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6.不吉を夢見る電気の黒猫

『前から噂されていた【修正自警法案】だけど、ついにその草案が出来たみたいだよ』

「そうか……それは確かに、面白くないな」

 クラヤミはビスケット状の栄養食品をむしゃむしゃと食べながら、悩ましげに応じる。

 ノワールの本体が置かれている部屋の隅には、大量の栄養食品の箱が山のように積まれている。

 構成員達が〝ノワール博士の食料〟として運んできてくれたものだが、ノワール博士という人物は実在しない。

 部屋の中に存在しているのは、人格を持った巨大な量子コンピューター〈NOIR〉の本体だけだ。活動のために必要とされるのは電力のみである。

 そのため、運ばれてきた食料は消費されることなく溜まっていく一方だ。ときどき彼の正体を知るクラヤミが、部屋を尋ねるついでにこうして消費している。

 無論、それだけでは全く消費が追いつかないので、こっそり外に持ち出して戦闘員達の支給用品の中に紛れ込ませたりと、ノワールの正体を隠すためにまめな隠蔽工作を行っているのだった。

「法案の内容はどうなっている?」

『ハッキングして草案の内容を調べてみたけど、概ね僕たちの予想通りだね。君の携帯端末にデータを転送しておくよ』

「すまんな、助かる」

 クラヤミが自分の携帯を取り出して送られてきたデータに目を通し始める。

 と、どこからか現れた一匹の黒猫が、彼の足下に近づいてきた。

「ん。この猫は、お前が連れてきたのか?」

「いいや、この猫がぼくだよ」

「なっ……!?」

 クラヤミは驚いた表情で、足下に寝そべる猫をじっと見つめる。

 黒猫は小さな口を開き、はっきりとした少年の声で喋り始める。

「皆があんまり『姿を見せろ』ってうるさいから、ちょっと作ってみたんだよ。見た目は本物の猫そっくりにしてあるけど、中身は完全に機戒部品だよ」

「なるほど……猫型アンドロイドを、通信機代わりにしているようなものか」

「これなら会議にも戦闘にも顔を出せるし、ちょっとした戦闘支援の機能も持ってる。結構良いアイデアでしょ?」

 黒猫(ノワール)は可愛らしく小首を傾げながら問いかける。

 クラヤミは難しそうな表情を浮かべていた。

「余計に怪しさが増しただけではないか。どうして素直に人間型のロボットにしなかったのだ」

「だって人間の体だと、作るのも維持するのも手間が掛かるし、髪の毛とか体型とか変化させなきゃどうせ本物じゃないってバレちゃうよ」

「だからといって、猫型ロボットは開き直りすぎではないか」

「この組織には超能力者も宇宙人も妖怪も居るんだ。今更、喋る猫一匹増えたぐらいじゃ誰も驚かないよ」

「わしはそれなりにビックリしたぞ」

「それも利点の一つだよ。人間(きみたち)の驚く顔がとても〝面白い〟」

「貴様は結局はソレか……」

 クラヤミ総帥――その正体である黒間無音くろまなおとと、ノワールの関係はもう十数年になる。

 祖父は生前、科学者として多くの論文を世間に遺していったが、それと同じぐらい多くの軍事利用可能な技術を、世界征服を志した者として考え出していた。

 そうした表向きにできない研究の資料の全てを、自身が開発した量子コンピューター〈NOIR〉の内部に保存していたのだ。

 もっとも、資料そのものだけでは、普段は普通の少年である無音には解読することすらできない。研究一つ理解するだけでも、短くとも十年単位で時間がかかってしまう。

 保存媒体であるコンピューター自身がその知識を保存し、管理し、翻訳し、技術として利用できるように加工してくれる。

 〈SILENT〉がたった数年でここまで巨大な組織に成長できたのは、ほとんどノワール一台(ひとり)の存在のおかげだ。

 また、優れた演算能力を活かした株や為替の予想で活動資金を稼ぎ出したり、敵組織の情報をハッキングして手に入れてくれたりと、そのサポートは多岐にわたる。

 ノワールは組織の頭脳であると同時に、心臓そのものだ。無音が彼の存在を組織の仲間たちにも秘密にしているのは、そういった事情からだった。

「データに目を通してみたが……やはり問題はこの、防衛省に自警団への命令権を与えるという部分だな」

 話をしながら【修正自警法】の草案に目を通していたクラヤミは、悩ましげに呻きを漏らす。

「自警団っていうのは本来、警察庁の下部組織である自警庁に認可された、武装することを許された民間人だ。つまり、有志による警察のお手伝いだね」

「だが、防衛省にも命令権を与えるとなれば、それは防衛軍に組み込まれるのと同じだ」

 これまで色々な脅威にさらされてきた日本は、自衛隊という名称を防衛軍という名称に変更している。専守防衛という精神は変化していないが、脅威に対抗するため自衛隊だった頃に比べて武器の調達が格段にしやすくなったという。

「彼女達の武器が女子高生の護身道具などではなく、個人所有可能な兵器であることなど、初めから分かっていたことではないか」

「自分の優秀さを棚上げしすぎだよ、ヤミー。この国の政府は、もはや〈SILENT〉という組織を単なる社会のはみ出し者たちとは思っていない。君という存在に統率された一個の軍隊として臨むことを世界は選ぼうとしている」

「……問題は、自警団当人たちがそれを選ぶかどうかだな」

「君はもう、答えが分かっているから、そんなに悩んでるんじゃないの?」

 表情のないはずの黒猫が、にやりと口の端を上げて微笑んだように見えた。

「まあ、もう法案がこのまま通る可能性は低いと思うよ。警察庁と防衛省の縄張り争いに、一本の線を引くことにもなりかねないからね」

「そこの対立を扇動して、法案の成立を妨害するという手はどうだ?」

「足の引っ張り合いをさせるってことだね。でも、その場しのぎにしかならないよ。こういう法案が形になってしまった時点で、既にもう手遅れなんだから」

「……上手い手はないものか」

「ぼくの経験上、君はもう、答えは出ているものだと思うけど」

 ずばり核心を突かれて、クラヤミは返す言葉が見つからなくなってしまう。

「初めて会ったときもそうだ。君は『世界を正義で満たす』方法を、自ら見つけ出し実践してしまった。それが僕にはとても面白かった。だから、君に手を貸している」

「これ以上、事態を引っかき回す必要はあるまい」

「だったら、君がその手で丸く収めてしまえばいい」

 世界征服を志した天才科学者――彼が遺した量子の幻は、クラヤミを惑わすように言葉を続ける。

「不本意な法をはね除ける方法。それは、君自身が法になることだよ」

「……力による解決など、この世でもっとも面白くない手段の一つではないか?」

「そうだね。確かにこれは、機戒(ぼく)の想像力の限界かも知れない」

 黒猫ノワールは本物の黒猫さながらに、身軽な動作で自分の本体である巨大な量子コンピューターの上にトンと飛び乗る。

「……貴様はまるで悪魔だな、ノワール」

悪魔(それ)もまた、人が自らの想像力によって造り出したものだよ」

 黒猫は澄ました顔で、上から見下ろしながら事も無げに言うのだった。


この作品のジャンル実はSFなんですよ

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