14.虫を啄む嘴の一突き
魔界からやってきた魔王の娘、アスイファ=ラズワルドは以前、緋色蓮花からこう尋ねられたことがある。
『どうして魔界から来た魔法使いなのに、魔道書の名前とか魔法の名前は日本語なの?』
アスイファはその問いに対して、こう答えた。『この世界の精霊には、この世界の言語でなければ伝わらないから』だ、と。
「【風天の書】詠み込み開始」
アスイファは杖のスロットに魔道書を差し込みながら、静かに呟く。
魔法使いにとって魔法と精霊の関係とは、プログラマにとってのプログラムとCPUの関係によく似ている。
CPUの中の素子が電力を消費して命令に従って情報を処理するように、空間中に漂う無数の精霊達は術者の魔力を消費することで呪文に従い、エーテルをエネルギーへ変換する。空間中に生じる魔方陣は、エグゼクティブファイルの役割に近い。
アスイファが杖を梔子鳴矢へと向ける。
「スイファ……じゃなかった。ブルー、浮力は自力で稼ぐから、軌道変更はそっちに任せるわよ」
「了解です、イエローさん」
背中に弓を背負った鳴矢は、まるで短距離走者がクラウチングスタートで身構えるような体勢で、地面に伏しながら言う。
弓の両端からは、〈念動力〉によって形作られた力場が、翼のように伸びている。まるで、鳴矢自身の背中から羽根が生えているかのようだ。
その足下に、アスイファは幾何学的な模様をした魔方陣を展開させる。
「【風天の書・疾風】魔法付与」
魔法の行使には二種類の形態がある。一つは、その場限りで雷や風を生じさせる、通常の実行形式。
そしてもう一つは付与形式――それはさながら、常駐アプリケーションのように持続的に行使され続ける。
翼を背負った鳴矢の身体が、〝風〟によって羽衣のように覆い包んでいく。
「行くわよ! 戦闘陣形【風見鶏】!!」
光の翼を羽ばたかせながら、鳴矢は風に乗って一挙に上空高くへ飛翔する。
まさしく追い風を受けた鳥のごとき姿だ。
鳴矢自身の使う〈念動力〉による飛行能力と、スイファが施した魔法付与の追い風。
二つの相乗効果によって爆発的な機動力を得た鳴矢は、一挙に巨大カマキリ〈チャリオット〉の懐へと跳び込んだ。
〈チャリオット〉は羽虫を払うかのように、巨大な大鎌を振って鳴矢のことを叩き落とそうとする。
「ブルー!! 上昇方向に追い風追加して!!」
「了解です! オマケに加速も足しておきます!!」
燕が宙を舞うように、鳴矢は大鎌の一撃をひらりと上昇して躱す。
いくら〈念動力〉使いと言えど、自身の体重を浮かせ、漂うように飛ぶのが精々だ。宙に浮かぶ風船を掴まえるぐらい容易く、大鎌の刃に捉えられてしまう。
だが、アスイファが付与した魔法による追い風があれば、このような素早い回避運動を行うことができる。
単なる女子高生三人の集まり〈ライブリー・セイバーズ〉が、他の並み居る自警団と比して優れた戦力を有する理由。それは、Aランク超能力者と魔法使いという、二人の特別な能力を持つメンバーを擁しているから――だけではない。
それぞれがお互いに持つ長所によって短所を補い合い、連携を取ることで様々な状況に対応できる。それが彼女たちの最大の武器だった。
もっとも、普段は緊張感のない口喧嘩や仲間割ればかり起こしていて、その最大の武器を発揮できることなく戦闘が終わってしまう場合が殆どなのだが。
〈チャリオット〉の攻撃をかいくぐり、4本ある後脚の一つに取り付いた鳴矢は、背負っていた弓と矢を同時に取り出す。
「調子に乗るのもここまでよ、この虫けら!」
甲殻の僅かな隙間にある筋繊維の露出した急所に、鳴矢は矢をつがえた弓をぐっと押し当てる。
全ての念動力を矢の先端、一転に集中させると、張り詰めた弓の弦を念動力と共に解き放つ。
「【久遠流弓術秘技・啄木鳥】!!」
鳴矢は弓を直接押し当てた状態のまま、杭打ち機のように矢を打ち込んだ。
ズドン、という爆音にも似た大音が上がる。
それと同時、まるで巨木のように太い〈チャリオット〉の後脚が、関節の隙間を境として千切れ飛ぶ。
本来、遠隔攻撃に使うための弓を、相手に密着させて放つことで、高い破壊力を持った近接武器へと役割を変じさせたのだ。
その鏃は、まるで大木を貫く啄木鳥の嘴の如しだ。
「見たか、このクソ虫! 〝一矢〟報いてやったわよ!!」
「さすがですイエローさん! 技もジョークも冴えてます!!」
「別に上手いこと言おうとしたわけじゃないッ!!」
鳴矢は再び弓を背負って翼を広げ、〈チャリオット〉の巨体から身を遠ざけた。
巨大なカマキリは4本の脚の内、1本にダメージを負い、更にもう1本を失ったことで、その巨体を支えるだけの力を失い、ガクリと体勢を落として動きを止めた。
鳴矢は一本の鈍く光る苦無を見つめながら、ふと呟きを漏らす。
「やっぱりあの苦無、アイツの仕業じゃ……」
その2本の脚を穿ったのは、共に同じ〝久遠流〟を名乗る二人の技によるものだと、そのときの鳴矢は知る由もなかった。
「イエローさん、これで足止めは充分です」
「分かってる。アンタもアタシも、そろそろこれでガス欠だしね」
付与による魔法の行使は、一度だけ発動する実行形式とは違い、常に一定の魔力を消費し続ける必要があり、途方も無い集中力を必要とする。
鳴矢のように身体的な異常を来すわけではないが、魔力を失った魔法使いなど単なるひ弱な少女に過ぎない。
鳴矢自身、これ以上超能力を使えば自分でもどうなるか分かったものではない。
「さあ、さっさとあのバカ連れて逃げ――」
言いかけた鳴矢は、さっと表情を青ざめさせる。
さっきまで身動き一つ取れないまま倒れていたはずの蓮花の姿が、どこにも見当たらないと気づいたのだ。
「ちょっと、スイファ! あのバカどこ行ったの!?」
「あっ……めめめ鳴矢さん、あそこです!」
珍しく冷静さを失ったアスィファが、慌てて舌をもつれさせながら叫ぶ。
「あの怪物の目の前に居ます!!」
「ハァアアアアアアアアアっ!?」
鳴矢はこのとき初めて、人はここまで全力で呆れることができるのだと思い知った。
全身の毛という毛が逆立ち、本当に脳の血管が2、3本切れたかと思うぐらい怒りがこみ上げてくる。
確かに、立ち上がってくれと、願ったのは自分自身だ。
だが、だからと言って、〝そこまでしろ〟と望んだ覚えはない。
「やっぱり、バカは死ななきゃ治らないっての!?」
鳴矢が叫びを上げながら見つめるその先。
〈ライブリー・セイバーズ〉の自称リーダーは、刀身の砕けた剣を両手で構え、体勢を崩した〈チャリオット〉の目の前に立ちはだかっていた。
たとえ身を守る鎧が砕け散っても、唯一の武器である剣が叩き割られても。
緋色蓮花の〝正義〟は、まだ決して折れてはいなかった。
DS版世界樹Ⅰ初プレイ時、悪名高きカマキリに前衛を一撃で蹴散らされ、レンジャーとアルケミのみが生き残り必死に逃走を連打するしかなくなったときのトラウマを抱えながら原稿に臨む骨髄にゅる太郎先生にhage増しのお便りを。




