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第1話:【後編】婚約破棄? ありがとうございます、これでダンジョンに籠もれます!

 王都の北西に位置する、巨大な縦穴――通称『深淵の奈落アビス・ロト』。

 かつて数多の英雄が挑み、その誰一人として最深部に辿り着けなかったとされる伝説の難攻不落ダンジョンである。


 アルトリアは、重厚なフルプレートアーマーの足音を「ガシャーン、ガシャーン」と響かせながら、その第一階層へと足を踏み入れた。


「……ふむ。禍々しい名前の割には、空気の巡りがいいな。それに、この壁の装飾」


 松明の光に照らされた壁面には、おどろおどろしい骸骨……ではなく、なぜか「ポージングを決めた筋肉質の天使」や「優雅にティーカップを持つ女神」のレリーフが彫り込まれていた。

 だが、今のアルトリアにはそんな芸術性を鑑賞する余裕はない。

 彼女の視線の先には、第一階層の番人――巨大な岩石の魔物『ストーンゴーレム』が立ち塞がっていた。


「グルルルゥ……ッ!」


「よし、挨拶代わりだ。……来い!」


 アルトリアは背中の大剣を引き抜いた。

 それは通常の騎士が両手で持つような代物だが、彼女はそれを片手で軽々と構える。

 婚約期間中、王子の「淑女であれ」という呪縛により、重い剣を持つことすら禁じられていた反動が、今、爆発する。


 ゴーレムが巨大な岩の拳を振り下ろす。

 アルトリアはそれを避けない。


「ぬんっ!!」


 正面から大剣で受け止め、そのまま力任せに押し返した。

 ギギギ、と岩が削れる嫌な音が響くが、アルトリアの腕力パワーがゴーレムを圧倒する。


「はあああっ!」


 一閃。

 横薙ぎに振るわれた大剣が、ゴーレムの胴体を真っ二つに叩き割った。

 崩れ落ちる岩の塊。

 その瞬間、ダンジョン内に不思議なメロディ――まるでハープを奏でるような優雅な調べが響き渡った。


『――判定:エクセレント・マッスル。その踏み込み、その広背筋の躍動。実に見事ですわ』


「な、何だ!? 誰かいるのか!」


 アルトリアが周囲を警戒するが、人の気配はない。

 代わりに、ゴーレムが崩れた後の壁が、まるで自動ドアのように「スッ」と横にスライドした。


 そこには、豪華な装飾が施された小さな部屋があった。

 中央に置かれた台座の上には、一つの宝箱が。


「隠し部屋か? ……罠の気配はないな」


 アルトリアが慎重に宝箱を開ける。

 中に入っていたのは、金貨でも魔導書でもなかった。


「……これ、なんだ? ……タオルか?」


 そこにあったのは、純白のシルクで編まれた、吸水性抜群そうな『美神特製スポーツタオル』だった。

 横には金文字で添え書きがある。

『汗を流す貴女は、誰よりも美しい。さあ、拭きなさい。次の試練ステージが待っていますわ』


「…………」


 アルトリアは困惑した。

 彼女は知らない。ここが、ただの殺戮ダンジョンではなく、古の美の女神が「最高にイケてる奴に自分のお宝をプレゼントする」ために作った、巨大なクローゼットであることを。


 一方、その頃。

 王都の最高級カフェ『テラス・ド・ナルシスタ』では、カイル王子が優雅に(と本人は思っている)脚を組み、一人の少女と対峙していた。


 少女の名は、マリエル・ルミナス。

 若干十五歳にして、王立魔導師団の特別顧問を務める「爆裂魔法」の天才だ。

 縦ロールの金髪を揺らし、フリルのついたドレスに身を包んだ彼女は、まるで精巧な人形のように美しい。


「マリエル嬢。急に呼び出して済まないね。だが、どうしても君に伝えたいことがあったんだ」


 カイル王子は、自信満々にバラの花を一輪差し出した。


「僕はこの度、あの野暮ったいアルトリアとの婚約を解消した。……おめでとう、マリエル。君は今日から、僕の『真の王妃候補』としてノミネートされる権利を得たよ」


「……はぁ」


 マリエルの返事は、氷点下よりも冷たかった。

 彼女は無表情で、目の前の紅茶に角砂糖を投入しながら、カイルを見ようともしない。


「聞こえなかったのかい? 僕が君を選んだんだ。光栄に思うだろう? 君のような華奢な少女に、あのアルトリアのような物騒な真似はさせない。僕の後ろで、ただ美しく微笑んでいればいいのさ」


「……殿下。一つ、よろしいでしょうか」


 マリエルがようやく顔を上げた。

 その瞳の奥には、どす黒い「殺意」の火が灯っている。


「私は、アルトリア様を尊敬しております。彼女の剣筋は、計算し尽くされた幾何学模様のように美しく、そして何より……私の爆裂魔法を至近距離で防げる唯一の『盾』なのです」


「え? いや、だからそんな危ない真似は――」


「黙ってください、もやし」


「も、もやし……!?」


 王子の顔面が驚愕で引きつる。

 マリエルの指先が、テーブルの上で小さな魔法陣を描き始めた。


「私の夢は、自分の最大火力を誰にも邪魔されずにぶっ放すこと。アルトリア様が隣にいてくれた頃、私は安心して魔法を唱えられました。それを……貴方のような、自分を磨く努力もせず、ただ鏡を見るだけの男が、彼女を追放した?」


「い、いや、あれは彼女が可愛くないから――」


「火力が足りないんですよ、貴方は。……失礼します。もう二度と、私の視界にその貧弱な魔力反応を入れないでください。不快ですから」


 マリエルは立ち上がり、一瞥もくれずに去っていった。

 テーブルに残された一輪のバラは、彼女が去り際に無詠唱で放った『微小爆破プチ・エクスプロージョン』により、一瞬で消し炭となった。


「な、なんなんだ……! あの子もアルトリアに毒されているのか!? くそっ、あんな可愛げのない女、こちらから願い下げだ!」


 カイル王子は、顔を真っ赤にして叫んだ。

 だが、彼はまだ気づいていない。

 彼が「キープ」だと思っている他の聖女も、暗殺者も、全員が「アルトリアを追い出した王子」に対して、同じ、あるいはそれ以上の殺意を抱いていることに。


 そして。

 ダンジョン第一階層の奥深くに辿り着いたアルトリアは。


「おお……! 次はなんだ? ……『美神のプロテイン(ストロベリー味)』? ……よく分からんが、ダンジョンからの支給品ならありがたく頂いておこう」


 シェイカーに入った謎の液体を飲み干し、彼女はさらに活力をみなぎらせていた。


「よし、身体が軽いぞ! このまま第二階層まで一気に突き抜けてやる!」


 自由を手に入れた女騎士の快進撃は、まだ始まったばかりである。


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