1.悪の華、芽吹くとき
黒間無音にとって、ほこりにまみれた薄暗い土蔵の中だけが彼の聖域だった。
壊れかけた携帯テレビに映る大好きな特撮ヒーロー番組を見ながら、金属製の立体パズルを無心でいじり回している。祖父が形見に遺してくれたものだ。
――どうしてこの世界には、正義の味方が居ないんだろう。
ずっと考え続けてきた疑問だった。
自分が学校の皆にいじめられているときも。
靴を隠されて泣きながら裸足で帰ってきたときも。
買ってもらったばかりの自転車を盗まれたときも。
両親が悪人に襲われて殺されてしまったときも。
自分を救ってくれる正義のヒーローなど、一度として現れることはなかった。
土蔵の中に響くのは、無音がパズルをカタカタと組み替える音と、携帯テレビの中から聞こえるヒーローたちの高らかな声。
――どうして僕を助けてくれる正義の味方は居ないんだろう。
思考の迷路にはまりこんで、いつまでたっても抜け出せない。
祖父が死んだ日から、ずっと解こうと挑み続けてきたパズルは、いつまで経っても解ける兆しが見えてこない。
この暗く埃にまみれた土蔵の中から抜け出せないまま、自分は一生を終えていくのではないか。
そんな妄想にとらわれ始めた無音の耳にテレビの中のヒーローが発した何気ない一言が飛び込んだ。
『お前たちのような悪がいる限り、俺たちは永遠に戦い続ける!!』
「あっ……」
カチリと、全てが噛み合う音がした。
組み替え続けていたパズルが、あっけなく音を立ててバラバラと崩れていく。
どうして、こんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。
まるで脳髄に稲妻が駆け抜けたように、眼球の裏がチカチカする。
「ははっ……そうか、そうだったんだ……!!」
無音はけらけらと狂ったように笑い始める。
永遠に解けないと思われた複雑なパズルは、あっけなく解けてしまっていた。
――倒すべき〝悪〟が居ないから、〝正義の味方〟も居ないんだ。
バラバラになったパズルの破片に目を落とす。
破片の中に紛れて、二つの奇妙なものが床には転がっていた。
パズルの中に隠されていたのは、一本の古ぼけた鍵。
そして、まるで仮面舞踏会に付けていくような黒い仮面。
無音は仮面を静かに持ち上げると、恐る恐る顔に当ててみる。
そして、鏡に映る自分の姿を見つめてみる。
黒く禍々しい仮面を被ったその姿は、〝悪の首領〟そのものだった。