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9-2.サイレント・マイノリティ

「俺は正直賛成ですね、この【修正自警法】ってやつ」

 長く会議室を満たしていた重い沈黙を最初に破ったのは、幹部の中で最年長である戦闘部隊隊長の漆原だった。

「この法案ってのは要するに、あの〝嬢ちゃん〟たちが持ってる力を、軍事兵器と見なして使用に制限をかけるのが目的なんでしょう?」

「ほお、意外だな漆原。まさか貴様が、一番にこの法案の要旨を見抜くとは」

脚本ホン読みは慣れてますからね。これを書いた人間がどんな筋書きを狙ってるのかは分かりますよ」

 全員が十数枚もある長ったらしい法案の文章にじっと難しい顔で目を落とす中、組織きっての肉体派であるはずの彼が一番に声を上げたのは意外だった。

 参謀は未だに文章の半分ほどのところで、難しい顔で手を止めている。影内に至ってはそもそも読む気がないのか、一枚目をめくりもしないまま書類を放り出してケーキの残りを突き始めている有様だった。

「俺達戦闘部隊からしてみれば、あの嬢ちゃん達の武器が制限されるのは大歓迎ですからね。一々使用するのに制限なり承認なりが必要になれば、正面で相手するこっちの安全性は確実に高くなります」

「だが制限といっても建前で、実際には毎回セーフティロックを叩き割ってお約束のように〝承認〟ボタンを押されるだけではないか?」

「その手続きのすきを狙って対策を取る準備だってできるし、逃げ出すことだってできる。とにかく戦いようがあるのは助かりますよ」

 〈SILENT〉の活動目的はあくまで、「悪の組織として正義の味方に負けること」。引いては、人々に正義を愛する心を芽生えさせることにある。

 だが負けることが目的とはいえ、あまりに一方的な展開になりすぎてはいけない。それでは戦いを成立させることすら難しくなってしまう。

 自警団たちの過剰な戦力強化のインフレは、現場の人間にしてみれば障害が増えるばかりで百害あって一利もない。

「じゃあ、僕は反対意見を取らせてもらうよ」

 次に声を上げたのは、椅子の上で丸くなって寝ていた黒猫姿のノワールだった。

 ゆっくり起き上がって伸びをすると、猫らしいマイペースな声でのんびりと話し始める。

「ヤミーの言う通り、この動きは確実に面白くない。面白くないことに僕はやる気が起きない。だから反対だ」

「面白くない、とはどういう意味ですか?」

 黙って話を聞いていた参謀の夜野が、辛辣な声で問いかける。

「たとえ個人の考えは面白くとも、人間は群れると愚かになる。僕たちが望んでいるのは、各人が信じるエゴとも言うべき正義感の発露だよ。国家という群れた人間の正義という名の大衆心理で平衡化された思想を、僕らは求めているわけじゃないはずだ」

「……まるで、自分が人間でないような物言いですね。ノワール博士」

「まあ、猫型ロボットだしね」

「いえ、確かにその容姿は可愛らしいのですが……」

 退屈そうにあくびをする黒猫ロボットのノワールに、夜野は困った表情で言い淀む。

 その魔性の見かけに惑わされてしまったらしい。反論にいつもの斬れ味が全く無い。

「まーオレ様としては、総帥の好きな方でいいと思うっすけどね」

 小難しい法案の書類の解読を諦めたのか、一ページも読み進まないうちに影内は書類を放り出して投げやりにつぶやく。

「総帥が邪魔だっていうなら潰すだけだし、ほっといていいと思うならほっとけばいいんじゃないっすか?」

「つまり、『中立』という立場だと思っていいな?」

「いいっすよ。どうせオレ、考えたってこんなのよくわかんねーですし、頭のいい人たちにこういうのは任せますわ」

 影内の態度は一見投げやりに見えるが、意見としては正しい。

 自分の領分を越える判断は、自分より見識のある人間に任せ、口を挟まない。

 「選ばない」という選択肢を自覚的に選べるのは、影内のような人間だからこそ許される判断だとも言える。

「さて、これで意見は賛成1、反対1、中立1だ。残る幹部はお前一人だ、夜野参謀。貴様はこの件、どちらに意見を傾ける?」

「……これではまるで、私が意思決定する立場に立たされてしまったような形ですね。(けん)に回ったのは失敗でした」

 全体の意見が拮抗している現状、多数決の観点から言えば夜野の意見が幹部の総意と言ってしまってもいい状況だ。

 答えに窮した夜野は、ふと話題を関係のない方向へと逸らし始める。

「そういえば、先ほどの影内君の話で思い出したのですが、〈生態科学研究所〉の件についてはどうなさるおつもりですか?」

「ああ、あの組織か」

 〈生態科学研究所〉とは、その名の通り遺伝子学や生物学を駆使した兵器や改造人間を生みだし、人間世界に反抗しようと暗躍する〝悪の組織〟の老舗的な存在だ。

 〈SILENT〉とはその活動範囲が重複することから、度々武力衝突が起きている。

 先日街を破壊した巨大カマキリ型生物兵器の〈チャリオット〉も、もとはと言えばその研究所が生み出したものだ。

「国家と敵対するのであれば、あの組織と手を組むことを考えなければいけませんし、逆に彼らが【修正自警法】に対して何かのアクションを起こすことも充分考えられます」

「そうっすよ! とりあえず邪魔なあいつら潰すの先にしましょう!!」

「影内君、あなたは短絡的な発言を控えてください!!」

 夜野と影内が言い合う中、クラヤミは頭を抱えながら珍しく沈んだ声で一言発した。

「それだがな、参謀……すまん。うっかり、潰してしまった」

「……ええっ!? うっかり潰したって、どういうことですか!?」

「いや、『また同じような怪物を生み出されたら困る』と思ってな。事件の後始末をしている最中、つい『とりあえず潰しておけ』と適当な支持を出したら潰してしまったらしい」

「いやいや、あの組織そんな簡単に潰せるようなもんじゃないッスよ!!」

 総帥のとんでもない告白に、食って掛かったのは工作部隊の影内だった。

「連中の支部一つ潰すのだってとんでもなく大仕事だったのに、『ちょっと潰してこい』で潰しちまうなんて、一体どこの誰の仕業ッスか!?」

 組織内で随一と言われる戦闘力を持つ影内にとって、自分の株を奪われるのは見過ごせたものではない。

 クラヤミは悩ましげな声で、一言ぽつりとその名前を口にした。

「……指示を与えたのは〝黒雪〟だ。あやつに一人でやらせた」

「〝黒雪〟って……総帥がときどき、名前出す奴っすよね? 組織の中に、そんなマネできる人間がいるんですか?」

「いや。奴は組織の構成員ではない。わし個人の協力者であり、隠し刀だ。それをうっかり抜いてしまったのは、正直失敗だった」

 クラヤミは今回の〈チャリオット〉事件に対して本気で腹を立てていて、つい衝動的に怪物を生み出した組織を潰してしまったのだと、幹部の誰もが無言の内に理解した。

 だが、組織内で〝総帥の懐刀〟としての地位に誇りを持っている影内にとって、自分と同等かそれ以上の力を持つ存在に対し、彼は嫉妬めいた感情を抱いてしまう。

「そいつがどこの誰なのか、教えてもらうことってできないんっすか?」

「奴はわしにとって、強力な武器でもあるが、諸刃の剣でもある。貴様らを信頼していないわけではないが、わし自身を守るためにも、〝黒雪〟が何者か、明かすことはできん」

 正体不明の〝黒雪〟なる存在に、対抗心を燃やす影内と、その正体をひた隠すクラヤミ。

 平行線を辿る両者の対立に水を差したのは、最年長の漆原だった。

「まあ、総帥に色々隠し事があるのは、今に始まったことじゃないでしょ。仮面のことにしたって、資金の出所にしたって、普段使わせてもらってる武器の出自にしたって」

「そりゃまあ、オレも別に気になるってだけで、教えてもらえなきゃ従えないってわけじゃないっすけど……」

「まあ、話しを元に戻しましょうや」

 最年長らしい威厳をもって、漆原は室内にびりびりと響く低い声で話の整理を始める。

「俺達〈SILENT〉は向かうところ敵無しの正真正銘〝悪の組織〟として君臨していて、対抗できる組織はなくなっちまってる。一方の【自警団】も兵器みたいな武器をどんどん導入してきて、戦力を増してきてる」

 両者がどんどん戦力のインフレに身を投じ、際限なく武力を高めていけば、もっとも多くの被害を受けるのは力なき多くの市民達だ。

「そして板挟みになった国家は、市民を守るべく自警団を戦力として取り込みたくて、その為の法案を整備しようとしている」

 〈SILENT〉という組織には、社会から排除された数多くの〝社会的孤児(マイノリティ)〟を抱え込んだ避難船だ。

 組織が国家と真っ向から戦う道を選べば、多くの犠牲が生まれかねない。行き場を失った夜野や影内のような人間から、居場所を奪うことにもなりかねない。

 社会的多数(マジョリティ)によって生み出された【修正自警法】という障害を前に、船を率いる立場であるクラヤミは、未だ明確な針路を見つけられてはいない。

「……参謀。貴様は自分の意見を、次回までにまとめておいてくれ」

「それは、私の返答次第で今後の方針を決めるということですか?」

「そこまでの重荷を貴様に背負わせる気はない。元はと言えば、わし個人のエゴで始めた企てだ……だが、この船には少々多くの人間を乗せすぎた」

 クラヤミが静かに自分の席から立ち上がると、幹部達は即座に同じタイミングで一緒に立ち上がる。

「諸君。この組織は、わし個人の思想を叶えるための船としては、あまりに大きくなりすぎた。思想の為に戦いへ赴くか、安全の為に戦いを避ける道を選ぶか。わし一人の判断で選ぶことはできん」

 クラヤミは落ち着いた声で、会議の最後をこう締めくくる。

「我々は正義に敵対する者だ。だが、〝どんな正義を敵に望むか〟は、よく考えておいてほしい」

 未だ方策を決めきれないクラヤミが――黒間無音の脳裏に過ぎるのは、緋色蓮花の花咲くような笑顔だった。

 無音が心の内に求めるのは、彼女が求める正義という幻想に形を与えることだ。

 

――蓮花さん。【修正自警法】の正義は、あなたが求める正義を満たすものですか?


 無音はクラヤミという仮面の奥で、そっと心の中で問いかける。

 方針を定めるのは、〝彼女たち〟の話を聞いてからでも遅くはないだろう。

たぶん来週あたりから〝彼女達〟のターン

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