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四歌の巫女  作者: Ridge


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8話 麦畑

 千果紅と麗鷺は2人で金物屋にやってきた。新年の諸行事に使う神楽鈴や前天冠などの道具を修繕に出していて、修繕完了のメールを受け取り、回収に来た。


「堺さん、こんばんは、空橋です!修繕を依頼した道具を受け取りに来ました!」


 千果紅はカウンターに来て店主に元気よく挨拶をした。


「ご苦労さん。千果紅ちゃんはいつも元気だね。取って来るからちょっと待ってて」

「はい!」


 堺は店の裏へと入っていき、千果紅と麗鷺は周囲の商品やポスターを見ながら待った。

 すると外国人らしき女が近づいてきてカウンターを見た後に堺がいないことを確認すると、離れて店の中をうろついて出てくるのを待った。


「お待たせ。確認してくれ」

「はい」


 千果紅と麗鷺は箱を開けて中身を手に取って確認し、受け取りの書類にサインをした。料金は前払いしており、今日は確認して受け取るだけだ。


「ありがとうございます。これで新年を迎えられそうです」

「それは良かった。また何かあったら来てくれ。すっかり慣れたものだ」

「ありがとうございます!そうだ、堺さん、さっきあの人が何か用がありそうでしたよ」


 千果紅はさっきの女に目を遣った。彼女は包丁コーナーの前でガラス越しに包丁をじっと見ていた。


「マリアさんか、うちの貸してるアパートに泊ってる。その話かな?」


 堺さんは隣町にアパートを所有している。隣町には大学があり、主に一人暮らしする学生たちがそのアパートを借りていて留学生も利用する。


「少し心配だな…」

「どうかしたのですか?」

「彼女はホームシック気味でね。しかしそんな気楽に行き来できる距離でもない。出払って帰る決心したのかも…」

「そうなんですか…」

「いかん」


 堺はうっかりと個人情報を喋ったことに気づき、口を手で覆った。いつもはこんなこと無いのだが、今回は気が緩んだのか喋ってしまった。


「今聞いたことは他の誰にも言わないで欲しい」

「分かりました」

「あたしたちは秘密を守ります」


 2人は荷物を持って店を出た際、マリアが堺と何かを話し、店の奥へ入ったのが見えた。



 帰り道、2人は並んで歩きながら話をした。


「ねえ麗鷺、あたしたちで何とかできないかな?」

「と言っても遠いんだよね?私は何時間も飛行できないし、それにもう決意して大家のところへ来たんじゃないかな」

「そっか…」


 堺さんの口ぶりだと既にホームシックのことは聞いていて、今日は帰る決心でその説明に来たのかも。だったらもう間に合わないのかもしれない。

 あたしたちとは関係ない人だけど、なんだか可哀想だな。共感しているのかな?寂しい思いをするのは辛いし、見たくもない。


「まあ自分がホームシックになるという新たな発見は彼女の糧となると思うよ。悪いことばかりじゃない」


 麗鷺は千果紅の悲しそうな顔を見て気を紛らわせようと話を振った。


「麗鷺はホームシックにならなさそうだね。気づいたらどこかに行ってて一人でいるし」

「多分ね。でも一人で見知らぬ土地で過ごしたこと無いから分からない」


 不思議に思うことがある。麗鷺は「寂しくなんかないよ」という態度ではなく「そうかもね」という寂しがり屋に見られても気にしてなさそうな態度を取る。どうしてそれができるのか不思議だ。本心っぽいから強がりじゃなさそうだし。


「私は前から不思議に思ってたんだけど、そもそも孤独は耐えるものなの?」

「何言ってるの?耐えるんじゃなきゃ何なの?」


 麗鷺と千果紅は互いに相手が何を言っているのか不思議そうな様子で顔を見合わせた。


「孤独は味わうものじゃないの?苦味のような、美味な感覚」

「え…!?」


 麗鷺は何を言っているの?孤独なんて感じないかと言うならまだ分かる。でも麗鷺は何も感じていないのではなく苦味のようなものを感じている、しかもそれが美味だと。どういうこと?

 あれ?もしかしてあたしは誤解していた?あたしは孤独耐性というのは数値の大小によるものだと思っていたけど違うの?水の中で息を止めていられる時間の長さの違いではなく、そもそも鰓があるから水の中でも平気という感じ?麗鷺が特殊なだけ?それとも孤独に強い人は皆そうなの?


「麗鷺は寂しいと思うことは無いの?」

「そりゃあるよ。苦味って言ったじゃん」

「だよね…。じゃあ例えばどんな時に寂しくなる?」

「そうだね…卒業して仲の良い友達と離れ離れになったり、好きな作品が最終回を迎えたり…。最近だと依頼で行ったスキー場が閉鎖すると聞いて寂しくなったね」

「夜に一人で寂しくなったりは?」

「小さいころはあったような…。でももう16だし、そんなこと無いよ」


 麗鷺は恥ずかしそうに苦笑いして小さく手を振った。


「今は無いの?」

「もう無いけど…千果紅はあるの?」

「あ、あたしは今でもあるけど…ごくたまに…」


 千果紅は「ごくたまに」と見栄を張った。弱そうに見せたくないという理由以上に、まるで小さい頃の未熟さを恥ずかしがるような感覚で言われ、気恥ずかしくなったのが理由だ。


「そうなの?そういうもんなのか…」


 麗鷺は友人たちはどうだったか思い出そうとして虚空を眺めて記憶を辿った。


 生存本能じゃないの?群れから離れれば危険だから、寂しさを感じることでそれを防いでいるんじゃないの?いや、麗鷺は寂しさを感じないわけじゃない。分からなくなってきた。


「麗鷺は寂しさをどうやって癒す?」

「え?ああ、癒し方か」


 麗鷺は呼びかけられて我に返った。


「別れの寂しさは新しい出会いで癒すかなあ…。学校なら新しい友人、漫画なら新しい作品。これ死ぬまで続くのかな?まあそれは分かんないけど」

「成程…」


 人肌に触れたくはならないのかな。そういえば麗鷺は姉妹に抱き着くところを見ない。私はよくくっついているのに。


「千果紅はどうやって癒す?」

「あたし?あたしは姉妹にハグしたりもたれかかったりする」

「あ、それでか。漫画読んでる時にくっついてくるのは」

「何となくでくっつくこともあるよ。というかそっちの方が多いかも」

「そうだろうね。女の子同士はベタベタするもんね」


 ネガティブに聞こえるけど麗鷺は口下手だから嫌では無さそう。いつも嫌がっている訳ではないし。


「あたしたちのやり方は全然違うなあ」


 どちらかでもマリアさんに効くのかな?もしかしたらもうやってみて駄目だったかも。多分大学生であたしたちより年上っぽいし、あたしたちが思いつくようなことは既に済んでいるかも。



 2人は坂を上って家に帰ってきた。

 部屋で歌雁と実奈萌に修繕された道具を見せてから物置にしまい、他の道具も確認した。確認を終えて鍵をかけて外に出ると歌雁が呼びに来た。


「あ、いたいた。2人にお客さんだよ」

「え?」


 歌雁が目を遣るとそこには小一時間ほど前に見た人がいた。


「あ、さっきの…」

「マリアさん…」

「こんにちは。少しお話いいですか?」


 歌雁は仕事に戻り、2人はマリアと話をした。マリアの話によると、ホームシックになり勉強が手につかず、不本意ながら帰ろうとしていた。送り出してくれた人たちや受け入れてくれた人たちの期待に応えられず申し訳ない気持ちでいっぱいだ。しかしもう頑張れない。辛い。国に帰ることにした。堺さんから四歌の巫女のことを聞き、帰る前に最後に一目見て行くといいと言われたとのこと。そして故郷のことを少し教えてもらった。


「これはワタシの故郷の写真。寂しくないようにと貰ったけど、見ていると寂しくなる」


 防水加工された写真には澄み渡る青空と広大な黄金色の麦畑があり、手前にマリアの家族が映っていた。


「そうだ…この景色を…」

「うん」


 千果紅は麗鷺を見て、互いに頷いた。

 堺さんの口が滑ったのは、あたしたちの力を頼りにしていたからかもしれない。


「マリアさん、聞いて行ってください」


 千果紅と麗鷺は口ずさみ、手を上に降ると2人の衣装と周囲の景色が変わった。マリアは青空と金色の麦畑の前の道に立っていた。

 2人は交互に主旋律とコーラスを入れ替えて歌い、2つの異なる歌詞で苦く寂しくも愛おしいものと寄り添い触れる温かさを表現した。

 2人が踊り手を振るたびに畑に風が通り抜け、穂が揺れて美しい波を作った。どこまでも広がっていきそうな広大な畑と吸い込まれそうな青空を前にマリアはその雰囲気に飲みこまれた。


 クライマックス、2人は青空に跳んで羽衣を纏って浮かび上がり重唱すると、マリアの前に束ねられた数本の小麦がゆっくりと降りて来た。そして周囲が光に包まれ、元の衣装と景色に戻った。マリアは小麦を手に持って立ち尽くしていた。


「行かなきゃ…」

「マリアさん…」

「早く退去を取り消しに行かないと」

「やった!」

「ありがとう。日本語の歌詞を完全に理解できてないかもしれないけど、それでもあなたたちの気持ちが伝わったわ。体の奥から力が湧いて来る。本当にありがとう」


 マリアは目を輝かせて軽い足取りで去っていった。


「上手く行って良かったね」

「うん!」


 麗鷺が言っていることが少し分かったかもしれない。寂しさは、かけがえのなさや愛おしさに気づく切っ掛けになる。切ないという気持ちが湧く。それらが苦味であり美味なのかもしれない。

 好きな人があたしじゃない他の人と付き合って失恋した時の感覚に似ているような似ていないような…。いや、どちらかと言うと帰って来ても姉妹やお爺ちゃんたちが仕事や舞の練習で出ていて、家に誰も居ない時のような寂しさ。


「麗鷺!」

「ん?」


 千果紅は麗鷺の胸に抱き着いた。


「何だよもう。寂しくなったの?」


 麗鷺は驚きはしたが拒む様子はなく、千果紅の頭をポンポンとした。


「それは過ぎて愛おしくなったのかな?」

「やってることはいつもと同じじゃん」

「あはは、そうかも」

 千果紅は疲れと安心感から眠くなった。

「ほら、ここで寝たら風邪引くよ」

「ん~」

「しょうがないなあ」


 麗鷺は千果紅を背負って家に連れて戻っていった。

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