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月と星と、僕らの放課後  作者: 吉月和玖
6/7

第6話 月と星と、体育祭の日

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


二週間の練習を経て、ついに迎えた体育祭当日。


優勝を目指して気合十分の月奈。

自分なりに競技へ挑む星奈。

そして、最後まで体育祭の中止を願う信也。


そんな三人とともに、和幸も賑やかな一日を迎えます。


勝負の行方はもちろん、競技の中で見えてくる普段とは少し違った表情にもご注目ください。


四人で迎える、初めての体育祭。


果たして、どんな一日になるのでしょうか。


それでは、どうぞお楽しみください!



それから、二週間──

僕と月奈さんは、体育の授業や放課後を使って二人三脚の練習を重ねた。

最初こそ盛大に転んだものの、お互いの歩幅やタイミングも分かるようになり、今ではかなりの速度で走れるようになっている。

リレーのバトンパスも一通り形になった。

星奈さんも借り物競争に備えて……と言っても、こちらは当日にならないと何を借りるのか分からないので、特別な練習はない。

そして信也は。


「体育祭なんて雨で中止になればいい」


最後まで往生際が悪かった。


そんな日々を過ごしているうちに――。


体育祭当日を迎えた。


《center》・・・・・《/center》


「晴れたねぇ」


校庭を見渡しながら、僕は呟いた。

雲一つない青空。

グラウンドには白線が引かれ、その周囲には色とりどりのクラス旗。

保護者用のテントや観覧席も用意され、いつもの学校とはまるで雰囲気が違う。

朝から生徒たちの声も普段以上に大きい。

まさに体育祭日和。


「最悪だ」


隣から声。

見る。


「何で?」

「晴れた」

「体育祭なんだから最高じゃん」

「雨なら中止だった」

「まだ言ってたの?」


信也は心底残念そうに空を見上げていた。


「諦めなよ。もう体操服まで着てグラウンドにいるんだから」

「今からでも局地的豪雨が──」

「来ないよ」

「竜巻」

「もっと駄目だよ!?」


体育祭を中止するために災害を願うな。


「おっはよー!」


背後から元気な声が飛んでくる。

振り返れば、月奈さんが駆けてきていた。

その後ろから星奈さんも歩いてくる。

二人とも体操服姿。

普段は下ろしている長い髪も、今日は運動しやすいように後ろでまとめている。

それでも月奈さんの右側には三日月。

星奈さんの左側には星。

二人を見分ける目印は、今日も健在だ。


「おはよう、月奈さん。星奈さん」

「おはよ!」

「おはよう、長尾君。武田君」

「おう」

「武田君、顔暗くない?」


月奈さんが信也を覗き込む。


「いつもだ」

「今日は特に」

「気のせいだ」

「体育祭嫌だから?」

「分かってるなら聞くな」

「大丈夫!」


月奈さんが信也の肩を叩いた。


「今日は私たちがいるから!」

「それで何が大丈夫なんだ」

「分かんない!」

「帰れ」


朝から元気だなぁ。


「月奈」


星奈さんが苦笑する。


「朝から武田君で遊ばないの」

「遊んでないよ?」

「遊んでるだろ」


信也が即答した。

そんな三人を眺めていると──


「あら、いたいた」


聞き覚えのある声。


「ん?」


僕は保護者席の方を見る。

そして。


「諏訪さん!」


思わず声が大きくなった。

長い黒髪を低い位置でまとめた諏訪さんが、こちらへ歩いてきている。

シンプルなブラウスにパンツという格好なのに、相変わらず目を引く。


「おはよう、和幸君」

「おはようございます!」


自然と背筋が伸びる。


「今日も綺麗ですね!」

「ふふっ。ありがとう」

「朝一番にそれ言う必要あるか?」

「信也」

「何だ」

「今日という晴れ舞台に諏訪さんが来てくれたんだよ?」

「俺の母親だ」

「知ってるよ」

「なら何故お前の方が喜んでる」

「綺麗だから」

「帰ってくれ」


酷い。


「おはようございます、諏訪さん!」

「おはようございます」


月奈さんと星奈さんも挨拶する。


「二人ともおはよう。今日は頑張ってね」

「はい!」

「ありがとうございます」

「母さん」


信也が嫌そうな顔をする。


「本当に来たのか」

「あら。来るって言ったでしょう?」

「仕事は」

「お休みよ」

「家で休んでればよかっただろ」

「息子の体育祭より?」

「玉入れだぞ」

「玉入れでも息子は息子でしょう?」

「…………」


信也が黙った。

強い。

やっぱり諏訪さんは強い。


「それに」


諏訪さんが僕と月奈さんを見る。


「二人三脚も楽しみにしてるから」

「任せてください!」


月奈さんが胸を張る。


「絶対一位取ります!」

「おい月奈さん、プレッシャー上げないで」

「長尾君も一位取るって言ってたじゃん」

「狙えるとは言ったけど!」

「同じ同じ!」


絶対違う。


「和幸君」

「はい」

「怪我しないようにね」

「もちろんです!」

「月奈ちゃんも」

「はい!」

「二人とも練習で一度転んでるんでしょう?」

「…………」

「…………」


僕と月奈さんが固まった。


「何で知ってるんですか?」

「この前、聞いたじゃない」


あ。

そうだった。


「今日は転ばないもん!」


月奈さんが少しだけ頬を膨らませる。


「ちゃんと練習したから!」

「ええ。楽しみにしてるわ」

「はい!」


嬉しそうだ。


「──二年生!そろそろ集合しろー!」


先生の声が飛んでくる。


「あ、行かないと」

「じゃあね。みんな頑張って」

「はい!」

「また後で」


僕たちは諏訪さんと別れ、クラスの集合場所へ向かう。

その途中。


「長尾君」


月奈さんが隣へ並んだ。


「何?」

「絶対転ばないからね」

「僕も同じこと考えてた」

「それと」


ニッと笑う。


「絶対一位!」

「……了解」


そこまで言われたら。

僕も本気で狙うしかないか。


《center》・・・・・《/center》


開会式を終え。

百メートル走。

障害物競走。

綱引き。

競技は順調に進んでいった。

月奈さんはというと──


「一位ー!」


本当に速かった。

百メートル走。

スタート直後から先頭へ飛び出し、そのまま一度も抜かれることなくゴール。

僕も運動には自信があるけど、女子の中ではかなり速い部類だと思う。


「どう!?」


戻ってきた月奈さんが、これでもかというほど得意そうな顔をする。


「速いね」

「でしょ!」

「これは素直に凄い」

「もっと褒めてもいいよ?」

「調子乗るからやめとく」

「何で!?」

「月奈」


星奈さんがタオルを渡す。


「お疲れ様」

「ありがと!」

「本当に速かったね」

「でしょー!」


妹に褒められた方が嬉しいらしい。

満面の笑みだった。

そして。

午前の競技も中盤に差し掛かった頃。


『続いての競技は、二年生による玉入れです。出場する生徒は入場門へ集合してください』


放送が流れる。


「来たよ、武田君!」


星奈さんが立ち上がる。


「…………」

「信也」

「何だ」

「諦めなよ」

「まだ何も言ってない」

「顔に書いてある」

「行こう?」


星奈さんが信也を見る。


「……ああ」


信也も渋々立ち上がった。


「頑張ってね、星奈!」

「うん」

「信也も」

「適当にやる」

「真面目にやれ」

「武田君」


星奈さんが少し笑う。


「この前教えてくれた投げ方、覚えてるから」

「……そうか」

「だから頑張ろう?」

「…………」


一瞬だけ黙って。


「まあ、走るよりはマシだ」


それが信也なりの「頑張る」なのかもしれない。

二人は並んで入場門へ向かっていった。


「武田君って」


月奈さんが隣で呟く。


「何だかんだ優しいよね」

「そう?」

「星奈に玉入れ教えてたんでしょ?」

「まあね」

「長尾君にも?」

「何が?」

「勉強とか」

「ああ。昔から」

「ふーん」


月奈さんが信也の背中を見る。


「じゃあ、教えるの下手なの私だけ?」

「いや」

「いや?」

「信也は基本的に教えるの下手だよ」

「やっぱり!?」

「聞こえてるぞ、和幸!」


遠くから怒鳴られた。

地獄耳だな。


《center》・・・・・《/center》


『位置についてください!』


玉入れが始まる。

信也と星奈さんは同じ籠の下。

スタートの合図と同時に、周囲の生徒が一斉に玉を拾う。


「星奈」

「なに?」

「最初から遠くの玉を取りに行くな。近くにあるのから投げろ」

「分かった!」


信也自身も玉を拾う。

投げる。

入った。

また拾う。

投げる。

これも入る。


「おお」


思わず声が出る。


「武田君、意外と入ってる!」

「月奈さん、それ本人に言わない方がいいよ」

「何で?」

「絶対怒るから」


星奈さんも玉を拾う。

膝を少し曲げ。

練習していた通りに山なりで投げる。


スポッ。


籠に入った。


「入った!」


星奈さんの声がこちらまで聞こえてきた。


「武田君!入った!」

「見てた」

「もう一個!」

「報告しなくていい。次投げろ」

「うん!」


楽しそうだ。

信也は相変わらず無表情だけど。

星奈さんが外せば、


「力入れすぎ」


入れば、


「それでいい」


近くの玉がなくなれば、


「右側にまだある」


淡々と指示を出している。


「……司令塔みたい」


月奈さんが呟く。


「運動会の玉入れであそこまで考える奴、初めて見た」

「信也らしいけどね」


身体能力で勝てないなら頭を使う。

あいつらしいやり方だ。

やがて終了の笛が鳴る。

籠の中の玉が数えられ──

結果は。


二位。


惜しくも一位には届かなかった。

それでも戻ってきた星奈さんは、かなり満足そうだった。


「お疲れ!」

「ありがとう」

「星奈、結構入れてたね!」

「最初よりは」


星奈さんが嬉しそうに笑う。


「武田君が教えてくれたから」

「俺は何もしてない」

「したよ?」

「投げたのはお前だろ」

「でも──」

「信也」


僕はニヤニヤしながら肩を叩く。


「何だ」

「格好よかったよ」

「気持ち悪い」

「褒めたのに!?」

「和幸に言われても嬉しくない」

「諏訪さんにも言ってこようかな」

「やめろ」

「『信也、格好よかったですよ』って」

「絶対やめろ」


よし。

後で言おう。


《center》・・・・・《/center》


そして午前最後の個人競技。


『続いて、二年生による借り物競争です!』


「行ってくるね」


星奈さんが立ち上がる。


「頑張って!」

「借り物見つからなかったら私呼んで!」

「お題によるでしょ」

「何でもいいよ!」

「人間も借り物扱いだからね?」


僕が突っ込む。


「長尾君も」

「ん?」

「応援しててね」

「もちろん」

「ありがとう」


星奈さんは小さく笑い、入場門へ向かっていった。


借り物競争。

コース途中に置かれた机から紙を一枚取り、そこに書かれている条件に合う物や人物を探して、一緒にゴールする。

単純だけど。

何を引くかで大きく順位が変わる競技だ。

星奈さんの順番は三組目。

スタートラインへ並ぶ。


「星奈ー!頑張れー!」


月奈さんの声。

星奈さんがこちらを見て、小さく手を振った。


『位置について──』


パンッ!


スタート。

星奈さんは決して足が速い方ではない。

それでも懸命に走り、机へ到着。

紙を一枚取る。

開く。


「…………」


止まった。


「何引いたんだろ?」


月奈さんが首を伸ばす。

星奈さんは紙を見る。

そして。

周囲を見渡した。

右。

左。

観客席。

クラスの待機場所。

やがて──

目が合った。


「……え?」


星奈さんがこちらへ走ってくる。


「長尾君!」

「僕!?」

「来て!」

「えっ、ちょっ!?」


星奈さんが僕の手を掴む。

そのまま引っ張られた。


「何!?お題何!?」

「あとで!」

「僕で合ってる!?」

「たぶん!」

「たぶん!?」


不安になる言葉を残して、二人で走る。


「長尾君、速い!」

「星奈さんに合わせるよ!」

「あ、ありがとう!」


僕が速度を落とす。

二人で並んでゴールへ。

係の先生が紙を確認する。


「はい、条件クリア!」

「良かった……!」


星奈さんが安堵する。

そのままゴール。

順位は三位だった。


「はぁ……はぁ……」

「お疲れ様」

「長尾君も……ありがとう」

「僕は途中から走っただけだから」

「でも助かった」


星奈さんが微笑む。


「ところで」


僕はずっと気になっていたことを聞く。


「お題、何だったの?」

「あ」


星奈さんが手にしていた紙を見る。

そして僕へ差し出した。

そこには──


『料理が得意な人』


「……なるほど」


納得した。


「だから僕だったんだ」

「うん」

「でも、クラスにも料理できる人くらいいるんじゃない?」

「いると思う」

「じゃあ何で?」


僕が何気なく聞く。

星奈さんは少しだけ考えて。


「……一番最初に長尾君が浮かんだから」

「…………」

「長尾君?」

「あ、いや」


別に。

何でもない言葉だ。

僕が料理をすることを星奈さんは知っている。

定食屋の息子なんだから、むしろ当然。

それなのに。

何故だろう。


「そっか」


少しだけ。

胸の奥がくすぐったかった。


「星奈ー!」


月奈さんが走ってくる。


「お疲れ!」

「月奈」

「三位じゃん!すごい!」

「ありがとう」

「で?」


月奈さんの視線が僕へ向く。


「何で長尾君?」

「料理が得意な人、だって」


僕が紙を見せる。


「あー!」


納得したらしい。


「確かに長尾君だ!」

「でしょ?」


星奈さんが笑う。


「でもさ」

「ん?」


月奈さんがニヤリとする。

嫌な予感。


「星奈、長尾君の手──」

「月奈」

「はい?」


星奈さんが笑っている。

ものすごく穏やかに。


「何?」

「……何でもありません」


月奈さんが引き下がった。

何だったんだ?


「和幸」

「ん?」


いつの間にか信也も来ていた。


「そろそろ戻るぞ」

「ああ」

「……料理が得意な人、ね」

「そうみたい」

「お前以外にもいるだろ」

「僕も同じこと言ったよ」

「でも長尾君が最初に浮かんだから」


星奈さんが普通に答える。


「…………」


信也が一瞬黙った。


「武田君?」

「いや」


それだけ言って歩き出す。


「何?」

「何でもない」

「変なの」


僕たちも後を追う。

午前の競技は、これで終了。

午後には。

僕と月奈さんの二人三脚。

そして。

体育祭最後のクラス対抗リレーが待っている。


「長尾君!」

「ん?」


隣を歩く月奈さんが僕を見る。


「午後、負けないからね!」

「だから僕たちは同じクラスだって」

「二人三脚は一緒に一位!」

「うん」

「リレーでは、どっちが速かったか勝負!」

「バトン持って走る区間違うじゃん!」

「細かいことは気にしない!」

「気にしようよ!」


月奈さんが笑う。

星奈さんも笑う。

信也は呆れた顔で僕たちを見る。

いつの間にか。

こんなやり取りまで、当たり前になっていた。

だけど。

体育祭は、まだ半分。

午後にはきっと。

今日一番騒がしい時間が待っている。

そんな予感がしていた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


ついに迎えた体育祭当日。


今回は前半戦として、信也と星奈の玉入れ、そして星奈の借り物競争を中心にお届けしました。


運動が苦手でも、自分なりに考えて動く信也。

そんな信也の言葉を素直に受け取り、少しずつ結果へ繋げていく星奈。


勉強のときとはまた少し違った二人らしさが出ていたら嬉しいです。


そして借り物競争。


星奈が引いたお題は──「料理が得意な人」。


たくさんの人がいる中で、真っ先に思い浮かんだのは和幸でした。


本人たちにとっては、まだそれ以上でもそれ以下でもない出来事。


けれど、こんな何気ない選択の積み重ねが、いつか誰かを特別に思うきっかけになるのかもしれません。


……もっとも、今の四人にはまだ少し早い話でしょうか。


体育祭は、まだ半分。


午後には、第4話から練習を重ねてきた和幸と月奈の二人三脚。


そして最後には、体育祭の花形──クラス対抗リレーが待っています。


最初の練習では盛大に転んだ二人。


果たして本番では、息を合わせて走り切ることができるのか。


ここまで読んで「午後の体育祭も見届けたい」「この四人の続きを読みたい」と思っていただけましたら、お気に入りや評価で応援していただけると、とても励みになります。


また、今回の体育祭で印象に残った人物や場面、気になっている組み合わせなども、感想で聞かせていただけると嬉しいです。


次回──


第7話「月と星が駆ける日」


月と星の体育祭、後半戦です。


それでは──


また、次の放課後で。



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