第37話 奴隷の少女とエルフ族
――――よし、切り出そう。
「あの、そういえばお名前を聞いてなかったのですが。私は冒険者をしている凛人と申します」
「――ああ、これはこれは申し訳ありません。私は古物商のラジャンベリです」
「お二人でヴォルフ・ガーナインへご商売に?」
「はい。 向こうへ商いに行ったのですが、色々と手筈が狂いましてねぇ。いやいや、とんだ無駄足でした」
彼は嘘をついている。
古物商? 荷台からは確かに女性の、それもまだ幼さの残る感じの声がした。
心理的に、隠すのは疚しいことがあるからだ。そしていま得られた情報だけでもピースを埋めるのは簡単。――荷台の中身は……
高確率で奴隷にされた人間だ。
もちろん正義を振りかざして、感情的に咎めるつもりはない。
それがこの世界だし、そもそもここオルディアでは奴隷は禁止されていない。
それでも、奴隷という制度になじみのない俺は、その境遇を考えてしまい少し胸がつかえる感覚を覚えた。
――しかし、奴隷を禁止されていないこの国で隠す理由は?もしかして、奴隷ではなく誘拐だったり?
誘拐だった場合は話が別だ。犯罪を抑止するのも力のある冒険者の務めだと俺は思っている。
「――リント様」
「うん、わかってる」フェリドゥーンの呼びかけに、俺は小声で返した。
フェリドゥーンも何かを察しているようだ。
「つかぬことをお聞きしますが、積み荷は何なのでしょう」
「――なぜですかな?」
俺の問いに、ラジャンベリの顔つきが変わった。
訝し気な顔をして俺のことを見ている。ここは変に疑われないように――
「いや、だいたいの察しは付いてるんですけどね。なにせ私たちはヴォルフ・ガーナイン出身なものであちらでは目にできないものですから、それらがどういう感じなのか興味がありまして。それに、なかなかに高額なものでしょうから、中を知っていた方がこちらも大事な商品を守りやすいので」
「あーなるほど。向うでは禁止されておりますからなぁ。いいでしょう。フフフ、自慢の商品ですよ」
そういうと、ラジャンベリは馬車の後ろへ回り、自慢げに幌を開けた。
中には、女性が7人と…… 男性が2人。
女性たちはみんな若く、容姿もそれなりに整っている人が多い。まあ、メイドとして金持ちの屋敷に買われたりもするだろうし、あとは……
奴隷として女性を買う人間の多くが何を目的としているかなんて容易に想像がつく。
男性は。――若い男性と30代くらいの二人。どっちもいい体をしているし肉体労働要因と言ったところだろうか。
ん? あれは――
俺は奥に隠れるようにうずくまっている一人の少女に目がいった。
とても綺麗な顔立ちに透き通った白い肌と金色の綺麗な髪、そして、その髪から覗かせている長く尖がった耳。
あ、あれはもしかして……
「んん~? やはりあれが目を引きますか! そうでしょう、あれは珍しいエルフ族の女。しかも、数千年は生きると言われているエルフ族の中で、まだ23歳という貴重な子供なのです!!」
エルフの少女。初めて目にしたその儚げな少女に、俺の目は奪われていた。
でも、なんて悲しい ――いや、絶望した表情をしているのだろう……
夢も希望も未来も何もない。そんな感情が全て入り混じった、世捨て人のような顔をしている少女。
綺麗な顔なのにもったいない。笑ったらさぞ絵になるだろうな。
「国から預かった品なんですがね? まだ子供のこれはとんでもない高値で売れるでしょう。エルフはその生き血を啜れば若返り、肉を喰らえば限りなく不老に近い身体を得ると言われて貴族や富豪の間で珍重されています。その類まれな容姿から愛玩奴隷にしても良し、まさに爪一つ余すところのない超贅沢品なのですよ!グフフ」
興奮した男は、不快で耳障りな醜い声でベラベラと講釈を垂れている。
「ただエルフ族は数が少ないのと、その長い寿命で魔術の研鑽を積んだ手練れのウィザードも多くて、幸運にも捕獲できても滅多に生きたままってのはないんですけどねぇ…… まあ、腐らないように氷漬けにでもしておけば、死体でも生きた人間より高値で売れるので構いませんがね」
――本当に不快だ。今すぐ黙らせるか……?
極度の不快感に苛まれ、制御できない怒りに駆られ始めた俺の身体からは、荒れ狂うマナが溢れだして来ていた。
「リント様!」
「凛人さん。落ち着いてください」セレイナの手が、優しく俺の肩に触れた。
セレイナの顔を見て、怒りと不快感で荒れていた俺のマナは、少し落ち着きを取り戻すことが出来た。
「――ごめん。 大丈夫だよセレイナ」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
――馬車は進む。
奴隷はこの国では禁止されていない。それはわかる。
しかし、エルフの扱いはもはや奴隷のそれではないじゃないか。狂気の沙汰としか思えない。
貴族、金持ち。
外見を煌びやかに着飾り善人の顔をしていても、裏では欲望のままに狂気の宴を開いて、ご立派な仮面の内に隠した下卑た素顔で踊り狂っている異常者ども。
内側に黒い感情が湧き出る。臼で穀物をすりつぶすかのようにゴリゴリと音を立てて渦巻いている感覚が酷く不快で、俺は眉根を寄せて唇を強く結んだ。
――そんな俺の気持ちをよそに、魔物は空気を読まずにやってくる。まあ当然か…… 彼らも生きるために捕食しようとしに来るんだ。人間のようにいたずらに嬲るためじゃない。
己が今日という日を生きるためだけに、他を糧にする弱肉強食というシンプルな世界。
しかし、聞いていた通り本当にオルディアは魔物が多いなと実感する。
今度は囲まれたな。
現れた魔物は、この世界に来た時に襲われた牛ほどの大きさの狼によく似ている。
違うのは鬣がないことと、身体にまだら模様があること。
「こ、こいつらは別パーティと協力体制ならAランク、パーティ単独ならSランク推奨のヘルズハウンドですぅ!!」
だけど、さっきと同じ。特に警戒するほどの魔物じゃない。むしろ個体としてはさっきのなんとかタイガーよりだいぶ弱い。
「今度は俺がやるね」
俺は二人にそういうと、馬車を囲むように隙間なく大きな炎の塊を出現させた。
以前使っていたファイアバレットではなく、その上位魔法のフレイムバレットだ。
これで馬車は守れる。あとは一匹ずつ仕留めるだけ。
炎を自在に操ることもできるようになったからまとめて焼き尽くしても良いんだけど、今はとにかく何かを殴りつけたい気分だ。
一応王様に頂いた剣も持ってるけど、殴りたいんだ! 今は!
生きるために来ているのに、俺の癇の虫を治めるのに死ぬなんてごめん……南無。
俺は心の中でそう呟き祈った。
ヘルズハウンドたちはより一層、牙をむき出しにして威嚇し、飛び掛かってきた。
俺は揺らぎのマナを取り込み、そいつに向かって地を蹴った。
およそ常人では捉えられないスピードで飛び出した俺は、ヘルズハウンドが口を開け武器である牙を立てる前にその顔面を殴り付けた。
ヘルズハウンドはグルグルと回転し、大きな巨躯を地面へと落下させる。
自慢の牙も折れ、身体を痙攣させて絶命寸前といった感じだ。
それを目の当たりにして尻込みをしている残りの個体にも俺は襲い掛かる。
2匹! 3匹!
俺は次々と高速で殴り倒していく。後方にいる明らかに体の大きい個体が多分群れの長だろう。
ボスは少し派手にいこうか!!
俺はマナをオーラへと変換し、長に向かって突進する。
群れの長は涎をまき散らしながら俺に牙を立てるが、俺は左手に噛みつかせて首の下の胸部へ一撃を決めた。
「爆芯掌!!!!」
命中点を起点にしてオーラの爆発を起こす王直伝の技だ。
金色の爆発に巻き込まれた群れの長は、ただの肉塊へと変わり果て辺りに散らばった。
「ふう。少しスッキリしたかな」
「あわわわ…… ヘルズハウンドたちも一瞬で!!」
残った数体は、長がやられたことで文字通り尻尾を巻いて逃げ出したようだ。
当然、噛みつかれた左腕はオーラで守り無傷。
不死の治癒に頼らずに勝利!完勝だ。
俺は二人にハイタッチをして、初の魔物討伐の余韻を噛み締めた。
――――残りの旅路は、小型の魔物は出たものの比較的平穏なものだった。
「あれは――」
数キロ先に城塞が見えてきた。あれがデレノバだろう。
エブンズダールほどではないけど、なかなかに立派な城壁と大きさの街だ。
「無事に辿り着きましたな。この辺りでは見かけない大型の魔物と出くわして肝が冷えました。あなた方は強力な魔物を引き寄せる何かを持ってるんですかな。はっはっは」
わ、笑えない冗談だ。俺たちのマナはまさに星の大地そのものと言っていい。
もしかしてその巨大で純粋なマナに引き寄せられてたりしてね。はは……全くうれしくない。
城塞の門へと着いた俺たちは、ラジャンベリ氏に丁寧な感謝の言葉を貰った。
悪人には違いないが、そこまで人は悪くないようにも感じるよくわからない人間だ。
商人として割り切っているプロか、正真正銘ただのクズか……
「報酬をお渡ししないといけませんな、えー金貨がっと――」
俺はこの旅路の途中で決めたことがあった。思い付きではなく、良く考えた末の結論だ。
それを、今この男に伝えなければいけない。さて、どうなるか。
「ラジャンベリさん」
「えー、ん? なんですかな?」
「俺がこの馬車の奴隷、全員買います」
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