第17話 暗渠のセルド
「その女はもうじき死ぬだろう。 残念だ」
女は冷酷に言い放った。ナイルの全身が怒りで震える。
それに女の言っていることは正しい。重度の内臓損傷と、大量の出血。イーレの顔は生気を失っていて、呼気も弱くなっている。
「残念だ? ……ふざけんなテメ――――!!!!やったのはテメ―だろうが!!!!」
「ナイル!ユリア様の傷も治らない!」
ユリアも重症だった。目は横一直線に深く切り裂かれている。
「その女の傷は人間に治癒はできない。傷に闇属性の高濃度の魔素を大量に流し込んである。人間に闇属性の使い手は今のところ確認されていないし、光属性でも干渉できない」
ナイルはこの依頼を受けたことを激しく後悔していた。ギルド長からの指名に浮かれて、何も考えずに引き受けてしまった。この話が出た時イーレは、エレオナの所にいてあげたほうがいいと反対していた。
それを無理に、ランク昇格もあり得るなど口八丁で丸め込んで押し通した。
全部俺の責任だ……
「お前は誰だ。 魔将か?」
「将などと一緒にされるとは。少し不愉快だ」
女は美しく長い髪を手でかき上げると、頭に付けていた大きなリボンを解き、それを鞭のようにしならせて床を叩いた。
地面がひび割れ、銃を発砲したような衝撃音が辺り一面に響き渡る。
「私は暗渠のセルド。エビルロードと呼ばれている王直属の五柱の一人だ」
「なるほどね……」
そう言うと、ナイルは下を向きながら肩を震わせて笑った。
「……領主様の家族を街の外に逃がす、それだけだったはずなのに。魔族の大将格のご登場とは。へへ……ほんと、ついてねぇ」
「どうした、恐怖で気でも触れたか? 安心しろ。私は無駄な殺しは好きではない。エディアノイの妻も、殺す気ならさっきそうしている。お前たちも逃げるなら勝手にしろ。あの女の目を奪った時点で、私の目的は終わっている」
イーレの腹部を抑えながら、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたアイラがセルドを睨みつける。
「ふ、ふざけないで…… じゃあ、イーレになんでこんなことしたのよ!!魔族!!」
「そのウィザードは、私のペットのシャドウマヌーバーたちを殺したわ。そして仮に戦いになった場合、そのウィザードが邪魔だった。それだけ、私にとって無駄な殺しではない。許してほしい」
「許して……ほしいですって……!? この人殺しの悪魔めっ!!!!」
「わからない。お前たち人間もこの200年、同族同士で醜い殺し合いをしているではないか。私たちとどこが違うのだ?」
「だまれだまれだまれだまれっ!! だまれ――――っ!!!!」
アイラは自分の腰に手を回す。
「や、やめろ!! アイラ!!!!」
ナイルの制止も聞かず、アイラは腰に携えていた短刀を、セルドに向けて投げつけた。
短刀はセルドの心臓に向かい、一直線に飛んでいく。しかし、セルドは飛んでくる短刀を冷静な目で見つめ、避ける動作すら取る気配がなかった。
アイラの短刀は、セルドの胸に深く突き刺さった。
……しかし、セルドは顔色一つ変えず、それを抜き取った。刺さった個所は、まるで泥が流れこむようにズブズブと元に戻っていく。
「私に、物理攻撃の類は効果はない」
残酷な宣告が告げられた。
銀狼の残り三人は全員剣士。セルドとの相性は最悪だった。
辺りの空気が一変した。セルドから威圧とも取れる強い魔力が漏れ出てくる。
ビリビリとした鋭い空気がナイルたちを突き刺した。
ナイルとアイラは、その魔力に威圧され、目を見開き呼吸を荒くしている。
そして、さらに追い打ちをかける言葉が投げかけられる。
「今の行為は、私を殺す気で行ったものだな。そうなると、私もその女を殺さなければならない意味が出来たことになるが……」
「待ってくれっ!!!!」
セルドの言葉を遮り、ナイルの声が地下道に響き渡った。
そして、ナイルは壁に突き刺さった剣を抜くと、セルドの方へ数歩歩み寄り膝をついた。
「どうか、ここは俺との一騎打ちで終わりにしてほしい!それで……アイラを見逃してくれないか!」
ナイルは魔族に頭を下げた。もはやAランク冒険者としてのプライドも何もない。自分の責任でこれ以上仲間を失いたくなかった。
一人でも助けたい。その一心だった。
「だ、だめよ、ナイル! エレオナは、エレオナはどうするのよ!!」
「これは……全部俺の責任だ。 リーダーとしてケジメを取る。エレオナには……お前から謝っておいてくれ。 ……そして、もっといい男を見つけろって伝えてくれや」
ナイルは、いつも通りのいたずらっ子のような、屈託のない笑顔でアイラに笑いかけた。
「そ、そんなこと……言えるはず、ないじゃない……」
アイラの涙が湿った地下道の地面に零れ落ちる。
気を失っているユリアとフローラの盾になっていたモントンも、重い口を開いた。
「ナイル、俺も残ろう。お前だけの責任ではない。リーダーの決断は、俺の決断でもある」
「いや、モントンはユリア様とイーレを地上へ運んで行ってくれ。アイラ一人では無理だ」
「ナイル……」
ナイルは剣を持ち立ち上がった。
仲間を守る決意と、死ぬことへの覚悟。両方が入り混じった、諦めとも違うどこか落ち着いた表情をしていた。
モントンはユリアとイーレを担ぎ、アイラに「男の覚悟を無駄にするな」と言い聞かせ、地上へと歩き出した。
「いい目だ。お前の覚悟をもって、その女の行為を不問にしよう。いくぞ?」
「感謝する」
ナイルは剣を握り締め、決死の表情で構えた。
――――この出来事より、遡ること30分ほど前。
国境での戦闘は収束を迎えつつあった。魔族兵はほぼ壊滅状態にあり、生き残ったわずかな兵も逃走を始めている。
「逃げている兵を追って殲滅しますか?」
兵士の言葉に、師団長は「これ以上無駄な戦闘は必要ない。我々の勝利だ!」と剣と国旗を掲げた。
兵士たちは狂喜乱舞だ。肩を組んで泣いてる者たちもいる。
「ふい~。やっと終わったね」
俺はセレイナの元へ戻ってきた。セレイナは、相変わらず聖域を展開し、追加で怪我を負った負傷者たちを治療している。
「おかえりさない、凛人さん。お怪我はありませんか?」
「ただいま、セレイナ。うん大丈夫だよ、っていうか怪我しても治っちゃうからね」
「リント、大活躍だったじゃない。あの炎の弾幕はちょっとした兵器クラスよ」
メイさんが笑いながら戻ってきた。それにしてもあの暴れっぷりは圧巻だった。
将を倒して戻ってきたメイさんは、敵陣の渦中に躊躇なく突っ込み、大勢の敵兵が華麗に宙を舞いまくっていた。
さながら魔族兵の噴水だなと思って俺は見ていた。
そして当然のように無傷である。肉体のみを武器にした恐ろしいまでのタンク性能と、あの体躯からは考えられないほどのスピード。人間とは思えないほどの破壊力。彼女に傷を付けられるやつがいるのだろうか?と思う。
続いて、エディアノイさんがこちらへ歩いてきた。手には見慣れない剣を持っている。
エディアノイさんは、戻ってくるなりセレイナの前で跪いた。
「セレイナ様、あなたのお力添えで、我々は窮地を脱することが出来ました。なんと感謝を申し上げていいか」
「顔を上げてください。私は凛人さんの望むままに動いただけです。感謝なら凛人さんにしてください」
……え、俺!? 意表を突かれ過ぎて、エディアノイさんとセレイナの前でとんでもなくマヌケな顔をしてしまった……
ま、まあ確かに俺も、たぶん数百の敵はやっつけたけど、不利だった戦況をひっくり返したのも、大勢の怪我人を治癒したのもセレイナだ。セレイナは凄いし誇らしい。
しかし…… ニコニコと純粋な目でこっちを見ているセレイナに、俺は何も言えなかった。
「リント君。君の活躍も素晴らしかった、ありがとう」
「い、いえいえ!俺なんか、まだ自分の力もうまくコントロールできてない未熟者ですし」
「そう謙遜しないでくれ、君の戦いは見ていた。あの尽きることのない膨大なマナと魔力、是非うちのウィザード部隊……いや、宮廷魔導部隊にほしいくらいだ」
その時、一人の兵士が俺たちの元へと走ってきた。手にはあの水晶の魔導具を持っている。
なにやら急いでいる様子だ。
俺は、何故か嫌な胸騒ぎがした。
「エディアノイ様!街の警備兵から連絡が!」
「何事だ!?」
「大聖堂の司祭と、修道士数人が何者かに深手を負わされ、重体だとのことです!」
「なにっ!? だ、大聖堂だと!!?」
「パパ! 大聖堂にはママとフローラが!」
エディアノイは、額を手で押さえしゃがみこんだ。
「クソ!! 敵の対処に追われて、目が行き届いていなかった!!魔族の隠密部隊か!? なぜピンポイントで大聖堂へ……」
「ママの目じゃないかしら。魔族は何度もこの国への侵入を試みていた。ママの目は障害だったんだと思うわ。……それにしても何故ママたちの居場所が」
「すぐに馬を走らせよう。ユリアたちには、ルーガスが手配したAランクパーティが付いている。まだ間に合うかもしれん」
「でも、ここからじゃ1時間ちょっとはかかるわ」
治療を終えたセレイナがメイとエディアノイの元へと歩み寄った。
「私たちが行きます」
「セレイナ……さん」
メイが突然の申し出に驚いている。
「私の飛行魔法なら、全力で飛べば10分ほどで街へと着きます。凛人さん、よろしいですか?」
「ああ! 行こう、セレイナ!」
「あなたたち……」
「セレイナ様、感謝いたします。どうか……妻と娘を……」
エディアノイにはいつもの威厳はなく、憔悴しきっていた。
セレイナは街の方角を見つめた。額の紋様が薄く光り出す。
「街の中央、その下の方から六体の魔力反応を感じます。その一つは強い魔力を有しているようです」
「強い魔力?将かしら……」
「いえ、先ほどここにいた者たちよりも、格段に強い魔力です」
「将より上ですって!? まさか」
「急ごう、セレイナ」
そう言うと、セレイナは背に掴まるように俺に言ってきた。
「頼んだわよ!あなたたち!」
その言葉にうなずいた俺たちは、エブンズダールへと向かい飛び立った。




