Chapter1 退屈
人生とは退屈の連続である。だからこそ人は少しでもその暇を潰すために友人やら仲良しグループを求めるのだ。
俺にはその退屈を埋める手段がいくつもある。だからそんなもの必要ないと思っていた。
(中学時代の俺バカすぎだろ……)
入学式も終わり、教室の机に突っ伏す。今までならここで寝たフリに徹するのだが、そんなことしたら完全に中学の二の舞になることは明らかだ。
自称“孤高のゲーマー”。実質根暗オタクな俺はずっとそんな考えだったせいで灰色の中学生活を送ってきた。いや、俺自身はゲームを心から楽しんでいたから頭の中は虹色だったのだけど。
楽しいことはいつも画面の向こうだった。学校も、クラスの連中の会話も興味を引かれなかった。部活動もやっていなかったので漫画やゲームみたいな青春が起こりえないのは当然だ。友達もいないから、面白かったゲームの感想はネットで語るのみ。それでも文章が下手くそで感動を思う存分語ることはできなかった。本当は、思いっきり叫びたい名作もあったのに。
そういう事を語り合える友達がほしい。入学式の最中に考えていたことはそれだけだった。
「なあ。お前確か西森中だったよな?オレもなんだけど、名前なんだっけ?」
友達作りは初日が大切だ。意を決して右隣の奴に話しかけようとした時、左側から声をかけられた。出鼻を挫かれて内心で舌打ちを打つ。見上げるとそこには何となく見覚えのある顔があった。なぜならクラスメイトに大して興味を抱かなかった俺でも覚えているくらい、こいつは目立っていたから。
凩悟。所謂クラスのムードメーカーというやつで、どのクラスにも一人はいる文化祭や体育祭では一番張り切るタイプだ。同じクラスになったのは1回で、直接話したことは1回か2回。クラスでは空気と化していた俺をまさか覚えているとは驚きだ。
「んむ、村上。村上和歌」
思わずかんだ。人と話すのも久しぶりなのだから仕方ないだろう。と心の中で自分に言い聞かせる。
「あー、そうそう。村上だったな。オレは凩悟。仲良くしよーぜ」
凩の少年のような笑顔が、やっぱり苦手だ。いつも何人かでつるんでいて、部活は何部だったかは知らないがおそらく運動部。昼休みに教室の真ん中でバカみたいに笑っていたのを思い出す。絶対合わない。俺はいつも教室の端でこっそり持ち込んだ携帯ゲーム機弄っていたのだから。
(まあ、仲良くしようなんて今だけで、自分と気の合う友達を見つけたら関わることもないだろうな)
深く考えずに愛想笑いをして「そうだね」とだけ答えておいた。
「いいか、一年生は部活必須だ。運動部でも文化部でも同好会でも、必ずどこかに入ってもらうぞ」
いつの間にか教室に来ていた担任教師がいくつか連絡事項を告げたあとにそんなことを言いだした。教室の中からいくつか不満げな声が飛ぶ。俺も真っ先に思った事は「ゲームする時間が減る」だったので人のことは言えないが、週一で活動する文化部とかなら大した問題じゃないだろう。どうせ俺は空気扱いになるのだし。
前から順番に入部届けの白い紙と部活紹介という薄い冊子が配られる。パラパラとめくると、部員の集合写真と部活名、活動日、場所、顧問と部長の名前、短い部活の紹介文が載っていた。運動部のページをまるっと飛ばして、文化部のページを流し見る。やはり興味をそそられるものは無かった。最後に同好会。部に昇格していないということは、ここ数年で友達だけで仲良く作った可能性がある。そんな所に行ったら最後、絶対仲良しの輪に馴染めない自信があるので、できれば避けたいところだ。
しかし、俺はその項目に釘付けになった。
【ゲーム研究会】活動日:月~金 場所:旧校舎図書室
顧問:霜月祐也 部長:観原鈴蘭(2‐2)
ゲーム好きよ集まれ!
紹介文に書かれた一言。これではどういう部活なのかわからない。写真も顧問らしき男性と生徒数人が並んで写っているだけだ。だが、ゲーム研究会。その存在だけで俺には十分だった。まさか学校でゲームなんかできるのか?それともゲームを作る部活なのか。思わぬ理想の部活動との出会いに、ページの端を折り曲げて印を付ける。そのまま入部届けに必要事項を記入した。
私立啓春高校。偏差値54という不良だらけでも秀才だらけでもない普通の高校で、せいぜいバドミントンが強いくらい。特徴として挙げるならば、去年新校舎ができ、部活棟を建設中であること。その間旧校舎を各部活動の活動場所としていること。都会の学校と違って敷地だけは広いのが利点だ。
入学式の翌日。今日から部活動が始まるらしい。今週は一年生の見学期間で、今月いっぱいは仮入部期間だそうだ。説明ばかりでまだ内容に入っていない授業と、クラスの委員決めを何となく聞き流した放課後。早速ゲーム部を見るために、屋根とコンクリの床だけの連絡通路を通って旧校舎へ。
ロの字型に作られた旧校舎は、封鎖された正面玄関の対角線上にある裏口が新校舎との連絡口になっている。図書室はそこから3階へ上り奥に行った角だ。学校見学の際「ほとんどの本が新校舎に移され、古い本の書庫と化している」と説明されたそこは、引き戸を開けると確かに少し埃っぽい。本が痛まないようにか窓は北向きにだけあり、電気が点いているにもかかわらず薄暗い印象だ。並ぶ本棚と相まって少し圧迫感がある。
入ってすぐ左に貸出カウンターがあったのだろう、長い机にいくつか本が積んである。右には本棚が並び、その奥に読書用のテーブルと窓がある。
鍵が空いていたということは部員か図書委員がいるのだろうと思っていたが、本棚の間を抜けてテーブルまで来ても誰もいない。ただ、解きかけのクロスワードパズルが開いた状態で放置されていた。
テーブルの端にカバンを置き、誰か来るのを待つ。もしかしたら今日は部活をしないのかもしれないから、30分もしたら帰ろう。さすがに入学したてで学校にゲームを持ち込んだりはしていないため、退屈しのぎにクロスワードの雑誌を眺める。1ページ目から丁寧に解かれたそれは女子特有の丸っこい文字で、ところどころ解くのに飽きたのかぐちゃぐちゃとした落書きがある。そういえばと部活動一覧の名前を思い出す。部長:観原鈴蘭。部長が女性だったことを思い出した。これはその部長のものかもしれない。何となく、女子のノートを盗み見たような漠然とした罪悪感から雑誌を閉じようとした時、ガラリと扉の開く音がした。
あまりのタイミングの悪さにビクリと肩が跳ねる。音の方を向いて、手はそのまま雑誌を開いた状態。パタパタを上履きの軽い靴音と共に現れたのは、白黒に印刷された写真にも居た黒髪の女子生徒だ。長い黒髪が後ろでひとつに纏められていて、歩くたびに左右に揺れている。彼女は本棚の間から俺を見つけると、丸い瞳をより丸く見開いて一直線に向かってきた。
「もしかして、入部希望者?!」
「は、はい。そうです」
素早く雑誌を閉じて後ろ手でテーブルに戻す。もう、どもるのは仕方ない。他人と話す機会が全然なかったのだから。
「はじめまして。ゲーム研究会部長の観原鈴蘭です。来てくれてありがとう」
部長――観原先輩は本当に嬉しそうに微笑んだ。ちょっと可愛らしいかもしれない。今まで二次元ばかりだったから、女子の顔面偏差値とかよくわからないけど。
「1年3組の村上和歌です。えっと、ゲーム部ですよね?」
「そうよ!村上くんはゲーム、好き?」
「それはもちろん。あれ、でも……」
入部希望者が来ただけなのだが、妙にテンション高い気がする観原先輩の様子に少し引っ掛かりを感じる。まあ、それは人それぞれなのかもしれないが。それよりも女子と会話している時にどこを見て話せば良いのか分からない俺は、軽く室内を見回す。それであることに気づいた。
「ここ、テレビもパソコンも無いですよね?」
質問したのは俺なのに、観原先輩が不思議そうに首をかしげるのを見てもう嫌な予感しかしなかった。