11.暗闇の内に潜む影
超能力者と呼ばれる人間は、大きく分けてA、B、Cの三つのランクに分けられる。
まずCランクの超能力者とは、例えば〝怪力が出せる〟とか〝暗い所でも目が見える〟といった、ちょっとした特技や特徴として片付けられかねない程度の能力を生まれ持った人間のことだ。
人数としてはこのランクが最も多いと言われているが、あまりに能力の規模が低いため、具体的な能力名を与えられていないものも多く、能力者当人ですら「自分が超能力者だ」と気づいていないことまである。そのため、本当の実数がどの程度なのか詳しくは把握されていない。
次にBランクと呼ばれる能力者。世間で超能力者と言えば、まず彼らのことを指していると言っていい。
彼らは例えば〈発火能力〉や〈透視能力〉などといった、〝典型的な超能力〟を生まれ持った人間たちだ。
だが結局のところ、火炎放射器があれば〈発火能力〉など必要ないし、〈透視能力〉にしても現代の科学力を以てすれば赤外線でもX線でも、道具や装置さえあれば誰にでも同じ事ができる。
要するにBランクの能力者とは、〝科学でも達成可能な技術を道具無しで使える〟人々に過ぎない。
では、Aランク能力者とは一体いかなる能力者を指すのか――彼らは〝科学で達成不可能な現代技術を超えた能力〟を持った存在だ。
このランクに分類される超能力者は、世界全体という規模で見ても100人ほどしか居ないと言われている、まさしく一億人に一人の存在だ。
しかも、現在世界で確認されているAランクに分類される超能力はたった三種類だけ。
〈念動力〉
〈瞬間移動〉
〈精神感応〉
この三つだけだとされているのだ。
『キミさ、忍者キャラなんだから、ござるって言ってみなよ。ほら』
「そんな語尾使う忍者今時いねーでござる」
『言ってんじゃん』
「今のはサービスだっつの」
そんな神に与えられたともいうべき稀少な能力〈瞬間移動〉を生まれ持ち、忍者装束に身を包んだヤンキー風の青年、影内はビルからビルの屋上へと瞬く間に飛び移りながら、通信機の向こうに居るノワール博士へ言葉を続ける。
「大体この忍者装束は、総帥から『お前も悪役としてそれらしいキャラクター性を持て』って言われたからやってんだよ。俺様、超能力者だし。忍者でもなんでもねーし」
『本当は嫌なの? だったらやめればいいじゃん』
「そういうわけにはいかねーよ。これも総帥が俺様に与えてくださった、大事な役目の一つだかんよ」
影内は心から誇らしげに言うと、ビルの屋上からまるで影に溶けるかのように姿を消す。そして次の瞬間には、隣のビルの屋上に姿を現している。
傍目には、忍者が建物の上を次から次へと飛び移っているかのように見えることだろう。だが実際には超能力という、人智を超えた能力があってこそ成し遂げられる技だ。
「この俺様も総帥のことは本気でリスペクトしてっからな。あの人がやれって言うなら、何だってやる覚悟だぜ」
『今何でもって言ったよね? じゃあ、尻を貸せって言われたら貸せるのキミ?』
「総帥はそんなこと言わねえ!! ……いやでも、もし万が一言われたとしたら、まあ俺様も絶対に嫌だと断れるか――」
『さっきから聞こえとるぞ貴様ら。何を馬鹿げた話をしておる』
二人の会話に割って入るように、突然通信機からクラヤミ総帥の声が届く。
飛び上がるほど驚いた影内は、両手を振りながら慌てて弁解を始めた。
「げっ、総帥!? 今のは違うんすよ。ノワ公のやつが変なこと言いやがるから!!」
『影内。お前の忠誠心は有り難いが、わしにそんな趣味はない。だが、お前の腕と能力は全面的に買っておる。足止めは任せるぞ』
「うっす、総帥! 御身の為ならば!!」
ビルの屋上を〝跳び移り〟続けていく影内は、ふと一つの建物の屋上で動きを止める。
「うっひゃあ。やっぱ、近くで見るとクソでけえなこりゃ……」
十階建てはあるビルの屋上から見渡すと、ちょうど目線の高さあたりに、軽自動車ほどの大きさをした巨大カマキリ〈チャリオット〉の頭部が見える。
虫の複眼には黒目が存在しないので、目線がこちらを向いているかどうかはわからない。
だが、少なくともこちらから向こうの目が見えるということは向こうからもこちらのことは見えていることだろう。
影内は懐から一本の小刀ほどの大きさをした黒光りする刃物――忍者が持つような苦無を取り出すと、軽く唇を舐めながら呟く。
「試しに、軽く一発入れてみっか……!!」
瞬間、ビルの屋上から影内の姿が消える。
それと同時、巨大カマキリ〈チャリオット〉の頭部数メートル直上、苦無を握り締めた影内が姿を現した。
猫のような身軽さでくるりと空中で身を回転させながら、落下する勢いに乗せ苦無の切っ先を〈チャリオット〉の脳天に突き立てる。
「っ……!? 硬ってえなチクショウ!!」
だが、苦無の先端は〈チャリオット〉の甲殻に傷一つ付けることができない。
しかも、弾かれた勢いで体ごと吹き飛ばされてしまう。
地面から跳ね返ったゴムボールのように、空中に身を放り出されてしまっていた。
その瞬間、巨大なカマキリがぐるりと頭部を回転させて、顔の角度を影内へ向けて真っ直ぐ正面に捉える。
「やべっ!!」
焦りに満ちた叫びと同時、空中に放り出された影内に向かって〈チャリオット〉が前肢の大鎌を、暴風のような轟音を立てながら振るった。
自動車一台を紙細工のように切り裂く巨大な鎌の一撃を受ければ、人間などひとたまりもない。体を真っ二つにされるどころか、衝撃だけで肉片にされてしまう。
だが、死の断頭台のごとき大鎌は、何も無い空を切り裂くのみに終わった。
「うっひょお! マジ危ねえ!! 本気で死ぬかと思った!!」
空中で反射的に〈瞬間移動〉を行った影内は、近くのビルの屋上に降り立ち、テンション高く笑いながら叫んでいた。
一瞬でも転移が遅れれば死んでいたかもしれない状況だというのに、影内の表情には余裕の笑みすら見える。ちょっと怖めな絶叫マシンに乗ってきたかのような気軽さだ。
普通の人間ならば、命を引き替えにしかねない任務も、軽い冗談半分のノリで成し遂げてしまう。
これこそが超常の能力〈瞬間移動〉を持つ影内の強みであり、クラヤミ総帥が彼を自分の懐刀として信頼を預ける理由でもあった。
『君さ、脳みそ入ってんの? 馬鹿正直にいきなり切りつけても無駄に決まってんじゃん』
「うっせえ、ノワ公。ちょっと頭良いからって調子乗んなよ」
影内は舌打ちしながら、握り締めていた苦無の先端を見つめる。
何でもこの苦無は、ノワール博士が特殊な材質の金属を使って作ったものとかで、堅牢な〈チャリオット〉の甲殻に弾かれこそしたが、その先端は刃こぼれ一つ起こしていない。
通信機越しに指示だけ飛ばしてくるノワール博士のことを、工作員として常に現場に立っている影内は表面上嫌ってはいるが、それと同じぐらい信頼してもいた。
「んで、頭の良いノワール博士様。こっから俺様はどうすりゃいいんだ」
『そうだね。いくら規格外の怪物って言っても、弱点ぐらいはある。まずは文字通りの足止めからだ。甲殻の隙間に、かなり狭いけど筋繊維が露出してる部分があるのは見えるね?』
「はいはい、見えてる見えてる。脳みそは無くても目はついてっからな」
全身が硬い甲殻に包まれた〈チャリオット〉ではあるが、脚の節目などの関節部分には、まるでワイヤーのような太さの筋繊維が僅かながら露出している。
『そこをピンポイントで狙えば、動きは鈍くなるはずだよ』
「ピンポイントで、か……さっきみたいなリスクのある攻撃方法はできれば使いたくねえな。いちいち近づくの疲れるし、蹴り飛ばされでもしたらちょっとした交通事故だ」
影内の使う〈瞬間移動〉は、何でもアリの万能な技ではない。
転移を行うためには、いくつかの条件が必要となってくる。
まず第一に、転移の際にその移動距離分の体力を消耗してしまうこと。
そして次に、影内自身の身体に接触しているものしか転移させられないこと。
この二つの条件があるため、影内は軽く肌を覆う程度の薄い装束しか身につけていない。ごてごてとした装甲を纏えば移動する体重が増えるだけでなく、直接肌に触れていないため転移する際にはその場に取り残されてしまう。
忍者装束はただのキャラ造りではなく、それなりの理由があってのものなのだ。
『あの狭い隙間を正確に狙うのは、かなりの技術が要ると思うけど、君、できるの?』
「確かにちょっと難易度高なこりゃ」
影内はまるで忍者が印を結ぶように、左手を人差し指と中指を立てた状態で握って、自分の目線と遠くに見える〈チャリオット〉の脚が一直線で結ばれるように翳す。正確に狙いを定めるための、言わば予備動作のようなものだ。
「ま、俺様には造作もねえってやつだけど」
そして右手に握り締めた苦無を肩の高さまで掲げ、叫びと共に振りかぶる。
「【久遠流投刃術・影縫い】!!」
影内が苦無を握った右手を振り抜いたと同時、遠くに見える〈チャリオット〉の脚の一本がぐらりと力を失ったように崩れ、その巨大な体躯を傾かせる。
その脚の隙間には、黒い苦無が深々と突き刺さっていた。
〈瞬間移動〉は、能力者自身が触れているものしか転移させることができない。
影内は放り投げた苦無が指先を放れるその瞬間、勢いを乗せた苦無だけを正確に転移させ、ノワール博士の言った狭い隙間へ正確に鋲のように打ち込んだのだ。
〈瞬間移動〉の能力自体もさることながら、転移の精密なコントロールとタイミングは、影内自身の人並み外れた集中力があってのものだ。
離れた場所で彼の働きぶりを見ていたクラヤミの上機嫌な声が、通信機越しに耳に届く。
『いいぞ、影内。さすがはわしの懐刀だ』
「あざっす、総帥! でも、あの化物全然止まる気配ねえっすわ」
いくら関節の隙間に刃物を打ち込まれたとはいえ、幾筋もの筋繊維の一部が断たれただけのこと。しかも、脚は四本もある。残り三本は無傷のままだ。
「完全に動きを止めるのは、今のままじゃもうマヂ無理って感じっすね」
『あまり派手に動けば世間にこちらの意図がバレる。今はあくまで時間稼ぎだ』
〈チャリオット〉は世間にとって、あくまで〝悪の秘密結社〈SILENT〉が街に放った怪物〟だ。
それを送り込んだはずの当人たちが、慌ててその怪物を止めようとしているのが世間にバレれば、要らぬ詮索を呼びかねない。
下手をすれば、今まで積み重ねてきた企ての全てが無駄になってしまう。
影内は真剣な眼差しと表情で、背中に差した刀の柄に指を這わせながら言う。
「……ただし、刀を抜いていいって許可もらえれば話は別です。あんな虫けら、〝やってもいい〟って言うんなら俺一人で片付けます」
『確かに貴様の能力なら、それも可能だろう。だが、お前はわしの懐刀だ。〝その刀〟を抜いていいかどうかはわしが決める。そして今はまだ、そのときではない』
「うす、了解ッス」
影内は大人しく命令に従い、一度は抜きかけた背中の刀から指を放す。
『今はできるだけ被害が拡大しないように努め、あれを倒せるだけの装備を持った軍隊が到着するまでの時間を稼ぐのが最善だ……だが、どうしても手に負えないとなったとき、お前にはその刀を抜いてもらう。それで良いな』
「……分かってます」
影内は歯痒い思いを噛みしめながら、総帥の言葉に静かに頷く。
総帥は自分の能力のことを誰よりも理解してくれている。
その使い所も、使い道も、自分以上によく分かってくれている。
だからこそ、せっかくの奥の手がありながら、それを自由に使わせてもらえないことに――能力がありながら使うべきときが来ないことに、影内は僅かながら苛立っていた。
『総帥、ヤバいことになりました!!』
突然、戦闘部隊を率いている怪人スーツの中年、漆原の息せき切った声が通信機から届く。
通信は全員に対して一斉に送信されているらしい。混線防止のために一斉発信は行ってはならないのが規則のはずだ。ということは、その規則を破らざるを得ないほどの事態が起きたということだろう。
『どうした、漆原。何が起きた?』
『戦闘員の敷いてた封鎖線の一部が突破されちまいました!!』
漆原率いる戦闘員〈サイレンサー〉達は、怪物〈チャリオット〉を半円状に取り囲むように展開し、怪物に挑みかかろうとする警官や自警団たちを返り討ちにしている。
それは一見、戦闘員たちが怪物を守ろうとしているかのように見える。
だが実際にはその逆で、自警団たちが制御不能となった怪物に無謀な特攻を挑み、犠牲者を生まないようにするため――つまり、戦闘員たちは〝悪の怪物〟から〝正義の味方〟たちを守る為に、今まで以上の本気で戦っているのだ。
『今回は手加減無用だと言ったはずだ。本気で戦っているはずの〈サイレンサー〉を突破するほどの実力を持った自警団など――』
居ないはずだ。
そう続くはずだったクラヤミ総帥の言葉が、はたと止まる。
通信で交わされる会話に耳を澄ませていた影内の脳裏にも、一つの名前が浮かんでいた。
確かあの三人の中には自分と同じAクラス超能力者、〈念動力〉を操る女が居たはずだ。
「あーあ、またクソ面白いことになってきちまったなあ。こりゃあ」
今まで〈SILENT〉は本気ではなく、あくまで手加減をして〝正義の味方〟が勝つように仕向けてきた。
だからこそ、見落としていたのだ。
本気になった〝正義の味方〟の持つ真の実力に。
『封鎖線を突破したのはあのお嬢ちゃん達、〈ライブリー・セイバーズ〉です!!』
漆原の叫びが耳に届いたのと同時。
ビルの屋上に身を潜める影内は、遠くに見える巨大な怪物〈チャリオット〉の足下に、三人の少女たちが立ちはだかる光景を目に映すのだった。
キャラクター紹介ページ【ライブリー・レッド】の絵を修正版に差替えました
(先週霜降り君と打ち合わせする時間が上手く作れなかったので、今回相談して細かい修正をしてもらいました。ありがとう霜降り君)
残りの二人、イエローとブルーのデザインも順々に設定詰めて公開していく予定です。
http://ncode.syosetu.com/n9962ce/1/
また、他キャラの紹介文も話の進行にあわせてときどき細かく追記していく予定なのでたまにチェックしてみてください




