5話 マグマ
夕方、日没間近の境内には訪問者はおらず、閑散としていた。歌雁は本堂に行き、お供えのみかんを下げて空橋邸へと運んだ。
このみかんは千果紅が栗山さん家の木を実らせて得たもの。
そういえば柑橘類は実がなりすぎると木の体力が落ちて来年は不作になるから摘花するんじゃなかったかな。あまり実らせすぎてはいけない気もするが、千果紅の力なら木を元気にして溢れるほどの体力にしたことだろうし心配は不要か。
歌雁がリビングに入ると、奥のキッチンで千果紅が夕飯を作っていた。千果紅が今日の料理当番だ。
歌雁がみかんを籠に移していると、ちょうど千果紅が鍋に蓋をしてひと段落し、待つ間にまな板や皿を洗いながら話しかけた。
「歌雁、知ってる?神社出たすぐのとこにあるケーキ屋さんが来月には閉店だって。もう歳だし、後継者もいないみたいで」
「そうなんだ、寂しくなるね」
ケーキ…ボクたちは家ではあまり食べない。食べるのは年に3回。お爺ちゃんの誕生日、お婆ちゃんの誕生日、それからボクたち共通の名目上の誕生日の3回だけ。拾われたボクたちの誕生日は分からないし、誰が姉で誰が妹かは決めないようにしているのもあって、四姉妹の誕生日は一度に祝うことになっている。
ケーキ屋自体は日本中、いや世界中に存在する。成り手も沢山いる。けど後継者がいなくて閉店か。その閉店する店にボクは普段訪れないからよく分からないけど、この辺りでは立地が良くなかったのかな。
「話変わるけど、来週のあたしたちの除霊の仕事だけどさ」
「うん」
本当に急だね。
「近くに温泉街があるんだって。帰りに寄って行かない?」
「ボクたち遊ぶお金はそんなに無いよ。それに寄る時間はあるかな?」
「2人で温泉に入って、風呂上りにちょっと飲むだけだよ。それにあたしいいと思うんだ」
「?」
「電車ですぐ行ける距離じゃない?お爺ちゃんとお婆ちゃんはあんまり遠出だときついけど、近くなら連れて行けるよ。ほら、お婆ちゃんは最近体を痛めたし、お湯の熱で血行を良くするといいだろうし。湯治ってやつ!」
「確かにそうだね。ボクたちで下調べか」
「そういうこと!」
「夕飯後に詳しく教えて。それで決めるよ」
「はーい!」
歌雁は籠を棚に置いて千果紅を手伝って夕飯の支度をし、その後は全員揃って夕飯を食べた。
夕食後、四姉妹が千果紅の部屋に揃って調査と話し合いをし、次の歌雁と千果紅の仕事帰りに2人で下見することに決めた。
そこは寂れた温泉街で、客はあまりいないらしい。それでも近所で湯に浸かれればそれで十分であり、買い物や遊び場が充実していなくてもいい。
ボクは岩盤浴が好きだけど、無いなら無いで別にいいか。サウナと違って蒸し暑くないから息苦しくないし、湯のように体の表面からじゃなくて赤外線で体の奥から温まるし、家に欲しいくらい。…手入れがめんどくさそうだからやっぱりいいや。露天風呂もいい、こっちも蒸し暑くなくて息苦しくない。
そして土曜日の夕方、依頼のあった屋敷で仕事を終えた歌雁と千果紅は客間で着替えて、道具を片付けていた。
あっさり済んだな。ボクだけでもよかったかも。でもそれは終わった後で分かってから言えることか。難しいな。
そして2人は屋敷を出て温泉街へ向かった。千果紅がスマホで地図を見ながら先導し、歌雁は周囲を見渡しながら歩いていた。
坂道はそんなに無いな。これならお爺ちゃんたちも大丈夫だろう。ボクたちが普段住んでいるところの方がよっぽど坂道だらけだ。
それにしても店が全然無いな。どこもシャッターが下りていていわゆるシャッター街というやつか。折角の駅前から温泉までの道がこれじゃ勿体ない。ボクだったら…いや、ボクの所有する土地でもないし、近くに住んでいるわけでもないのにあれこれ考えるのも烏滸がましいか。ボクが考えるようなことはできない事情があるんだろうきっと。
商店街の途中、千果紅がガラス温室を見つけて歌雁の手を引いた。
「歌雁!見て見て!あれサトウキビじゃない?」
「そうなの?」
「多分そう!」
言われてみればそんな気がする。教科書の写真で見たことあるような…。植物や鉱石に詳しい地の巫女である千果紅が言うのだからそうなのだろう。
「あら、かわいい子たち。近くで見る?」
温室の裏から作業着を着た若い女性が出て来た。
「いいんですか?」
「ええ。転ばないように気を付けてね」
「ねえ歌雁、寄って行こうよ!」
「ちょっとだけだよ」
「やった!お姉さん、お願いします!」
「うん。私はここを運営している若井。よろしく」
「あたしは空橋千果紅、こっちが空橋歌雁です。お世話になります!」
歌雁たちが温室に入ると土か肥料の変な臭いと暖かな陽気に身を包まれた。
「この温室は2年前から始めたのよ。計画の第一歩として」
「計画ですか?」
「このシャッター通りの土地を買い占めてトロピカルな体験ができる空間に変えるの。それに加えて育てた作物でメタンやエタノールを生成して燃料を作るの。温泉の熱で植物を育てて燃料にしてストックして売るのよ」
「へえー、なんだか面白そうです!」
千果紅は若井が言ったことをよく分かっていないが、面白そうな雰囲気を感じて自信満々にそう言った。
「本物のサトウキビだ。すごいすごーい!」
若井ははしゃぐ千果紅を見て気が緩み、微笑んだ。
「でも中々上手く行かなくて…。温室の熱源は温泉をメインに不足した時は都市ガスを使っているのだけど、半年前辺りから温泉の温度が下がってきて、光熱費が予定よりも嵩んで収益化が難しくなりそうだわ。畳むべきかもしれない」
自然相手だと難しいと聞くからね。こればかりはどうにも…。
「そんな!ねえ歌雁、火を起こして何とかできない?」
「火はずっと燃え続けるわけじゃない。ボクが歌い続けないと消えるし着火させる燃料が無い限りどうにもならないよ」
「そっか…」
若井は不思議そうに2人の会話を聞き、遠くを見て自分の行動を振り返った。
「…無謀だったわ。思えば、私はムキになっていたのかもしれない。そんな計画は無理だよって言われて、そんなはずはない、見返したいとムキになって…。私って負けず嫌いでその上、勢いに任せて決めちゃうこともあるから…」
「……」
「若井さん…」
「あ、ごめんね。暗い話して。聞かされても困るよね」
若井は目元は落ち込んだまま、口角は上げて雰囲気を暗くさせまいと笑って見せた。物悲しい笑顔だった。
「…思いついたよ」
「え?」
「若井さん、ボクも負けず嫌いです。それでも若井さんを見ると自分はまだまだだなと思いました。ボクも負けていられません。千果紅、力を貸して」
「え?でもどうやって?」
「ボクたち2人の力ならできる。温泉の熱源はマグマだ」
「そうか!あたしたちの力なら!」
歌雁と千果紅が手を合わせ、口ずさみ始めると衣装が変わり、2人が腕を振ると周囲の景色も変わった。そこは温室内ではなく火山を背景に開けた場所になった。
歌雁と千果紅は同じ歌詞を合唱し、厚みのある音が響き渡った。熱気と躍動感のある歌に呼応し、火口のマグマはボコボコと動きだした。2人のステップは地面を刺激するようで、火山から煙と蒸気が上がっていった。
クライマックス、2人が跳躍してハイタッチすると、火山が噴火し、溶岩があふれ出して地面を飲み込んだ。2人は羽衣を纏って浮き、胸に手を当てて目を閉じて声を張り、そして歌い終えた。
溶岩が全てを飲み込み光に包まれた後、景色が元に戻っていき、温室の中に戻り、2人の衣装も元に戻った。
若井は熱気にあてられて消えかかっていた心の火が今一度燃え上がった。
お湯の温度が上がり、コンピューターで制御されているガスによる加熱は止まった。地中のマグマを呼び寄せ、温泉の温度を引き上げたのだ。
「もう大丈夫です、温度は上がりました」
「ありがとう。でもなぜ…?」
「言ったでしょう。ボクも負けていられないと思ったと」
「あたしたちは邪馬依神社の四歌の巫女。人助けです!」
そして2人はコーヒーを振舞われ、若井にこの辺りの話を聞いた。
「…成程、店を継ぐ人がいなくて次々閉店していったのですね」
「なんだかあたしたちの近所の未来みたい」
「後継者不足というのも見方を変えれば悪いものじゃないわ」
「どういうことですか?」
「ライバルが少ない、もしくはこれから不在になるブルーオーシャンということ。そうなれば独占して大きな利益を上げられる可能性がある。勿論、上手くいくとも限らないけど」
「成程…言われてみれば…」
「それに衰退して地価が下がって安く買えるようになることで新規参入がしやすくなるわ。まさに死と再生、破壊と創造。この辺りの店や工場は後継者がいなくていずれ潰れる。地価も下がる。そうして私のような新しいことを始めたい人の手の届く価格まで落ちてくることで、新しく生まれ変われるの。この通りをリニューアルして魅力を高められるわ」
「そうか…」
例えば通り全体を南国風にリニューアルしたとする。そうすると、遠出せずとも近所で南国気分をある程度味わえるのだから、人が訪れるようになるかもしれない。現状の閉まった店が点々とある訪れる価値の低い場所よりも訪問者が増える可能性は高い。
ボクたちの神社の前の土地も後継者がいなくなり、安く放出されたらボクが買って、駅やバス停から神社に至るまでの通りをより魅力的な体験が得られるように作り変えれば、神社も栄えるかもしれない。和風の雰囲気とか、緑の憩いの雰囲気とか、あるいはボクたちには見慣れて大したことなくとも都会の人には新鮮な田舎の雰囲気というのもいいかもしれない。
想像するのは簡単だけど、実際にやるとなると難しいだろうな。でもやる前から無理だと諦めたくない。
「そろそろ失礼します。ありがとうございました」
「楽しかったです!お邪魔しました!」
「また来てね」
2人はコーヒーを飲み終え、若井とお別れして温泉に歩いて行き、そこに入った。
「熱っ!」
千果紅が温泉に足を入れようとすると熱くて足を戻した。
「大丈夫?」
「歌雁、この温泉すごく熱いよ」
「ほんとに?こういうのはいい感じに温度調整しているものじゃない?」
歌雁は温泉に手を入れてみた。
「確かに高いね。温度上がったのはついさっきのことだからまだ対応が追い付いてないのかも」
歌雁は難なく温泉に浸かり、息をゆっくり吐いてくつろいだ。
「いやー!あたしは歌雁みたいに熱に強くないの!」
「そんなゆで上がるような極端な温度じゃないよ。他のお客さんだって入ってるじゃないか」
「お姉ちゃん~何とかして~」
「困ったら姉扱いはやめなよ。…しょうがないな。ほら手を貸して、火の巫女の力を貸すから。使わずともこのくらいの温度、ボクは平気なんだけどね」
千果紅は歌雁の手を握り、熱に強い火の巫女の力を共有して温泉に入った。千果紅はずっと手を握り続け、歌雁は好きに手を握らせた。
そして2人は下見を終え、充実した様子で家に帰った。




