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16.決して折れることのない刃

キャラクター紹介に【ライブリー・ブルー】のイラストを掲載しました。

紹介文はもう少しお待ちください。

 自分がいわゆる〝選ばれし者〟というたぐいの存在ではないことには、意外と早い段階で気が付いていた。

 緋色蓮花は、自身の生い立ちをそう振り返る。

 

 物心つく前に母親が病で亡くなり、男手一つで自分を育ててくれた父は、研究者という職業でありながら特撮ヒーローが大好きという子供っぽい所があった。

 最初は、特撮番組なんて興味はなかった。

 ただ、父が大好きなものを一緒に見ているというだけで、不思議と楽しかった。

 ヒーローという言葉に対して、特に憧れていたわけではなかった。

 それがあるとき。

 一緒に特撮番組を見ていた父が、少し寂しそうな表情で、こんな冗談を口にした。

 「蓮花が男の子だったら、〝ヒーロー〟になるように育てていたのにね」――と。

 その一言が、なぜだかひどく心に突き刺さった。

 寂しそうな顔を浮かべる父に、何も言葉を返せないことが悔しかった。

 きっとあの頃からだ――本物の〝正義の味方(ヒーロー)〟になろうと心に決めたのは。

 おかしな話だが、もし自分が男に生まれていたら、おそらく「ヒーローになろう」などと本気で考えることはなかったと思う。

 あのとき感じた悔しさがなければ、今の自分はきっとここには居なかったはずだ。

 ヒーローになろうと決めたその日から、蓮花は日常のあらゆる面で模範的な正義であろうと心がけてきた。

 ときにはその頑なな信念によって、誰かを傷つけてしまうこともあった。

 堅苦しい自分の姿勢についていけないと、周りから友人が次々と離れていき、孤独になってしまった頃もあった。

 けれど蓮花は、愚直にひたむきに、正義の味方になるため一人自分と戦い続けた。

 世間には超能力と呼ばれる力を生まれ持った人間が存在する。

 けれど、自分にはそんな能力を神は与えてくれなかった。

 魔法を使える異世界人というものが存在するらしい。

 けれど、自分はこの世界に生まれた人間で魔法なんて使えるわけもない。

 ある日突然、喋る小動物が現れて不思議な能力を与えてくれることも、秘められた才能に目覚めることもなかった。

 それでも、いつそんな日が訪れてもいいようにと、訓練を重ねて肉体を鍛え、心に正義感を抱き、竹刀を振って剣の技を磨き続けた。

 そして、そんな彼女の前に現れたのは、不思議な力を与えてくれるマスコットでも、不思議な技を教えてくれる謎の仙人でもなかった。


 世界征服を企む悪の秘密結社――その名を〈SILENT〉。


 悪を倒すための力を手に入れる前に、倒すべき悪が突然現れてしまったのだ。

 いつまで経っても自分を選ぶことをない〝何か〟を、蓮花は待ち続けはしなかった。

 制定されたばかりの【自警法】に関する大量の資料を毎晩遅くまで読み込み、父にお願いして研究していた技術の幾つかを使って専用の武器や装備を作ってもらった。

 そうして超能力も魔法も持たない〝選ばれなかった存在〟だった緋色蓮花は、自らの意思で正義の味方になる道を〝自分で選んだ〟のだ。

 所詮は凡人のすることと、指差し笑われても構わない。

 正義を盲信する狂信者と批判されても気に留めない。

 「正義とは孤独との戦いだ」と父は事あるごとに教えてくれた。

 けれど今の自分には、選ばれた力を持つ、心強い仲間が二人も居る。

 自分を本物のヒーローだと信じ、支えてくれる人が傍に居る。

 折れた剣を右手に構え、壊れかけた携帯電話を握る左手を、そっと胸に当てる。

「ありがとう、黒間君……私に、立ち上がる力をくれて」

 まるで祈りを込めるような呟きの後、携帯電話を懐にしまい込むと、視線を鋭くして眼前に聳えるカマキリの怪物〈チャリオット〉へ視線を定めた。

「……けど、あともう少しだけ、私に力をちょうだい」

 クラヤミ総帥に放り投げられたときの衝撃で姿勢を崩していた〈チャリオット〉は、眼前で刻一刻と体勢を立て直し、再び前進を始めようとしている。

 息せき切った声と共に、背後から鳴矢とアスィファが追いついてきた。

「ちょっとバカリーダー!! アンタ大丈夫なの!?」

「うん、大丈夫。まだ、私は戦える」

「ハぁ!? アンタ、まだ戦うつもりなの!?」

「だって、それが〝正義の味方〟の使命じゃない」

「……ああ。頭が大丈夫じゃないのはいつものことだったわね」

 呆れたと言わんばかりに額に手を当て、首を左右に大げさに振る。

 遅れてきたアスィファもまた、蓮花に真剣な表情で訴えかける。

「レッドさん。今回ばかりは逃げましょう。でないと私、このチームを抜けさせてもらいます。私が居なくなったら、考え無しな二人しか残らない〈ライブリー・セイバーズ〉は、もう大変なことになっちゃいますよ」

「スイファ、アンタときどきサラッと毒吐くわよね?」

 鳴矢の鋭い突っ込みに遅れて、蓮花は申し訳なさそうに口を開く。

「心配してくれてありがとう、ラズワルドさん。でも私、まだ諦めたくない。だからそのために、もう少しだけ力を貸してほしい」

 蓮花はすっと息を落ち着けると、静かな声で語り始める。

「私は所詮、超能力とか魔法みたいな特別な力のない、普通の人間よ……それは、自分でもよく分かってる」

 花は、地に根を下ろさねば咲くことはできない。

 鳥のように大地から羽ばたくことはできない。

 風のように自由に空を舞うことはできない。

「それでも二人が力を貸してくれるから、私は正義の味方として戦ってくることができた。私が正義の味方になれたのは、あなた達が一緒に戦うことを選んでくれたおかげなの」

 真剣な表情で言い切る蓮花に、鳴矢は冷ややかな目線と共に言葉を返す。

「それで? だから今回も力を貸せって?」

「えっと……だめ、かな?」

「はあ……ほんっとにバカね」

 鳴矢は背中に担いだ弓を面倒くさそうに取り出しながら、やさぐれた口調で続ける。

「最初に誘われたとき断っておけば良かったのに、一年前のアタシのバカさ加減を呪うわねほんと」

「それって……一緒に、戦ってくれるってこと?」

「ここでアンタのこと見捨てて帰ったら、アタシは友人を見捨てて逃げた最低の人間呼ばわりされるのよ? それが嫌だから、ここに残る。それだけの話よ」

「ありがとう、イエロー!!」

「うるさい、バカレッド」

 二人のやり取りを黙って聞いていたアスィファも、自身の武器である杖を構え直すと、謡うような響きのある声で涼やかに呟く。

「穏やかな風は、草木や森があって初めて生まれます。そして風が花粉を運び、次なる種を結ばせます。これは、私たち〈風の塔〉に所属する魔法使いが、最初に教わる言葉の一つです」

 アスィファの言わんとするところを察したのか、苦笑を零しながら鳴矢が答える。

「そういえば花の蜜を吸う代わりに、花粉を運んで種をつける手伝いをする鳥も居るって話、師匠から聞いたことあったわね」

「えっと……二人とも、一体何の話?」

 戸惑う蓮花に、二人は似たような笑顔を浮かべて答えた。

「つまり、ほら、あれよ。結局は、ギブアンドテイクってことよ」

「イエローさんのおっしゃる通りです。助けられているのが、自分だけだなんて、思っているならそれは間違いですよレッドさん」

「えっと……私、二人にいつも、助けられてばっかりだと思うんだけど」

「アンタ、自分のこと〝普通の人間〟とかアホなこと言ってたけど、その鈍感さとバカっぷりは、充分〝普通じゃない〟からね? 少しは自覚しなさいよ」

「イエローさんの仰る通りです。勝ち目の無い戦いに挑むのは愚かだとお父様に何度も教えられてきましたけど、レッドさんがそれでも戦うと言うなら、仕方ありません」

「それは安心して、ブルー。まだ、私には奥の手があるから」

「最後の武器って……ちょ、ちょっとアンタ! まさか、〝アレ〟を使うつもり!?」

 鳴矢が髪の毛を逆立てながら、慌てた様子で声を荒げる。

「今のそんな状態でアレを使って、無事で済まないことぐらいわかってるでしょ!?」

「分かってる。でも、あのときとは違うわ。今はブルーが仲間に加わってくれたんだもの。前回みたいに病院のお世話になることも、地図から山一つ消しちゃって自警庁の偉い人に怒られたりもしないわ」

「国土交通省にもめっちゃ怒られたの忘れないでよ」

 言い合う二人の会話についていけないアスィファが、おずおずと手を上げて尋ねる。

「あの、お二人とも……何の話をされてるんですか?」

「悪いけど、説明してる時間がないわ。とにかく二人は、私の援護をお願い。イエロー、具体的な指示はあなたが出してあげて」

「ふーん。指示はリーダーが出すものじゃなかったっけ?」

「それぐらい、あなたのこと頼りにしてるわ。正義の味方の味方さん」

「げっ、聞かれてたのかよ……」

 頬を赤らめながら、鳴矢はスイファの手を引いて逃げるようにに後方へと下がる。

 前衛に残された蓮花は、体勢を建て直した〈チャリオット〉を目の前に、刀身の折れた剣を天に掲げるように高く持ち上げ、凜とした声を放った。

「この剣の名は、勝って花咲く〈花一匁〉!」

 ヒーローに敗北は許されない。

 贖われる代償は誰かの笑顔だから。

 ヒーローに逃走は許されない。

 後ろには誰かの平穏な日々がそこにあるから。

 そして、ヒーローに立ち止まることは許されない。

 目の前にあるのは許せない悪だから。

「そして、負けど折れぬ刃〈花一匁〉!!」

 蓮花は言い切ると同時、天に向かって高々と掲げた剣を横凪ぎに振るった。

 すると。

 半分に折れた刃が、鍔からスポッと外れて、地面に落ちて転がっていってしまった。

 蓮花がその手に握っているのは、〈花一匁〉の刃を固定していた鍔と柄の部分だけだ。

 もはや、剣の形など為していない。

 だがそんな異様な光景に戸惑う様子もなく、鳴矢はアスィファに向かって声を掛けた。

「ブルー、【雨天の書】の詠み込みの準備しておきなさい!!」

「は、はい! あの……一体レッドさんは、何を始めるつもりなんですか? あれ、もう剣でもなんでもないじゃないですか」

「アンタがこのチームに入る前……半年ぐらい前に、一度だけ〝アレ〟を使ったことあったのよ。そのときは敵の基地を壊滅させた代わりに、地図が書き換わるレベルで地形を吹き飛ばして、本人も一ヶ月近く入院する羽目になったわ」

「そ、そんなとんでもない技があるんですか!?」

「アイツ、『強すぎる力は無闇に使ってはならない』とか言って、あれ以来ずっと頑なに使わなかったんだけど……何か吹っ切れることがあったみたいね」

 鳴矢が呟いた直後、体勢を整えた〈チャリオット〉が再び視界に入った敵対象――すなわち蓮花へ向かって、大鎌を振り下ろそうと腕を持ち上げる。

 それに対し、刃を失った剣の柄を握る蓮花は、一歩も引き下がることなく叫びを上げた。

「【炎刃解放】!!」

 津波のような轟音が、辺り一帯に響き渡る。

 そして同時に、目に焼き付くほどの鮮烈な赤色が、鳴矢とアスィファの視界を覆い包んだ。

三ヶ月かけて書き続けてきた拙作『世界が正義に満ちるまで』ですが、とりあえず次週の更新で第一部(?)完の予定です。

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