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四歌の巫女  作者: Ridge


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4話 風の巫女、麗鷺

 夜、鳥居の上に座り、一人夜景を眺めている少女がいた。快晴の夜空の下、坂の下にキラキラと輝く街をぼんやりと眺め、物思いに耽っていた。


 私の名前は空橋そらはし麗鷺れいろ、高校一年生。邪馬依神社の巫女。四姉妹の中で一番能力を使いこなせると思う。でもそれだけ。私は一人でいるのが好きで、表情も乏しく、人と積極的に接するようなリーダーに向いてない。リーダーには歌雁が相応しい。


 私たちは邪馬依神が後継者を失ったお爺ちゃんたちのために遣わした存在と言われることがある。でももし本来の後継者である息子の代わりなら男の人を遣わせるんじゃないかな?そう思って人に聞いたことがある。それに対する予想は、邪馬依神は女神だからY染色体が存在せずX染色体しか持たない、その分身である私たちはX染色体しか持たない女だと言うのだ。神にX染色体やY染色体の概念があるのか分からないが、無くても代わりに同じようなものがあるかもしれず、あながち間違いではないのかもしれない。


 私たちが本当に邪馬依神の分身か何かなら1人ではなく4人も遣わしたのは力を分割するためなのかもしれない。それは人の身で耐えられるように分けたのか、それとも反逆しても問題ないように弱体化させるために分けたのか。それは分からないけど、とにかく邪馬依神は怒らせないことが吉。

 でも神社を運営するために知名度を高めるべく私たちが行動しながらも、神よりも目立たないようにするというのは結構難しい。


「麗鷺ー、お風呂出たよー、あなたが最後ー」


 風呂上りの千果紅がパジャマの上に半纏を着て麗鷺に呼びかけた。


「うん。今行く」


 麗鷺は鼻歌を歌って風を纏い、ふわっと地面に降りて、千果紅と一緒に家に戻った。


「もう、外に呼びに行ってたら湯冷めしちゃうじゃない」

「ごめん。でも夜景が綺麗だったから」

「いつからだったか、外での仕事前はいつもそうやって眺めてるね」


 静かな神社の敷地内、外の澄んだ空気の中、肌で風を感じ、少しずつ変わる街の光をぼんやりと眺めること。上手く言語化できないが好きだ。初めは無心で眺めているけど、いつの間にか色々と考えが浮かんでくる。そしてやる気が湧いてくる。まるで充電。私にとって必要なこと。


「充電したいから」

「…?いつもみたいに暖かい部屋で漫画読んでてくれたら楽なのに。いつも違うの読んでてほんと色んなジャンル読むよね」

「同じのばっかりじゃ飽きるし」

「あたし、合う合わないがあるから無理だな~。キツくてギブアップすること結構ある。どうして読めるの?」

「どうして…?うーん…苦手な部分は読み飛ばせばいいんだよ。いや、正確には…情報を拾うだけにして心を無にしてやり過ごす?」

「そこまでして読みたい?」

「そんな大袈裟な…それだけのことじゃん?」

「ええー…」


 千果紅はその感覚が分からない様子だった。


「美味しいステーキがあるのに、備え付きのサラダに千果紅が嫌いなトマトが入っているからって、ステーキを食べようとしないのは勿体なくない?トマトなら私が食べてあげるよ」

「あたしにとってはそんな分けられるものじゃないよ。トマトの汁がしみ込んで分離不可能のサンドイッチだよ!」

「そうかなあ…?」


 読み方が根本的に違うのかも。まあ私の読み方が正しいとも限らないけど。



 翌日、麗鷺は井堂さんに車で送って貰い、屋敷でお祓いを行った。井堂さんは麗鷺たちが仕事で遠出する必要がある時に車を出してくれる親切なおじさんだ。趣味がドライブで、道に詳しい。

 仕事自体は難なく終わり、帰路に就いていると渋滞に巻き込まれ、車が全く動かなくなった。


「前の方で何かあったんか?ここ曲線だから見えへんけど」

「私、ちょっと見て来ます」

「気を付けて行き」


 麗鷺はシートベルトを外して左右を見て車を降り、車道横の歩道を歩いて前の方に見に行った。

 曲がり角を進むと、人々が立って何か見ている様子が見えて来た。


「どうかしたんですか?」

「ああ、危ないよ。牛が逃げ出して道路を塞いでるんだ。手間取ってるみたいだし、まだまだかかりそうだな」


 隙間から前の方を見ると、農家らしき人たちが車に牛を乗せようと引いたり声をかけたりしていた。

 確かにまだ時間がかかりそう。幸いにして今日の仕事は終わって後は帰るだけ。宿題やらなきゃいけないけど、夜に戻っても何とかなるか…。


「ありがとうございます。戻ります」


 麗鷺は車に戻り、開いた窓から井堂に状況を説明した。


「戻ろうにもこれでは動けんか…。待つしかなさそうや」


「麗鷺?麗鷺じゃない!」


 車に乗り込もうとすると、後ろの車の窓から名前を呼ぶ声が聞こえた。その車の扉が開き、少女が出て来た。


「花子…!」


 花子は麗鷺と同じクラスの友人で芸能人だ。元子役で、今は主に歌手…どちらかといえばアイドルをしている。


 麗鷺は車の扉を一旦閉じ、花子と歩道に出て、渋滞のことを知ってないか尋ねられ説明した。花子は開いた窓から運転席のマネージャーにそのことを伝え、頭の後ろで手を組んで法面にもたれかかった。


「車に戻らないの?」

「どうせすぐには動かないんだから、こうしてたっていいでしょ?折角麗鷺と会えたんだもの、こうしていたい」


 2人は並んで法面にもたれかかり、空を見上げてゆっくりと動く雲を眺めた。


「あれ?花子は今日ライブじゃなかった?大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ。間に合わない」


 麗鷺は体を起こして花子の方を向いた。


「じゃあここから歩いて近くのタクシーか何かで…」

「いいの、もう。このまま一緒にいて」


 花子は麗鷺の手を掴んで引き寄せた。


 元気ないな。普段は目立ちたがりで我が強い花子がこんなにしおらしく…。これじゃライブできないかも。いや、万全のコンディションなんて滅多にない。プロならそんな事情関係ないのかな…?知らないから想像だけど。


「この空がこんなにも綺麗で切ないのは、もう二度と手に入らないからかな。高一は一度きり、しかも偶然あなたと会って過ごすなんて、もう二度とない」

「えっと…今日は随分と感傷的だね。…分かったよ」


 麗鷺は観念して花子の横に来た。


「花子、逃げないから離して」

「嫌。あなたは掴んでいないと風に乗って飛んで行きそう。あなたに逃げる気なんかなくても、自然にどこかへ行ってしまう」


 花子は掴んだ麗鷺の腕を離す気が無く、掴んだままでいた。


「花子、一体どうしたの?」

「……」

「教えてよ、ずっとこうしているつもり?」

「それもいいね」

「駄目だよ。花子にも良くないよ」

「……」


 花子は溜息をつき、話し始めた。


「私の人気が落ちて来てる…。後輩の新人…私より年上だけど後輩。その子が人気をかっさらっていった。見れば見るほど自分には敵わないというのがよく分かってくる。会場に行ったって、みじめな思いをするだけ。私はもう要らない。もう頑張れない…。ここで渋滞に巻き込まれたのも運命。神様が私を憐れんで中止の理由を作ってくれたのよ」


 花子は自嘲気味に笑い、空に手を伸ばしてから力を抜き、胸の上にポンと置いた。


 それで行く気が無かったのか。でも本当に要らないのかな。悲観的に考えすぎているんじゃないかな。

 …口下手な私が上手く説得できるのか不安だけど、こんな状態の友達を放っておくことはできない。


「あー…えっと、漫画雑誌ってあるじゃん?週刊なんとかとか月間なんとかとか」

「どしたの突然?それがどうかしたの?」

「もしその雑誌に作品が1つしかなかったら、その作品が終わったらその雑誌はもう買われなくなると思うんだ」

「それって雑誌じゃなくない?」

「いや、その、例えだよ例え。大ヒットの名作とそれには負けるけどそれなりの作品がいくつかある。後者の存在が大ヒットの名作が完結したとしてもまた次の大ヒットするような面白い漫画が出てくるかもと買い続けるように繋ぎとめる役割を果たしていると思うんだ。それと同じ」

「え?どういうこと?」


 花子はよく分からずに体を起こして麗鷺の顔を見た。


「つまり、花子は一位になれなくても、業界の大ヒットと大ヒットの間に人々を離さないように繋ぎとめる役割を担えるはず。自分が負けているからって要らないものなんかじゃない、今までファンがついてきてるじゃん」

「さしずめ私は賑やかしってとこ?失礼ねえ」


 花子は麗鷺の腕を離し、両手を法面に当てて麗鷺の体を囲った。


「ごめん…私はどうも口下手で…」

「ほんとにね…でも麗鷺が私のために心配してくれているのは分かるよ。それは素直に嬉しい、ありがとう」

「花子…」

「言い回しはアレだけど一理あるかもね。それでもやっぱり、行かずに済むならそれでいいかなって。余計に傷つくことないもん」

「行かないともっと傷つくと思うよ。…送るよ、私が」


 麗鷺は体を起こして花子を抱えて立った後、体を離して手を掴み、井堂の車へと歩いて行った。


「井堂さん、今日はありがとう。私、彼女を送っていって自分で帰るよ」

「…そう、了解や。気を付けて」

「うん」


 麗鷺は歩きながら口ずさみ始め、花子の手を離した。風が吹き抜け、頬にかかった髪を後ろに流すと衣装が変わり、背中の肩甲骨から大きな白い羽の翼が生えていた。


 彼女の歌う祝福をもたらす響きに呼応し、光が降り注ぎ、そよ風に羽が揺らめいた。腕と翼の作り出す高貴な舞に辺りの空気が清められていった。

 花子は風を受けて宙に浮き、マネージャーの投げた鞄に手を伸ばして掴み、麗鷺はその後ろから抱えて強く羽ばたいた。

 麗鷺は空高く飛び上がり、風に乗って会場上空へと飛んで行った。


 上空で麗鷺が手を離すと花子はふわりと浮いてゆっくり降りて行き、クライマックスに翼は消えて輝く羽衣に身を包み、空を泳ぐように花子の周りを飛んで浮力を与えて地上へと降り立った。


 最後に両腕を前に出して降りてくる花子を抱え、羽衣は消え、元の衣装に戻った。

 花子は麗鷺に抱き着きながら足を下ろして地上に立って手を離した。


「ありがとう麗鷺。思い出した」

「何を?」

「私は歌に魅せられ、皆にも良さを知って欲しいと思って歌うようになったこと」


 花子は遠くを見て記憶に思いを馳せ、瞬きして我に返った。


「だけどそのことをいつの間にか忘れていた。人気になるのが気持ちよくて、一番の人気者になることばかり考えていた。そして私よりも人気の人に嫉妬したり、敗北を認めて落ち込んだり…。こんなんじゃ歌の良さは広められないね」

「……」

「あなたの言うように、一番じゃなくてもいい、脇役でもいい、それで業界を盛り上げられるなら」


 花子は麗鷺に満面の笑顔を見せた。


「すごい人には嫉妬するよりファンになる方が楽しいと思うよ」

「そうかもね。それもありだね。吹っ切れたよ」

「元気になったようで良かった。じゃ、私はこれで」

「待って」


 花子は帰ろうとする麗鷺の腕を掴み、引き留めた。


「私の歌を聞いていって」

「騒がしいの苦手なんだって。知ってるでしょ?」


 麗鷺は花子の友人だが、花子のライブを一回しか直で見ていない。騒がしいのはやっぱり苦手だと断っているのだ。この点では性格の不一致だが、他は気が合うことが多い。


「もう!普通は聞く流れだよ!」

「そうは言ってもねぇ…」

「絶対後悔させないから!今の私は最高潮だもの!」

「強情だね…」


 いつもの花子に戻ったみたいだ。まあクリエイターは我が強かったりこだわりが強かったりするものか。私の声が届いた方が不思議なくらい。


「分かった…聞いてくよ」

「やった!ほらこっちこっち」

「ちょっ…」


 花子は嬉しそうに麗鷺の手を引いて会場へと連れて行った。


 こうして麗鷺の力によって出番に間に合い、笑顔も取り戻した。

 これが四歌の巫女が一人、風の巫女、麗鷺の力。

メイン4人の紹介回はここまでです。

続きはまた来年。

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