兄妹の本心
俺には妹がいる。それは義妹でありながらもちゃんと家族として俺は見ている。家族それ以上でそれ以下でもない。もちろん、恋心を抱いたことも何もなかった。
でも、今俺の目の前にいる涼香はただ俺を見つめていた。配信を続けながら、画面越しに――いや、直接俺に語りかけているような目で。涼香の言うことが本当なら1人の男として俺を見ているのだろう。
配信が終わった。
涼香はマイクを外して、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、俺の方を向いた。
その目には、涙が溜まっていた。
「なぁ涼香、お前俺のこと……」
「うん、好き。本当に好きなの、お兄ちゃん」
涼香のその言葉に俺は息を呑む。好き――か、前までは俺に対して冷たくて俺を罵っていた義妹が本当は俺のことが好き。
部屋にカメラをつけて、配信中に何度も「お兄ちゃん」と呟いて、壁一面に俺の写真を貼って――全部、好きだから。
涼香の表情は真剣そのもの。頬を伝う涙に俺の心は微かに動きつつあった。
――でも。
「その、なんだ、お前と俺は兄妹だ。恋人になれるなんて――」
「なれるよ! お兄ちゃんも知ってると思うけど! 血の繋がってない兄妹は付き合えたり、結婚もできる!」
涼香が一歩、近づく。
「……」
「私はお兄ちゃんが好きなの! この恋は嘘なんかじゃない! 私の本心なの! ずっと、ずっと前から!」
涼香の表情から伝わってくる必死さ。俺は思わず言葉を失った。確かに涼香の言っていることは正しい、俺たちは兄妹だがそれは所詮義妹と義兄。法律的にも、倫理的にも、問題はない。
でも俺は涼香を妹として見てきた。妹として遊び、妹として接してきた。だから、俺には涼香を一人の女性として見ることができるのか不安だ。
いや――本当にそうか?
昨日、涼香が配信してる姿を見た時。
今日、ファミレスで涼香が嫉妬していた時。
さっき、配信で涙ながらに想いを語っていた時。
俺の心は、確かに動いていた。
俺は言葉を探した。
だけど喉が張り付いたように声が出ない。
目の前にいる涼香は、もう"妹"としての表情じゃなかった。
俺を慕う、一人の女の子の顔だった。
「お兄ちゃんは……私を女の子として見れないの? ずっと、妹としてしか見れないの?」
「いや、それは……」
見れないわけじゃない。
むしろ今の涼香は、ひどく綺麗だと思った。
涙で潤んだ目。震える声。
ずっと隠してきた気持ちを曝け出した覚悟。
優等生の仮面を完全に脱いで、素の自分を晒す勇気。
だけど――
「俺たちは家族だぞ。俺は、お前を……守ってきた側で……」
「そんなの関係ない!」
涼香が、一歩近づいた。
息が触れそうな距離。
「私は……お兄ちゃんが兄だから好きになったんじゃない。私の世界で一番優しくて、一番真っ直ぐで、誰よりも私を見てくれる人だったから――好きになったの」
「涼香……」
「兄だからとか、家族だからとか……そんな理由じゃないの。私がお兄ちゃんを好きになったのは、お兄ちゃんが京極健星だったから。"私自身"の気持ちなの」
心臓が痛い。
逃げ場がないくらい、真正面からぶつけられた。
「……でも俺は、お前をずっと妹だと思ってて」
「妹だと思ってたら、こんなに迷わないよ」
「――ッ」
「お兄ちゃん、今……迷ってるでしょ?」
涼香が俺の胸にそっと手を置く。
その手は、微かに震えていた。でも、その目は真っ直ぐに俺を見ている。
「迷ってるってことは……少しでも私のこと、女の子として見てるってことでしょ? 妹じゃなくて、京極涼香として」
「……っ!」
図星を刺されて、言葉に詰まる。
俺は涼香を"完全に拒絶"できていない。
その自覚は……今、はっきりしてしまった。
涼香が配信で泣きながら想いを語っていた時、俺の心は動いた。
不知火のことを考えても、涼香のことが頭から離れなかった。
今、この瞬間も――涼香の涙を拭いてやりたいと思っている。
「お兄ちゃん、私……今日だけでいい。私を、妹じゃなくて……一人の女として見てほしいの」
涼香は涙を拭って、小さく微笑んだ。
「それでダメだったら……ちゃんと諦める。元の、冷たい妹に戻る。だから……逃げないでほしい。お兄ちゃんの本当の気持ちを、教えてほしい」
その瞬間、胸の奥にある何かが大きく揺れた。
――逃げられない。
逃げたくもない。
でも、答えを出すのが怖い。
俺が涼香を選んだら、何が変わる?
俺が涼香を拒絶したら、何を失う?
不知火のことは?
家族のことは?
周りの目は?
色んなことが頭を巡る。
でも――。
涼香の涙を見て、俺は一つだけ確信した。
この妹を、これ以上泣かせたくない。
「涼香……俺は……」
俺の言葉を待つ涼香の目が、希望と不安で揺れている。
壁一面に貼られた俺の写真。
配信機材の数々。
『さすまた』として、俺と繋がろうとした涼香の努力。
全部、俺への想いから生まれたもの。
「俺は……お前のこと、妹だと思ってた。今でもそう思ってる部分はある」
涼香の表情が、少しだけ曇る。
「でも――」
俺は、涼香の頭にそっと手を置いた。
「お前が配信で泣いてるのを見て、俺は放っておけなかった。お前が不知火に嫉妬してるのを見て、なんだか嬉しかった。お前が俺のことを『好き』って言ってくれて……少しだけ、心が動いた」
「お兄ちゃん……」
「だから……時間をくれ。俺にも、お前のこと考える時間を。お前を女の子として見られるか、ちゃんと考えさせてくれ」
涼香の目から、また涙が溢れた。
でも、今度は――少しだけ、笑顔が混じっていた。
「うん……ありがとう、お兄ちゃん。逃げないでくれて」
涼香は、俺の胸に顔を埋めた。
その小さな体が、震えている。
「お兄ちゃん、大好き……」
小さな声が、俺の胸に響く。
俺は、涼香の頭を撫でながら――自分の心と向き合う覚悟を決めた。
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