お前を×君を、永遠に愛してる! (ホモ注意:桃太郎×鬼)
昔々、鬼ヶ島に鬼が住んでいました。
鬼は一人暮らし。柴刈りも洗濯もセルフサービスです。
その日も一人寂しく山での柴刈りを終えた鬼は、次に洗濯をすべく川へ向かいました。すると、途中の道に新しい看板が立っているではありませんか。
鬼は外、と書かれたその木の板。
鬼は傷ついて、目に涙が溜まります。又、或る所に住んでいるお爺さんとお婆さんの仕業に違いありません。
「僕が一体、何をしたっていうんだろう」
鬼は三年前に、ここへ越してきました。最初は野土花でいい場所だと思いました。
ですが、田舎は余所者を受け入れてくれませんでした。少しでも違った常識をもち出すと、よってたかってやっつけようとしてくるのです。
最近では、いよいよ追い詰められる事態になってきたと言わざるを得ません。何一つ世話をしてもらった事も無い他人なのに、このままではその内、なし崩し的にお爺さんとお婆さんの介護を押し付けられそうなのです。
もう一度引っ越したい。アメリカに帰りたい。
鬼はそう願っていましたが、お爺さんとお婆さんにお金を貸したのが運の尽きでした。一向に返してくれる気配がありません。そのお金が無いと鬼はアメリカに帰れないのです。
擦り切れた袢纏の裾で涙をごしっと拭きます。早く洗濯を終わらせて、自分んちの小さな畑を収穫してから、お爺さんとお婆さんちの大きな畑も耕しに行かねばなりません。それは無理矢理押し付けられたボランティアです。
洗濯が中盤に差し掛かった頃、鬼は再び潤んできた視界の向こう側に、流れてくる何かを見ました。気になった鬼は、川を滑る様に移動してきたそれを拾い上げます。
なんと桃です。
それは綺麗な桃でした。
暫く贅沢なものには縁がなかった鬼。両手に包み込む様に持った桃は、とっても美味しそうです。唾が溢れてきます。喉からごくりと音が鳴ります。
鬼は桃にむしゃぶりついて、全部食べました。芳醇な桃は、鬼に一時の安らぎを与えてお腹に収まりました。嫌な事もあるけれど、それだけで埋め尽くされているわけではない。明るい未来は見えないけれど、口元に残る甘さは、洗濯の間中ずっと、鬼を笑顔にしてくれました。
洗濯が終わりました。ランドリーバスケットを肩に担いで、川の和流を暫し見つめます。こうして穏やかな景色を眺めるのが、束の間の癒しタイム。鬼は自然が大好きです。それこそ、田舎に引っ越してきてしまうくらいに。
すると、上流の川縁からイヌが走ってきました。そのまま鬼の周りを回って、ワンワンと鳴いています。
懐かれているのではなく、ちょっと“おこ”みたいです。いったいどうしたのでしょう。
「ここに俺の桃が流れてこなかったか?」
すわイヌが喋ったのかと鬼は泡を食いましたが、顔を上げると桃太郎が居ました。
「イヌと散歩をしていたら、川に桃を落としてしまったのだ。流れてきただろう? 美味そうな桃が」
どうしたらいいのでしょう。誰かの物とは知らずに食べてしまった後です。困ってしまって鬼は押し黙りました。
「無視か? でも、言わなくても分かるぞ。鬼め、お前が食べたんだな? 俺のイヌは鼻がいいんだ」
桃太郎が殴りかかってきました。仕方が無いので鬼も殴り返します。黙って殴られるわけにもいきません。これ以上、自分を舐めた態度を取る相手に、増えてもらっては困るのです。もっともっと、暮らしにくくなってしまうからです。
その殴り合いは長くなりました。終わった頃には陽も傾き、鬼がお爺さんとお婆さんちの畑を耕しにいく時間は、とうに過ぎてしまっています。
喧嘩の中でお互いを認め合った鬼と桃太郎は、顔を見合わせて笑いました。
「御免ね、桃太郎。桃を食べてしまったのは、僕です」
「そんな事はもういいんだ。お前、強いじゃないか」
その日から鬼と桃太郎は仲良くなりました。
桃太郎はイヌの他にもサルとキジを飼っています。鬼と同じ様に桃太郎も質素な一人暮らしなので、動物の世話が大変そうでした。
仲良しの二人はやがて一緒に暮らし始めます。これからは柴刈りも洗濯も畑や動物の世話も分担作業。楽しくお喋りしながら毎日を過ごせるのです。
「鬼、お前は昼飯を食べるといつも何処かへ出かけていくが、一人で何をしているんだ?」
同棲を始めて何日かした後、桃太郎が少し拗ねたように頬を染めながら、そう問うてきました。
鬼は言いづらそうにモジモジしていましたが、やがて観念して聞かれるままに全てを答えました。お爺さんとお婆さんに苦しめられている自分の心の内を、素直に洗いざらい桃太郎に話し終えると、鬼はとっても気が楽になりました。悩み事は一人で溜め込むべきではないのです。分かち合える人がいるなら、話してしまいましょう。
「お前がそんな目に遭わされていたなんて、知らなかった! 俺がお爺さんとお婆さんを退治してやる!」
桃太郎が突拍子も無い事を言い出しました。鬼が慌ててそれを止めます。そんな物騒な真似をしてはいけません。
「何故、嫌がらせをしてくる奴らの畑を手伝うんだ。もうやらなくていい。二度と一人で何処かへ行ったりするな」
その日から本当に桃太郎は、鬼の単独行動を許しませんでした。
「僕が突然手伝いに行かなくなれば、お爺さんとお婆さんが――」
「駄目だ。放さないぞ」
桃太郎は強引ですが、それは彼の優しさ。桃太郎との生活の中で、鬼の磨り減っていた心は少しずつ癒されていきました。
「鬼、お前は流され易いところがいけないぞ」
「見ろよ、鬼。デカくて良い形の大根ができたぞ」
「鬼、イヌはネギを与えたら駄目だ」
「又キジがサルのうんこを食ってる。どうにかしたいんだが、何か思いつかないか? 鬼」
「鬼、あっちの茂みに――」
「鬼、今夜の味噌汁――」
「鬼、お前も――」
桃太郎は沢山話しかけてくれます。鬼の目に又、涙が溜まってきました。
「どうした鬼、そんな悲しい目をして」
「ううん。君と一緒に居られて、嬉しいんだ」
桃太郎との会話全てに、鬼は燥ぐ自分を抑えるのが難しいほどでした。
そんな幸福が続いていた或る日、手を繋いで山へ柴刈りに向かった二人は、途中の道に新しい看板が立っているのを見かけます。
鬼と桃太郎は出て行けこのホモ野郎ども、と書かれたその木の板。勿論、或る所に住んでいるお爺さんとお婆さんの仕業です。
確かに鬼と桃太郎は、近頃そんなホモホモしいムードになる事もありますが、まだ肉の関係はありません。そして、たとえ本当に一線を超えているのだとしても、とやかく言われる筋合いは無いのです。心無い書き込みに鬼は傷ついて、目に涙が溜まります。
「やっぱり我慢ならん。お爺さんとお婆さんを退治するしかない!」
桃太郎はいきり立ちます。鬼が必死に彼をなだめます。
「穏便でない事は好きじゃないんだ。お願いだよ、桃太郎。落ち着いておくれ」
鬼の座右の銘は、Love or Leave です。ここが嫌だったら去ればいいだけの話で、それ以外の卑しく足掻く様な真似はしたくないのです。桃太郎は渋々、抜刀しかけた野太刀を鞘に収めました。
或る日、イヌが行方不明になりました。
次の日、鬼と桃太郎んちの畑が荒らされていました。
そしてまた次の日、郵便受けに変わり果てた姿のイヌが入っていました。
勿論、やったのはお爺さんとお婆さんです。
「臆病者! お前はここまでやられて黙っているのか!」
桃太郎は怒り心頭です。彼は、一緒にイヌと畑の復讐をしようと、鬼に詰め寄ります。でも、鬼は断固拒否。荒事で解決を図るなんて、鬼はしたくないのです。共に暮らす様になってから、鬼は何度もそれを諭していますが、直情型の桃太郎はいつでも丸裸の感情が剥き出しです。
「時間はかかるけど、畑は又耕せばいい。イヌの事は僕も悔しいよ。でも、同じ事をやり返すなんて駄目だよ。憎しみの連鎖が始まってしまう」
「何を悠長な事を言っているんだ! 鬼、目を醒ませ! あいつらをこれ以上調子づかせたら、次は何をしてくるか分からんぞ!」
「落ち着いて。今日はもう寝よう。明日になったら、きっと気分が変わってるから。何日経っても我慢が利かなければ、又それから考えよう?」
桃太郎は暫く、憤懣やるかたないといった風に体を戦慄かせていましたが、ついには鬼の言葉に折れました。
「分かった。お前に免じて、今日はもう寝る」
二人は綿が潰れて薄っぺらくなった布団を敷いて横になりました。質素な生活の中では、新しい寝具を買うほどの余裕はありません。
「……ねえ、桃太郎。まだ起きてる?」
「……嗚呼、起きているぞ。怒りが去らないから、眠れないんだ」
「あのね、この国の風土では僕らみたいなのって、気持ち悪いって言われるかも知れない。けれど、僕の国なら同性愛にも寛容なんだ。君を連れて帰国したい。でも、その為のお金は無いね……」
「鬼……」
「桃太郎……」
お金どころか畑も使い物にならなくなって、食べ物が無くなっていきます。二人は愛だけを頼りに日々を生き延びますが、現実問題は解消されません。食料の備蓄はどんどんお腹の中へと消えていき、何もかもが捗らなくなっていきました。
辛くひもじい日々の中で、何やら“岡山土産の吉備団子に釣られた”という書き置きを残して、サルはお爺さんとお婆さん側にいってしまいました。
「裏切ったなサルめ!」
桃太郎が顔を真っ赤にして怒ります。でも、鬼は言いました。
「サルはきっと、口減らしになる為に自ら……」
その通りでした。それ以外に考えられません。特に描写していませんが、サルはいつも温和な立ち振る舞いをみせる優しい子でした。
それはキジも同じです。
「この襖を、決して開けないで下さい」
明くる日、そう言ってキジは隣の部屋に篭もりました。もう何が起こるのか察して、鬼と桃太郎は泣きながら頃合を待ちました。
襖を開けると案の定、そこにあったのはキジ鍋。
鬼と桃太郎はワンワンと号泣しながら、命を繋ぎました。
「鬼、俺は何日経っても怒りが抑えられない。寧ろ、ますます気分が黒くなっていく! 悪いが俺は、もう我慢しない!」
そうです。これ以上、お爺さんとお婆さんを生かしておけません。その理不尽な振る舞いに、とうとう終止符を打つ時がやってきたのです。
桃太郎がお爺さんとお婆さんを退治する為に旅立ちました。桃太郎の怒りは凄まじく、もう鬼はそれを止められませんでした。
居ても立っても居られない鬼は、心配で桃太郎の様子を見に行きます。
鬼が現場に着くと、ラストバトルは佳境に入っていて、お爺さんとお婆さんが合体したダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンが暴れており、桃太郎が今まさにその巨躯を切り伏せるところでした。
しかし――
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンはまさかの反撃。呼吸法がどうのこうのと叫んで体表面を鋼の様に硬質化させました。堅い物と堅い物がぶつかり合う音。桃太郎が振り下ろした野太刀は、ビンビンに硬いその皮膚に阻まれ、弾き飛ばされてしまいました。
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンが桃太郎を押し潰そうと迫ります。劣勢に回る桃太郎。
「この玉玉を使え!」
それはサルの声です。やっぱりサルは裏切ったわけじゃなかったのです。サルは自分から二つの玉玉を引きちぎって桃太郎に投げました。サルは息絶えました、やりきった顔をしながら。
玉玉を受け取った桃太郎は、それを握り締めて眉間に深い皺を寄せて辛そうな表情をしました。しかし桃太郎は分かっています。今、為さねばならぬのはサルの心意気を活かす事。親友を失った悲しみを振り切って、その玉玉をかざす桃太郎。途端に周囲は光に包まれ、ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンの防御力が下がりました。
眩んだ視界が回復した鬼が見たものは、取っ組み合ってもつれる桃太郎とダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンでした。しかし依然、丸腰になってしまった桃太郎が劣勢のままです。
「鬼! ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンを刺すんだ! 俺が引き付けているから!」
桃太郎の叫びに鬼は体が強張ります。鬼の足元には、さっきまで桃太郎の手に握られていた野太刀が転がっています。
「頼む! 鬼! 今だけでいい! 今だけ、優しい自分を曲げてくれ!」
愛する人の魂からの声に、鬼は半ば無意識で、野太刀を拾い両手で持ちました。ギラギラとよく切れそうな刃が目に焼き付き、汗がいっぱい出てきます。自分がこんなに恐ろしい凶器を握っているなんて信じられません。
「頼む! 鬼! お願いだ! 頑張れ!」
頑張れと言われても困ります。誰かを傷付けるなんて、自分がそんな真似をするなんて、鬼は今まで何もかも我慢して、ただただひたむきに平和を愛してきたのです。いくら愛しの桃太郎に急き立てられても、この恐ろしい野太刀でダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンを斬りつけるなんて、とても出来そうもありません。どんなに憎くても、暴力はいけないのです。
「鬼! 迷っている暇は無い! 頼む! 俺たちの幸せの為に! 未来の為に!」
そう、未来の為に。
自分の信念が全てを測れる物差しでは無いのかも知れません。
逼迫した状況に深く考える余裕が無かっただけかも知れません。
鬼の目に映るのは、今にもその身を引き裂かれてしまいそうな桃太郎だけです。
滲む視界の向こう側で、愛する人の命が、その掛け替えのない大切な灯火が、今まさに、二度と戻らない場所へと、掻き消えようとしているのです。
見えているのは、最早ただただ、それだけだったのです。
感じられなくなってしまう、桃太郎を。
「そんなの……嫌だよ!」
鬼の心の中に燃えたのは、勇気とは違うのかも知れません。それでも――優しい鬼は泣きながら震える手で、ゆっくりと、ゆっくりと、ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンの禍々しい翼が生えた背中に、野太刀を沈めていきました。
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンの断末魔が、山の向こうまで響き渡りました。やまびこが返ります。
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンは、爆散して光になって消え去りました。もう介護は必要ありません。
桃太郎を助け起こして、鬼は泣き崩れました。
桃太郎が何も言わずに、鬼の肩を強く抱き締めます。
貸していたお金を取り戻しました。
経験値を手に入れました。
ボーナスポイントを手に入れました。
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンソードを手に入れました。
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンシールドを手に入れました。
まもなくメンテナンスを開始しますので、ログアウトして下さいます様に御願い致します。
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンヘルムを手に入れました。
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンメイルを手に入れました。
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンガントレットを手に入れました。
ダークウルトラスーパーテイルズオブファイナルファブラノヴァオジバアサンオフィスサンダルを手に入れました。
重量が筋力値の上限を超えています。移動速度が下がる為、要らない物を捨てる事を推奨します。
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ストレージが+25されました。
前に進む勇気の翼を手に入れました。
大きな桃を手に入れました。
めでたし、めでたし。いいえ、悲しみがいっぱいありました。めでたくはないのです。けれど、ボストンで鬼と桃太郎は結婚し、末永く幸せに暮らしました。
正しくなくても、不毛でも、二人はプリキュ――愛し合っているのです。
きっとこれからは、どんな困難にだって立ち向かっていけるでしょう。
鬼と桃太郎の絆は、普通ではないくらい、深くて硬くて太くて大きくてデカくて大きくて太くて硬くて深くて、そして、強いものだから。
二人はずっといつまでも……違います。二人ではありません。
だって、戦利品の大きな桃からは――
だとさ。
後書き
あ~びっくりした。気分転換で書いていた短編が、壮大なクロニクルになっていました。俺天才かも知れん! と危うく勘違いしかけました。
締め方を思い付いていないまま書き始めたこの短編ですが、結局最後まで何も思い付きませんでした。面目ない。
でも、もし万が一面白かったと思って頂けたなら、感想欄に“ちんぽくさい”って書き込んでもらえると嬉しいです。
商標アウトな箇所があるんじゃないかな? って気もするので、駄目そだったら直します。
初めまして。さようなら。御読み頂き有難う御座いました。