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8-2.正義の味方のなりそこない


「なあ、おい。変態仮面。お前、どこの何者だ」

「趣味が悪いというのは百歩譲って許すとしても、変態と言うのは聞き捨てならんな」

「うるせえ。お前みたいな趣味の悪い奴を世間じゃ変態って言うんだよ」

「ほう、人並み外れた能力を持ってはいても、価値感覚の方は人並みのようだな」

「凡人とはひと味違うこのオレ様も、その格好のセンスだけはよくわかんねーわ」

 突然現われた仮面の男に、影内は苦々しい表情で応じる。歯を噛みしめ、睨みを利かせ、まるで外敵を威嚇をする肉食獣のような表情だ。

 一方、全身を黒い鎧で覆った仮面の男は、堂々とした余裕のある態度を崩さず続ける。

「そんなに怖い顔をするな。それとも、まさか転移能力者(テレポーター)ともあろう者が、臆しているわけではあるまいな」

「……お前、頭はおかしいようだが、頭が悪いみたいじゃねえようだな」

 影内はジーンズの後ろポケットにゆっくり手を這わせながら吐き捨てる。

 指には、いつも持ち歩いている折りたたみナイフが触れる感触がある。いつでも即座に取り出し、私用出来るよう心の準備はできている。

「どうしてオレ様が〈瞬間移動〉使い(テレポーター)だと見抜きやがった?」

「貴様のその技、おおよそ久遠流であろう」

「なっ……お前、あの道場のこと知ってるのか!?」

「〈瞬間移動〉能力を、それと気付かせず護身に活かす技の数々。あの老体が考えそうなものだ」

「あんたの言う通りだ。久遠流の道場には一年ぐらい通ってたことがある。さっ使ってた技も、オレ様のオリジナルじゃねえ」

 影内は自分でも認めるところだが、直情的で頭が悪い。優れた能力を持ちながら、その使い方を今ひとつ制御しきれていない自覚がある。

 能力の正体を気付かせず戦いに使う方法も、自分で考え出したものではない。そもそも人に教えられるまで、自分の能力を隠すべきだという考え方すら持っていなかった。

「だが、貴様がその技を使いこなせるのは、貴様自身の能力と才能によるものだ。貴様はそれを誇るべきだし、自分の財産として正しく活かすべきだろう」

「褒められて悪い気はしねーけど、不思議と気に食わねーな。自分は顔も隠してるくせに、人の事何でもお見通しって口ぶりだ。面白くねえ」

 こちらの手の内を見透かしておきながら、自分が何者かも、手の内すらも明かそうとしない。

 ただ一方的に、上から見下ろされているような感覚。

 言葉にはできないが、影内にはその感覚がどうしようもなくイライラする。

「変態仮面野郎。お前、オレ様が〈瞬間移動〉使いだったとしたら、一体なんだっていうんだ。何が目的なんだテメー」

「貴様、わしの部下になるつもりはないか?」

「……はァ? このオレ様が、お前の手下になるだと?」

「ああ。貴様の余人を凌ぐ能力は、相応の場所で使われるべきだ。小悪党を懲らしめる道具にしておくにはあまりにも惜しい。才能の浪費と言ってもいい」

「そりゃあオレ様だって、このクールな能力をもっとビッグなことに使いたいとは思ってはいるけどよ……」

 自分の能力を、世間に認めて欲しいと、思ったことがないわけではない。

 何か大きなことを成し遂げたいと、いつも無意識に願ってはいる。

 だが自分に思いつけるのは、「大きな犯罪をやる」とか「派手な事件をしでかす」とかその程度のものだ。

 能力を使う当てがみつからないことへの苛立ちが、いつ暴発して破滅を巻き起こすか自分でも予想が付かない。

「金に困っているというなら、その能力に見合った分だけ与える用意はある」

 仮面の男は、そう言うと懐から札束を無造作に取り出して示す。

 少なくとも嘘では無いらしい。

 だが、相手が〈瞬間移動〉使いだと分かっていながら、金を見せびらかすのは頂けない。奪い取られたらとは考えないのだろうか。

 それとも、盗みなどする人間ではないと、信用されているのだろうか。

「……悪くない話だが、やっぱり気に食わねえな」

――なんでこんな変態の話を真面目に聞いちまってるんだ、オレ様は。

 影内は思わず聞き入ってしまっている自分自身に、そう叱咤を送る。

 使い道が欲しいのは本当だ。けれど、何かにすがりたいわけではない。

 良い話が舞い込んできたからといって、素直に飛びつくほど馬鹿ではない。

 影内はジーンズのポケットから折りたたみナイフを取り出すと、素早く展開して目の前に構える。

「あんたの見る目は本物だって信じてもいいぜ。なにせオレ様の完璧な能力偽装を見破って目をつけたんだからな」

「……その自信過剰さは、もはや一種の才能だな」

「だが、腕の方はどうだ? オレ様は弱い人間の下につくつもりは無え。その格好が見せかけの虚仮威しじゃねえって証明してみせろ」

「具体的に、どうすれば納得がいくのだ?」

「オレ様に一発でも入れてみろ。そうすりゃあんたの言うことは何だって聞いてやる」

「面白い。良いだろう。さて、ではこちらが負けたらどうする?」

「有り金全部頂いていくぜ。あんたに恨みはねえが、貧乏は死ぬほど憎い敵だかんな」

「いいだろう。だがそれは、本当の〝憎むべき敵〟ではない」

「……偉そうなご高説を聞いてやるつもりはねえよ。あいにくこっちはそれほど賢い頭は持ってねーんだ」

 その日を生きるため、目の前の金に飛びつき、ただ無為な日々を送るのに何の意味も無い。それぐらい、頭が悪くてもいやだって理解できてくる。

 だが、何を恨めば――何と戦えば今の自分が変えられるのか、未だ分からない。

 誰も教えてくれなどしない。

「オレ様にぶっ倒されて気絶する前に一個だけ聞いて置くぜ。あんた、名前はなんて言うんだ? ああ、こういうときは先に名乗るもんか。オレ様は影内だ」

「わしの名はクラヤミ総帥だ」

「くらやみ? ……やっぱ趣味悪いな、あんた」

 影内は口に出してみて、思わず苦笑を唇の端に浮かべる。

 その得体の知れない仮面の男に対する警戒心は、既に影内の中から消え失せていた。


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