第38話 奴隷契約の儀
「俺が、馬車の奴隷を全員買います」
「……はぁ??」
ラジャンベリは手を止め、目を丸くして口を開けている。
しばしの沈黙がおとずれ、ラジャンベリは深くため息をついた。
「リントさん、商売人に対してそういう冗談はあまり好ましくありませんぞ?」
「いえ、本気で言ってるんですけど」
「――あのですね、確かにあなた方の冒険者としての実力は素晴らしかったし、私も命を救われました。いわば、命の恩人ですな。それが例え契約上の関係だとしてもです。他の冒険者に依頼していたら、ひょっとしたら私は死んでいたかもしれません。ですがね、商品を見たでしょう、人間種ならいざしらず、あのエルフの少女は一介の冒険者が手を出せる金額じゃありません」
そういうと、ラジャンベリはまたきんちゃく袋を漁り出した。
「命の恩人ですから、今の商人への非礼は聞かなかったことにして差し上げますよ」
まあ相手にされないだろうなとは思っていた。
古代ローマ時代でも奴隷は年齢、性別、技能、健康状態によって価格が異なり、特に技能がなくても、健康な若い奴隷1人の価格は一家4人(一般家庭)の1年間の生活費ほどしたという。
馬車の奴隷は若いし値もそれなりだろう。
そう考えると、貴重なエルフの少女はおよそ法外な価格に違いない。とても一般人では手が出せない金額だとすると金貨100枚以上。数億といったところか。
今の手持ちは金貨20枚ほどだけど、フェリドゥーンに頼めばすぐに持ってきてくれるはず。
「これは失礼しました。参考までに、そのエルフをいくらで売るつもりだったんですか?」
俺はまず値を聞き出すことにした。彼の言葉にムキになって、『金貨100枚でも200枚でも出してやるよ!』なんて言ってしまったら足元を見られるかもしれない。
「エルフは金持ち連中が入荷の順番待ちをするほど人気ですからなぁ。この娘はオルディア王家と親交のある貴族に売るつもりだったんですが、ヴォルフ・ガーナインの監視の目がことのほか厳しくて断念せざるを得なかったわけです。まあ、金額としては金貨400枚といったところですな」
日本円にするとざっと10億以上か。少女一人にとんでもない金額だ……
でも一度決めたことは曲げたくない。俺はフェリドゥーンにそれとなく合図を送った。
「本当によろしいのですか?」フェリドゥーンは耳元で囁いてきた。
そんな彼に俺は、うん、と返事を返した。
「えー、報酬はこちらでいかがですかな? 」
ラジャンベリは数枚の硬貨を出してきた。
「リントさんは命の恩人だ。 金貨1枚と銀貨5枚、15万ディーツお支払いさせて頂きます。護衛としては破格の金額ですよ」
俺は差し出された手を両手でそっと押し返した。
「それは受け取れません」
「この金額でも不満があると? 見た目に反して強欲なお方のようだ、まあ、あれだけの働きをしてくれましたからなぁ。でしたら――」
「いえ、やっぱり奴隷たちを売っていただきたいと思いまして」
「――はぁ…… あなたはよほど冗談がお好きなんですね。それも質の悪い冗談が」
ラジャンベリが目を釣り上げさせていると、フェリドゥーンがきんちゃく袋を携えて戻ってきた。
俺はそれを受け取り、「お確かめください」とラジャンベリへ差し出した。
「ん? これはなんですかな?」
「400枚あると思います。確認して頂けますか?」
「こ、これは……」
ラジャンベリは袋を広げ、中身が金貨であることに驚くと、商人の性か、すぐさま中身を数えだした。
「よ、400枚…… 確かにありますが、リントさん、あなたどこからこれを」
「詳しくは言えませんが、少しばかりお金には余裕がありまして。これと、残りの奴隷分の金額もお支払いしますので、売っていただけますか?」
「あの戦いぶりといい ――あ、あなた方はいったい何者なんです……?」
「運よく少しお金を得ただけの、ただの冒険者パーティですよ」そういって俺は愛想笑いをした。
「――先ほどは失礼いたしました。事情はどうあれ、商売人として相応の金額を頂けるならあなたは列記とした私の客だ。お売りいたしましょう」
「ありがとうございます!」
「して、リントさんはあのエルフの娘をいかようにお使いで? 大変貴重~な品ですよぉ?」
「ふっふっふ。それはもうあれですよ……ラジャンベリさん」
「グフフ、やはりあれですか?」
「そう、あれです……」
「――お好きですなぁ、グフフフフフ」
「――ええ。くっくっくっく」
(リント様……)
(凛人さん……?)
彼女は何としても親元へ送り届けよう。
あんな顔が似合う子じゃない。それに、笑っている顔を見てみたい。
きっと、朝露を宿した花もかすむほど美しいに違いない。
「それでは、奴隷契約を行い、刻印の儀を済ませたら契約完了です」
「刻印の儀?」
「はい、あなたの奴隷だという印が首に刻まれます」
え…… それはちょっと困るな。みんなを家に帰そうと思ってたんだけど。
そんな刻印があったら何かと不便だろう。
「その儀式は絶対やらないとダメなんですか?……あとで個人的にやるとか」
ラジャンベリは目を細め、顔つきを鋭くさせた。
「もし、奴隷が主人を裏切ったり傷つけたりなんかしたら、私の商人としての信用に傷がつきますからな。それを断るのならばお売りすることはできません」
仕方ないか。まずは彼らが変な主人に買われるのを阻止するのが先決だ。
刻印のことは後から考えよう。
ラジャンベリは紋様が描かれた紙を取り出し、紋様の部分に俺の血を1滴たらすように指示してきた。
奴隷たちに馬車の外に並ぶように指示をし、その紙を奴隷たちの額へ当てていく。
すると、奴隷たちの首の左に、紋様が浮かび上がった。
「これで完了です。――いいですか?よく聞きなさい!」
ラジャンベリは奴隷たちに大きな声を発した。
「もし、主人を裏切ったり害するようなことがあれば、その体は壊死をしはじめ、地獄の苦しみの中、数日かけて悶え死ぬことになります。嘘もついてはいけません。嘘をつけば、気が狂うほどの痛みが体を襲うでしょう」
奴隷たちは皆息を飲み、凍り付いた表情で話を聞いている。
「命に背くことも禁止です。主人の命令は絶対、逆らえば耐えがたい苦痛が襲いかかります。自死しようとしても無駄。自傷行為やその類の行動には抑制がかかります。主人があなた方の死を望むまで仕えなさい ――よろしいですね?」
「はい」と、奴隷たちは力なく返事をした。
ペット以下の扱いだな……
これを刻印のあとに伝えたのは、それを事前に知ってしまうと自ら命を絶つ者もいるからだろう。
俺は、うつむいて立っている奴隷たちに近づいた。そして、右端に立っている男性に手を差し出した。
「これからよろしくお願いします。瀬川凛人です」
「え…… は、はあ」
男性は驚いた顔をして、若干の間を置いて手を差し出してきた。
右から順に挨拶を済ませていく。
そして、エルフの少女の前に俺は来た。視線の高さを彼女に合わせる。
こうして間近で見ると、見た目は10歳くらいだ。
「大丈夫。君を家に帰してあげるよ、安心して」俺は小さく声をかけた。
その言葉に少女は顔を上げ、俺を見つめてくる。
あまりに見つめてくるので「どうかしたの?」と、俺は声をかけた。
「――――すごく、大きくて綺麗なマナ」
少女は俺の目を見ながらつぶやいた。
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