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Chapter2 トランプをしよう

「ここ、テレビもパソコンも無いですよね?」

 旧校舎の図書室は当たり前だが電子機器など無い。本を管理するパソコンなどは新校舎に移動したからだ。かと言ってノートパソコンを部で持ち込んでいるようには見えない。何より、俺のその言葉を聞いてキョトンと首をかしげる先輩――観原鈴蘭みはらすずらんの姿に、俺は何か間違ってここに来てしまったのかと悟った。

「あはは。このゲーム研究部は、ゲームをやったり作ったりする部活動……それは間違ってないよ。ただ、それはトランプやボードゲームみたいなアナログゲーム中心で、時々鬼ごっこやけん玉みたいな昔遊びもするの」

 あからさまに苦い顔をしていたのだろう、先輩は俺の反応を見てクスクスと笑う。それからくるりと身を翻して俺に背を向け、何かを思い出すように少し上を見ながらそう語った。艶やかな黒髪が寂しげに揺れる。数歩進んで、本棚の前。一番下が戸棚になっている本棚の戸を開いて、中からいくつかの箱を取り出す。トランプ、オセロ、人生ゲーム、UNO。テーブルにひとつひとつ綺麗に並べられたそれら以外にも、棚のスペースからしてまだまだあるのだろう。

 先輩は棒立ちのままその行動を眺める俺を見て、さらに説明を続ける。

「それから、ここはゲーム“研究会”もちろん、ゲームの成りたちや歴史なんかの研究もするんだよ」

「へ?ゲームの歴史?」

 思わず声が出た。先程までの説明なら、友達同士で卓上ゲームをやる部活ということだからまあ、わからなくもなかった。それがいいか悪いかはともかく、活動自体は囲碁将棋部とあまり変わらないような気がした。しかし、研究とは一体何なのだろう。確かにトランプなんかは歴史が古いイメージがあるが、そんなこと調べて何になるんだ。というか調べて出てくるものなのか?

「ゲームの歴史は、一般的に記録されにくいものなの。だけど、昔の人が娯楽として遊んでいたゲームって、つまりはその時代の文化なんだ。“人はいつだって楽しいことを探して生きて来た”って先輩が言っていたよ」

 先輩の丸い瞳が少し寂しげに細められる。その先輩に何か思い入れがあったのだろうか。

 だが、そんなことは関係ない。俺が理想の部活動だと思っていたものは、全く違ったものなのだから。やっぱり俺にとって楽しいことは画面の向こう側で、並べられたゲーム類にはあまり興味が持てなかった。できるだけ穏便に、入部せずに帰る旨を伝えたい。

「あの、俺やっぱり……」

「ね、とりあえずさ。トランプしようよ!」

 遮られた。


「初対面の人と話すのって緊張するでしょ?そういう時に簡単なゲームとかして緊張をほぐす。よくあることだね。オリエンテーリングとか、ちょっと隣の人と話してーとか。そういうのをアイスブレイクって言うんだよ。」

 語りながら先輩が軽々なリズムでカードを切っていく。種目は【ジジ抜き】。ジョーカーを両方入れてランダムに一枚抜く、ババがどのカードだかわからないババ抜きだ。二人でババ抜きだと単純だから、とのことだ。

「初対面でババ抜きって、何か意味があるんですか?」

「んー?それは誰でもわかるし。時間もかからない。何より私がやりたかったから」

 初対面で相手に負けのカードを押し付け合うってどうなんだ。疑問に思って何かあるのかと尋ねれば、飄々とした口調であっさりと返された。俺は軽くため息をつきつつ、差し出されたカードの束の中から一枚引き抜く。見ないように伏せたままテーブルの端に置いておいた。先輩はカードを一枚ずつ滑るように配っていく。本当に、カードの扱いが手馴れている。二人だと枚数が多いので俺は配られた端からカードを確認し、揃ったものを抜いていく。ほとんどのカードが手札から抜けていった。先輩も同じく手札から揃ったものを抜いていく。二人だと最初から手札が2~3枚なんてこともよくあるが、今回は運良く俺が5枚、先輩が4枚残っている。

「ババ抜きは普通ジョーカーがババになるけど、本来はクイーンを一枚抜いてやるんだよ」

「婆、だから女のカードってことですか?」

 先輩が楽しそうにババ抜きについてを語り出す。クイズゲームなんかも好きだから、知らないことを知るのは嫌いではない。先輩はいたずらっ子のようにクスクスと笑って、ひと組になって手札から外されたカードたちを指差す。

「そう。ババ抜きはカードをひと組にするゲームだからね。英語でOld Maid。結婚できなかった独り身の女性のことだよ。だから逆に、こいつらはリア充ってこと。」

「じゃあ俺たちは男女を引き合わせるお見合いおばさんってところですかね……」

 次から揃ったカードを捨てるとき、少し雑になりそうだ。軽くため息をつきながら零すと、先輩は面白そうに口元を隠して笑う。

「っは、面白いこと言うね。えっと」

「村上です。村上和歌むらかみわか

「よし、和歌君って呼ぼう。決めた」

「えぇ?!」

 自分の名前の呼ばれ方なんて気にしないけれど、初対面なのにいきなり名前呼びですか?この先輩の考えていることが全然わからない。と、いうかテンションについていけない。先輩は目を細めてこちらを見ている。嫌な予感がする。

「和歌君も私のこと鈴蘭先輩って呼んでいいのよ」

「8文字だと長いので遠慮します。観原先輩」

「1文字しか変わらないよ」

 丁寧に断ったつもりだが、何となく角の立つ言い方だった気がする。先輩は気にいていない様子でニコニコしているから大丈夫なのだろうけど。

 カードを1枚取る。スペードの5。ハートの5を持っていたのでペアにして捨てる。次に先輩がダイヤのクイーンをとっていった。スペードのクイーンと共に手札から放り出される。さっきの話もあり、ちょっとだけ良かったなと思ってしまった。

 先輩から1枚取る。ダイヤの3。スペードの3と合わせて捨てる。これで残りはハートの8とクローバーの10。どちらかがババ……ではなくジジか。先輩がクローバーの10を持っていく…………捨てなかった。どうやらジジはクローバーの10のようだ。先輩はジジを引いたにも関わらず、楽しそうにニヤニヤと笑っている。

 「ジジ引きましたね」

 「ふふ。ゲームはうまくいかない方が楽しいものだよ」

 先輩が俺からカードを隠して、2枚のカードを入れ替える。俺も小学生の時にやったな、と友達がいたあの頃を思い出した。小学生くらいの時は、道を歩いているだけで虫や草、通ったことのない道、すれ違う人、すべてがなぜだか面白かった。でも、いつからか虫は虫、草は雑草、通ったことのない道は用のないと行く必要なんかなくて、すれ違う人には無関心になった。回りに面白いことなんて何にもなくて、誰かが作った遥か遠くの面白い話に夢中になった。

「さて、どっちだ」

 先輩が2枚のカードを目の前に差し出す。どちらかがジジだ。右か、左か。確率は五分だし、そもそも何かを賭けた勝負でもないので適当に取ればいいのだが、なぜだか真剣に悩んでいた。先輩の視線はカードではなく俺に向けられている。負けるわけがないという自信に満ちた笑み。余計に負けたくなくなる。これで8を取れば俺の勝ちだ。勝てば、そのまま「やっぱりつまんない」とでも言って帰ればいい。俺の視線が右のカードに移動したとき、先輩の目が僅かに細くなる。こっちか。

 俺は左のカードを取った。


 北側にある窓から遠くの夕日がわずかに入り込み、オレンジ色の光が部屋の隅を照らす。ジジ抜きは結局俺の負けだった。左のカードがジジで、そのあと俺も同じようにシャッフルして挑んだのだが、観原先輩曰く「和歌君は目がわかりやすい」らしい。あっさりとハートの8を持って行かれ、未婚のクローバーの10が残った。その後、今度はUNOがやりたいと言いだした先輩にUNOの公式ルールを教わりながらドロー2地獄を味あわされたりした結果、いつの間にか日が傾いてしまっていた。特に“あまり知られていないUNO公式ルール”の説明には結構時間がかかったので当然だろう。チャレンジとか得点とか知らなかった。

 カードゲームは肉体的には大して動かないが、次に出すカードが何なら勝てるかと頭脳労働だ。しかも、何故か観原先輩は俺の表情から手の内を読んでくるので倍疲れる。まあ、時折煽られては対抗心を燃やしてしまった俺の自業自得でもあるのだが。テーブルに突っ伏してぼんやりと頭を休める。何も考えずに敵をひたすらぶっ飛ばす武将のゲームがやりたい。

「ね、和歌君。ゲーム研に入ってくれる?」

 先輩が俺の顔を見下ろしながら今更なことを聞いてきた。それはお断りしたい。だが、これだけ夢中にゲームしていて、今更やっぱりやめときますとも言いづらい。逡巡して視線を彷徨わせる。……そういえば、他の部員が一向に来ない。写真には4~5人が写っていて、観原先輩を抜いてもあと3人くらい居るはずだ。

「あの、他の部員は今日いないんですか?」

 ギクリ。先輩の肩が跳ねる。先輩は視線を窓の外へと向け薄暗くなった外を眺めながら少し考える。それから深くため息をついて頭を抱えた。何も知らない俺からしたらただの奇行だ。それから意を決したように俺の前へ一歩近づき、丸い双眸で俺を射抜く。

「実はね、この部……私一人なの。先輩たちは卒業して廃部になっちゃたし、3年の先輩が1人いるけど、家が厳しいからゲーム研究会を辞めさせられちゃったんだ。」

 ゆっくりと、だがハッキリと一言ずつ区切って言われた言葉は予想以上に重かった。勘弁してほしい。俺はゲーム仲間が欲しくてきたのにこの先輩一人じゃ意味がないじゃないか。だったらせめてゲーム制作とか出来そうなパソコン部に入りたい。しかし、俺をじっと見上げる観原先輩の視線が痛い。雰囲気的に非常に断りにくい。俺が黙っていると、先輩がさらに続ける。

「一人だとほとんどのゲームはできないし、文化祭でも展示くらいしかできない。和歌君、ダメかな?先輩は私だけだから上下関係とか気にしなくていいし、それに……」

 上下関係を気にしなくていいのは良い。実は敬語とか苦手だし。というか、観原先輩1人なら幽霊部員になって咎められても怖くない。他の部活動に興味はないし、あっても自分のゲームを作ってみたい、くらいだ。先輩の話を聞き流しながら、俺が考えていたのは幽霊部員になる算段だった。

(先輩のゲーム相手はまあ、他にも入部希望者とか先輩の友達とかいるだろう)

「それに……部員が居て活動すれば、部費が出てパソコンとかも買えるよ!」

 そうやっていかに規則を守りつつ部活動から逃げるかを考えていたのだが、先輩も言葉にぐらりと揺らいだ。パソコン。部活のパソコンとかあればゲーム機が無くてもフリーゲームやブラウザゲームなら遊び放題じゃないか。先輩はあまり興味がないようだし、大抵の部活は1階や2階の教室を使っているので、この旧校舎図書室にはほとんど人が来ない。たとえ来ても本棚があるので見つかる前に隠すことも可能だ。もしかしたら、学校でこっそりゲームするいい場所を見つけたのかもしれない。

 そう考えていて俯けた顔を上げる。不安げに俺を見上げる先輩が目に入った。先輩って意外と背が低いんだな、とか頭の隅で思いながら了承を口の中で繰り返し

「……わかりました、入ります。」

 その一言を告げた。先輩は暗かった表情を日が昇るようにゆっくりと笑顔に変え、俺の手を取りぶんぶんと振る。ちょっ……俺、女子と手を繋いだの小3以来なんですけど!やめて手汗かいてるのバレる!

 なんとか手を離してもらい、鞄から既に必要事項が書かれている入部届けを出し、先輩に渡す。先輩は嬉しそうに受け取って、俺の名前とかを眺めながら子供のようにくるくるとその場で回っていた。目が回らない程度でやめると満面の笑みを俺に向け、入部届けを丁寧に畳んでスカートのポケットに仕舞う。

「ありがとう、和歌君!これから一緒に部員探し、頑張ろうな!」

そしてそのまま、そう言ったのだ。

「へっ?!……もしかして、部員たりないん、ですか?」

「当たり前だよ。同好会は1人でもいいけど、部に昇格して部費もらうなら4人。それで活動実績を残さないとダメだよ?」

(聞いてない。そんな面倒なことをしないとパソコンは手に入らないのか……というか、俺が、このゲーム研究会に誰かを勧誘しないといけないなんて……)

 思わぬ事実に気が遠くなり、テーブルに手を付く。いや、まだ入部届けは先生に渡していないのだし観原先輩に返してもらえばいい。それを聞こうと顔を上げた時、ちょっとテーブルを揺らしてしまい、置きっぱなしだったクロスワードの雑誌が床に落ちた。なんだかよくわからない、ぐちゃぐちゃな落書きがしてあるページだったが、今はそれどころではない。背筋を伸ばして先輩に無かった事にしてもらわなければと、先輩を見据える。

 しかし、先輩は何故か床に視線を落としたまま固まっていた。

「あの、先輩。俺やっぱり……」

「……み…………な……」

「はい?」

 先輩の肩がプルプルと震え、顔がどんどん赤くなっていく。一体何があったのか理解ができない。先輩は大きく息を吸い、目を大きく開いて俺を見据えて

「み、みみみ見たなあああぁぁ!!」

「ええええええええ?!」

 後日聞いてわかった事なのだが、あのぐちゃぐちゃした落書きは観原先輩の初恋の人の似顔絵だったらしい。とてもじゃないが人間の絵には見えなかったのだが、下手であることも含めて恥ずかしいらしく、先輩は落ちたクロスワードを拾ってダッシュで逃げてしまった。取り残された俺はしばらく呆然としたあとにカバンを持って帰った。旧図書室の鍵は先輩が持っているのだろうから、俺が知ったことではないのだ。


 結局取り返せなかった入部届けは翌日の朝、教師へ渡されたらしい。昼休みにはその顧問の先生――世界史担当の霜月祐也しもつきゆうやがわざわざ訪ねてきて、よろしくと挨拶されてしまったので、俺はもう逃げられないのかと一種の悟りを開いた。

 こうして俺は、ゲーム研究会の一員になったのだった。


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