妹の正体と本音
この世界には、VTuberというものが存在する。
世界中のどこからでも、アプリを通して好きなVTuberのゲーム実況が見れたり、雑談を覗ける。バーチャルなアバターを纏った彼らは、リアルの姿を隠しながらも、視聴者と深い絆を築いていく。
世界がそんなVTuberに熱狂する中、俺もその一人だった。
俺が好きなVTuberである『さすまた』――そのVTuberは彗星のごとく現れ、わずか一年でVTuber界の頂点に立った。
ピンク色のツインテールと猫耳ヘッドセットが特徴的なキャラクターデザイン。そして何より、そのリアクションの良さとゲームスキルの高さ、さらに時折見せる「お兄ちゃん」への偏愛的な発言で、リスナーの間では「重度のブラコンVTuber」として有名だった。
俺もそのVTuberが好きで、スーパーチャットを頻繁に送るぐらい沼にハマっていた。配信中に流れる「お兄ちゃんならこうする」「お兄ちゃんと一緒にプレイしたい」という台詞も、キャラ作りの一環だと思っていた。
「お前が……あの、さすまたなのか?」
動揺する俺は震える声で、涼香に問いかけた。
すると、涼香は悪びれる様子もなく、ただ淡々とした表情で答えた。でも、その頬は真っ赤に染まっていた。
「そうだけど、何か文句でもあるの? お兄ちゃん」
最後の「お兄ちゃん」という呼び方が、いつもより柔らかい。まるで配信中の『さすまた』の声色だ。
こいつ、こんな時にもその態度かよ。
言葉にできない感情が渦巻く。自分の身内――しかも義妹が、俺の好きなVTuberだった。その事実に、頭が追いつかない。
「なんで俺に黙ってたんだ」
「……」
「答えろよ」
心の真ん中にぽっかりと穴が開いた気分だった。
「早く出ていって。配信、再開しなきゃいけないから。お兄ちゃんだって、『さすまた』の配信待ってるでしょ?」
涼香の声は冷たかった。いや、冷たいふりをしているだけだ。その目は潤んでいる。
「……ご飯できたから。冷める前に食えよ」
「あっそ。お兄ちゃんがわざわざ教えに来てくれるなんて、珍しいね」
最後の言葉に、わずかな嬉しさが滲んでいた。
俺は涼香から逃げるように、妹の部屋を後にした。
京極涼香――成績優秀、容姿端麗。周りからは俺と似ても似つかないと言われている。
それもそのはずだ。俺こと京極健星と、京極涼香は血の繋がりのない家族なのだから。
※
俺が5歳の頃、俺の母親は病死した。
それから父さんが男手一つで俺を育ててくれた。
そして、俺が中学二年生になる頃、父さんは再婚した。
相手は昔からの友人で、若くして夫を亡くしていたらしい。
お互いに支え合いながら、二人は新しい家族を作ろうとした。
そんな父さんと義母さんの関係は良好だ。
相手側にも子供がいて、その子は俺と同い年。その子こそが――涼香だった。
「これから家族になるんだ。二人とも仲良くするんだぞ」
あの日、父さんはそう言った。
当時の涼香は恥ずかしがり屋で、最初はほとんど喋らなかった。
でも、俺が格闘ゲームをしていると、涼香はキラキラした目でそれを見ていた。
「……やってみるか?」
「いいの? お兄ちゃん」
初めて「お兄ちゃん」と呼ばれた日だった。
「いいよ。ゲームは二人のほうが楽しいからな」
「――ありがとう、お兄ちゃん!」
そんな出来事がきっかけで、俺と涼香は仲良くなれた。そんな気がしていた。
あの頃の涼香は、いつも俺にくっついて回っていた。「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と無邪気に笑いながら。
※
でも、俺達が高校受験に入ったタイミングで、一緒にゲームをすることが減ったんだっけ。
それから「ゲームつまんない」と言われて以来、俺と涼香の間には見えない壁ができた。
いや、正確には――涼香が一方的に壁を作った。
「もう子供じゃないから」「お兄ちゃんと一緒にゲームとか、恥ずかしい」
そう言って、涼香は俺から離れていった。
でも、時々見せる寂しそうな表情は、何を意味していたのだろう。
「あら、涼香は?」
リビングに降りると、母さんが尋ねてきた。
俺は涼香がVTuberとして配信していることを伝えようとしたが、おそらく両親も知っているだろうと思い、言うのをやめた。
「配信中だったから、後で来るって」
「あらそう……まあいいわ。あの子、お兄ちゃんの配信見ながら幸せそうに笑ってるのよね」
「は?」
「何でもないわ。勝手に起きて食べるでしょ」
母さんの言葉の意味が分からなかった。
俺はこれから、どんな思いであの配信を見ればいいのだろうか。画面の中で笑うあのアバターの向こうに、涼香の顔が重なって見える。
そして、『さすまた』が配信中に言っていた「お兄ちゃん」は――全部、俺のことだったのか?
そんな悩みが脳裏を巡る中、箸を動かす。料理の味なんて、まるで分からなかった。
「あら、起きたのね」
リビングのドアから涼香が現れた。
俺は少し動揺した。
さっきのこともあったのに、涼香は平然としている。まるで何事もなかったかのように。でも、その視線は何度も俺の方に向けられている。
そのあと、俺は早めにご飯を食べ終えて、その場から逃げるように自室に戻った。
※
「……」
私、嫌われたのかな。
お兄ちゃんが好き好んで私の――いや、『さすまた』の配信を見ていることは知っていた。
私はお兄ちゃんが好きだ。
家族として、じゃない。一人の男の人として……。でも、それはこの家族関係を壊しかねない。きっと、許されない感情なんだ。
だから私は、VTuberになった。
『さすまた』としてなら、お兄ちゃんへの想いを隠さずに話せる。「お兄ちゃんと一緒にゲームしたい」「お兄ちゃんならどうするかな」――そんな言葉を、堂々と口にできる。
リスナーには「キャラ作り」だと思われてる。でも、全部本心だ。全部、お兄ちゃんのことを考えながら話してる。
お兄ちゃんの部屋にカメラを仕掛けたのは、半年前。
お兄ちゃんが私の配信を見ている時の表情が知りたくて。お兄ちゃんの笑顔が見たくて。
配信しながら、もう一つのモニターでお兄ちゃんの様子を見る。それが私の、一番幸せな時間だった。
いつから私は、お兄ちゃんにあんな態度をとるようになったんだろう。
高校に入って、お兄ちゃんの周りに女の子が増えた。クラスの女子が、お兄ちゃんと楽しそうに話してる。
それが、怖かった。嫉妬した。
だから私は、距離を取ることにした。お兄ちゃんを好きになりすぎる前に。お兄ちゃんに嫌われて、諦められるように。
でも、無理だった。
お兄ちゃんのことが好きすぎて、『さすまた』になってまで、お兄ちゃんと繋がろうとしてる自分がいる。
「はあ……」
思わずため息が漏れ出た。
この感情を、どうするべきだろうか。
お兄ちゃんが私の配信を見て、笑っている姿が好きだ。楽しそうに画面を見つめている横顔が好きだ。スーパーチャットを投げてくれる時の、少し照れた表情が好きだ。
あのアバターを通してなら、お兄ちゃんと素直に話せる。笑い合える。それが、私にとってかけがえのない時間だった。
でも――バレてしまった。
お兄ちゃんは、私のこと、どう思っているんだろう。気持ち悪いと思ったかな。部屋にカメラがあったこと、怒ってるかな。
お母さんが作った料理に箸をつける。
黙々と食べ続ける私に、母さんが視線を向けてきた。
「あんた、まだお兄ちゃんにVTuberやってること言ってないの?」
「今さっき言ったよ。いや、バレた。部屋に入ってこられて」
「バレた、って……涼香、あなた少しくらいお兄ちゃんに優しくしたら? お母さんから見ても、あなたがお兄ちゃんのこと好きなの、バレバレよ」
「……うるさい。私だって優しくしたいよ! でも、お兄ちゃんを前にするとつい、好きすぎて、どうしていいか分からなくなるんだもん」
好きだからこそ、距離を取ってしまう。近づきたいのに、遠ざけてしまう。
でも、『さすまた』としてなら――お兄ちゃんに甘えられる。お兄ちゃんへの想いを、全部吐き出せる。
「貴方ねえ。仮にも兄妹なんだから、もっと素直になりなさいよ? 配信でお兄ちゃんお兄ちゃん言ってるくせに」
「分かってるよ、そんなこと……」
分かってる。でも、どうすればいいか分からない。
今日だって、お兄ちゃんが部屋に来てくれた時、本当は嬉しかった。心配して来てくれたんだって、分かってた。
でも、素直に「ありがとう」って言えなかった。
※
自室に戻った俺は、ただひたすらにぼーっとしていた。
天井にあるシミの数を数えるほど、無力感に満ちていた。
涼香が『さすまた』……。俺は妹にドヤ顔で、妹がやっている配信を馬鹿正直に絶賛していたのか……。
しかも、涼香の部屋には俺の写真が壁一面に貼られていた。配信中に何度も聞いた「お兄ちゃん」という言葉は、全部俺のことだった。
あれは、キャラ作りじゃない。本心だったのか?
「バカかよ、俺」
そんな言葉が漏れた。
次から、あいつにどう接すれば……。
そんな悩みに苛まれながら、『さすまた』の配信ページを開く。
配信画面はいまだに『お兄ちゃんとの緊急ミーティング中♡少々お待ちください』となっている。あの可愛らしいアバターも、静止したまま。涼香は、まだ配信を再開していないようだ。
コメント欄が流れている。
『お兄ちゃん登場!?』
『ついにブラコン暴露の時が来たか』
『さすまたさんのお兄ちゃん、どんな人なんだろ』
『リアルお兄ちゃんとコラボ配信希望!』
リスナーたちは、まさか『さすまた』の正体が俺の義妹だとは知らない。
「気分転換に別のVTuberでも見るか」
俺は他のVTuberを探してみるが、どれもパッとしない。心に響かない。
どうしたものか……。
結局、俺が好きなのは『さすまた』で――その『さすまた』は、涼香だった。
無気力に支配されていた時、自分の部屋がノックされた。
母さんだろう。
俺はため息をつきながら、部屋の扉を開けた――。
そこにいたのは、母さんではなく涼香だった。
ピンクのパーカー姿の涼香が、俯きがちにそこに立っている。その手には、さっき配信で使っていたヘッドセットが握られていた。
「ちょっと……話したいことがあるんだけど。お兄ちゃん」
その声は、いつもより少しだけ小さかった。
でも、「お兄ちゃん」という呼び方は――昔のように、優しかった。
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