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闇をひろげるもの

 ふとした時に目が覚める。そして、覚めなければよかったのにと思う。

 身体は無自覚で勝手に動き、頭はすぐにあの日のことを思い出す。そう、彼女は死んだんだ。哀れにも全て血を抜かれるという形で。あの怪物が彼女を殺した。だが、全ての始まりはこの学校、しいては、俺の全てを奪ったアイツにある。

 アイツだけは殺さなくてはいけない。

 友人もいた、好きな人もいた、家族もいた。俺は全て失って、もう身体すら失った。

 前を見ると、代わり映えしない学校の光景が広がっていた。

 いつだろう? 俺が俺ではなくなった日は。

 考えても仕方がないし、もう眠い。

 次に目が覚めるのはいつだろうか?

 ……、もういい、限界だ。誰か止めてくれ、お願いだ。俺の命を、止めてくれ!




 春香と高道は保健室にいた。だが、俺は一足遅かった。

 春香が犯されたわけでも、春香が殺されたわけでもない。

 想像していた最悪の結果は、嫌な意味で裏切られた。

 高道は首から血を流して倒れていた。地面には鋏が落ちていて、刃は血で赤く染まっている。

 春香は「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝罪の言葉を繰り返していた。

 その状況から高道が鋏を持って春香を襲い、抵抗の末の結末だということが、十分に理解できた。俺に春香を責めることはできない。俺から見ても高道の様子は異常だった。俺への暴行の時、本当にあいつに殺されるかもしれないと感じた。高道は正当防衛のため死んだ。自業自得で死んだのだ。だから、今は春香の無事を喜ぼう。


 「春香、大丈夫か」

 「か…ずま……、かずまー」


 春香は俺を見た途端、抱きついてきた。春香の心臓の音がトクトク聞こえ、人間の暖かさを感じる。


 「わたし、わたし……うわぁああん」

 「もう大丈夫だ、春香。俺がついてる。もう何も心配しなくていいんだ」


 春香は俺の胸の中で泣いていた。俺も春香を両手で抱き締めた。


 「ねぇ、かずま」

 「何?」

 「好き、好きなの」

 「ああ、俺も好きだよ」

 「付き合ってくれる」

 「ああ、春香くらい可愛い子なら大歓迎だよ」

 「嬉しい」


 春香は満面の笑顔を見せる。春香の笑顔は俺を幸せにしてくれる。今までも、そして、これからもずっと。春香はもう、俺の彼女なのだから。


 俺たちは一旦保健室を離れ、安心して休める図書館に移動した。高道の死体はどうすることもできないので、一応ベッドシーツをかけておいた。

春香はショックで落ち込んでいたが、今俺は世界を救うために心を鬼にして一人倉庫で調べ物をしていた。

 ――Shining Trapezohedron

 日本語で言うと、輝くトラペゾヘドロンだろうか。Trapezohedronという単語は聞いたこともないので、きっとそうだろう。

 俺はしらみつぶしに倉庫を探っていたが、ただ漠然と探していても、膨大な資料の中のたった一つを見つけることなどできない。

 俺は高道が探していた倉庫の奥に当たりをつけた。校長がそれを譲り受けた日は、この校舎を建てる前か、途中だったはずだ。トラペゾヘドロン無しに、この校舎が特別な機能を持つことはできなかったと予測を立てれば、そうやって考えることができる。

 俺は奥から順に本を手に取り、何かしらの単語を探した。Shining Trapezohedronもそうだが、クトゥルフや、気が狂った高道が言っていた、ナイアラトホテップという単語は、何かShining Trapezohedronと似ているように思える。

とにかく、怪しい単語を見逃さないように、俺は調べ続けた。

 そして、1冊の本に巡り合う。

 それは高道が最初に来た時に俺たちに見せた本だった。

 高道は俺たちには理解できないものだと言っていたが、そんなことはなかった。 あっさりと本を読み解き、俺の疑問を氷解させた。


 「かずまー、一人は寂しいよ」

 「春香、これを見てくれ」

 「これって、高道が見ていた本? 私も読んでみたけど、わけがわからなかったよ。その本がどうかしたの?」

 「ああ、全ての事がこれには書いてある。多分な」


 俺はペラペラと読み進めていき、最期のページに辿りついた。

 全て黒で何も見えないページ。

 高道はこれを呼んだのだ。


 にゃる・しゅたん、にゃる・がしゃんな、にゃるらとほてっぷ、つがー、くとぅるふ、ふたぐん


 ――お前を呼んでいるのはお前だ


 きっと、高道はこれを呼んで全てを思い出した。奴は走馬灯やフラッシュバックのように、一瞬で全ての記憶を思い出し、現実さながらのリアルな体験をしたのだろう。

 そうだ、もう何も迷う必要はない。ぎりぎりだったが、全ては揃った。後は、世界を救うだけだ。お前はもう私なのだから。

 私は軽く微笑し、本を閉じた。



 私と春香は校長室に来た。ここに全ての鍵がある。


 「かずま、どうしてまたここに来たの?」

 「Shining Trapezohedron。それがこの扉の向こうにある」

 「え、でもそこって開かなかった場所だよね」

 「いや、もう開く」


 私が扉に手をかけると、非常に簡単にそれは開いた。

 鍵など必要はない。


 「行くぞ」

 「え、うん」


 扉の中は闇が続いていた。それは当たり前のことだ。邪神は闇の中でしか生きられない。

 春香は私の服を掴み、地下へと続く階段を下りていく。


 「ねぇ、懐中電灯とかは?」

 「そんなものは使わない」

 「でも…」

 「くどいな。いらないと言っているのがわからないのか?」

 「わかったよ。ごめん」


 私は暗闇の中を少しずつ下っていく。その最奥の祭壇には、金属型の小箱に入った黒い多面体が配置されていた。

 これこそがShining Trapezohedron。PHK氏から譲り受けたユゴスの神器である。現存するShining Trapezohedronは、過去、エジプトにあったカルト組織、星の智慧派が所有していたものだ。

 暗闇のTrapezohedronは、闇を飲み込むような黒さを放ち、見えてしまう者には名状しがたい恐れを抱かせるだろう。


 「着いたの?」


 女も問題なく着いて来ている。フフフ、計画通りだ。

 年に1度はこの邪神に生贄を捧げる。私はそのためにこの学校を立てた。

 生贄は処女の乙女の血と決まっている。さて、今年も始めよう。

 闇が蠢き、邪神が姿を現す。

 Haunter of the Dark、闇をさまようもの。

 赤く輝く三つの目を光らせた巨大な蝙蝠は、異界の使者を思わせる。

 その実態は邪神の化身アバターであり、ただ、襲った者の精神を、狂気により破壊する力を持つ。だが、その化身は私の研究により、進化を遂げた。夢、集合的無意識を介することで、理論的には世界中の人間を狂わせることができる、悪魔の兵器となった。

 つまり、もうこの化身アバターは、闇をさまようものではない。

 Spreader of the dark、闇をひろげるもの。

 そう名を変えていいだろう。


 「キュイウェエエエ!」

 「何? 何なの! この音は?」

 「ふむ、そうか。嬉しいか。フフッ、私も待った甲斐があった」


 今日は正しき星辰の時。至高の狂気は訪れる。

 この世界は、私のものだ。


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