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四歌の巫女  作者: Ridge


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9/11

9話 熱風

 休日の雨がしとしとと降る中、空橋邸の一室で歌雁がパソコンに向かって作業をしていた。姉妹たちの作った損益と動向データと資産運用状況の確認をして次の方針を考え、とりあえず思いつくことを書き出していた。


 この神社が10年20年先も残るため寄付を増やすいい方法は無いものか…。ボクたちが出張する方法だけでなく、向こうから来てもらえるような方法を…。


 信心頼りよりも実益の方が良さそうだね。運動や健康目的なんてどうだろうか。最寄り駅から神社まで徒歩で20分程度。坂道があるけど大した距離じゃない。


 駅前広場で集合して登山道へトレッキングに行く人たちをよく見る。そんな感じで集合して神社へのウォーキングはどうか。境内の長椅子に座って一休み、スタンプカードにハンコ押したりして。それ単体ではお金にならないけど、それで神社へ親しみを持ってもらえれば、あの建物や立派な木が無くなるなんて嫌だから寄付する、といったことが期待できるかもしれない。


 道中の魅力も高めたいから先行投資として道中の土地を買って、歩いて楽しい通りに作り変えたり、市や鉄道会社にも協力を仰いで…。いやいや、先走りすぎか?回収できるか自信が持てない。

 何かいいアイディアは無いものか…。とにかく一度寝かせよう。冷静になるかも。


「ふう…」


 歌雁は作業を終えてパソコンをシャットダウンし、椅子にもたれて右手で左肩を引っ張った。

 ファイルを持った麗鷺がやってきて、本棚にしまいながら「肩こり?」と尋ねた。


「そうみたいだ。麗鷺は肩凝らないよね。胸だってボクたち皆同じくらいなのにどうして?」

「どうして…?うーん、多分、私は肩が固まってくる前に動かすから?予防出来ているのかな?」


 麗鷺はファイルをしまい終え、歌雁の後ろにやってきた。


「私が肩を揉んであげるよ。ほら、力を抜いて」

「ん」


 麗鷺は歌雁の肩に手を置き、一通り軽く触れて確かめた後、凝っている部分を揉み始めた。


「んあぁ、ボクは負けない。絶対負けないんだからぁ~」

「何と勝負してるのさ」


 麗鷺はあきれつつも肩を揉んで凝りをほぐした。揉み終えると、歌雁は夢見心地でぐったりと椅子にもたれて虚空を眺めていた。


「ほぐれたと思う。どう?」


 歌雁は体を起こして肩を回し、両手を組んで上に上げて伸びをした。


「うん、楽になった。ありがとう麗鷺」

「どういたしまして。それじゃ」


 麗鷺は淡々と返事をして部屋から出て行った。十分堪能して興味を無くした猫のように。

 歌雁も部屋を出て自室で一休みすることにした。



 麗鷺が自室に戻り、机の上を見るとスマホにメッセージが入っていた。花子からで「電話していい?」と書かれていた。「いいよ」とだけ返信してベッドに座ってスマホを横に置き、漫画を読んで待っていると電話がかかって来た。


「もしもし麗鷺、今かけて大丈夫だった?」

「うん。用事はさっき終わったところ。どうしたの?」

「今日はオフだから久しぶりに麗鷺のところの神社に行こうと思ったんだけど雨降ってるからやめた。麗鷺とお喋りしようと思ったのにできなかったから、せめて電話でお喋りだけでもと思って」


 月曜になれば学校で話せるのに、とは言わないが吉かな。


「私が神社にいるとは限らないのに」

「その時はその時。帰ってから電話してたかもしれないし、神社の雰囲気を味わって満足して帰ったかもしれない」

「雰囲気か。確かにいいよね、静かで、落ち着いていて」

「舞台の屋根あるじゃない?あれ茅葺屋根って言うんだっけ?私あれ好き!初めて見た時は感動した!」

「そうなの?」


 花子はなぜそんなに感動したのだろう。そんなにいいものならもっと見かけてもいいじゃないか。


「だって綺麗じゃん。斬新でスタイリッシュ。年配の人はどうか知らないけど私には新鮮かつ洗練されたデザインで感動したよ」

「へー…私は見慣れててそんなのこと思いもしなかった。言われてみるとスタイリッシュかも」

「でしょ?横はもちろん下から見ても切りそろえられた先端が綺麗」

「あー…」


 確かにそんな造りだった。花子はよく見ているな。


「私たちがレトロを見ると斬新でおしゃれに感じるようなものか…」

「そうそう、そんな感じ。レトロは当時の人気だから洗練されててスタイリッシュなんだよね」


 そうか、新鮮さと洗練された積み重ねを併せ持つんだ。でもこれは若い私たちだからそう感じること。何百年と生きる存在には効かないだろう。私たちが斬新だと思っても、昔の焼き直しということもあるかもしれないんだ。


「ライトアップとかしたらかっこよさそうじゃない?和風じゃなくビビットカラーで強烈に。メタリックなのも雰囲気変わっていいかも」

「普段とイメージ全然違うけど合うかなあ?」

「合うと思うよ。私、それを背景に歌っちゃおっかな~。マネージャーさんに頼んで用意してもらってさ」

「それは駄目」

「神聖な場所だから良くないよね。ごめん」


 花子はしおらしくなって謝った。


「そうじゃなくて花子が歌うのは駄目。ここの神様は女の子の歌が好きだけど自分より目立つのは嫌うから。結構名前の知れた歌手の花子は目立つから危険だと思う。下手すると地割れに飲み込まれて死ぬ」

「怖い…」

「でも普段災いを抑えこんでくれているありがたい神様だから」

「実は噂で本当は優しい神様だったりしない?」

「うーん…色んな面のエピソードを聞くから、優しい時もあるかもしれないけど、偶々その時だけだと思うよ」

「な、成程…」


 その後、色々なことを喋り、笑い、時間が過ぎていった。


「ふう…」

「結構喋ったね。楽しかったよ、ありがとう麗鷺」

「私の方こそありがとう。もう少ししたら夕飯の準備しなきゃ。今日は私が当番だから」

「頑張ってね、じゃ」

「じゃあまた」


 電話が切れ、麗鷺は机にスマホを置いて部屋を出た。雨はまだ降り続いていた。



 その夜、歌雁と麗鷺は妙な夢を見た。2人でどこかへ呼ばれて誰かに話しかけられたがよく覚えていない。覚えているのは言われたことだけ。

「わらわの社が雨漏りしておる。乾かすのじゃ。建物もできる限り直すように。不快じゃ早う」


 翌朝、歌雁と麗鷺は洗面台で顔を合わせた。


「おはよう、昨日は変な夢を見た。社が雨漏りとか乾かせとか」

「ボクも。着替えたら見に行こう」


 2人は歯磨きや着替え、髪を整えるなど朝の仕度を済ませると外に出た。外はポツポツと雨が降っていて、2人は傘を差して本殿に向かった。


 本殿の横に傘を置いて扉を開けて中に入ると、妙な臭いがして、ピチャンと水の滴る音が聞こえた。目が慣れると床に外側へ向かって水たまりができているのが見えた。歌雁が懐中電灯を上に向けて天井を照らして見ると水がしみ出している部分があるのが見えた。


「くしゅんっ」


 麗鷺はくしゃみをし、歌雁は天井から彼女に視線を移した。


「大丈夫?」

「うん…平気。カビの臭いかな?あんまり空気が良くないね」

「昨日今日の雨でこんなに早くカビるものかな」

「気づかないだけで既に天井裏に穴が空いていて雨が貯まってカビていたのかも」

「あー…成程。とりあえず桶を持って来て」

「了解」


 麗鷺は社を出て家に桶を取りに行き、歌雁は待っている間に他にも壊れているところが無いか、床の水はどこに流れていったか調べた。


 大工さんに修理を頼まないといけないな。ボクたちが学校で立ち会えないかもしれないからお爺ちゃんたちにお願いしないと。


 そうこうしているうちに麗鷺が戻って来て桶を置いた。


「ひとまずはこれでよし。また後で捨てに行かないとね」

「どうする?熱風で乾かす?カビも消したいし」

「そうだね。ボクらが夢で呼ばれたのはそういうことだろう」

「乾かすためだから多少騒がしくても許してくれるはず」

「ドキドキするな…うん、きっと大丈夫だ、行くよ!」


 歌雁と麗鷺は口ずさみ、腕を振ると衣装と風景が変わった。2人は大きな池に縦横無尽に広がる平坦な橋の上に立ち、炎を纏った刀を手にしていた。


 2人は1つの歌詞をパート分けして交互に歌い、その熱気と追い風の雰囲気で池は2人を中心に波紋が広がった。交互に緩急をつけつつも連続して流れるような剣舞で、炎の残光が空に軌跡を描き、揺れる水面にも反射した光の軌跡が描かれていた。


 クライマックス、2人は刀の先を重ねると炎が勢いを増し、それぞれ時計回り、反時計回りに振るうと、炎の渦の中で羽衣を纏った。2人は火の消えた刀を胸の前で両手で握り、斉唱すると2人を囲む炎の竜巻が周囲に広がり、池の水を蒸発させた。


 そして霧の晴れた中、2人は刀を掴む手を体に寄せ、斜めに持って身を守っていたが、最後に風を纏った刀をそれぞれ左右に振り、霧を吹き飛ばし、景色も衣装も元に戻った。

 社の中の空気は澄み、乾ききっていた。


「ひとまず綺麗になったね。雨漏り直さない限り一時凌ぎだけど」

「ふぅ…。雨漏りのことを皆に伝えないと。お爺ちゃんたちにはボクから声かけるよ、姉妹に声かけといて。リビングに集めて話そう」

「うん」


 2人は本殿を出て扉を閉め、傘を差して家に戻った。


「茅葺屋根はああ見えて雨漏れしないのが不思議だな。隙間だらけなのに」


 麗鷺は舞台の方を見て呟いた。


「そう?一本一本に表面張力が働いて下に伝っていきそうだよ」

「あ、そうか、そうかも」


 麗鷺は前を向き直して歩いた。


「しかし修理か…家と違って特注だから高くなりそう…憂鬱だな」


 歌雁は上を向いて息を吐き、麗鷺はその様子を横目で見て励まそうと思った。


「そういえば友達から面白い話を聞いたよ。もしかしたらお客を呼べるかも」

「本当?」


 歌雁は半信半疑ながらも嬉しそうな声で尋ねた。


「長くなりそうだし後で話すよ」

「後のお楽しみか。ありがとう」

「役立つ内容か分からないのにお礼は早いよ」

「…そうだね。お礼は聞いた後で言うよ」

「言うのは決まってるんだ」

「うん。教えてもらうんだから当然」

「それもそうだね」


 2人は玄関の引き戸を引いて家に入った。そして戸を閉めた。冷たい雨の中、暖かな部屋で家族集まって話をした。

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