17-2.正義の華、咲き誇るとき (第一部完)
「いやいや、ヤベーっすね、あの剣の威力。剣っていうか何あれ、もはや兵器?」
秘密結社〈SILENT〉の全ての構成員達が、その凄まじい光景の全てを離れたビルの屋上から見届けていた。
誰もが声を上げることができず、無言で立ちすくむ中、組織イチ空気の読めない男と噂の超能力忍者、影内はおどけたように言葉を続ける。
「あんなん全画面ガード不能のチート技っすね。俺様の〈瞬間移動〉も結構なチート能力って世間じゃ言われてるけど、あれ転移先ごと焼かれておしまいじゃん。マジおっかねー」
口調と態度こそふざけているが、影内は組織内の誰もが認める実力を持ったAランク超能力者だ。そんな彼が「勝てない」と断言してしまうからには、他の一般戦闘員達がどう思っているかなど、言うまでもない。
影内はそんな彼らの内心を知ってか知らずか――おそらく本当に空気が読めていないだけなのだが――隣で怪人スーツを半分ほど脱いだ戦闘部隊の隊長、漆原に尋ねる。
「漆原のオッサンはどうっすか、あのチート技。やり合える自信あります?」
「そうだなあ……俺も若いときは何度か、爆薬を使ったスタントシーンとか、服に火がついたまま戦うアクションシーンは撮ってきたが、この歳ではあまりやりたくないな。もし髪の毛に火が燃え移ったら禿げそうで心配だ」
「え、怖くないんっすかアレ? あの威力、どう考えてもヤバイっしょ」
「崖から飛び降りろと言われれば飛び降りるし、車に撥ねられろ言われれば撥ねられる。スタントマンってのはそれが仕事だ。勝てるかどうかは別だがな」
「オッサンって、ほんとプロ意識高過ぎっすね……」
漆原は、元スーツアクターという異色の経歴を買われてクラヤミ総帥にスカウトされた人材だ。戦闘部隊の隊長とは言うが、実際の仕事は戦って勝つことではない。
彼の仕事はいかに上手く負けて見せるかが本分であり、その意味でスタントマンという経歴はあまりに組織の方針と合致し過ぎている。
「ところで、総帥ならどうですか?」
「むっ?」
急に話の矛先を振られて、クラヤミは我に返ったように声を上げる。
「総帥の〈常闇の鎧〉なら、あの炎の威力も無力化できるんじゃないかと思いまして」
「確かにこの鎧ならば対抗は出来る……だが、文字通りの矛と盾。決着の付かぬ戦いになってしまう。そんな退屈な戦いなど、テレビの前の子供達に見せるには能わんな」
「確かに総帥の仰る通りですね。今後あの技を使われた場合、どう対抗するか策は練っておくべきでしょう」
うんうんと力強く頷く漆原に、影内が軽薄な口調で問いかける。
「いっそ、あの技使えないように分断したらどうっすか? 三人揃ってないと使えないみたいじゃないっすか、あれ。一人で使ったらタダの自爆技で終わりますもん」
「いや、俺は反対だぞ影内。あの技は見た目も派手だしテレビ映りもいい。子供達に見せるに能う技だ。むしろ、どうやってあの技を安全に使わせるかが問題だ」
「オッサン、あんたちょっと仕事熱心過ぎっすよ!!」
呑気に盛り上がる二人を置いて、クラヤミはふとビルの屋上の端から身を乗り出す。
眼下には、炎の放出を止め、再び柄だけの状態になった〈花一匁〉を握る蓮花の姿が見えた。
睨むような目つきでクラヤミのことを見上げる蓮花は、突然足下に転がっていた折れた刃の破片を拾い上げると思いっきり振りかぶる。
そして、ビルの屋上に立つクラヤミ目がけて、その刃の破片を力いっぱいに投げつけたのだ。
大きめのテレビぐらいの大きさを持つ幅広な金属板を、ビルの屋上に向かって投げつけるなど常人の腕力では不可能だ。
だが、常人離れした腕力の持ち主、緋色蓮花の投げつけた刃は、全く勢いを衰えさせることなく、クラヤミ総帥目がけて一直線に飛んできた。
「閣下!!」
秘書のように横に控えていた夜野帳が、血相を変えて叫び声を上げる。
「慌てるでない」
だがクラヤミは、恐ろしい勢いで回転しながら飛んできた刃を、事も無げに2本の指だけで挟んで受け止める。
それは攻撃と認識するまでもない、何の意味もない八つ当たりのような行動だ。
「これは一体、なんのつもりだ? ライブリー・レッド」
だが、クラヤミには――無音には、はっきりとその行動の意図が読み取れた。
この一枚の刃は、彼女が自分に向けた敵意の表れそのものなのだ。
言わば、挑戦状を投げつけたようなものであった。
「あなたは、一体どうして、悪の道に堕ちてしまったの……?」
眼下から自分のことを見上げる蓮花は、沸き立つ感情を抑えきれなくなったかのように言葉を続ける。
答えるまでも無い問いだ。
――人は、生まれながらにして悪だ。
自分をいじめてきた同級生たちも、人から財産を奪って平気な顔をしている泥棒も、自分の両親を死なせた悪人達も。全ては、人間が背負った悪という宿命によるものだ。
だから、正義であるための理由が要る。
自分のような明確な悪が存在することで、人は初めて正義に目覚めることができる。
――だから僕は、世界が正義に満ちるまで、この歩みを止めるつもりはないんだ。
決意を固くにらみ返すクラヤミに、緋色蓮花は、思ってもみなかった言葉を投げかけてきた。
「クラヤミ総帥。あなたには、それだけたくさんの、あなたを慕ってくれる仲間が居る。あの怪物をあしらえるぐらい、素晴らしい力も持っている……私が必死に願い続けて、ようやく手に入れることのできたものの全てを、あなたは手にしている」
「わしが自分の持つ力を、どう使おうがわしの勝手だ」
「なのにどうして……あなたは、〝正義の味方になろう〟とは思わなかったの?」
「っ――――」
――どうして。
世界は悪意に満ちている。だから、正義が生まれねばならない。
ならばどうして、自分自身が、〝正義の味方〟になろうとは思わなかったのか。
――分からない。
まるで、考えてみたこともなかった問いかけに、無音は内心で激しく動揺していた。
自分一人が正義に目覚めたところで、そんなの高が知れている。無力な一人で終わるぐらいなら、多くの正義を生むために悪役になる方が正しい。
だから自分は、正義の味方になろうとは思わなかった。
いや、なれなかっただけなのだ。
蓮花のような、純粋に自分の正義を追い求める存在には、決して――
「あなたはどうして、そんな、暗い闇の中に居ることを選んでしまったの?」
無音はクラヤミ総帥として威厳を保つために、辛うじて返す言葉を見つけ出す。
「……悪でなければ、成せないことがある。わしはただ、その為に進むだけだ」
「そう……だったらあなたは、私の敵なのね。これからも、ずっと」
「ああ、そうだ。わしと貴様は、これからも、戦い続けるしかないのだ」
クラヤミ総帥は、そう言い残して外套を翻すと、彼女の目線から逃れるようにその場を立ち去る。
投げつけられた刃の破片は、未だその手に握り締めたままだ。
永遠の絶縁状をたたきつけられたような気がして、無音の心がどこか軋んでいた。
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蓮花は先ほどまでクラヤミが立ちはだかっていたビルの屋上をじっと見つめながら、決意を新たに一人呟く。
「クラヤミ総帥……敵ながら、やっぱり侮れない相手だわ」
「ほら、バカリーダー。もう帰ろうって。連中も撤退したんだし」
「ダメよ! まだ勝利のポーズが済んでないじゃない!」
「だから嫌に決まってんでしょ!」
蓮花は決めポーズを取ろうとして、鳴矢とアスィファの元へ歩み寄る。
だが急にその身体が、ぐらりと傾き、そして地面にぱったりと倒れ伏した。
「あ、あれ……? どうしたんだろ、身体が動かない……」
「当たり前でしょ、このバカ! あんな怪物の攻撃食らって大怪我して、その上あんな身体に負担の掛かる大技使って、今まで普通に立ってたのがおかしいのよ」
「そういうイエローも、足腰がふらふらじゃない」
蓮花が指摘した通り、鳴矢も武器である弓を杖のように地面へ突き立てて、震える身体をなんとか支えているような有様だ。
「お二人とも、無茶しすぎです。今回は敵が撤退してくれたから良かったですけど、これだけ満身創痍の状態で敵が更に攻勢に出ていたら、逃げる暇もなくやられてましたよ」
「そういうブルーこそ、杖につかまって立ってるのがやっとじゃない」
鳴矢が意地悪な笑みを浮かべながら言うと、アスィファは慌てて反論する。
「その、これは……いいんです別に! 杖は元々、こうして使うのが正しい使い方なんですから!!」
「あ、ついに開き直ったわね」
一方、地面に倒れ伏したままの蓮花は、携帯電話をずっと耳元に当てて、何度もそのボタンを押しては頬をにやけさせるという動作を繰り返している。
「ちょっとリーダー。ぶっちゃけさっきからキモいんだけど、誰と話してんの?」
「うふふ……あ、なに? ごめんなさい。聞いてなかったわ」
「だから、さっきから携帯使って誰と話してるのかって聞いてるの」
「これはね、私をヒーローとして応援してくれるファンからのメッセージを聞いてるの」
「何よそれ、バッカじゃないの? ていうか、ヒーローって男のことじゃん。私たち女じゃん。ヒロインって言うんじゃないの、普通?」
「そんなの小さな問題よ、イエロー。体は女でも、心はヒーローなのよ」
「……まあ、アンタがそれでいいなら、それでいいわよ別に」
鳴矢はとうとう力尽きたのか、杖にしていた弓を放り出して、地面にぱたりと寝そべる。
「あ、ずるいですお二人とも。私も仲間に入れてください」
「いいわよ、おいでおいで。アンタもたまにはこうして、土まみれになってみるのも悪くないわよ」
「はい。それでは、失礼します」
丁寧に会釈をしたかと思った途端、アスィファもまた、電池が切れた機戒のように、ぱたんと地面に倒れて動かなくなってしまう。どうやら寝てしまったらしい。
実は、三人の中で一番気を張っていたのだろう。戦いが終わって、完全に電源がオフになってしまったらしい。
蓮花は地面に寝そべったまま、報道ヘリが向けてくるカメラに向かって笑顔を送る。
「〈ライブリー・セイバーズ〉は負けません。世界が正義に満ちるその日まで」
こうして未曾有の怪物〈チャリオット〉の襲撃事件は、三人の女子高生からなる武装自警団〈ライブリー・セイバーズ〉の活躍により、遂に収束を得た。
テレビの前でその中継映像を見ていた、多くの人々がその勇姿を称えていた。
しかし、彼女達が呼び起こしたのは、決して称賛だけではなかった。
一匹の怪物を倒すために焼き払われた街の光景を見て、こう思う者も居た。
『民間人の協力者に過ぎないはずの自警団が軍隊に匹敵する戦力を持った危険な存在に成長しつつある』
そんな、強すぎる力に対する恐れをも、人々に抱かせた。
【修正自警法】
「正義を縛る悪法」と批判され問題視されてきたはずの法案を可決に向かわせるのに、人々の恐れは充分過ぎるほどの追い風となってしまうのだった。
三ヶ月の長きにわたり連載してきた拙作『世界が正義に満ちるまで』ですが、今回でひとまずの区切りとなります。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
これからの方針についてですが、今回連載の途中でストックが切れてしまって大変だったので
2週間ほど休載期間をいただいてから、11月の中頃から連載再開したいと思います。
その間に話の続きをどうしていくか色々と考えていきたいと思うので
よろしければ感想や評価など、これからの方針について参考になる指針がいただければ嬉しいです。
ではでは。




