第11話 6人の星骸
「ギルド長、い、今なんと?」
「ん? 俺はSランクにならねーかって言っただけだが?」
「Sなんていきなり無理ですよ!まだ依頼も受けたことないしダンジョンにも入ったことないんですから!」
「お前はSランクをぶっ飛ばしたんだからSで良いじゃねーか。シンプルだろ?冒険者は強いってのも一つの立派な正義だ。腕っぷしと度胸しか能のねー奴らが成り上がれるから、貧民平民が夢を持てる職業なんだ。単純なくらいでいい」
そ、それはごもっともですが…… 無駄に張り切って実力以上に能力を買われてしまって、上司から無茶な期待を寄せられた新入社員の気分だ。プレッシャーが半端ない。そして失敗が続いて落胆されるんだ……
俺は過去の苦い経験を思い出していた。
一方、落胆してお茶をすすっている俺よりも、ルーガスは彼女の方を注視し警戒していた。
――この綺麗な姉ちゃんがカタストロフィ級の存在か?今は何のマナも覇動も感じねぇが……
ルーガスがタバコに火をつけた。
「ま、そういうこった。うちとしても強ぇ奴は囲っておきてーのよ。この国のすぐそこの国境は魔族領と面していてな。ここ5年ほどやたらとちょっかいかけてきやがってるのさ。500年前の星魔大戦以降は文献を見ても大人しくしてたみたいなんだがな」
確かメイさんの家で魔族の話が出てたな。辺境伯は国境の守備を任されてる人だ、メイさんたちは魔族と常に緊迫した状況なのか。恩もあるし何か俺にできることはないだろうか。
「わかりました。その提案、ありがたく受けさせていただきます」
「おーそうか! Sになっときゃお前にもメリットがあるぞ。他の国に入国するときも、リングを見せれば面倒な手続きや足止め無しでほぼ素通りできるからな」
「それはありがたいです!何れ各国を見て回りたかったので」
「よぉし決まりだな!」
そう言うとルーガスは廊下へと出て行った。
「おぉいエレオナ、ネイル。こいつはSランク昇格だ、手続きよろしくな!」
二階から大声ででそれを伝えると、場内はまた騒然となってしまった……
「えええっ!!嘘だろ! 登録初日にSランクって前代未聞じゃねーか!?どんなマジック使ったんだよお前!」
ナイルさんが叫ぶ。俺はもう好きにしてくれと言った感じだ。自分でも頭の整理が追いついていない。
俺は手短に手続きを済ませると、足早にギルドを後にした。ギルド長には都合がいい時に俺の所に来い、絶対に来いよと念を押された。はぁ……忙しい。今日は色々と起こりすぎて精神的にまいった。
日が暮れて夜になっていた。俺たち二人は人通りがまばらになった街を歩いている。
隣には穏やかな笑みを浮かべている彼女がいる。
そう言えば彼女のことをなんて呼べばいいんだろう。これから旅路を共にするのに、あの長い名前では少々しんどい。
――彼女と旅路を共に、か…… なんだか俺は一人で照れていた。
「あ、あのさ」と声をかけると、彼女は「はい」と嬉しそうな顔をした。
「その、なんて呼べばいいのかな。君の名前。セレスティアル……ヴェレイナだっけ」
「名前ですか」
「そ、そのちょっと長いかな~なんて……ハ、ハハ」
「正式には私に名前はありません。セレスティアルヴェレイナ・ウル・アストレイアというのは、この星を守護する光のかけらと言う意味なのです。個体名は持っておりません」
「な、名前がないの?」
「はい」
名前がないってのは可哀想だし、これから呼ぶときにも困る。セレスティアルヴェレイナか。そうだ!
「じゃあ、セレイナなんてどうかな!」
「セレイナ……ですか」
彼女は驚いたような顔をした。気に食わなかったかな……と少し心配になった。
「ど、どうかな。気に食わなかったら別に構わないんだけど」
「凛人様が私に名前を授けてくださるんですか!? ありがとうございます!」
彼女は満面の笑みだった。俺までつられて笑顔になりそうだ。
「私はセレイナ。セレイナとお呼びください!」
「うん、セレイナ。これからよろしくね」
「はい、凛人様」
あと、ずっと思っていた。凛人様っていうのはなんかこう、少しむず痒い。
「あとさ、その、凛人様って言うのはちょっと恥ずかしいから「さん」とかにしてくれないかな。な、なんなら呼び捨てでもいいし!そ、その方がより親密っぽいというか恋人っぽいと……恋人!?い、今のは無しで!ハハハ……」
いきなり何言ってんだ俺は! キモイ!キモすぎるぞ!!
「……それは、凛人様が望まれることですか?」
「うん、そうしてくれると助かる。かな」
「かしこまりました。これからは凛人さんと呼ばせて頂きます」
「その、かしこまりましたとかも変えていこう。もっと砕けた感じで良いよ」
「……わかりました。凛人さんが望むのであればそうさせて頂きます」
街の人たちが男女問わすセレイナを見てくる。俺は人生で初めて男としての優越感を秘かに感じていた。
しばらく歩くと、鍛冶屋らしき看板の店があった。
「ここかな」おれは店に入りすみませんと声をかけた。奥から「あいよ」と返事がすると、厳つい男がカウンターへと出てきた。
「お兄さん、何かお探しかい?」
あれ?見た目とは裏腹に意外と人当たりがいい人だった。
「あの、今俺が着ているこの鎧を買い取ってほしんですが。買い取りとかはやっていますか?」
「やってるよ、それじゃあ脱いで見せてくれるか?」
俺は一式を外して部位ごとに店主に渡した。
「あの、これかなり重いんで気を付けてください」
「ハッハッハ!バカ言っちゃあいけねえよ兄さん、鎧なんざ何百何千も取り扱ってきてるぜ。渡してみな」
兜を手渡すと、店員の顔つきが変わった。
「に、兄さん、これ被ってここまで来たのかい?」
「ええ、まあ」
「こ、こりゃあ30キロはあるじゃねえか!ちょっと待ってろ!」
奥に戻ると、店主は金づちや、なにかスコープのようなものを持ってきて、兜を調べている。
「こ、こりゃあミスリルと……まさかガエラ金属か!兄さんどこでこれを!?」
「知り合いがダンジョンで拾ってきたらしいです。やっぱり珍しいんですか?」
「ガエラ金属ってのはな、500年前の星魔大戦の時の産物で、高濃度の魔素で焼き払われた焦土からのみ採掘される金属だ」
「そ、そんなに貴重なんですか?」
「貴重なんてもんじゃねえ!ねえが、重すぎて武器や防具には適さないってんで、金持ちや貴族が塊のまま加工されたものを家に飾ったりしてることが多いな。防具なんて初めて見たぜ。多少ミスリルを混ぜて軽くはしてるみたいだがなぁ」
「で……買取の方は」
店主は腕を組み、う~んと考え始めた。
「結論は、防具としての価値はほぼねぇ。装備できる奴が限られるからな。ただ……」
「……ただ?」
「俺の鍛冶屋としての魂がこれは手に入れろと騒ぎやがる。だがこの量のガエラ鉱石とミスリルってぇなると、俺の持ち金じゃたりねぇ……そこで兄さんに相談なんだが」
「金貨20枚、200万ディーツで譲ってくれないか!?」
そういえば俺はこの世界の貨幣の価値がわからない。金貨と言うくらいだから高いんだろうけど……
悩んでいると、店主が「そりゃあなぁ……」と話し始めた。
「正直、王都の豪商や貴族なら金貨50枚以上は出すかもしれねぇ品だ。でも今の俺に出せるのはそれが限度なんだよ」
倍以上の値かぁ。確かに魅力的ではあるけど、今の俺達には先立つ金がない。20枚でもここは売っておくべきか!?
「20枚って言っても、王都で働いている学校で学んだレベルの労働者の平均年収が金貨2枚、20万ディーツほどだ!贅沢をしなければ10年は遊べる金額だぞ!どうだ!?」
じゅ、10年!? おれは「売った!!」と即決で商談を成立した。
日本円で換算すると、年収600万と仮定してもざっと6000万くらいの儲けって事だ!これは十分すぎる。でも、王都で売ったら億越えって事か……とんでもない代物だ。これはメイさんに頭が上がらないなと俺は思った。
俺はお金を受け取り、銀貨12枚の12000ディーツで顔を隠せる程度の手ごろな鎧を買い、店を出た。
「これからどうしたらいいのか。なにか目的を見つけないとなぁ」
この世界の知恵のある物たちを滅ぼすっていう与えられた使命はあるんだけど……
俺には荷が重すぎる。それにもう少しこの世界を知りたい。
それにしても俺は破壊神か何かか?……魔族よりひどくないかそれ。
「それでしたら、他の従者を探すというのはどうですか?」
「他の従者??」
「はい、この星から生まれた星骸と呼ばれる者たちは、私の他にあと5人います。そして復活の時を待っています。 一人は……この近くにいるようですが」
「へぇ、セレイナみたいな人たちがあと5人いるって事?」
「はい、そうです」
じゃ、じゃあ次はいったいどんな美女が!? じゃなくて!その人たちも俺を守るためとかそんな感じなのかな。
「従者って事は、やっぱり俺を守る存在なのかな」
「はい。血の契約で封印を解いたものを守り、望む道へと導くのが私たちの役目です。ですが、誰でもいいというわけではありません」
「誰でも良くないの?」
「はい、私たちがこの世界に存在するためには、大量のマナを契約者である主人から吸い続けることになります。普通の人間が契約者となった場合、一人でも数日で命を落とすことになります」
「えっ!それじゃあ今この時も、俺はセレイナにマナ?を吸われてるってことか」
「そうです。凛人さんは女神ストレイアによって星の契約者となり、大地から無限にマナや魔素を供給されています。ですので残り5人との契約も大丈夫だと思います」
そうなのか、そのおかげでセレイナはこうして隣にいてくれる。なんだかこの世界に来れたことを初めて少しうれしいと思った。
少し座ろうかとセレイナに伝え、俺たちは広場の噴水の前にあるベンチに座った。
それにしても、辛いことの連続だった。死も何回も経験した。
見上げた星空には、俺の知らない星の配列が並んでいる。違う世界なんだなと改めて実感した。
みんなはどうしてるだろうか。近所のスーパーのおばちゃんは。いつもアパートの前を犬の散歩で通るおじいさんは。会社のみんなは……
俺は涙腺がゆるんだ。
「凛人さん、泣いているんですか?」
セレイナが心配そうに声をかけてきた。
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
「……私が凛人さんを守ります。この命に代えても。凛人さんに吹き込んで頂いた命を、あなたのためだけに使います。」
「セレイナ……」
「だから、悲しい時は我慢しないでください。私がそばにいます」
その言葉と優しく儚げな表情に、俺は堰き止めていた感情が一気に溢れだした。
俺は泣きじゃくった。40の大人がみっともないけど、ここにきて味わった辛さ、苦しさ、痛み、孤独、重圧。
すべて涙で吐き出すように泣いた。
セレイナは、泣きじゃくる俺の頭に頬を寄せ、俺が泣き止むまで優しく包み込んでくれていた。




