2.戦え、正義を掲げる者達よ
「ふふふ。今回の怪人も中々の出来ではないか、参謀」
「ええ、そのようですね。総帥」
まるで中世時代に建てられた古城のような広間の奥。
これでもかと禍々しいデザインの豪華で巨大な玉座。
全身に闇色の甲冑を纏った男が大声を上げながら座している。
その目元は黒い仮面で覆い隠されてしまっているが、露わになっている口元は大げさな笑いを上げているのが伺えた。
「まったく笑えてくるぞ! 今回も我らの圧勝だ!!」
「ええ、喜ばしいことですね。総帥」
玉座の隣で静かに佇む女性が、涼しげな声で言う。
立ち位置的には参謀といったところだが、下縁の眼鏡とパンツルックのスーツはどちらかというと女秘書といった感じの雰囲気だ。
「ああ、全くだ。フハハハハハ! 笑いが止まらんぞ」
「さすがはノワール博士、今回の怪人スーツも素晴らしい出来のようです」
「そんな話ではない、このバカ参謀! 皮肉ぐらい分からんのか!?」
「……は?」
「真面目に仕事し過ぎだ、あの働き者め!!」
総帥と呼ばれた男は、椅子の肘掛けに、拳をドンと叩きつける。
「強く作りすぎだ! このままでは我々が勝ってしまうではないか!?」
クラヤミ総帥は目の前を指さす。その先には、十数代のモニターが並んでいた。
一体の人型をした怪物と、それに対峙する三人という光景。
チャンネルはモニター毎にそれぞれバラバラだが、どれも同じ光景だ。
「……その点ですが、ご心配なく。ちゃんと弱点を用意してあります」
「ほお、さすがは我が右腕。やるではないか」
参謀と呼ばれた女性は、得意げに赤いフチの眼鏡を指で押し上げる。
画面の中では先ほどからずっと、三対一であるにも関わらず、怪人の方が圧倒的優勢という構図が続いている。
対する三人は、それぞれ様々なコスチュームに身を包んだ少女たちだった。
椅子に座る男は、画面を指さしながら隣の参謀に問いかける。
「どうやら見たところ、水に弱いようだな。あの怪人は」
「その通りです……よくお解りになりましたね」
「あいつ、水たまりを避けるように戦闘しておる。さすがはスーツアクター歴二十年の大ベテラン、にくい名演技だ。画面の前のお子様たちもそろそろ気づく頃だろう」
「ええ。博士には、怪人の外殻はそのように作るよう指示してあります」
「なるほど。しかしツメが甘かったな」
「は?」
「あいつらの馬鹿さ加減が計算に入っておらん!!」
再び男は椅子の肘掛けに拳を振り下ろす。
画面の中では三人の少女たちが、ひたすらに悪戦苦闘している。
『ちょっと、なんなの!? 全然攻撃効かないじゃん!!』
『刃が零れちゃった……せっかく新素材で作った新品だったのに……』
『あの、ごめんなさい。私、魔力切れてしまいそうなのでお先に下がらせていただいてよろしいでしょうか……?』
『いいんじゃない? アタシも今日は警察に任せて帰ろっかなあ。今回の怪人、全然勝てる気しないし』
『ちょっと二人とも!! 正義の味方がそんなことでいいと思ってるの!?』
怪人は岩石みたいな殻を背に担いでいて、見た目はどこかヤドカリに似ている。。
剣で切り付けても刃の方が折れる。矢を打ち込んでも岩に阻まれて刺さらない。魔法の雷を浴びせても全く効く様子がない。そんな苦戦を何度も何度も繰り返している。
「もう三十分だぞ! 子供たちが退屈してチャンネル変えてしまうレベルだ!」
「チャンネルを変えたところでどの局も同じ中継映像です」
「テレビ消してオヤツ食って寝てしまうではないか!!」
クラヤミ総帥は頭を抱えて真剣に悩み始める。
隣に佇む参謀は、呆れたように溜息を履いている。画面の中で繰り広げられる戦いに対してかそれとも隣で怒鳴り散らす自分の上司に対してであるか、は定かでない。
仮面の男――秘密結社〈SILENT〉のクラヤミ総帥は、参謀に再び問いかける。
「確か、天候操作装置の試作が完了しておったな?」
「はい。小雨程度ではありますが、実用可能だと博士は言っていました」
「うむ。技術班に連絡を取れ。準備が出来次第、あの一帯に雨を降らせろ」
「戦闘員たちに作戦の変更を伝達しますか?」
「あいつのことだ。こっちの意図ぐらい、言わずとも気が付くだろう。戦いに不慮の事態は付き物だ」
「撤退させた後の再集結地点は打ち合わせ通りでよろしいですね?」
「無論だ。地元警察への事前準備はできているな」
「はい。不発弾が見つかったと偽の通報をして避難を促しております。市街地への被害は最小限にとどまるでしょう」
「よろしい。では直ぐにとりかかれ」
「はい。仰せのままに」
参謀は一度頭を下げ、部屋から退出しようと歩き始める。
扉の前で、ふと歩みを止めて、ちらりと総帥の方を振り返る。
「……総統。もし、このまま雨を降らせなければどうなると思いますか?」
「まあ、あいつら怪人の弱点に気づかんだろうし、それでは我らが勝ってしまうだろうな」
「……勝ってしまおうとは、思わないのですか?」
参謀は深く静かな声の中に、鈍く光るものを含ませながら問いかける。
しかしクラヤミ総帥は、ふふんと小気味よく鼻を鳴らして答えた。
「あほう。〝この世に悪が栄えたためしはない〟のだ。さっさと言われたようにせい」
「出過ぎたことを申しました。お許しください」
「わかったわかった。さっさと行かんか」
総帥は「しっしっ」と手を振って、面倒そうに参謀を部屋から追い出す。
「あなたなら、きっと世界征服なんて簡単にできてしまうのに……」
「ん? 何か言ったか、参謀」
「い、いえ。何も。それでは失礼します」
誰も居なくなった部屋で、一人手を胸の前で組み、悪の親玉そのものといった様相で尊大に胸を反らせて大声を上げる。
モニターの中で繰り広げられる、正義と悪の戦いに向けて。
「さあ、戦え。正義を掲げる者共よ。貴様らの正義が、この世界を満たすその日までな」
悪の親玉を名乗る男は、心の底から楽しそうな様子で口元に笑みを乗せた。