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番外編 王女、エレアノール・ヴォルフ・ガーナイン

 あの日、私の目は通信魔導具の水晶が映し出す映像に釘付けになった。


 魔族の軍勢と、辺境伯率いる国境師団の熾烈な戦いも終わり、私の瞳に映るその男性は兜を脱いだ。

 


 あ…… 私と目が合った気がした。



 どこからか風のように戦場に現れ、一面を覆う炎の魔法で敵を薙ぎ払い、驕ることなき所作で空を見上げたその男性。


 名前はまだ知らない……


 一国のお姫様として、貌のないイミテーションでしかなかった私の心は、その瞬間熱を帯びた生きたものへと変わった。


 見たことのない顔立ち、そして恥ずかしそうにはにかんだ、ぎこちない笑顔。


 ああ…… この方の名前を知りたい。お話をしてみたい。――できるなら、そのぎこちない笑顔を私に向けてほしい。



 一目惚れだった。



 後の情報で知ったのだけど、14年生きてきた私の心に初めて激しい稲妻を落としたその男性は、星骸の主だった。



 運命だと思った。



 ある程度字が読めるようになった4歳の時、初めて自分で読んだ本が、500年前の星骸と呼ばれる6人の英雄たちと魔族との戦いを描いた絵本だった。


 色んな絵本があったけど、なぜか私は他には目もくれずその絵本を何百回と読んだ。擦り切れるまで読んだ。


 今でもその絵本は部屋の書棚に大切にしまってある。


 貴族たちが通う、王立学院の初等部に入るころには、星魔大戦の歴史書を漁るまでになっていた。

 なぜ私がこれほどまでに星骸に魅了されていたのか。


 ――それは、今この時の為だったのだと思い知らされる。この出会いは偶然ではなく、必然なのだと。


 星骸の主だから好意を寄せたのではなく、好意を寄せた相手が星骸の主だった。


 これを運命と呼ばずして何と呼べばいいのでしょう。




 ――数日後、戦果を挙げた者たちへ褒美が与えられることに決まった。


 そんなある日、中庭へお花を見ようと向かうと、お父様とご学友でもあるルーガス様がお話をしている声が聞こえてきた。


「リントにも城へ出向くように伝えとくからよお、星骸の姉ちゃんも一緒でいいか?」

「ああ、頼む。 星骸の主がどんな人物か知っておきたいからな」



 リント……様



 彼の名前を知ることが出来た私は、舞い踊りながらお部屋へと戻った。


 リント様、リント様、リント様。 ああ…… リント様。


 私は、名前を呼びながら枕を力の限り抱きしめていた。



 なんなのでしょう、この気持ちの高ぶりは。――そして彼がここへ来てくださる。



 これは、是が非でも謁見にご一緒させて頂かないと!



 私はその日のディナーの席で、お父様に謁見に立ち会わせて頂けないかと伝えた。


「そういう場は苦手だと言っていたのに、珍しいな」そういうと、お父様は二つ返事で承諾してくれた。


 でも、ここからが本番。


 彼と私が()()()()には越えなければならない大きな壁がある。


 平民と王女では婚約が絶望的だということ……


 お父様は元冒険者だったけれど、男爵家の出身で国の英雄的な存在だったからお母様との婚約が認められた。


 私は意を決してお父様に進言をした。


「お父様? 褒美などはお決めになられたのでしょうか」

「ん? 急にどうしたんだ、エレアノール」

「いえ、まだお決めになられていないようでしたら、高位の爵位と領地を与えてはいかがでしょう」

「爵位をか。――なぜだ?」

「南の国境に面するクヴェル王国も不穏な動きを見せていると聞きますし、北には魔族領。他国へのけん制にもなるかと思われます。星骸を従える者がこの国で領地を持つことは、国益につながるのではないかと考えました」

「なるほど、それは妙案かもしれんな。だが、どんな人物なのかまだ私はわかっていない。それに平民に爵位と領地をとなると、私の一存では決められぬ。ローズレイン公の耳にも入れて前向きに検討しよう」

「ありがとうございます。お父様」



 これで一歩前進。



 ローズレイン公は公爵という立場を持ちながらも、英雄だったお父様の崇拝者。

 お父様の意見には真っ向から否定はしないはず。


 でも、この案が通らなかった場合のことも考えないといけません……

 もう私には彼しかいないのです。




 ――謁見の日が訪れた。


 私は早朝5時からドレス選びに勤しんでいた。


 どれがいいかしら…… いつもは専属メイドのティナに付き合ってもらうんだけど、まだ早朝で起こすのも可愛そうだし、なにより、今日は自分自身で選びたいという気持ちもあるの。


 これなんかどうかしら。


 私は澄み切った青空のような、薄い水色のドレスを試着してみた。


 そしてこの銀のティアラにしましょう。派手さも抑えめだし嫌味たらしくない。これに決めました!



 謁見の時間がきて、奥の扉が開いた。


 私は緊張から「ウンッ」と軽い咳払いをして深呼吸をした。


 彼が入ってくるのが見える。


 今すぐ駆け寄って声をかけたい。近くで目を見つめたい…… その気持ちを抑えるのに必死だった。



 ――え? 彼が私を見ている!? しかもあんなに目を輝かせて。

 ああ…… もしかしてリント様も私と同じ気持ちなのかしら。以心伝心? でも、そんなに見つめられたら気がおかしくなってしまいます。



 謁見は進み――



「本来なら侯爵以上の爵位と領地をとも考えたのだが、そなたがそれを望んでいるようには思えなかったのでな。 残念だったな、エレアノールよ」


 お、お父様!残念だったな、なんて言わないでください!彼に好意を持っているのが皆さんにバレてしまいます!


 私は恥ずかしさから咄嗟にうつむいてしまった。


 それに、リント様に聞きもしないで決めつけるなんて酷いですお父様……




 ――爵位の話はダメ。それなら、どうしたらよいのでしょう……


 もうこの気持ちは止められないのです…… いっそのこと、城を出て彼について行ってしまいましょうか。


 そんなことを考えていると、お父様とリント様が中庭でお話をしているのを見かけた。

 二人の会話が聞こえてくる。


「アルメデウス王、俺に稽古をつけてください!俺、強くなりたいんです!」


 お父様はリント様の申し出を快く受け、2ヵ月間という約束でお稽古をつけることに。



 これはチャンスというやつではないかしら!



 2ヵ月。リント様に私のことを印象付けるには十分な時間。でしたら――


「お父様!」

「な、なんだエレアノールよ」

「2ヵ月間、王宮にリント様を住まわせるのはいかがでしょう。通うにしても遠いですし、宿では宿泊費がかかってしまいます。()()()()()貴賓用の寝室も空いてますわ」

「おお、それはいいかもしれぬな。さっそく伝えて来よう」



 勝利!これは勝利の予感です。



 女性が殿方の関心を引くにはどうしたらよいのでしょう……


 見た目? 献身さ?


 どれも大事だけど、ティナは手料理と言っていました。


 胃袋を掴む? のが一番だと。


 善は急げ!私は王室料理長のビゼフからお料理を教わり、来るべき日に備えました。




 ――訓練初日の夜23時。


 切り傷だらけの手に手料理を持ち、私は訓練場の前で待機しています。


 宮廷魔導士のエルメリアさんが、手の傷を治癒しようとしてくれましたが私は断りました。

 この傷は、私の愛であり誇りだから。


 初日のお夜食は、甘辛いタレで焼いたディエル・ボアのスペアリブと、ポタージュ・ピュレ(かぼちゃのクリームスープ)、そしてビゼフ自慢の高級パン。


 お夜食にしては少し重い気がしますが、とてもハードな訓練をしておられるみたいなのできっとお腹がペコペコのはずです。


 10分ほど待つと、リント様が扉から出て来られました。相当おつかれのご様子……


 深呼吸を一つ、私はリント様の下へ走りました。


「あ、あのリント様、お疲れ様です。よろしかったらこちらを召しあがってください」

「え!? 王女殿下、こんな夜遅くに。ありがとうございます!お腹が空きすぎて眠れるか心配だったんです」

「よかった!手作りなので、温かいうちに召しあがってくださいね」

「て、手作り!? うれしいなぁ」


 リント様は笑顔を私に下さりました。



 違う……



 その次の日も、また次の日もリント様は笑顔でお料理を受け取ってくださいました。



 違う……



 違う、違うの……


 私の見たい笑顔は、これじゃない……


 あの時の笑顔。――あの時、リント様は誰に笑いかけていた?



 …………


 …………



 あの、女性だ。


 名前は確か、セレイナさん。星骸の女神。


 どんな関係なのでしょう。


 あんな綺麗な方が相手では私なんて……




 ――――邪魔だなぁ。




 その次の日も私は手料理を作っていました。今日のお夜食はサンドウィッチとフルーツです。


 私の、愛が足りないのかな。


 ――そうだ、私の愛を直接入れて差し上げましょう!そうすれば、いつか私にもあの笑顔を向けてくれるかもしれません!


 私は手にマナを集中させて、指の先から滴るマナのしずくを数滴、サンドウィッチに含ませた。


「リント様、これが私です。私を食べて、愛に気付いてください。あと――」


 一つのフルーツを手に取り、私はそれを口に含ませる。そして、キラキラと輝く唾液がつたうそれを皿に戻した。


「私の初めてです、リント様。 どうぞ頂いてください」



 リント様は今日も嬉しそうに受け取ってくださいました。


 私はあの女性に負けません。いつかこの思いが伝わるその日まで。




 リント様、おやすみなさい。明日もまた、手料理をお持ちいたしますね。



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