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許せる気がした。本当に少しだけ。

作者: 小雨川蛙

 

 私は父が嫌いだった。


『いいか。弱そうな人間がいたら虐めろ。やったもん勝ちだ』


 こんなことを言う父が大嫌いだった。


『いいんだよ。弱い奴は虐めて。そう言うもんなんだから』


 今でも思い出す。

 父の言葉を。

 大嫌いな父を。


『父さんはな。いじめられっ子だったんだ』


 二十歳を前に絶縁を宣言した時、父は語った。


『物を壊された。皆に殴られた。馬鹿にされながら服を奪われ裸にされた』


 父の表情は重い。

 目の端に浮かんだ色が未だに記憶から抜け落ちない。


『いつも死んでやるって思いながら生きていた。早く死にたいって思いながら生きていた。人生が上向いても、この記憶が抜け落ちることはなかった。幸せになっても。お母さんと結婚しても、お前が生まれても』


 私からの絶縁を父は素直に受け入れた。

 受け入れてくれた。


『だから、父さんは思ったんだ。お前には自分のようになってほしくない。絶対に。だから――』


 父の言葉が蘇る。


『虐められるくらいなら、虐める子供に育ってほしいって思ったんだ』



 ***



 腕の中で眠る我が子を見つめる。

 私の大切な子供。


 何でもしてあげる。

 この子のためだったら。

 何を差し出してもいい。

 この子の幸せのためなら。


 そんな子供が虐められる。

 親が与えたものを壊される。


 悲しくて泣いたら笑われる。

 悔しくて泣いても笑われる。

 親の方へ逃げれば笑われる。

 苦しくて死んでもきっと。


 …。

 ……。

 ………父さん。

 今なら、少しだけ父さんの気持ちわかるよ。

 きっと、理解しちゃいけないのに。


 虐められるくらいなら、いっそ――。




 私は大切な宝物を愛おしく抱きしめながら願いを込めて呟く。


「強く育って」


 それが終わった後、ようやく本心を込める。


「誰よりも優しくなって」


 親の心を知る由もなく、我が子は穏やかに眠り続けるばかり。

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