第22話 断罪のウォルボレンと魔族内の異変
凛人達がメイの屋敷に集まっていたそのころ、魔族領内もざわついていた。
魔王に仕える五柱、エビルロードであるセルドが、酷い怪我を負って撤退してきたという噂は、瞬く間に王城の者たちに広まっていた。
「ケケケケ。セルドの奴はうまくやってくれたようだ」
シュバールツはニチャリと笑った。
「しかし、セルド様も酷い手傷を負ったようですが」
片眼鏡のテールコート姿の男がワインと料理をテーブルに並べている。
「フン、そんなことはどうでもいい。知ったことか!しかし、命を取り損なうとは、セルドも存外甘い奴だ」
「あなたと同じエビルロードですし、お仲間ではないのですか?」
「仲間? くだらぬ。まあ、見てくれだけはいい女だ、夜伽ぐらいはしてほしいものだがなぁ、ゲヒャヒャ、ゲヒャヒャヒャ」
下卑た笑い声が響く中、扉の外から足音が聞こえる。その足音は、この部屋へと向かい、近づいてくる。
片眼鏡の男は、数歩下がると腹部に手をかざし、頭を下げた。
――扉が静かに開き、そこにはウォルボレンの姿があった。
「おお。誰かと思えば、ウォルボレン殿ではないか。ここまで足を運んでこられるとは珍しい」
ウォルボレンは無言で、静かに扉を閉めた。
「せっかくだ、ウォルボレン殿も一緒に食事などいかがかな?年代物のワインも……」
「セルドが怪我を負って帰ってきたのだが、何か心当たりは?」
言葉を遮り、ウォルボレンは言葉を投げかけた。
「なんと!それは大変ですな。して、容体の方は?」
シュバールツは一瞬顔を強張らせたが、わざとらしく驚いて見せた。
ウォルボレンの冷ややかな視線が鋭さに変わる。
部屋の空気が一気に張り詰め、部屋の温度が下がったような感覚に囚われた。
シュバールツの頬に汗がつたう。
「約九千の兵と二人の将の損失。そして手傷を負ったセルド。――知らぬとは言わせぬぞ?」
「くっ! 黙れ若造が!! お前は再び手にしたくないのか?500年前の栄光を!こんな僻地に追いやられている現状を、お前はなんとも思わないのか!?ワシに任せておれば、今一度」
「黙れ、老いぼれが」
「な、なんだと!?先代の王から仕えているこのワシに対して無礼な!」
「お前の愚行が、再びこの地に星骸を蘇らせた可能性があってもか?」
「な、なに!? そんな馬鹿なことがあるか!だからこそ、ワシは…… ま、まさか」
シュバールツは、力なくテーブルへも垂れかかった。
「あ、あの女。もしかして、あの女がそうだというのか?どこか見覚えがあるとは思っていたが……」
「セルドに傷を負わせたのも、おそらくその星骸だろう。我々には後が無くなった。お前の身勝手な行いのせいでな」
ウォルボレンがシュバールツの元へ歩き出す。
ま、まさかこいつ、ワシを手にかける気か。シュバールツは後ずさりながら自らの危機を察していた。
この男は"断罪"のウォルボレン。星魔大戦での敗北以降、魔族領内での派閥争いで勢力は二分化し、争いは激化した。その争いの中で、最も多くの敵対勢力を葬った男。
剣も振らず、魔法を放つでもなく、ただ歩くだけで敵に死を運んだ。付いた二つ名が『断罪』
その理不尽な存在が今、自分に牙をむこうとしている。
しかし、奴はその派閥争いでも自分側につき、その後も命を狙いに来た刺客を、幾人も葬ってくれた。
この男が自分を殺すことはない。シュバールツは心のどこかでそう思っていた。
しかし、その淡い期待はすぐに打ち砕かれた。
「天秤の宣告」
シュバールツの背後に大きな天秤が出現した。天秤の皿には、それぞれ光り輝く玉と、黒く渦巻く玉が浮かんでいる。
「お前がこの世界にとって価値があるのか、価値がないのか。判断させてもらう」
「な、なんだと!? や、やめろ、ウォルボレン!」
天秤の皿が、黒い玉の方へと傾き始める。
ウォルボレンの前での"価値なし"は死と同義である。
努力などで習得できるものも多い普通のスキルと違い、彼の能力『存在審判』は、この世界に数少ないオーソリティスキルと呼ばれ、文字通りある特定のものを支配し、強制する権限を持つ。
彼が生まれながらにして持つギフテッドである。
彼の支配する物は『価値観』
彼の存在審判の前で価値がないと判断されれば、自動的に、対象の魂に生きる価値のない者としての烙印が押され、強制的な死が待っている。
しかし……「天秤の宣告」を発動したということは、彼が迷っている証でもあった。
自分の判断ではなく、天秤に選択を委ねたのだ。
先代の王の時代より古くから仕えていたシュバールツに対して、彼なりにまだ思う所があるのだろう。彼の能力は至極理不尽なものだが、彼自身は非道な快楽殺人鬼ではないのだ。
「動き始めたら止める術はない。そして、価値のあるなしを決めるのは私ではなく、その審戒の天秤だ」
「くっ、おのれ!!」
シュバールツは胸の前に両掌をかざした。
「眠れる業火よ、灰に還る定めを思い出せ。我が声を導べに、天と地の境を焼き裂け。——顕現せよ、灼熱の裁き…… 極大火炎魔法、インフェルノ!!」
しかし、何も起こらず、声だけが空しく響き渡った。
「な、どういうことだ!なぜ魔法が発動せん!!」
「お前の命は今、秤にかけられている。天秤が動いている間は、お前の魔法は発動しない。物理攻撃も私には届かない」
シュバールツの顔から汗が噴き出る。
「助かりたいのなら、私の価値観に干渉して見せろ。お前の価値を示せ」
「……わわ、ワシはこの世界を再び魔族の手中に収めるつもりなのだ!手筈は整いつつある!悲願を達成したその時は、お前を新しい王に推薦しようではないか!どうだ!? そ、そうだ、金も女も好きなだけ……」
ウォルボレンの手刀が空間に切れ目を入れた。
「審戒の光刃」
シュバールツにも切れ目が走り、明らかに胴が切断されている。
「な、なにが起こった! ……い、痛みがない」
ウォルボレンの数少ない自らが行使する技である。この技は"自らの手で裁くべき価値がある"と判断した相手にのみ使用する。
空間そのものを“死の境界線”として切断し、接触した部位に「価値なし」が強制的に付与される理不尽極まりない能力だ。
「聞くに堪えん……お前を今まで生かしてしまったのは私の間違いだった。故に、私自身の手で間違いを正すことに価値があると判断した」
「そ、そ、そんな……理不尽なことが、あ、ああぁぁぁ……ぁ」
シュバールツの身体がひび割れていき、白く変色していく。
そして、灰になり崩れていった。
「審戒の光刃は、付与された瞬間に痛みより先に死が来る。だから苦痛は感じない。間違いを犯した私からの、せめてもの慈悲だ」




