第2話:【前編】デートの邪魔をするゴミ(王子)は、爆炎で焼き払うに限る
ナルシスタ王国の第一王子、カイル・ド・ラ・バカデミアは憤慨していた。
愛用のシルクの寝巻きに身を包み、自室の鏡に向かって、彼は羽ペンを走らせる。
それは彼が日課としている『至高の僕による、未来の王妃への愛の記録(通称:バカ日記)』である。
『○月×日。
信じられないことが起きた。あのマリエル嬢が、僕の誘いを断ったのだ。
あんなに熱烈なバラを贈ったというのに。おそらく、彼女は照れているのだろう。
あまりに僕の輝きが眩すぎて、直視できなかったに違いない。フッ、罪な男だ。
だが、あんな可愛げのない態度は教育が必要だ。……そうだ、次は聖女レベッカを誘おう。
彼女なら、慈愛の心で僕を包み込んでくれるはずだ。アルトリアのような筋肉も、マリエルのような爆炎も、僕の愛の前では無力なのだから』
王子が鼻歌まじりに日記を閉じている頃。
王都の魔導師ギルドでは、一人の少女が「爆発」していた。
「……もう、限界ですわ」
マリエル・ルミナスは、愛用の杖を床に叩きつけた。
彼女の周囲には、王子の使いが持ってきた「愛のポエム付き花束」が山積みになっている。
それら全てに火を放ち、一瞬で灰に変えながら、彼女は虚空を見つめた。
「アルトリア様がいなくなってから、この国はゴミ(王子)の廃棄場所になったのですか? ああ……アル様。あの、鉄の匂いがする逞しい背中が恋しい。私の魔法を『いい火力だ』と笑って受け止めてくれた、あの御方が……!」
マリエルは決意した。
王宮も、ギルドも、王子も、全てが鬱陶しい。
彼女は最小限の荷物を魔法の鞄に詰め込むと、書き置き一つ残さずギルドを飛び出した。
行き先は一つ。アルトリアが向かったという、あのダンジョンだ。
◇
一方、ダンジョン『美神のクローゼット』第二階層。
アルトリア・ベルンシュタインは、絶好調だった。
「ふんっ! はあぁっ!」
振り下ろされる大剣が、巨大な蜘蛛の魔物を地面ごと叩き潰す。
一撃。
ただそれだけで、魔物は塵となって消えていく。
「……やはり、身体が軽い。以前は王子に『汗臭い』と言われるのが嫌で、無意識に手加減をしていたのかもしれんな。全力で剣を振れるというのは、これほどまでに心地よいものか!」
アルトリアは、額の汗を『美神のスポーツタオル』で拭った。
すると、またしても壁から優雅なハープの音が響く。
『――判定:ナイス・スウェット。その滴る汗は、ダイヤモンドよりも価値がありますわ。さあ、こちらを受け取りなさい』
壁が開き、中から出てきたのは……。
「……ん? これは……鉄アレイか? いや、『美神の重量調整式ダンベル』と書いてあるな」
ダンジョンから贈られたのは、持ち主の筋力に合わせて重さが変わるという、筋トレマニア垂涎の逸品だった。
アルトリアは目を輝かせた。
「素晴らしい! 休憩時間にこれで前腕筋をいじめ抜けるではないか! なんて気の利くダンジョンなんだ!」
彼女は、この場所が「死の奈落」と呼ばれていることを完全に忘れていた。
だが、一人で進むにつれて、ある「不便」を感じ始めていたのも事実だ。
「……敵の数が増えてきたな。一体ずつ仕留めるのは造作もないが、効率が悪い。私が敵を足止めしている間に、一気に広範囲を焼き払ってくれるような……そんな頼もしい後衛がいればいいのだが」
アルトリアの脳裏に、一人の少女の顔が浮かぶ。
かつて、演習の際に見事な爆炎を披露した、あの生意気で愛らしい魔導師。
「マリエルか。……いや、彼女は今頃、王子と優雅に茶でもしばいているだろう。私のような無骨な女のパーティに誘うのは、酷というものだな」
アルトリアは自嘲気味に笑い、再びダンジョンの奥へと歩みを進めた。
彼女は自分の「ジゴロ 力」を、あまりにも過小評価していた。
◇
数時間後。
アルトリアは、第二階層のボス部屋を前にして、意外な光景を目にする。
「……どけと言っているのです。その腐った顔面を、分子レベルまで分解されたいのですか?」
聞き覚えのある、鈴を転がすような、それでいて殺意の塊のような声。
そこには、泥まみれになりながらも凛と立つマリエルと、彼女を囲む柄の悪い冒険者たちの姿があった。
「へっへっへ、嬢ちゃん。こんな深い階層に一人で来るなんて、自殺志願者か? いい杖持ってるじゃねえか。それをよこせば、命だけは――」
「黙れ、この低火力。ゴミはゴミ箱へ、塵は塵箱へ。……爆ぜなさい」
マリエルが杖を掲げた瞬間、凄まじい魔力が渦巻いた。
だが、連戦で魔力を消耗しているのか、魔法陣の形が歪んでいる。
(まずい、あの術式では反動がくる!)
アルトリアは迷わなかった。
重厚な鎧を響かせ、一直線にその場へ突っ込む。
「そこまでだ!」
アルトリアは大剣の腹で、冒険者たちの武器をまとめて弾き飛ばした。
衝撃波だけで、男たちが地面を転がる。
「アル……アル様……!?」
マリエルが、呆然と目を見開く。
逆光を背に、漆黒の鎧を纏って立つその姿は、彼女が夢にまで見た理想の騎士そのものだった。
「マリエル、無事か? ……すまない、少し遅くなった」
アルトリアは、マリエルの手を取り、優しく引き寄せた。
それは彼女にとっては何気ない「騎士としての救助」だったが、マリエルにとっては、心臓を直接爆破されるほどの衝撃だった。
「アル様……ああ、アル様! やはり貴女は、私の運命の御方ですわ!」
「え? 運命?」
アルトリアが首を傾げたその時、背後のボス部屋の扉が、かつてないほど激しいファンファーレと共に、盛大に開き放たれた。
『――判定:最高・マリアージュ! 強き盾と、鋭き矛。これぞ美の極致! さあ、二人に最高の『お揃い』を差し上げましょう!』
中から飛び出してきたのは、金と銀で縁取られた、お揃いの『美神のパーティ・エンブレム』。
それは、二人の絆が深まるほどステータスが上昇するという、伝説級のアイテムだった。




