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12.落花狼藉

「ちょっと、バカリーダー。これ、絶対ヤバイやつだって。アタシ達が手出したらダメなレベルのやつだって……」

 金髪のツインテールに、弓道着風の戦闘衣装。そして、口元をマスクで覆い隠した超能力者の少女。

 〈ライブリー・イエロー〉こと梔子鳴矢は、普段の強気な態度はどこへやら。

 僅かに不安の色を声に滲ませながら苦い声で言う。

「わ、私もイエローさんの意見に賛成です……今回はこの国の軍隊さんに任せて、私たちは避難誘導に専念した方がいいのでは」

 目元を覆い隠してしまうほど鍔の広い三角帽子に、青いドレス風の装束。背丈の小さな青髪の少女。

 〈ライブリー・ブルー〉ことアスィファ=ラズワルドは、控えめな声で進言をする。

「確かにこれは、どちらかと言うと巨大化怪人のスケールよね。特撮番組だったらここで巨大ロボットを呼び出すべきタイミングなんだけど……父さんに頼んで作っておいてもらうべきだったわ。私としたことが、このシチュエーションを予測していなかったなんて」

 赤みがかった髪をポニーテールにまとめ、全身には硬質なプロテクター。そして目元を黒いバイザーで覆った長身の少女。

 〈ライブリー・レッド〉こと緋色蓮花は、目の前の状況に臆した様子もなく呑気にそんな独り言を呟いている。

 三人は一様に、天を仰ぐように顔を真上へと向けていた。

 その先にあるのは、いつものような人間サイズの怪人や戦闘員ではない――軽く全長は十メートルもあろうかという、巨大なカマキリの怪物〈チャリオット〉の迫力ある姿だ。

 きっと古代の恐竜というのは、こんなスケールの生き物だったのだろう。

 いつもの調子を崩さない蓮花に、鳴矢が思わず食って掛かる。

「巨大ロボなんてあったら自警団なんて要らないわよ! 戦闘員なんて全員踏み潰してやればいいんだから!!」

「そんなこと言っちゃだめよ、イエロー! 巨大化前の怪人にロボットを持ち出すなんて正義の味方のすることじゃないわ!!」

「お、お二人とも! どうでもいいことで言い争ってる場合じゃないですよ!!」

「ど、どうでもいいですって!? ラズワルドさん、今のどういう意味」

「あ。思わず本音が……って、そうじゃなくて!」

 アスィファの叫びと、それは同時だった。

 巨大なカマキリ型怪物〈チャリオット〉は、不意に前肢の大鎌を振りかぶると、目の前のビルへと向かって振り下ろす。

 鉄筋コンクリートで出来た堅牢なはずの建造物は、まるで砂糖菓子を崩すかのように、大鎌の一撃によってあっという間に崩れ去った。

 瓦礫と化したコンクリートの破片が辺り一帯に飛び散り、蓮花達三人にも襲い掛かる。

 目の前に飛んできた破片の一つを〈炎刃・花一匁〉で一刀両断しながら蓮花は叫ぶ。

「私が前衛を務めるから、二人は後衛に回って私の援護に回って!」

「分かってるわよ! どうせいつもとやること同じなんだから」

 〈炎刃・花一匁〉は彼女たち〈ライブリー・セイバーズ〉が持つ攻撃方法の中で、最も攻撃力が高く、唯一直接的な火力となり得る装備だ。

 それを扱う蓮花が前衛、そして超能力と魔法でそれぞれ多彩な補助や遠隔攻撃を使える二人が後衛に回るというのが定型の陣形だ。

 そしてそのバランスの良さこそが、彼女たちが女子高生ながら自警団としての活動を特例的に許可されている秘訣でもある。

「ていうか、あの怪物と正面からどつき合うつもりなのアンタ!?」

「女は度胸、まずは試してみるものよ! 【火剣・山茶花(さざんか)】」

 蓮花が叫ぶと共に、〈花一匁〉の刀身が炎を纏い赤く熱を帯びていく。

 巨大カマキリ〈チャリオット〉の後肢へ駆け寄り、擦り抜け様に灼熱の一太刀をキチン質の甲殻へと叩き込む。

「通らない……ッ!?」

 刃を振り抜いた蓮花は、思わず驚愕の声を漏らす。

 熱量、刃の角度、振り抜いた力と勢い。全て完璧に噛み合っていたはずだ。

 今の攻撃なら、鋼鉄製の支柱だって両断できるはず――それだけの自信を持って打ち込んだ一太刀が、甲殻の表面を上滑りしただけで終わる。

「退きなさい、バカリーダー!! 一緒に撃ち抜くわよ!!」

 蓮花の一撃は、決して無駄に終わったわけではない。炎の熱量によって甲殻の表面が僅かに溶け、柔らかな部分を作り出している。

 その一点にのみ、鳴矢は正確に狙いを定め、弓を全力で引き絞っていた。

「【久遠流弓術・信天翁】」

 静かな言葉を乗せ、鳴矢は張り詰めた弓の弦から指を放す。

 鳴矢の扱う超能力〈念動力〉は、単純に〝遠くのものを動かす〟だけの能力ではない。

 物体を介して力場を発生させ、ときには弓の張力を強め、矢の軌道を収束させ、放たれた鏃の貫通能力を高めることすらできる。

 解き放たれた矢は、砲弾のような威力へと昇華され、炎によって溶けて軟化した甲殻の一点へと一直線に襲いかかる。

 その先端が甲殻を貫き、深々と突き刺さり、そして中程まで達したところで止まった。

「なっ……刺さっただけ!? 今の、人間三人貫通して殺せるぐらいの威力のはずなんだけど!!」

「イエロー、物騒な発言は止めなさい! テレビ局に拾われたらまた謝罪会見よ!!」

『【雷天の書】――構文解析完了』

 二人の言い合いを、涼やかで機械的な音声が遮る。

「【雷雲の章・雷霆】魔法実行(イニシエート)

 アスィファが構える、自身の身長を上回るほどの長大な杖――その先端に、黒い靄のような塊が出現する。

 それは、極小に圧縮された雷雲だった。

 激しい閃光と共に、紫電の一閃が杖の先端から放たれる。

 宙を這う蛇のような雷光は、鳴矢が〈チャリオット〉の甲殻に突き立てた矢の先端へと真っ直ぐに向かい、そして炸裂音と共に巨大なカマキリの内部で弾けた。

「お二人とも、私が居ることをお忘れですか」

「そ、そんなことないわ! やっぱりブルーはチーム一番の切れ者の役ね!」

「アンタ、その色で人にキャラ付けしようとするクセ治す気ないの?」

 鳴矢は呆れ顔でツッコミを入れながら、構えていた弓を下ろす。

 体内に直接電撃を流し込まれて、さしもの〈チャリオット〉も全身からシュウシュウと音を立てながら白い煙を上げている。

 蓮花は自分の攻撃が文字通り太刀打ちできなかったことに、若干不服そうな表情を浮かべながら、背中の固定具に大剣を戻そうとする。

 〈チャリオット〉はこれで当分は動くことはできまい――そんな二人の判断を、アスィファだけが油断であると見抜いていた。

「お二人とも、どうして武器をしまうのですか?」

「え、スイファ。どうしてって――」

 〈チャリオット〉の全身から上がっていた煙が、徐々にその量を減らしていく。

 じっと固まったままの姿勢で居た巨大なカマキリは、何事もなかったかのように、再びその四肢を動かし、堂々と前進を開始した。

 まるで三人から受けた攻撃など、最初から〝なかったもの〟といった様子で。

「まさかあの怪物、自己再生能力でも持ってるの!? 嘘よ、反則すぎるわ!」

「怖ろしい性能と戦闘力ですね……あんな可愛らしい見かけですのに……」

「スイファ、アタシはアンタの美的感覚の方が怖いんだけど」

 三人の存在など全く意に介していない様子の〈チャリオット〉は、破壊したビルの残骸に顔を向けると、じっと一点を注視するように動きを止めている。

「あッ……アイツ、しまった!!」

 〈チャリオット〉が向ける視線の先、積み上げられた瓦礫の隙間。

 そこから覗くあるものに気付いた鳴矢は、舌打ちと共に声を上げる。

 とっくに住民が避難し終えたと思われていた、崩壊したビルの瓦礫の隙間――そこには、小さく肌色をした何かが僅かに見える。

 それは、コンクリートの破片に体を挟まれ、身動きが取れなくなった小さな女の子の姿だった。

 おそらく〈チャリオット〉には、生体感知機能のようなものが備わっているのだろう。

 サイズが大きいとはいえ、虫は虫だ。声を上げることも、表情を見せることも、意思を感じさせることもない。

 ただ与えられた本能に従う有機的な機械として、淡々と殺戮の兵器としての任務を遂行するだけだ。

「危ないっ!!」

 叫びと共に、蓮花の背中に備え付けられている蕾状のパーツが花開くように展開した。

 本来攻撃の為に使う〈炎刃〉のエネルギーを推進力へと転換し、一時的に高機動力を得ることができる推進器だ。

 感情を持たない強大な怪物〈チャリオット〉は、身動きの取れない少女へ向かって、振り上げた大鎌を無慈悲に振るう。

 蓮花は推進器から炎を噴出させ、真っ赤な弾丸と化して少女の元へと飛び込む。


 それは、たった一瞬の内に起こった出来事だった。


 〈チャリオット〉の前に飛び出した蓮花は、背中から〈花一匁〉を引き抜き、盾のように構えて、大鎌の一撃を正面から受け止める――否。受け止め切れるはずなどなかった。

 巨大な鎌は〈花一匁〉の刀身を真っ二つにへし折り、更にプロテクターの上から蓮花の体へと叩き付けられる。

 いくら彼女が鍛えているとはいえ――正義の味方を自称する少女とはいえ、その装備に守られた中身は、単なる十代の少女に過ぎない。

 ただ圧倒的で無慈悲な力を前に、彼女を守るモノは何一つ存在しなかった。

「ばっ……蓮花ッ!!」

「蓮花先輩!!」

 鳴矢とスイファが、同時に悲鳴のような声を上げる。

 まるで風に吹かれて転がる空き缶のように、緋色蓮花の身体は、ゴロゴロと地面を転がっていった。

 やがて、ピタリとその回転が止まり、動かなくなった。

 どうしてだろうか。

 女子にしては長身のはずの少女の身体が、どこか小さく縮んでしまったように思えた。

「蓮、花……?」

 鳴矢が震える声で呼びかける。

 だが、その声に応えるものは、何一つない。

 不気味なほどの静けさが、辺り一帯の空気を満たしていく。

 さっきまでの騒々しさが、まるで夢か幻だったかのように。


 砕けた赤いプロテクターの破片が地面に点々と散らばり、地面を赤く彩っている。

 その鮮烈な緋色は、飛び散った血飛沫を思わせた。

 そしてあるいは――無残に散らされた花びらのようでもあった。


//


 どこからだろう。

 「パキッ」と何かが砕けるような破裂音が聞こえる。

 離れた場所からその一部始終を見届けていたクラヤミ総帥は――黒間無音は、ぼんやりと現実感の失われた思考の片隅で思う。


――一体、僕は、何を間違えたんだ。


 眼下では、まるで壊れた玩具のような有様となった、ライブリー・レッドが横たわったまま、動かなくなっている。

 これは、誰が望んだ結果だというんだ。

『どうしますか総帥! あの赤髪の女、マジで死にますよ! 助けに行きますか!?』

「っ……影内か」

 通信機から聞こえる大声が、彼を――無音を、現実へと引き戻させた。

 無音は剥がれかけたクラヤミ総帥という仮面を自らに被せ直しながら、震える声で影内の叫びに応じる。

「影内、足止めはもういい。他に逃げ遅れた人間が居ないか探し、救助に回れ」

『りょ、了解ッス! でも、この状況どうするんすか!?』

「……この始末は、わし自身の手でつける」

 ふと口の中を転がる違和感に気付き、地面へ向かって吐き出してみる。

 白い欠片が小石のように地面を転がった。

「ああ、なんだ……」

 先ほど聞こえた破裂音は、噛みしめすぎた奥歯が欠けたときの音だったのか。

 クラヤミはどこか他人事のように、自分の感情を理解するのだった。


誰得シリアス開幕のお知らせ

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Kindleを利用して前半部分のまとめを電子書籍として販売はじめてみました
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