。

 ブルーであるアスィファは顔を隠すツバの広い三角帽子を風で吹き飛ばされたときに。

 全員それぞれ素顔がバレてしまったことで、身元が特定されてしまい、こうして登校中を待ち構えて取材をしにくる報道関係者が日ごとに増えてきているのだ。

 最初こそ数人程度がこっそりカメラを向けてくる程度だったが、今や十数社にも及ぶ報道機関がこぞって彼女達にマイクを向けてきている。

 【チャリオット事件】で見せた活躍のせいもあってか、彼女達はまさしく本物の有名人となっていた。

「はいはーい、そこ退いてー。これ以上邪魔すると超能力でぶっ飛ばすわよー」

「うーん。私も、魔法で空を飛んでいった方がいいかもしれませんね……」

 戸惑う蓮花を差し置いて、鳴矢とアスィファは取材陣の猛攻に臆すことなく、淡々と人垣を掻き分けて進んでいく。

 方や人類で一億人に一人と言われるA級超能力者。

 そして方や魔界と呼ばれる異世界からやってきた魔法使い。

 奇異の目にさらされるのはとっくに慣れてしまったとでも言わんばかりである。

 戦闘時以外は何の能力も持たない、正義感が強いだけの少女、緋色蓮花は隣の無音と一緒に取材陣にもみくちゃにされながら戸惑っているばかりだ。

「れ、蓮花さん! 昨日からまた更に増えてるよ! 学校に行くどころじゃないよ!!」

「無音くん、あなたを巻き込むわけにはいかないわ。これは私に課せられた使命だもの」

「誰も課してないよ! これは別に越えなくていい試練だから!!」

 勿論、ただの無力ないじめられっ子である無音に、彼女を救うことなどできない。

 そして蓮花自身も、正義感の強い少女であるが故、しつこすぎるというだけで報道陣たちを力尽くで押しのけるというわけにもいかない。

「はいはーい! マスゴミの皆さーん!! 自警法違反で処罰しますよー☆」

 報道陣に囲まれて身動きが取れなくなっている四人の後方から、やたらめったら明るい声と共に花火のような爆発音が響いた。

 一同は声が聞こえた方向を慌てて振り返る。

 視線の先では、まるで子供向けヒーローショーの舞台演出のように、爆発と同時に鮮やかなカラフルな色の煙が断続的に炸裂する。

 ただの発煙だけではない。爆発が起きる度に、取材に来たレポーターやカメラマンたちが次々とふっとばされていく。

 そのふざけた見た目とは裏腹に、相当の破壊力を秘めているようだ。

 微かに晴れ始めた煙の向こうから、報道陣を吹っ飛ばしてできた人垣の間を通って、一人の女性が姿を現す。

 まるでアイドルが着るステージ衣装のようにフリルの施された衣装、片手には可愛くデコレーションされた取材用のマイク。

 淡く虹色の光沢を見せる髪をかき上げながら、マイクを持った女性はこう名乗り出た。

「ハローうら若き女子高生の皆さん! 愛と正義と暴力の突撃レポーター、毎度お騒がせクララ=ブリリアントでございます♪」

 一同の空気がシンと静まりかえる。痛々しいアイドルの自己紹介にドン引きしているだけのようにも思えた。

 だが周囲の空気に動じることもなく、そのクララと名乗るレポーターは言葉を続ける。

「いいですか、報道陣の皆さん。【自警法】では自警団のプライベートに干渉したり、正体や身分をつまびらかにするような報道は違反行為です。あなた達が彼女達に向けているのは、カメラという名の暴力に他なりません!」

 クララはそう叫ぶなり、片手に持っていたマイクを大きく振り上げると、近くのカメラマンが持っていた大型カメラに向かって思いっきり振り下ろす。百万はするであろう中継用カメラが、一本のマイクによって一撃で粉々にされてしまった。

「何するんだクララ! お前、自分がやっていることが何か分かってるのか!?」

「いたいけな少女たちを、報道の暴力から守ってるだけでーす☆ なにしろ私もまた、報道という形で世界の平和を守る【自警団】の一人ですからね」

 そう言ってクララが取り出したのは、なんと蓮花達が持つのと同じ【武装自警団】としての活動許可証明書だ。

 正義のフリーレポーター兼武装自警団、クララ=ブリリアント。

 その実績はふざけきった態度と外見に反して非常に多くの成果を残している。

 彼女は元々とあるテレビ局の記者だったのだが、取材を続ける途中、「自分が所属している会社が〝悪の組織〟と癒着関係にある」事実をうっかり暴いてしまったのだ。

 だが彼女は真実へ向かってひた走り、並み居る障害を武力によって排除し、自分の勤める会社の不正の全てを白日の下に晒し、報道の正義を守る為に務めていた会社を自らの手で潰すという蛮行をやらかしたのだ。

 会社を辞めた彼女は【自警団】の認定試験を受けて一発で合格を果たし、自身の信義に基づいて史上初の〝フリーアナウンサー兼武装自警団〟というぶっ飛んだ地位を確立してしまった。

 フリーアナウンサーとして、彼女に対するテレビ局からの需要はかなり大きい。

 自警団と悪の組織との戦いを最前線で中継するには、戦いに巻き込まれても問題ないような武力と胆力が必要とされる。

 自警団として認可されるほどの強さを持ち、どんな現場にも臆せず突っ込んでいき、ヒーロー達の戦いを至近距離から中継できる彼女の能力は業界でも引っ張りだこだ。

 ちなみに座右の銘は「ペンは剣より強いけど、両方持ってる私が最強☆」である。

「では改めて……そこの女子高生三人さん、巷を騒がせている武装自警団について街頭インタビューを行ってるんですが、ご協力いただけますか?」

 クララはさっと踵を返すと、蓮花達三人に持っていたマイクの先を向ける。

 途端、彼女によって吹っ飛ばされた報道陣が口汚く野次を飛ばした。

「汚ねえぞ、クララ! 人には取材するなって言っておいて自分だけ!!」

「ちがいますー。私は偶然出会った一般人の女の子たちにインタビューしてるだけで、この子達が実は何者かまでは詮索してないんですー」

 クララは挑発するような声色で外野の野次を一蹴してのけると、再び蓮花へマイクを向けた。

「ところで背の高い赤髪の女子高生さん、最近話題になっている【修正自警法】について、どうお考えですか?」

「えっと……そのことについては、まだ考えがまとまっていなくて――」

 思いもよらぬ角度からの質問を浴びせられて、蓮花は思わず口ごもってしまう。

 クララ自身もフリーアナウンサーであると同時に自警団の一人でもある。

 自分たちの立場を揺るがしかねない法律の制定に関して、それぞれの自警団がどう考えているかは今最も興味を引かれる話題だ。

「あの、蓮花さん。学校、そろそろ始業時間だよ」

 無音は咄嗟に、クララと蓮花の間に割り込んで質問に答えようとする彼女を制止する。

 【修正自警法】に関する問題は、蓮花にとって――そして、無音自身にとっても非常にデリケートな問題だ。うっかり間に合わせの言葉で口を滑らせるわけにはいかない。

「そ、そうね……ごめんなさい、クララさん。取材はまた改めて、時間があるときに」

「おっけー☆ あ、じゃあ代わりに一個だけ質問してもいいですか?」

「はい。答えられる範囲のものでしたら、何でも構いません」

「じゃあお聞きしたいんですけど、そこの気弱そうな男子くんって、もしかして三人のうちの誰かの彼氏ですか?」

 クララは無音に向かってびしっと指刺しながら、何気ない口調で問いかける。

 瞬間、〈ライブリー・セイバーズ〉の三人の間に、臨戦態勢にも近い緊張感が走った。

 クララの疑問も当然だ。どうして彼女達三人の中に、一人だけ無関係そうな男子が一緒に紛れて行動を共にしているのだろう。

 動揺する一同を差し置いて、真っ先に声を発したのは最年少のアスィファだった。

「あのっ、無音先輩は私の頼れる先輩さんです!」

 〝私の〟という部分を心持ち強調しながら、アスィファはマイクに向かって震える声で一番に叫ぶ。

 続けて、やや出遅れる形で鳴矢が慌てて言葉を続ける。

「あと、アタシの幼馴染みよ! いや、別にただの腐れ縁みたいなものなんだけど……」

 最初の方こそ威勢がよかったものの、どんどん尻すぼみになっていき、最後には火が消沈していくようなか細い声になってしまう。

 そんな二人が牽制し合うのを尻目に、状況を理解してない蓮花は不思議そうに首を傾げながら正直な感想を口にした。

「それと、彼は私達を応援してくれる一番のファンなんです」

 蓮花は微塵の悪意も躊躇もなく、とびきり無垢な笑顔でそう断言する。

 いつもと同じようでいて、それでも少しずつ変化を見せ始める日常を前に、無音は貼り付けたような笑顔を浮かべてその場をやり過ごすのだった。


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Kindleを利用して前半部分のまとめを電子書籍として販売はじめてみました
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