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8-1.正義の味方のなりそこない

「クッソオオオオオ! またバイト首になっちゃったァア!!」

 その男、影内は叫びと共に足下に落ちていた空き缶を踏みつぶす。

 そして潰した空き缶を拾い上げると、ゴミ箱に向かって放り投げ――るとみせかけて、手を放す瞬間、ゴミ箱の真上に潰した空き缶を〈瞬間移動〉させる。

 空き缶はすぽっと綺麗にゴミ箱の中におさまり、影内は軽くガッツポーズをした。

「クソっ! このオレ様の素晴らしさを思い知ったか!!」

 誰に向かって言っているのか。聞いているのは空き缶を投げ込まれたゴミ箱ただ一つ切りである。

 影内は今まで数々のバイトを首になってきたが、今回辞めさせられた理由は中でも胸くその悪いモノだった。

 なんとバイトしていたコンビニが、強盗の被害に遭ったのだ。

 そしてちょうどレジを担当していた影内は、自分に包丁を向けてきた強盗を意気揚々と叩きのめしてしまった。〈瞬間移動〉能力を活かして即座に相手の背後に回り込み、そのまま包丁を転移させて自分の手に収め武器を奪い、刃を首に押し当てて組み伏せる。

 モノの十秒と掛からない、鮮やかな一瞬の手並みだった。これが普通の人間なら、警察から表彰を受けていてもおかしくはない。

 だが、影内は普通の人間ではない超能力者――しかも、中でも世間から悪評の高い能力である〈瞬間移動〉を持つ能力者だった。

 事件によって影内の正体を知ったコンビニのオーナーは、強盗を退治した影内を褒めるよりも先に、『超能力者と分かった以上、雇い続けることはできない』と首を命じられたのだ。

 どうせ盗難保険に入っているのだから、強盗にレジの金を取られても、店としては全く問題はなかったという余計な一言まで添えられて。

「別にオレ様は悪いことしてねーし! むしろどっちかっていうと良いことしたはずじゃねーかよ!!」

 影内の怒りも当然である。

 彼らが世間から忌避されるのは、彼ら自身の問題ではない。

 かつて〈瞬間移動〉能力を悪用して数々の犯罪を起こし、世界中に傍迷惑な偏見をこれでもかと残して死んだ超能力者が居た。その男が犯した大罪のせいで、世間の超能力者たちはいつ犯罪者になってもおかしくない存在と見なされている。

 中でも、同じ〈瞬間移動〉能力を持つ影内への風当たりは、最悪のものだった。

「まあ、確かに嘘ついてたのはオレ様だけどよー。その嘘がバレるの覚悟で強盗退治したんだぜ? もっと評価されるべきじゃねーの?」

 バイト採用の段階で、超能力者かどうか聞かれたとき、能力はないと嘘をついた。

 仕方がなかった。そうしなければ雇ってもらうことすらできないからだ。

 影内は現在、宿無し職無し学歴無しという社会の孤児である。

 昔から、自分が超能力者だとバレる度に家族ぐるみで引っ越しを繰り返してきた。

 それが十回目という回数に及んだとき、憔悴しきった家族の様子に居たたまれなくなり、とうとう家出して高校も中退して、一人で風来の生活を始めたのだ。

「あー。次のバイト見つかるまで、また野宿生活でもすっかなあ……」

 明日の寝床すら定かでは無い自由人としての生活を送る影内だが、その口調はおどろくほど楽天的で切羽詰まってはいない。

 この底抜けの明るさと前向きさがあってこそ、影内は世間の偏見に晒されながらもたくましく生きてきたのである。

「……ん? なんか、面白そうな匂いがしてんな」

 影内はふと、公園の奥まった場所にある雑木林の方に目線を送ってみる。

 そこでは三人の体格のいい高校生たちが、一人の華奢な高校生を取り囲んで、なにやら剣呑な雰囲気を醸し出している。

「いいから金だけ出せばいいんだよ」

「別に持ち物全部置いてけ、なんて言ってないんだからさあ」

「早く出した方がいいぜ? でないと、入院費の方が高くついちゃうよ?」

 男達はどうやら、一人の高校生を取り囲んで金を脅し取ろうとしているらしい。

 そんな良い気分にならない光景を目にしてしまった影内は、爛々と目を輝かせると、楽しそうな表情で男達の間に割り込んだ。

「おっ、カツアゲか? 楽しそうだな、テメーら。オレ様も混ぜろよ」

「アン? なんだテメエ。図々しい野郎だな」

 喝上げを行っていた男の一人が、苛立たしそうな表情で振り返る。

 男は三人の中で最も体格がよく、影内よりも一回り体格が大きい。間違いなく、この男がこの不良達の頭だろう。

「そんなにやりてえなら、どっか他所で適当なカモ見つけてやってこいよ」

「いやいや。折角こんな丸々育ったブタが三匹も居やがんだ。狩るならここが最高だ」

「三匹? てめえ、何言――」

 男が言い終わらぬ内に、影内は一挙に間合いをつめるとリーダー格の男の顎に、鋭いアッパーを叩き込んだ。

「グげッ!?」

「狩られんのはテメーらだよ! バーッカ!!」

 影内は景気の良い掛け声と共に、怯んだ相手の脇腹に回し蹴りを叩き込む。

 自分より一回りも大きい巨体が、一瞬にして十メートル近く吹き飛んだ。

「な、なんだコイツ!? スゲー力だぞ!!」

「やべえよ、〈怪力〉使いの超能力者だ!!」

 影内はにやりと唇の端に痛快な笑みを作る。

――こいつら高校生のくせに、オレ様よりよっぽどアホだ。

 彼らが勘違いしてしまうのも無理はない。

 影内は数メートル男を蹴り飛ばした、と見せかけて、実際には蹴り飛ばした相手を瞬間的に数メートル遠くへ転移させただけなのだ。

 残る二人が、戸惑いながらも腕を伸ばしてつかみ掛かってくる。

 だが影内は、ステップを踏むように二人がかりの猛攻を軽く凌いでいく。

 これも、単純な回避行動では無い。ときどき〈瞬間移動〉を織り交ぜることで、超人的な身体能力による体裁きを装っているのだ。

「ああもう、飽きた! 単調なんだよテメエら!!」

 影内は苛立った声を上げると、突き出された腕を掴まえて、ぶわっと真上に振り上げる。

 瞬間、掴まれた男の体が、影内の真上に持ち上げられていた。

 もちろんこれも、〈瞬間移動〉を利用したトリックだ。一瞬で相手の体を頭上に転移させ、それに合わせて手を上に伸ばす。するとあたかも、〝怪力でいとも容易く相手を頭上へ持ち上げた〟かのように見えてしまうのだ。

「どっせい!!」

 影内は掛け声と共に、頭上に転移させた相手の体を地面に叩き落とす。大した力が掛かっているわけでもないが、二メートル近い高さから落下する位置エネルギーがそのままダメージへと変わるのだ。

 地面に叩き付けられた男は、「うげっ」とくぐもった悲鳴を上げて気絶してしまう。

「よーし、最後はお前だ」

「ま、待ってくれ! 金なら出す!! だから勘弁してくれ!!」

「なんだよテメー、結構持ってるじゃねーか。だったらカツアゲなんてコスい真似してんじゃねーよ。あ、気絶した二人の財布からも持ってこいよ?」

 カツアゲしていた高校生たちから逆に金を巻き上げるという傍若無人の限りを尽くした影内は、満足げに取り上げた金の枚数を数え始める。

 彼に叩きのめされた二人は、残った一人に肩を支えられて、退散してしまうのだった。

「あ、あの……ありがとうございます」

「ああ。カツアゲされてた少年か。よっしゃ、お前も助け料として金出しな」

「えっ、お金取るんですか……?」

「あたりめーだろ。オレ様は別に、〝正義の味方〟なんてご大層なもんじゃねえ。ただの金の無い超能力者だ。その選ばれた力をてめーら凡人に貸し与えてやってんだ、金取って何が悪い」

「えっと、まあ、間違ってはないと思いますけど……」

「人に助けられんのが嫌だったら、自力で強くなるこったな。あ、別に金無いんだったら千円ぐらいでもいいぜ? あいつら三人から充分巻き上げたからな」

 影内はほくほくとした笑顔で、巻き上げた金を何度も入念に数え直している。

「とりあえずこれだけあれば、漫画喫茶で一ヶ月は粘れるな……」

「あの、お兄さんは超能力者なんですか?」

「ああそうだぜ。能力は気に入ってるけど、職探しが面倒なのが玉に瑕だな」

「……それだけの能力があれば、もっと簡単に、お金は手に入るんじゃないですか?」

 少年はわずかに言い淀みながら、その言葉を口にする。

「その、盗むとか、そういうことに使えば……」

「はァ!? お前、なんでオレ様がそんな真似しなきゃならねーんだよ」

 影内は信じられないとでも言いたげに、目を丸くして大声を上げる。

 そして腰に手を当てて大きく胸をはると、少年に向かって勢いよく言い放った。

「オレ様は盗みも犯しも殺しもやらねえ。なぜならそんなのは、力の無え凡人のやることだからだ。最強の超能力者であるこのオレ様が、そんな低レベルな真似なんてやるわきゃねえだろ」

「じゃ、じゃあ今みたいな喧嘩は……?」

「喧嘩は別だろ。いくら超能力者だって、強い人間に負けるこたある。お互い力と力で比べ合ってんだ。オレ様に勝てねえあいつらが悪いんだよ」

 堂々と持論を言い放つ影内に、少年はなぜか、満足げな笑みを浮かべて答える。

「なんていうか……すごく正義感の強い人なんですね」

「正義感? ねえよ、そんなもん。そんなものじゃ飯は食えないし、仕事にもありつけねえからな」

「いえ。きっと、お兄さんなら、すぐにでも良い仕事がみつかりますよ」

 少年はにこりと微笑んで、意味深な言葉を口にする。

――なんだコイツは……?

 大人しくて辛気くさい雰囲気としか感じていなかった少年の背後に、何か得体の知れない不気味さを感じてしまう。

 ただの子供の笑いに、どうして自分はこんな寒気を感じているのだろう。

「……おい、少年。お前、名前はなんて言うんだ?」

「え、えっと……〝なおと〟って言います」

「なおと? 大人しそうなお前にぴったりって感じだな。なんて漢字だ」

「無い音……無音(むおん)と書いて〝なおと〟です」

「音が無い? ますます静かだな。黙ってカツアゲされるために付けられたみたいな名前してんのなお前」

「あはは……確かに言われてみればそうですね。そんなこと言われたの初めてです」

 少年は控えめに会釈をすると、影内に千円札を手渡して一歩下がる。

「では、ありがとうございました、超能力者のお兄さん」

「おうよ。もし困ってたらまた力になってやんぜ〝おとなし〟君。もちろん、お助け料はきちんと払ってもらうからな?」

 少年は曖昧な笑みを浮かべながらもう一度会釈をして、日が沈み始めた公園の暗がりな道を歩き去って行く。

 木々の影が作る闇の中に少年の姿が消えていくのを見送ってから、影内は踵を返す。

「……オレ様みたいなヤンキーにビビらねえとは、意外と肝座ってるよなあいつ」

 微妙な引っかかりを覚えながら、影内がその場を後にしようとした、そのときだった。

「――そこの青年。貴様、〈瞬間移動〉能力者だな?」

「なっ……誰だ!?」

 背後からかけられた低い男の声に、影内は弾かれたように振り返る。

 この場には、さっきの少年以外、人の気配はなかったはずだ。

 視線を向けた先には、信じられないような光景が存在していた。

「な……なんだお前、その、コスプレっていうのか?」

「コスプレとは無礼な。これはわしの普段着であり、戦闘服だ」

「うわ。やべえ、本物の変態だ」

 全身を中世時代のような黒い甲冑に身を包み、背中には幅広の外套。

 そして顔には、趣味の悪い毒々しいデザインの仮面。

 まるで周囲の闇が結集して人の形を成したような、全身を黒色で包んだ怪しげな男と、最強の超能力者である影内は互いににらみ合うのだった。


先週

「初登場回でポイントやたら増えてたから実は結構人気キャラだったりして(ヘラヘラ」

現在

「ほんまにポイント50ぐらい増えとる!?」

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