それぞれの思い
星辰が正しい位置に揃う日。
あの日記の通りなら、今日、世界は混沌と狂気に包まれる。
「かずと、顔、真っ青だよ」
「大丈夫だ。まだ、間に合うはずだ」
この日記の男、校長でもある藤慎也は、この学校は世界を救うために建てたと書いていた。しかし、ある時から、それは変わり始め、最後には世界を混沌へと導く邪教徒のようになっている。つまり、この学校には破滅を止める方法があり、俺たちが動けば混沌を防ぐことができるかもしれない。
それには、この日記に書いてあった狂気をコントロールする装置であろう、
Shining Trapezohedronというものが必要となるだろう。
――Shining Trapezohedron
これは図書館倉庫にもう一度行って、調べた方がいいかもしれない。最悪、あの足音の正体と鉢合わせする可能性もあるが、もう、つべこべいっていられない。考えるよりもまず、行動するべきだ。
「春香、行くぞ」
「かずとの行くとこなら、火の中水の中だって行くよー」
春香の言葉は、気苦労を吹き飛ばすぐらいの元気で、俺の緊張も少しほぐれた気がした。
校長室から出ると、目の前に高道がいた。
「おう、良くなったか?」
「ヒヒヒ……ああ」
高道は不気味に笑い、返事をする。
「じゃあ、高道も…」
「かずとっ、逃げてっ!」
春香は悲鳴めいた声を上げる。
その時、俺の腹にまるで殴られているかのような。違う、嫌な事実だが、俺は目の前のこの男に殴られたのだ。
「が……」
「ヒヒ、和人よぉ。なんでテメェが姉貴といやがんだ? なんでテメェは姉貴を殺しちまったんだ? ヒヒ、ヒヒ、ヒャハハハハ!!」
狂人のように笑う高道に、もう昔の面影は見えなかった。信じたくはないが、高道は敵意を持って俺のことを殴りつけてきた。
「邪魔なんだよ!」
高道の蹴りが来る、と思った時には、すでに蹴り飛ばされた後だった。俺と高道ではあまりに運動能力に差がありすぎた。脇腹を襲った蹴りを、俺はとっさに腕で防御したが、その力に押され、そのまま地面へ倒れてしまった。
「た…かみち…」
「ケケッ、姉貴は連れてくぜ」
「きゃあ、止めて、高道君!」
姉貴だと? それは春香だ。俺の幼馴染だ。ふざけるな。俺は春香を守ると自分に誓ったんだ。
「止めろぉおおお!」
「うるせぇ!」
高道は倒れたままの俺の腹を、ボールを蹴るように蹴りつける。
何度も、何度も…
痛みと苦しみで声も出ないし、抵抗することすらままならない。
「止めてっ、止めなさいよっ、高道!」
春香が見たこともない顔で怒っていた。俺ですら、こんなに激怒する春香は見たことがない。
「じゃあ、俺についてこいよ。春香」
「……わかった」
「ヒャハハハハ、だってよ、和馬。テメェの幼馴染は俺がもらってやるよ。マジでテメェウザかったんだよ。俺と姉貴の恋路を邪魔しやがってよぉ。糞が。でもよぉ、一度だけ、春香の言うことを聞いてやるよ。もう二度と俺の前に姿を見せんじゃねえぞ」
止めとばかりに高道は俺を蹴ると、春香と一緒に俺の前から去って行った。
「ち、くしょう…」
一体何なんだ? 高道に何があった。
俺は考えるも、頭がぼんやりして目が霞む。
俺は限界を迎えていた。意識が……消える…
もう……
「いあ、にゃるらとほてっぷ、つがー、くとぅるー、ふたぐん」
高道の去り際の言葉は、呪文のように聞こえた。
3年前のあの日。
姉貴は死んだ。
俺が中二で、姉貴が高校ニ年生。その日、姉貴は体育祭があるとかで、うきうきしていた。俺はその頃、お世辞にもいい人ではなかった。中学では有名な不良で、ちょっとばかしの悪もやった。その度に姉貴は俺を怒鳴りつけた。それは俺を本気で心配してくれるものだった。でも、その時の俺はそう感じることも出来ないガキだった。
姉貴は毎日早起きして自分の弁当と朝食を作っていた。シングルマザーの家庭で、母はよく仕事で、家に帰ってくることが少なかったからだ。
姉貴はその日も、元気に学校へ行った。俺も姉貴が行った後、学校に行こうとしたが、台所で弁当を見つけた。姉貴の忘れものか、と一目見てわかった俺は、何となく姉貴に届けようと思った。姉貴はほんの少し前に行ったので、追いつけると思った。
断じて俺はシスコンではない。ただ、嫌な予感がしたのだ。この日、この時、この場所で、何かが起こる気がしたのだ。
途轍もないほど大きな悪寒は、俺の脳へ警告していた。
そして、俺の予感が的中した。
学校に行くと、俺の姉貴が死んでいた。全身が冷たく、その顔は恐怖で引き攣り真っ青だった。
その日から、俺は変わった。
姉貴がしていた家事は俺が全部したし、馬鹿な奴らとつるむのは止めた。母には心配をかけたが、そんなこと俺は気にしなかった。俺はこうすることで、いつか姉貴が戻ってくるんだと信じていた。俺はそんなガキだった。
そして、高校1年生。俺は姉貴と同じ学校に行った。
その日、始業式の日に俺は見つけたんだ。姉貴とそっくりな人を。
これはただの自己満足だ。だから、誰かに言うわけがないし、俺は一生この思いを隠し通すだろう。
それでも、鷲野春香、君を全力で守る。そう誓った。
目を覚ますと、俺は冷たい廊下に倒れていた。
すぐに状況を思い出し、壁に背に座りこむ。倦怠感と痛みであまり身体が動かないがそれでも、春香をこのままにしておくわけにはいかない。
俺は立ち上がろうとして、やっと、すぐ横にいた存在に気がついた。
それは単純に言えば、怪物だった。
蛸の頭に人間の身体。頭には触手が蠢いていて、2本の触腕は足まで伸びている。怪物が着ていたのはここの制服で、その異色さには身体が震えた。
俺は見た瞬間に身体の動きを止まった。まるで脳と身体が分かれてしまったかのように、ただ動けなくなってしまった。
――お前を呼ぶものはここにいる。
脳からの警鐘の声。もう、どうしようもない。見つかってしまって、逃げることもできない。
怪物は俺に近づいてくる。俺は目を瞑り、最期の時を待った。
……が、何も起こらない。
目を開けると、怪物は俺を無視して進んでいた。
(助かった…)
危機は去った。だが、安堵する時間は俺にはない。早く春香を助けなければ。
高道の言葉は俺が姉貴を殺したという妄言を吐いたり、春香を姉と間違えたりと、言っていることが支離滅裂だった。あんな危険な状態では、何をするのか予想がつかない。
俺は春香を救う方法を考えながら、校長室から離れた。
「俺がお前を守ってやる」
私はかずまを殴りやがった糞忌々しい高道の後ろでおとなしく歩いていた。
糞高道の向かっている先は多分保健室だと、私は思っている。だって、そこなら私を好き放題に出来ると、頭がスカスカの高道ならきっとそう考えるはずだ。畜生じみた行為も、下種で低俗な今のコイツならやりかねない。
「アイツは和馬じゃねえ。図書館に来た怪物の正体が和馬なんだ。姉貴を殺し、その身体を乗っ取った。だから、和馬は殺さなくちゃいけねぇ。あれ? でもアイツは和馬じゃねぇ。……あれ?」
もし、そんなことになったら、プランを変えよう。
気持ちの悪い高道に襲われている私を、かずとが白馬の王子様のように助けてくれる。そんな展開を私は望んでいる。それが実現できなかったら、コイツは蚊ほども生きる価値はない。こんなゴミと一緒にいるだけでも苦痛だと言うのに、犯される? ハッ、馬鹿馬鹿しい。
私の処女を奪うのは、かずと。それはもう生まれる前から決まっている。私が無理やりにでもそうさせる。決してこんな馬鹿では、微塵も、一切、100%、あり得ない。
犯しにきたら、殺してしまおう。そして、助けにきたかずとには、親友を不可抗力で殺してしまった可愛そうな少女を演じる。かずとは優しいから信じてくれる
完璧。そうと決まれば、もうコイツのことなどどうでもいい。
高道、貴方は最大限私が利用してあげるから、その後に、死んで頂戴。
私は怯えたふりをしながら、高道についていった。