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第13話 起死回生

 メイは「状況を映せる?」と聞くと、兵士は例の水晶のようなものを取り出し、現場の映像をホログラムのようなもので映し出した。


 国境からまだ遠いが、軍勢が隊列を組んで歩いてくるのが見える。


「ちょっと貸して!」


 メイが水晶の魔導具を兵士から取り上げると、現場との通信を始めた。


「メイよ、そこから数は把握できるかしら?おおよそで良いわ」

「は! 一万はいるかと思われます。それと、将と思われる人物も2名ほど確認されております!」


 メイは手に力が入る。


「魔族一万の軍勢はちょっと手に余るわね……それに将が二人。なぜ急に動き出したのかしら……」


 エディアノイが立ち上がり、顔つきを一層鋭くさせる。


「今回は私も行こう。 私とメイで侵攻をある程度食い止められる。お前はこの事をセドリックに伝え、王宮へ救援の要請だ!急げ!」


 兵士は「はっ!」というと部屋から飛び出していった。


「私は1000くらいなら行けるわ。パパはどう?」


 こんな状況なのにメイは少し楽しそうだ。


「どうだろうな。私も衰えたとはいえ、まだまだお前の足手まといにはならんさ」



「……あ、あの!俺にも手伝わせてください!!」



 俺のその言葉に、エディアノイは鋭い目を俺に向け歩み寄ってくる。


 もうビビって逃げ回るのは御免だ。それに、メイさんには大きな恩もある。

 そして何より、今の自分がどこまでできるのかを確認したい。俺の思考は変わってきていた。


「これはこの国の問題だ。部外者の君は下がっていなさい」

「パパ、彼はこの国のギルドで登録したSランク冒険者よ、部外者ではないわ。それに王宮からの増援も三日はかかる。今は強い人間が一人でも多いほうが良い。違う?」


 エディアノイは俺の顔を見ながらしばし考えこみ、言葉を発した。


「メイ、彼は強いのかね?」

「ええ、ギルド長のお墨付きで、飛び級でSランクになった有望株よ」

「ルーガス殿のお墨付きか。ならば期待できそうだ、君の同行を許可しよう」


 メイはしてやったりといった表情だ。正直、この状況は絶望的だった。

 魔族の兵士一万というのは、人間の軍に例えると4~5万に相当する脅威だ。そこに将が二人。


 エディアノイが指揮する国境師団の兵は、数は三千ほど。とても増援が到着するまで持ちこたえるのは無理な話だった。エブンズダールの陥落は覚悟していたかもしれない。


 メイは考えた。凛人が動けば彼を守護すると豪語している彼女も動く。そうすればこの状況も絶望的な物ではなくなる。と。


 エディアノイは白金に輝くアーマーに身を包むと足早に一階へと降り、妻と娘の元へ向かった。


「エディ!戦地へ向かうのね」

「ユリア、もしかしたらここも戦場になるかもしれない。フローラを連れて大聖堂の地下に避難するんだ。街の外へとつながる地下道がある」


 ユリアの顔からは数敵の涙が零れ落ちた。


「エディ、必ず生きて帰ってきてね。フローラと待ってるわ」

「……大丈夫だ。 兵は大部分が戦地へ向かう。腕の立つ冒険者を君たちの護衛に付けるようルーガスに手配しておくよ」


「パパ、お姉ちゃんと……絶対に帰ってきてね」


 エディアノイはフローラを抱きしめると「約束しよう」と力強く答えた。


「さあ!行こう!」


 帰ってきたエディアノイと俺たちは街の外へと出る。そこには馬が用意されていた。


「さあリント、馬に乗って」

「メイさんはどうするんですか?」

「私は大きすぎて馬に乗れないから、走っていくわ」

「じゃあ俺も走っていきます! ……馬に乗れないので」


 ついて来れる?とメイさんが言うので、大丈夫ですと俺は答えた。足には自信がある。

 リーヤを背負って逃げた時に実証済みだ。


「セレイナはどうする?俺が背負おうか?」

 そう聞くと「私は大丈夫です」とセレイナは答えた。


「国境までは馬の足で1時間ほどだ。急ぐぞ! ハイヨ――!!!!」


 エディアノイの掛け声で俺たちは一斉に走り出した。






――――その一方、魔族領内。


 城内を一人の男が歩いている。

 男の名は"断罪のウォルボレン"。魔族の軍と将らを束ね、エビルロードと呼ばれる王の懐刀である五人の大魔族の一柱だ。

 額から一本の角を生やした、長髪で黒髪の男。青白い肌と緋色の瞳、精悍な顔立ちが怪しくも神秘的な雰囲気を醸し出している。


 城内をバタバタと走り回っている兵士たちは、ウォルボレンの姿見つけると即座に膝まづいた。


「こ、これはウォルボレン様!」

「……やけに城内が慌ただしいが、どうかしたのか?」

「そ、それが……その」

「はっきりと申せ」

「は、はっ!シュバールツ様の命で、現在ヴォルフ・ガーナイン王国との国境にて交戦中でして」


「なにっ!!?」


 兵士たちは怯えるように頭を抱えた。


「今回は何人の兵を動かしたのだっ!」

「き、9000ほどと、ベルダティヒ、ゼルツアムのお二方が出向いております」


 ウォルボレンは恐ろしいまでに顔をゆがめ、下唇を嚙んだ。


「ど、どうかお命だけはっ!」兵士たちは鬼の形相をしているウォルボレンに怯えている。

 スッと何事もなかったかのように表情を元に戻したウォルボレンが、兵士たちに視線を送った。


「お前たちは王がお産みになられ、この国のために働く国の未来。()()()()者たちだ。殺したりはせぬし、無駄に死んでいい者とは思ってはいない」


 そう言うと、ウォルボレンは城の奥へと消えて行った。


「……ウォルボレン様って”断罪”なんて呼ばれて恐れられてるけど、実はお優しい方なのかな」

「あの方は『最も人を殺すが、最も残酷ではない』と言われている。あの方の()()()に釣り合えばだが」



――――城内執務室。全身をこれでもかと高級品で着飾ったガマガエルのような異形の者が、王族の座るような豪華な椅子にふんぞり返っている。

 この男は灰歌のシュバールツ。ウォルボレンと同じ魔貴族の五柱、エビルロードの一人だ。

 部屋には水晶型の魔導具がいくつも並んでおり、戦況をこと細かに監視できるようになっている。


 シュバールツは血のように真っ赤なワインを一気に飲み干すと、グラスを握り砕いた。


「ウォルボレンの若造め。いちいち口を挟んできおって。忌々しい」


 片眼鏡(モノクル)をかけ、黒いテールコート身を包んだ男が代わりのグラスをテーブルへ置き、ワインを注ぐ。

「シュバールツ様、よろしかったのですか? 兵の指揮権はウォルボレン様が統括しておられましたが」

「フン、古臭い伝統にしがみつく保守派の臆病者か」


 テールコートの男が、横目で冷ややかな視線をシュバールツに送る。


「ケケケ。あのお人好しには何もできまいよ。力は強いが、先代の王から仕えているワシを殺す勇気はあやつにはあるまいて」

 シュバールツは、笑いながらワイングラスを揺らし、映像に目をやった。


「300年もろくに出てこず、引き籠っている二世の王に忠節を誓って何になる?これからは王政ではなく個人、自由主義の時代だ」


 シュバールツは立ち上がると映像の前へと歩を進めた。


「500年。500年だぞ!星魔大戦に大敗した我々は僻地に追いやられ、女神と星骸の影に怯え続け、人間どもは繁殖の限りを尽くした!500年前と同じ轍は踏まぬ。巧みに、巧妙に、着実に!魔族の栄華を取り戻すのだ!それには蓋をしているあの国が邪魔なのだ!!」


 はあはあと息を切らせ、シュバールツはまた椅子に腰を下ろした。


「まずはあの女、ユリアだ。奴がいては国境を越えるのは至難。かの国との接触も容易ではない」

「……かの国とは、大陸中央にある人間たちの小国家ですか?」


「そうだ。あの国はヴォルフ・ガーナインに恨みを持っておるからなぁ。あの女の目さえなければ、好きなだけ密偵を送り込める。ヴォルフ・ガーナイン王都内に伏兵を忍ばせ、上と下、そして内部から攻めれば必ず落とせる。キャンディ・メイとアルメデウス王は厄介だがな。たった二人ではどうもできまい」


 部屋には、シュバールツの醜い笑い声がけたたましく響き渡った。





――俺たちは休む間もなく草原を駆け抜けていた。

 セレイナは浮遊魔法なのか、優雅に飛びながら俺たちと並走している。


 すると、うっすらと山間にそびえる国境の砦が見えてきた。

 俺たちは大地を蹴る足に、より一層の力を込めた。



 国境の向こうでは激しい争いが繰り広げられていた。山間に兵士たちの怒号が響き渡る。

 両軍の前衛は激しくぶつかり、魔族軍の後方にいる魔導部隊からは火魔法などが散弾のように降り注いでいる。

 カッセル国境師団のウィザード部隊も魔力障壁などでそれを防いでいるが、多勢に無勢すぎて、防御に手いっぱいの状態だ。


 兵力が劣勢の国境師団の兵士たちは、じりじりと国境へと後退させられている。


「あと少しだっ!!メイ様とエディアノイ様が到着するまで持ちこたえろーーっ!!!!国境には一匹たりとも通すな!!!!」


 師団長が兵士たちの士気を上げるために剣を掲げ叫んでいる。



 俺たちはようやく戦場へと辿り着いた。エディアノイは師団長の元へ馬で駆け寄る。


「え、エディアノイ様!!お待ちしておりました!!」

「状況を報告せよ」

「はっ!負傷者多数!死者は不明!敵軍の数があまりに多く厳しい状況にあります!」

「良く持ちこたえてくれた、感謝する」

「はっ!我々は国境師団として当然のことをしたまで。もったいないお言葉でございます!」



 一方、メイはまるで撃ち出された大砲のごとく戦場へ飛び出していった。


 ドスンッ!!と、轟音を立てて敵軍の目前に着地をすると、地面が激しくひび割れ、近くにいた敵兵たちが衝撃で吹き飛ばされた。


 メイは「フンッ!!」と鼻から息を吐くと、空間の穴から巨大なハンマーを取り出した。


 この武器は300キロを超える超重量のハンマー「トールマグレイト」。

 500年前の星魔大戦の文献にも載っているレジェンド級の武器で、使い手によっては、そのひと振りは山をも砕くと言われている。


 高い岩場の上にいた女魔族が顔を険しくさせた。翼を持った魔族、いわゆるハーピーと言う奴だ。

 彼女は翼を広げ飛びあがった。


「来たか、アースシェイカー!!」


 



 戦場の隅で立ち尽くしている俺の元へ「凛人さん」と、セレイナがふわりと飛んできた。

「セレイナ、これが戦場なんだね……」


 生と死が入り混じった空間。今ある命が、次の瞬間には刈り取られていくリアル。怒号。悲鳴。

 くすんだマナと魔素が濛々と立ち込める異様な空間に、俺は少し戸惑っていた。


「凛人さん」


 セレイナが俺の顔を覗き込む。


「今この場で、凛人さんが望むことは何ですか?」

「俺は…… 早くこの戦争を終わらせたい。一人でも多く、家族の元に生きて帰したい」

「わかりました」


 セレイナはそう言うと、国境の門の方へ飛んで行った。

 ウィザード部隊の前に降り立つと「私が突破口を開きます。危ないので下がっていてください」と一言声をかけた。


 セレイナが弓を射る構えを取ると、背丈ほどある光の弓が現れ、それと同時に光り輝く矢が現れた


 それは弓を引くほどに輝きを増し、眩い光がセレイナの身体を包んで行った。

 そして、半透明の光翼がセレイナの背に浮かびあがる。


 周りにいたウィザード部隊はその神々しい姿に、無意識に膝をつき祈るように両手を組んだ。

 涙を流してる者さえいる。


 エディアノイも「おお……」とその姿に見惚れていた。


 国境側を向いている敵軍がどよめき始めたことで、メイは「なに!?」と後ろを振り向く。


「あ、あれは……」


 メイは()()の脅威を即座に察知すると、周りにいる兵たちに「横に逸れなさい!!」とけたたましい大声で指示し、その声で兵士たちは左右へと散って行った。


 弓を引き終えた瞬間、周りの音が消え、キーンと耳鳴りのような音が響き渡る。



「メイさん、感謝いたします」



「ルミナンス・アロー」

 


 光の矢は放たれた。

 耳をつんざく様な衝撃音が辺りに響き渡り、眩い閃光と共に、光の矢は光速で敵陣を駆け抜けた。

 その場にいた者たち全員が、セレイナの放った光に飲まれていく。



 ――激しい閃光が徐々に治まり、視力が正常さを取り戻していく。そして、その場にいた全員が目の当たりにした光景に息をのんだ。

 光の矢によって地面は遠方まで大きく抉られ、その線上にいた敵軍兵士が、まるで最初からそこにいなかったかのように消えていた。


「ま、まさかこれほどだなんて……」

 メイはあまりの光景に茫然自失している。



 セレイナの放った矢の一撃は、9000いた敵軍の半数以上を消滅させた。



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