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学校で成績優秀生の完璧超人の義妹が俺に隠れて、VTuberとしてネトゲ配信してたんだが  作者: 沢田美


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8/15

距離感

「京極くん、ずっと妹さん見てるね」


 不知火の声に、俺ははっとした。


「……少し気になって。ずっとじゃないけど」


「そう?」


 不知火は少し不思議そうな顔をしている。その表情には、何か含みがあるような気がした。


「なあ、健星」


 優作が口を開いた。


「挨拶しに行かなくていいのか? 妹さん、こっち見てたぞ。というか、めっちゃ見てた」


「なんでそんな兵士みたいな対応しなきゃいけねえんだよ」


「兵士って……お前な」


 優作が笑いながらカレーをかき込む。


 俺はパスタに視線を落として、フォークを動かした。でも、頭の片隅では涼香のことを考えている。


 なんで、あいつはここに来たんだ?


 本当に偶然なのか?


 それとも――。


「奇遇ですね、兄さん」


 その瞬間、耳元で柔らかな声が聞こえた。


 咄嗟に顔を上げると――涼香が、俺たちのテーブルの横に立っていた。


 背筋を伸ばして。両手を前で重ねて。まるで、優等生の見本のような佇まいで。でも、その視線は――明らかに俺と不知火の距離を測っている。


「っ……!?」


 思わず声が出そうになるのを、必死で堪える。


「そ、そうだな……奇遇だな」


 ぎこちない返事をする俺。


 涼香は涼しい顔で、不知火と優作に視線を向けた。


「不知火さん、桐原さん、でしたよね」


 その声は、学校で聞く完璧な優等生のそれだった。


「いつも兄がお世話になっています」


 そして、丁寧に頭を下げる。


 なんだよ、その口調……!


 家じゃ絶対そんな態度しねえだろ!


 昨日なんて、泣きながら俺の腕を掴んで『お兄ちゃんが必要なの!』とか言ってたくせに!


 心の中でツッコミを入れながら、俺は黙ってパスタを食べ続ける。


「いやいや、お世話になってるのはこっちですよ!」


 優作が目をキラキラさせながら言った。


「それにしても、健星は本当にいいよな! こんなに可愛い妹さんがいて!」


「……またその話かよ」


 俺が少し鬱陶しそうに言うと、涼香はふわりと微笑んだ。


「ありがとうございます、桐原さん」


 そして、視線を不知火に向ける。


「ところで、不知火さんは……兄とは、どういうご関係なんですか?」


 その声には、何か探るようなニュアンスがあった。優雅な笑顔の裏に、明確な敵意のようなものが滲んでいる。


「えっと……」


 不知火が少し困ったように笑う。


「私は京極くんの……なんだろうね?」


 そう言って、不知火は俺の方を見た。


「なんで俺の方に視線向けて聞くんだよ……幼馴染だろ。昔からの」


 俺が渋々答えると、不知火はわざとらしく「そうだったね〜」と穏やかに言った。


「幼馴染……」


 涼香が、その言葉を繰り返す。


 その表情は、笑顔のまま。でも、目だけは――少しだけ、冷たくなった。いや、確実に冷たくなった。優雅な笑顔の下で、嫉妬の炎が燃えている。


「そうなんですね。兄さんと不知火さんは、そんなに……深い関係なんですね」


 最後の「深い」という言葉に、明らかに棘がある。


「お、おい、涼香……」


「なんでもありません」


 涼香は優雅に髪を払った。でも、その仕草は少し乱暴だった。


「それでは、私はこれで失礼します。兄さん、また家で。ゆっくりと、二人きりで、お話ししましょうね」


 最後の言葉は、不知火に向けられたものだった。


 そう言い残して、涼香は自分の席に戻っていった。


 その背中を、俺は呆然と見送る。


「……なんだ、今の」


 優作が小声で言った。


「涼香さん、なんか……めっちゃ怒ってなかった? というか、不知火のこと睨んでた気が……」


「気のせいだろ」


 俺は誤魔化すように言った。


 でも、心の中では分かっていた。


 涼香は、明らかに不機嫌だった。


 不知火のことを『幼馴染』と聞いた瞬間、表情が変わった。


 そして、不知火のことを――完全にライバル視していた。


 ……まさか、な。


「京極くん」


 不知火が小さく笑った。


「妹さん、すごく焼きもち焼いてたみたいだね」


「焼きもち? 何の?」


「さあ、何のでしょうね」


 不知火は意味深に微笑んで、エビグラタンを一口食べた。でも、その笑顔は少しだけ――寂しそうだった。


 ※ ※ ※


 ファミレスを出て、俺たちは帰路についた。


 優作とは駅で別れた。「また明日な!」と元気に手を振る優作を見送って、俺と不知火は並んで歩き始めた。


 夕暮れ時の住宅街。


 オレンジ色の光が、二人の影を長く伸ばしている。


 傍から見れば、俺たちはカップルに見えるかもしれない。


 不知火は校内で隠れファンクラブがあるくらいには可愛い。おっとりとした雰囲気と、時折見せる大人びた表情。才色兼備という言葉が、これほど似合う女子もいないだろう。


 そんな不知火と、二人きりで歩いている。


 普段なら、何も気にならない光景だ。


 でも、今日は――少しだけ、意識してしまう。


 さっきの涼香の表情が、頭に残っているせいだ。あの冷たい目。あの嫉妬に満ちた表情。


「……」


 沈黙が流れる。


 いつもなら、不知火が何か話しかけてくれるのに、今日は何も言わない。


 ただ、静かに隣を歩いている。


 時々、不知火の髪が風になびいて、俺の肩に触れそうになる。


 ……なんだ、この空気。


「ねえ、京極くん」


 ようやく、不知火が口を開いた。


「なんだ?」


「京極くんは……私と妹さん、どっちが大切なの?」


 その質問に、俺の思考が完全に停止した。


「……は?」


 思わず立ち止まる。


 不知火も立ち止まって、真っ直ぐに俺を見ていた。


 その表情は――いつもの穏やかな笑顔ではなく、少しだけ真剣だった。


「だから……」


 不知火が続ける。


「私と涼香さん、京極くんにとって、どっちが大切なのかなって」


「いや、なんでそんな質問……」


 俺は混乱する。


 どっちが大切、って。


 そんなの、比べられるわけないだろ。


 不知火は幼馴染で、昔からずっと一緒にいた。保育園の頃から、ずっと傍にいてくれた存在。


 涼香は義妹で、家族だ。血は繋がっていないけれど、一緒に暮らしている大切な妹。そして――俺のことを、家族以上の想いで見てくれている。


 比べるなんて、できるわけがない。


「……俺は、無闇に人間関係に序列はつけないぞ」


 そう答えると、不知火は少しだけ――寂しそうに笑った。


「そうだよね」


 その笑顔が、妙に胸に刺さった。


「不知火……?」


「ううん、何でもない」


 不知火は首を横に振った。


「ちょっと気になっただけ。ごめんね、変なこと聞いちゃって」


「いや、別に変じゃ……」


「じゃあ、私こっちだから」


 不知火は、自分の家の方を指差した。


「また明日ね、京極くん」


「あ、ああ……」


 不知火は小さく手を振って、歩き出した。


 その後ろ姿を、俺はしばらく見送った。


 ……なんだったんだ、今の。


 不知火の質問。


 あの、少しだけ寂しそうな笑顔。


 意味が、分からない。


 俺は一人、家に向かって歩き出した。


 夕日が、さらに傾いている。


 影が、長く長く伸びていく。


 頭の中では、涼香の顔と、不知火の顔が交互に浮かんでは消える。


 ……ダメだ。考えすぎだ。


 俺は頭を振って、歩みを早めた。


 ※ ※ ※

 

 家に着くと、玄関の明かりがついていた。


 誰かいるのか。


 ドアを開けると――涼香が、玄関で靴を履いていた。


「……あ」


 目が合う。


 涼香は少し驚いた顔をして、それからすぐに視線を逸らした。


「お帰りなさい、お兄ちゃん」


 その声は、家の中だけで聞ける、素の涼香の声。でも、いつもより冷たい。


「……ただいま。どこか行くのか?」


「ちょっと、コンビニ」


 涼香はそっけなく答えた。


 いつもの冷たい態度。さっきのファミレスでの優雅な優等生ぶりとは、全然違う。


「……そうか」


「じゃあ、行ってくる」


 涼香はそう言って、ドアに手をかけた。


 でも――その手が、少しだけ震えているような気がした。


「涼香」


 俺は思わず声をかけた。


「……なに?」


「さっき、ファミレスで――」


「何でもない」


 涼香は即座に遮った。


「私、何も思ってないから。お兄ちゃんが誰と仲良くしようと、幼馴染とどれだけ親しくしようと、私には関係ないし」


 その言葉には、明らかに棘があった。


「……そうか」


「じゃあね」


 涼香はドアを開けて、外に出ようとした。


 でも――。


「……っ」


 涼香の足が、止まった。


「涼香?」


「……お兄ちゃん」


 涼香が、小さく呟いた。


「私、今日……配信、しない」


「え?」


「だから、裏方とか、いらないから。お兄ちゃんは、好きにしてて」


 その声は、震えていた。


「おい、涼香――」


 バタン。


 涼香はドアを閉めて、外に出て行った。


 俺は玄関で、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 ……何も思ってない、か。


 嘘だろ。


 涼香は、明らかに何か思っていた。


 不知火のことを聞いた時、確かに表情が変わった。


 そして今――明らかに拗ねている。嫉妬している。


 俺は靴を脱いで、二階に上がった。


 自分の部屋に入って、ベッドに倒れ込む。


 天井を見つめながら、今日一日のことを思い返す。


 テスト。


 ファミレス。


 涼香との遭遇。


 不知火の質問。


 全部、妙にモヤモヤする出来事ばかりだ。


 スマホを取り出して、時計を見る。


 まだ夕方の六時だ。


 涼香は、今日配信しないと言った。


 でも――本当にそれでいいのか?


 涼香は、配信が好きだ。視聴者と繋がることが好きだ。


 いや、違う。


 涼香が本当に好きなのは――俺と繋がることだ。


 配信は、そのための手段だった。


 『さすまた』としてなら、俺に甘えられる。俺への想いを、堂々と口にできる。


 それなのに、今日は配信をしない。


 なぜなら――俺が不知火と一緒にいるところを見たから。


 ……バカかよ、俺。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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