還付便
駅前のポストに封書を投函した。それは読まれることは無かった、次の週、私の元にそのまま戻って来たからだ。宛先の住所に受取人は住んでいいないとの事である。
手紙は図書館で書いた。広い机で書きたかった。ファミリーレストランで書こうとも思ったが、金がかかる。図書館なら無料で済む。
図書館は老人が何人かいた。杖を持っている者、白髪の者、受付で何か喚いている者。適当な本を一冊手に取る。「イカの知能」。本を読むフリをするために。席に着いてパラパラ捲ってみる。思いのほか面白く10ページほど読んでしまった。「長時間の利用はご遠慮ください」目の前に張り紙がある。サッサと書いてしまおう。
中ほどまで来て書き損じてしまった。一枚目は丁寧に書いていたが、二枚目はどうしても雑になる。書き上げるのを優先しなければならない。書き終わった。全体的に今一つの仕上がりだが、丁寧な字を書くのが手紙の目的ではない、相手に意思を伝えるのが手紙本来の役割である。手紙を封筒に入れた。間違えて横から入れる封筒を買ってしまった。どうもうまくいかない。ともかく、ポストに投函しよう。
封書を投函した後、電車に乗った。午後の電車の中は静まり返っていた。迎えの席の女の子がやけに背が高い。私と同じかそれ以上。それでいて十代の顔をしていた。私は彼女とのロマンスを想像した。彼女のような娘がいてもおかしくないというのに。彼女がスマートフォンに夢中なのをいいことにじっくり彼女を観察した。彼女だけでなく、ほかの乗客もスマートフォンに夢中だ。しばらくして私もスマートフォンに目を落とした。電車は二駅進んだ。
電車を降りる。不必要なほど広い駅舎には誰もいない。ガランとしている。私の知らないうちに皆どこかへ行ってしまった、そんな気分だ。都会の駅のように人混みに放り込まれたとしても、独りなのは変わらないが。
駅前はすっかり変わっていた。小さなビルが建ち、道路が拡張され、新築住宅が至る所にある。私はこの街で永いあいだ働いていた。十年ほど。再び電車に乗る。降りる駅を間違えた、十年の習慣がそうさせたのだ。
十駅先の市街地へ向かった。市街地の駅前の、ビルとビルの間に落ちる夕日を観に。それは思い出の景色。元・恋人と毎年観に行っていた景色。元・恋人は私から去っていったが、毎年のこの習慣だけは遺ったわけだ。
市街地の駅はヒトでごった返していた。新幹線乗り場は聞きなれない方言、外国語で溢れていた。私は駅舎を歩き回り、良さそうなレストランを探した。一階から二階へ、二階から三階へ、三階から二階へ。階段は空いていて良い。大方のヒトはエスカレーターやエレベーターを使っている。何だか、何かから逃げ回っているみたいだ。私を追い回しているのは誰なのか、心当たりは全くない。追い回される夢はよく見る。足元がフワフワしてうまく走れない、ウサギみたいに飛び跳ねている感覚。目が覚めても緊張はとけない、何秒か後にようやく夢だと悟る。もう飛び跳ねる必要はないのだと。
同じルートを何度も巡りようやく今日のディナーを決めた。さあ、夕日を観に行こう。
手紙は元・恋人に宛てて出したものである。私の元を去って十年経った。十年間、私から連絡することは無かったし、もちろん彼女から来る事もなかった。私は今でも彼女を愛している。彼女を不安にさせることはしたくなかったのだ。
十年経てば気持ちの整理もついたろう。そう思って手紙を出した。よりを戻せるとは思ってない。ただ友人が欲しかっただけだ。たまには一緒に食事に行かないか、そういう旨の手紙を書いたわけだ。
夕日は、観れなかった。曇天だ。彼女ならこう言うだろう「仕方ないね、美味しいものでも食べよう」。
独りでレストランに入った。料理はあまり美味しくない。酒の量だけが増えていく。ふと、彼女に電話しようと思い立った。酒の力もあった。十年ぶりの電話。この電話番号は現在使われておりません、電話口で自動音声が言った。
そのための手紙である!さっき投函したばかりだ。手にしていた杯を呷る。私は今でも彼女を愛しているのだ。
そして次の週、手紙は差出人に戻って来た。電話はつながらない。引っ越し先はわからない。彼女とのつながりは完全に断たれた。
遺されたのは習慣だけである。来年は夕日を観れれば良いのだが。




