10話 癒し
実奈萌と千果紅は祈願の仕事帰りに地下街に寄ってカフェか茶屋を探していた。せっかく普段来ないところに来たので、少し散策して一休みしようという予定だ。
「日曜なのに静かだね」
「みんな中心街の方に行っているのかもしれないわね」
いつも行く中心街の地下街はいつも混雑しているが、こちらは視界に十数人見える程度で空いていた。
「でも夕方には帰りの人で混むかもしれないわ」
「その前には帰りたいね。あ、あれカフェじゃない?」
千果紅は店を指さして実奈萌の顔を見た。
「みたいね。行ってみましょ」
「うん!」
2人は並んで店に向かった。
突然明かりが消え、暗い空間の中で非常灯が点灯していた。
「ひっ」
千果紅は実奈萌の背中にくっついて隠れた。
「停電みたいね」
実奈萌は暗闇に目がまだ慣れず、スマホのライトを付けて安全を確認しながらゆっくり歩いて壁に近づき、ライトを切った。
「お姉ちゃん、離れないで…」
「大丈夫よ、一緒にいるから。あと、姉じゃないわ」
楽よね、妹やるの。本当は私も甘えたいけど千果紅がこの様子だし私が何とかしないと…。
「非常灯の明かりがあるから真っ暗というわけじゃないわ。暗闇に目を慣らして案内に従って出ましょう」
「うん…」
千果紅はスマホを取り出して何か情報が無いか調べようとした。画面の明かりに2人の顔が照らされた。
「あ、圏外。実奈萌はどう?」
「私のも駄目。多分地下で電波飛ばす装置が停電で切れてるみたいで繋がらないわ」
「同じ会社だしあたしのが繋がらないなら実奈萌のもそうか…」
「そのうち復旧するわよ。それより明るいから切って」
「あ、ごめん」
千果紅はスマホを閉じてバッグにしまい、目が慣れるまでその場で待った。
沈黙に耐えられず千果紅が話しかけた。
「外に出たら酷い光景になってるなんてことないよね?」
「そんなこと無いわよ…多分。地震や爆撃の音がしたわけでもないし…」
実奈萌は基本的に心配性で悲観的ながらも頑張って千果紅を安心させようと理由を考えだして言った。
「このまま中にいるのも怖いけど、外に出るのも怖くなってきた」
「地の巫女でしょ?地下はあなたの強い領域よ、恐れることないわ」
「うん…」
でもあたし地の巫女なのに大地の恵みである野菜の好き嫌いがあるし…。地下だろうと関係ない気がする。
「そろそろ行きましょう。暗いから心細くなっているのよ。こういう時はハミングや口笛がいいわ」
実奈萌は千果紅の手を取ってハミングしながら歩き出した。千果紅もそれに合わせてハミングして歩き、気持ちが落ち着いて余裕が出て来た。そして気づいた。
もしかして、あたしのために頑張って強気になってくれてる?いつもはもっと現実的で心配性なのに。出たらお礼しよう。
2人は非常灯の案内に従って進み、地上への階段前に来た。しかし、地上に繋がっているはずが妙に暗く、人々が階段前に集まっていてざわついていた。
「どうしたのかしら?」
「ああ、君たち。こっちの出口は塞がってて出られないんだ。階段に瓦礫が落ちていて危ないから登らない方がいい」
階段の下で電話して外と連絡を取っている男が空いている方の手を上げて2人を制した。
「そうなんですか…ありがとうございます」
2人が少し離れた壁にもたれて手を離して一休みしていると、聞き覚えのある声を耳にした。
「あ、桃先輩と栗山先輩」
桃と栗山が階段下にやってきたが、暗くて実奈萌たちには気づかなかった。
「そんな、出られないなんて…」
「出入口は一つだけじゃないさ。他の出口を目指そう」
「暗いし土地勘も無いわ。ネットに繋がらないから地下街の地図も分からないし」
「大丈夫だよ。案内図がどこかにあるだろうし、店員さんならよく知っているはずだから聞けば分かるよ」
「…そう、柿彦の言う通りね」
桃は瓦礫に足をぶつけてバランスを崩した。
「きゃっ」
「おっと」
栗山は桃の手を引いて男の筋力で軽々と引き上げ、胸に抱えた。栗山はその強い体幹で桃が胸に飛び込んでもほとんど動かなかった。
「あっ、ごめんなさい」
「いいって。怪我はない?」
「うん、おかげさまで…」
桃は頬を赤らめて俯き、栗山の顔をちらりと覗き見た。目が合うとお互い恥ずかしそうに逸らした。
千果紅はよろめき実奈萌の服の裾を掴み、頭を撫でて慰めてもらった。
一方で他の人たちの様子はというと、不安で泣き出す子供が出て、その泣き声で人々の不安やイラつきが増幅されモヤモヤとした空気が漂い始めた。
「まずいわね」
「なんだか不穏な空気…」
「2人の力で皆の心を癒すみゃ」
「うわあ!先生、いたんですか!」
暗闇の奥から主治医の先生が出て来て千果紅は驚き、実奈萌の後ろに隠れた。
「休日に友人の店に行こうとしてたら停電に遭ったんだみゃあ」
「それは災難でしたね」
「びっくりしたけど、良く知る大人がいるのは心強いかも」
「そうね。先生、私たちに任せてください」
2人は勇気が湧いて前に出た。
実奈萌と千果紅は前に出て口ずさみ始めた。互いに掌を合わせて回転すると衣装と景色が変わり、暗く薄っすら照らされた洞窟に2人は立っていた。2人はバトンを手に持ち、バトンの両端はそれぞれ海を思わせる青色と山を思わせる緑色の宝石がはまって光っていた。
2人は1つの歌詞をパート分けして交互に歌い、安らぎと温もりで聴く者の心身を癒した。バトンを回したり振ったりして舞い、薄暗い中を青と緑の残光が軌跡を描き、その軌道は催眠術のように見る者の心を落ち着かせた。
クライマックス、2人はバトンを回しながら宙に投げ、発した光に包まれて羽衣を纏った。腕を伸ばしてバトンを掴み、2人で斉唱すると空間が液体で満たされ、髪や衣がふわりと浮かんだ。その呼吸ができる不思議な液体に包まれ、人々の擦り傷や切り傷、足の痛みなどが治っていった。
バトンをぐっと握ると花吹雪となって散って消滅し、周囲を覆って衣装と景色が元に戻った。
辺りは暗いままだが、イライラモヤモヤとした空気は晴れ、穏やかな雰囲気に包まれていた。
実奈萌と千果紅は呼吸を整えつつ医者の近くに戻って来た。
「上手くいったと思いますわ」
「できたと思う」
「良かったみゃあ。これで冷静に脱出できるはずみゃ」
2人は顔を見合わせて笑った。
「先生、他の出口を知ってますか?」
「知ってるみゃ。案内するみゃあ」
2人は頷き、医者について歩き出した。
「先生の友達のお店は大丈夫ですか?停電が続いてますけど」
「お店はここじゃなくて外みゃあ。駅から出て向かっている途中だったみゃ」
「そうでしたか。それはよかったです!あ、いや、地下街の人たちはよくはないですけど…そういうわけじゃなくて!」
千果紅は上手く言えずにあたふたして実奈萌に頼ろうと視線を送ったが、実奈萌は暗い足元に注意を払っていて気づかなかった。
「大丈夫、言わんとすることはわかるみゃあ」
そして5分ほど歩くと出口が見えてきた。その階段は上からの光が差し込んで周りより明るくなっていた。
すぐ下まで来ると2人は地上の方が酷い状態じゃないかとまた考え、恐る恐る外に出た。
外は平和そのもので、何も起きていなかった。変わったものといえば、階段前に立て看板があったことだった。
地図の箇所の出入口の屋根が崩れて塞がり、現在詳細を調査中と書かれていた。地下街に停電も起きていて復旧中とも書かれていた。
「無事出られました。ありがとうございます」
「こちらこそ、落ち着かせてくれてありがとうみゃあ。気を付けてみゃあ」
2人はそこで医者と別れ、地上ルートで帰りの駅に向かった。結局、カフェには寄らず早く帰ることにした。
電車は2人並んで座る空きがあり、2人で並んで座った。
「ねえ実奈萌」
「なに?」
「ありがとう。それからごめんね。あたし頼ってばかりで…、頭が良くて色々予想できる実奈萌の方が不安だっただろうに私を勇気づけるために似合わないことさせて」
「…ほんとね。すぐ頼るのは良くないわ」
「だよね…反省…」
「でもそれは私にも言えるわ」
「どういうこと?」
千果紅は実奈萌を見つつ首を傾げた。
「私も人に頼ってばかりということよ。さっきは先生が先を歩いていたから外に出られたけど、いなかったら外の様子が怖くて階段の前で立ち止まっていたかも。酷いことになっていたらどうしようと。既に配られたカードの中身が変わることはないのに、めくって見ない限り分からないままでいられると怖気づいていた」
実奈萌は遠い目をして過去の記憶を思い出していた。
「あの場に歌雁や麗鷺がいたら恐れずに進んで、私は後ろからついて行っていたと思う。いつもそうだから」
「確かにあの2人はぐいぐい行くからね」
「私はそれに甘えていた。非常事態が起きて、千果紅に頼られて、私が何とかしなきゃという状況になってからよく分かった。もっとしっかりしなくちゃ。全然駄目ね」
「難しいことはよく分からないけど、そう自分を責めても良くないのは分かるよ」
千果紅は実奈萌の肩に頭を乗せた。
「あたしこそもっとしっかりしなきゃ。改善点があるからといって、全然駄目なんてことないよ。実奈萌にはいいところがいっぱいあるのはあたしたちがよく知ってる。本当に全然駄目なんてことないよ。焦って無理はしないで」
「あまり甘言で惑わさないで欲しいわ」
「むー、言葉で伝わらないなら…」
千果紅は実奈萌の腕を胸に抱いた。こうやってちゃんと好かれているのだから、もっと自分を肯定して自分を好いてと態度で伝えた。
「まったく…折角気合を入れたのに」
実奈萌は険が取れて、千果紅穏やかにほほ笑みかけた。
「頑張りすぎて実奈萌が潰れたら嫌だもん」
「分かったわよ。程々に頑張るわ」
「あたしも!」
2人は仲良く電車に揺られ、彼女たちの家に帰った。
次が最後の予定。
4属性とそれぞれ組み合わせの6通りがこれで完了。




