6話 夏
歌雁と実奈萌は電車のシートに並んで座り、肩を寄せ合って眠っていた。2人は電車に揺られながら日本海側の街へ向かっていた。
小森さんという昔近所に住んでいたおばさんから邪馬依神社にお祓いの依頼が来た。そこで今回は歌雁と実奈萌の2人が行くことにしたのだ。
駅のアナウンスで実奈萌は目を覚まし、外を見ると駅のホームが見えた。駅名を見るとそこは目的地の一つ前の駅だった。
「ふわ…」
二度寝は寝過ごす危険があるわね。歌雁はまだ起こさないであげよう。
実奈萌は頬に手を置いて窓から外の景色をぼんやりと眺めた。
私たちが小森さんから受けた依頼内容は家のお祓い。一家全員元気がなくなっているが、特に息子の正太君が何かに憑かれたかのように元気が無いらしい。
ただ新環境に慣れないだけじゃないかという気もするけど、そうだとしても私たちが儀式をすることで元気が出るのならいいかもしれないわ。もし本当にそうだったらなんだか騙しているようで悪いけど。
遠くの仕事も引き受けるなんて身の丈に合わないと私は思ったけど、歌雁は受けようと言った。依頼人は引っ越した知り合いだから勝手も分かっている、全くの未知ではないからそう心配は要らないよと言って。
確かに遠くの地にもうちの神社の名前が知り渡れば寄付を得る機会は増えるわ。でもトラブルが起きた時に見知らぬ地では上手く対応できるかどうか…。私は慎重すぎるかしら。それとも歌雁がグイグイ行き過ぎなのかしら。…分からない。きっと両方合わせてちょうどいいところがあるんだわ。
ぼんやりと外を見ていると、間もなく次の駅に到着するというアナウンスが流れた。
実奈萌は向きを変えて歌雁を見た。歌雁は安心しきった寝顔で眠っていた。
「歌雁、起きて。もうすぐ着くわ」
「ん~」
歌雁は伸びをして目に力を入れてぎゅっと瞑り、口に手を当てて欠伸をした。
「ありがと、良く眠れたよ。実奈萌といると安心だね」
「それは良かったわ」
電車が駅に着き、2人はリュックを背負い、トランクケースを引いて電車を降りた。改札を抜け、駅の出入口を出て横の軒下で立ち止まった。
「雨か…日本海側の冬はどんよりしていると聞いていたけど早速かぁ」
2人は空を見上げてトランクの横から傘を取り外し、傘を巻いている留め具を外した。
「私は好きよ。雨好きだし、肌が乾燥しなくていいし。雨も雪も必要よ」
実奈萌はマップを確認して指で方向を示しながら喋り、2人は雨の中を傘を差して歩き出した。
「肌が乾燥しないのはいいけどね。ボクは晴れてる方が好きだな」
「こっちには半日くらい、もし長引いても一泊。貴重な体験と思って雨を楽しみましょう」
「そうだね。実奈萌はいいことを言う」
2人は雨音を聞きながら歩き、小森さんの家に向かった。
そして家に着き、インターホンを押すと、陽気なおばさんが出て来た。
「ようこそ歌雁ちゃん、実奈萌ちゃん。来てくれてありがとネ」
「お邪魔します」
「長旅お疲れでしょう?お茶を出すからくつろいで待っていてネ」
「どうぞお構いなく」
「寝てたらあっという間でしたから」
小森は2人を客間に案内して、台所に向かった。
2人は荷物を地面に置いてソファに腰掛けた。
「実奈萌、何か気配を感じる?」
「何も…歌雁は?」
「ボクもだ。この家に祓うべき存在はいない…?」
あるいは私たちが気づけないような格の違う大物…。…いや、もしそんなものがいたとして、この程度の影響で済むはずがない。慎重に考えすぎね。
「新しい環境に慣れてなくて気弱になっているんじゃないかしら?」
「そうかもしれないね。どうしようか、何もいないと伝えれば安心するかな?それともポーズだけでもやっておいた方が安心できるかな?」
「うーん…」
効果が無いのに形だけでもお祓いというのは気が引けるわ。それで安心させられるなら悪い訳ではないでしょうけど。小森さんの立場に立っても、遠くからわざわざ私たちを呼んで何もせず帰られたんじゃ釈然としなさそう。一応やっておけば納得できるかしら。
小森が息子を連れて戻ってきて話をした。内容は事前に聞いていたことと同じで確認となった。息子の正太が特に元気が無いという話だ。
正太は小学校低学年くらいの男の子で、目に覇気がなくどんよりとしていた。実奈萌は両手で正太の手を挟み、目を細めて意識を集中して霊の気配を探った。
「何も憑いてなさそうだわ」
やっぱり…。家に気配を感じないから無いとは思ったけど、その予想通りの結果ね。
「そうか…」
実奈萌は正太から手を離し、歌雁が代わってやってみたが、結果は同じで何も憑いている気配は無かった。
2人はソファに座り直しどうするか考えた。
確かに弱っているように見えるわ。でも何かに憑かれている様子はないから、やっぱりお祓いでは解決しそうにないわね。どうしたものかしら…。
「正太君、ボクたちとお話しよう」
正太は無言で頷いた。
話しかけて反応が無いわけではないし、私たちを恐れているわけでも無視しようというわけでもない。強いて言うなら無気力な感じかしら。
「学校はどう?」
「…普通」
「学校で楽しいことは?」
「…特にない」
「学校でいじめられたりは?」
「…別に無い」
「うーん…どうしようか?」
歌雁は苦笑いして実奈萌を見た。
「正太君、好きな食べ物は?」
「プリン…でも本当に好きだったのかな?分かんない」
「プリンか、私も好きよ。家で時々作るわ」
この前は千果紅が作ってくれて美味しかったわ。私もまた作りたくなってきた。
「そう…」
「食べても元気が出ないのよネ」
好物を食べても元気が出ない…か。まあ調子が悪い時は味が分からないものよね。何か原因を取り除かないと無理そうね。
実奈萌は周囲を見渡し、飾られている家族の写真と窓の外を見た。
「そうだ。ねえ歌雁、もしかして調子が悪いのは天気が悪いからじゃないかしら?」
「天気?低気圧だと古傷や頭が痛くなる人もいるというアレ?」
「ううん、そっちじゃなくて、日光を浴びないと気分が落ち込むという方」
「日光…あ、そうか、ボクたちは一日だけだけど、正太君たちはずっとここに暮らしていたから…」
「そう、日照不足なのかも。夏の日差しを浴びれば元気を取り戻せるんじゃないかしら」
「夏か…そうだね。やってみよう」
歌雁と実奈萌が手を組んで前に突き出して口ずさみ、手を離して左右に開くと、衣装が変わり、周囲の景色は夏の田舎道に変わった。正太の立つアスファルトの道路の両端には青々とした田んぼ、近くには錆のある看板や草が飛び出した石垣、遠くに青く霞む山々、真っ青の空に浮かぶ巨大な入道雲、そしてぎらつく太陽があった。
2人は交互に主旋律とコーラスを入れ替えて歌い、異なる歌詞で夏を表現した。熱と涼、異なるものが交互にやってきた。
正太は歌を通じて様々な光景を見た。
山道を登ったり川遊びしたり、海に潜ったり熱い砂浜で遊んだり、夕暮れの中を海の見える道を帰ったり、野菜の収穫を手伝って家で食べたり。
急な雨でバス停に駆け込むと、雨宿りしている水の滴るお姉さんが安心させようと照れ臭そうに微笑みかけた。
田舎の親戚の家で縁側に親戚のお姉さんと並んで座り、扇風機の風を浴びて蚊取り線香の匂いの中、アイスを食べながら話をした。
クライマックス、2人がハイタッチした後、景色が夜のお祭り会場に切り替わった。そして羽衣を纏い舞う2人の重唱の後、いくつもの花火が空に上がり、夜空に華々しく輝いていた。
正太は開放的な夏の雰囲気に包まれ、強い日差しを浴び、日没後も続く夏の雰囲気に浸り、気分が晴れ渡っていった。
周囲の風景が霞んで消えていき、2人の衣装も元に戻り、元の部屋に戻った。
歌雁は膝をつき、実奈萌は屈み、明るい顔をした正太と目線を合わせた。
「元気出たようね、良かったわ」
「今度ボクたちの街へおいでよ、日の光を浴びて元気になるよ」
「うん!」
歌雁は正太の頭を撫でてにこやかに笑い、実奈萌は微笑ましく見守った。
その後、仕事を終えた歌雁と実奈萌は玄関で挨拶をした。
「ありがとうネ。2人のおかげで正太も元気になれたわ」
「どういたしまして。霊についてはいなかったので心配いりません」
「またお困りごとがあったら相談してください」
「雨降っているし駅まで車で送るネ」
「いえ、すぐそこですし、雨音を聞きたい気分ですから。ね、実奈萌?」
「うん」
実奈萌は頷き、小森の方を向いて優しく微笑んだ。
「そう、悪いわネ」
「お気になさらず。お邪魔しました」
「さようなら。向こうに行くことがあれば、ぜひ神社に寄って行ってください」
「ええ。あなたたちも元気でネ」
2人は傘を差して道路を歩き、駅へ向かった。
「ねえ実奈萌、どうして天気のせいじゃないかって思いついたの?」
「あの家族写真、どこかで撮られたか分からないけど晴れた日のものだった。次に窓の外を見ると雨模様だったわ。こっちの冬は晴れが少ないことを思い出して、それでもしかしたらと思ったの」
「流石だね。でも悔しいなあ、ボクは気づかなかった」
私はこういう風に悔しがれない。もし気づくのが逆だったら、頼りになると思って安心してお終い。でも歌雁は勝とうとする。流石は私たちのリーダー。悔しさをバネに頑張れるのって素敵だわ。だから歌雁が更なる高みへ上るために私が取るべき態度はこう。
「ふふっ」
実奈萌は勝ち誇るように笑い、歌雁はムッと肩で小突いた。その勢いで2人とも傘に乗っていた水滴が散った。
そして2人は嬉しそうに笑って道を進んで行った。




