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旧支配者の目覚め

 全ての準備は整った。

 儀式を確実に成功させるための力を携えた身体。魔力と絶望を内包する最高の生贄。そして、素晴らしき至高の星辰。

後は呪文を唱えれば、この世界は新しいものへと変わる。私は世界の救世主、もとい支配者となる。

 この学園にはもう一人も人などいない。私を邪魔する者はもういない……かに思われた。

 初めて感じる歪な気配、カツカツという足音が私の背後から聞こえた。

 ああ、失念していた。まだ、校舎にはコイツがうろついていたか。人でもなく、神でもない、中途半端な存在。

 近藤和馬であり、牧野美月であり、外なる世界の生物でもある、真の怪物。


 「ふむ、君のことは何と言えばいいのかな?」


 私は始めて会った生徒に話しかけるような気さくさで、背後の怪物に尋ねた。


 「コロス、コロシテヤル」

 「困ったな。呼ぶ名前すらないとは。まあいい、闇をひろげるものよ。私の障害を殺せ」


 闇をひろげるものは女の脳漿を啜ることをやめ、私の指示に従った。

 ゆらゆらと宙を舞う三つ目の蝙蝠は、目の前の獲物に目標を定め、襲いかかった。

 闇をさまようものは強力な精神干渉に加え、物理攻撃で頭蓋を破壊することもできる。人間なら勝ち目はない。しかも、こいつの力は世界を狂気へと導くほど強い。

 目の前の名前のない怪物に勝ち目はない、そう断言できた。

 だが、その期待は裏切られた。

 闇をひろげるものは怪物に襲いかかった直後、突然動きを止め、地に落ちた。そのまま、ピクリとも動かない。赤い三つ目は色を失い、眠るように化身は異次元へ消えた。化身が消えたと同時、役割を終えたかのように、黒い多面体も消滅した。

 邪神の化身を蝿のように払い、憎悪に満ちた幽鬼のように佇む怪物の姿に、私は初めて恐怖した。怪物は言葉を発する。それは人間のもではなく、まるで魚に声帯を持たせ、無理やり発声させたような声だった。


 「ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅるふ、ふたぐん」


 その呪文のような文言はクトゥルフを称えるもの。だが、なぜコイツはその呪文を言っている? コイツは、一体何者だ?


 「ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅるふ、るるいえ、うが=なぐる、ふたぐん」


 コイツは深きものども(ディープワンズ)の血を引いていて、覚醒したとでもいうのか?

 いや、私が知る限り、そんなことは絶対にありえない。

 だとしたら……クトゥルフに選ばれたのか?

 この学園は南緯47度9分、西経126度43分のルルイエに眠るクトゥルフの冒涜的なほど甚大な、邪神の狂気を集めるための場所だ。3年間、私はこの男の意識を乗っ取れず、その間もずっと幻の校長はいたが、幻には狂気の還元は行えなかった。星辰が近づくにつれて増大する膨大な狂気の力を、この目の前の怪物が全て取り込んでいたのだとしたら、この怪物がクトゥルフの加護を一身に受けていたとしたら、この怪物はすでに人間を超えている。クトゥルフの眷族であり、その帰還を伝えるもの。海神の使徒と言うに相応しいだろう。


 「ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅるふ、ふたぐん」


 言葉と共に、怪物の姿は変わっていく。顔の蛸のようなものの触手が伸び、全身が包まれ、蛹のような姿に変わる。

 触手は狂喜するようにうねうねと動き、その身体を変質させていった。

身体に纏う触手が離れて、それが次に姿を見せたとき、もう人間の面影は一切消えていた。

 腕や足は烏賊のように長く伸び、手には水かきがある。身体は全身が緑色へと変色し、心臓が露出していた。背中には悪魔のような翼が生え、目は凶暴な鮫のように変化した。

 星辰が正位置へと導かれ、今、海神は目覚めた。

 私の元へ徐々に近づいてくる邪神の僕を止められる力はない。

 この世界は狂気に飲み込まれるだろう。


 脳が破壊されるかの如き、深淵からの叫び声。それは目覚めだ。永い永い、永久の夢は覚めた。それは、人間の支配の終わりを告げる声。

 悪夢が現実となり、狂気が世界を覆う。旧支配者たちの混沌の宴が始まった。


皆様は哲学的ゾンビというものをご存知でしょうか?

これの解説は小説へは組み込めなかったので、ここで説明しておきます。

校長が和馬の身体を奪う際、和馬の魔術的な力があまりに強かったため、校長は身体を乗っ取れずに和馬の深層意識へ封印されます。

しかし、和馬の魂(意識)は和馬の元を離れてしまっていました。そこで和馬の脳が働きます。脳は和馬の行動パターンや行動理念、記憶を正確に持っています。なので、魂(意識)はないが、和馬として行動することが可能となりました。

このような状態を哲学的ゾンビといいます。


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