リア プロローグ
小さいころからの憧れがあった。私の大好きなお姉ちゃん。お姉ちゃんに憧れて、お姉ちゃんのまねばかりしていた私は、何時しか憧れが、恋にかわっていった。
あの日。昼に遊びに行った時。久しぶりに、役目から帰ってきたお姉ちゃんに、会いに行くため、里をかけていったことを覚えてる。その時の光景を、私は忘れることはなかった。
久しぶりに入る、お姉さんの家。そこで、人間の男の姿を見た事は衝撃的だった。
伝えられた。私の大好きなお姉ちゃんは「リア。お姉ちゃん達ね、結婚するの」あの日の言葉は、今でも思い出せる。人に、男に、恋に落ちたばかりに、人里へと連れていかれた、お姉ちゃん。
思い出せるのは、その日の幸せそうな、声と顔ばかり。私は、私の大好きな家族を奪ったあの男を許さないと、死んでも、尚、恨んでいた。
失ってから、私は、お姉ちゃんに代わった。忘れはしない、自分に誓ったあの日を、ああならないように、自分に言い聞かせて仮面をかぶるように、変わっていく日々を。心のどこかを蓋をするように、何時しか私は、人間が嫌いになっていた。
――――――「お姉ちゃん」お母様の私を呼ぶ声が、こんなに嫌なことは、これ以上無かった。
幼い時から、姉の姿をまねしていくうちに、何時しか、道具の扱いに慣れていた私がいた。その腕は、家族との狩りに加われるようにまで成長し、私は今日、お母様に狩りの報告をするために向かっていた。
それは夕暮れ時。珍しく、母様の大樹へ一人で向かっていた。本当に、珍しい。一人でのお母様に会えることはとてもうれしかった。私の甘えれる、たった一人の存在。
何の話をしていただけるのか?それとも何を話そうか?どんな話が出ても私は、内心ワクワクして喜んでいた。普段どおり、入り口に待ち構える、兄弟姉妹のじゃれつきをかいくぐり、急いで私はお母様のいる大樹へ入っていく。
お母様の声が聞こえた「リア。狩りお疲れ様」迎えてくれる声を聴いて、ドキドキしながら会話を始める。お母様がいつものように座っている場所へと歩むよるように、急ぎ足で近づいていく。
私は、お母様に、ただ甘えるようにしがみついた。久しぶりに甘えれる事がうれしくて、つい強くしがみついていた。
顔を見た時とてもうれしそうだった。でも変、こんなに嬉しそうなのは何故?
「あらあら、甘えん坊ね。今日はどうだったのかしら?」
「へへへ。私はお兄様お姉さまに狩りの数で勝ちました」
「偉いわね」
不安が胸にこみあげる。優しいお母様。皆より良く褒めてくれて、私はとても有頂天になっていた。そんな中で、知りたくない知らせを聞かされる。
それは、知らない別室からやってきた、お姉さまが伝える言葉だった。
「お母様」
「どう?身体は動かせそう?」
「はい。問題ありません」その言葉を聞いた時の、とてもうれしそうな表情は、忘れられない。初めて見た、あんなに嬉しそうな顔。いったい誰の事だろう?私はお母様に聞いてみることにした。
「お母様。何の話ですか?」
「リア。本当に良い所に来ましたね。貴方に一人、預けたい人がいるのです。良ければ生活を助けてあげたいのです」
そのフレーズに、私はお母様から聞いた時、最近出産をされていない事を思い出す。
「子供を出産されたのですか?!」
私は、慌てて身体から離れて、無理させて無いか心配だった。
「あなたの、弟です」
うれしそうなお母様の表情を見て、私は断れないことは確実だった。二つ返事で答えてしまった私は、後悔の念に苛まれる事を、私は知らなかった。知らないわけではなかったけど、心の準備は、できていなかった。
しばらく育ったエルフの最年少は、次の子ができたらその子に預けられて、手伝うことになる。私が好きな、お姉ちゃんも、私を育ててくれたようにしてくれたように。体験して、学んで、思い出して頑張ってで、伝っていく。
「連れてきてもらえるかしら?」小さくつぶやくように伝え、また知らない廊下へ向かって歩いてゆく姿を見て、私は聞いた。
「あの部屋、前からありましたか?」
「あれは……前に緊急で拡張したのです。とても、大事な事があったのよ」
うれしそうな瞳は消える事はなく、その瞳に、私が映っていない事も、気が付き始めていた。しばらくして、横たわった男が、少し大きなゆりかごに連れられてやってきた。
それは、普通ではない、異常な光景だった。
「だれ?」私は、つぶやいてはいるものの、わかっていた。耳も長くはない、肌も違う、その男はあの男にそっくりだ。人間だ。内心、人間を嫌いになっていた私は、この男の、人間の世話をすることを、拒もうとしていた。だけど、役割がある。
彼女。お母様は「あなたの弟」と言ったのだ。それはすなわち、私は絶対にかかわることが、確定していた。不気味な事情の、寝たきりの弟は、私の前に連れてこられて引き渡される。
何事もないように、お姉様は下がってゆく。
優しい言葉は、今の私の頭を狂わせそうになる。
「リア。いえ、お願いしますよ、お姉ちゃん」
よくわからなくなった。私はお姉ちゃんを奪った人間が嫌いだった。命も一緒に奪ったあの男を。それでも、私は人間を見ないといけないの。悲壮感が漂ってきていた。
けど、お母様がとてもうれしそうだった幸せそうに、あの時のお姉ちゃんみたいにとても幸せそう。
「わかりました」自分が発した声が自分で、わからなくなっていた。そんな中で、役割を与えられた。
・この男の子は名前がないという事。あだ名は許すが、自ら名乗るまで付ける事は、許されない事。
・今の状態は、何もできないから、必ず手を当てる事。食事も絞って渡す事。
つまり、身の回りを世話する世話役だ。そしてなにより重要なのが、彼が目覚めたら「いの一番に知らせて欲しい」と、言われた事だった。
すぐに役目を果たすため、私は、彼の家を整えるべく、周辺の良い立地の木を探していた。早く見つけて作り始めないと、日が暮れて大変なことになる。初めの仕事だ、しくじれない。
私は、よい所を探し回った。探し回った結果、見つけてしまった。いや、見つけてはいたのだけど、見たくはなかったし、見てはいけないけど、見えてしまった。
そこはまだ空いていた、私のお姉ちゃんの元家。何もないけど、私の記憶が、そこは誰でもない。お姉ちゃんの家だと言い続けている。
日は動き、夜になって手を当てて、空いてる時間に手を当てて。私は、丸二日間動き続けていた。本当は、どうでもいいはずなのに、私は一生懸命だった事は、自分で笑ってしまいそうだった。
頑張った甲斐があってか、弟はきちんと目を開けた。視力があるのに眩しくて目が開けれないと言っていた弟は、次第に回復した。
嫌いな人間の弟。私はつけ放しながらも、彼を監視するように、おもりを続けていた。
私と出会うたびに「リアさん。リアさん」と、その言葉にうんざりしそうになっていた私は、きっとすれていたんだ。
何度も会い、何かと教え、色々と世話をしていく中で、彼の楽しそうな表情が増えてきたことを、私は知ってしまった。
不思議に思い、どうしてかと聞いたら「何時もリアさんがいてくれてうれしい」と、優しい声で近寄ってくる。私は距離を置こうとしても、少しづつ近づいてくる。まるで子供だ。
私は、そんな日々を送りながら、あの日から人間を恨んでいたはずなのに、慣れ親しんできた男を、何時しか私は弟のように思い始めていた。
それを認識した時。私は自分が怖かった「この男は、あの憎んでいる男ではない」そう言い聞かせないとやっていけそうになかった。
日常生活で、突発的な事が起きた。弟が怪我をし、私は、大げさなくらい心配をしていた。急いで駆け寄る程、いつの間にか、私がお姉ちゃんのような口調で、この弟は、実の家族のように親しんだことは、今の私にとって自然の事だった。それは、私の心が、いつの間にか穏やかになっていた事を、伝えていた。
でも、そんな日は続かない。私は私の恨んでいる種族を思い出す。
今日の朝。胸騒ぎが、私を早く目覚めさせる。何時ものようにお母様と、大地に感謝するように祈りを歌い、お姉様に私は弟を連れてお母様の元へ行く。
お母様との食事をし、美味しいものをみんなで分かち合いたく足早に動いていた。この時が、愚かだったんだ。私は、自分の、姉である仮面を忘れ始めていた。
大樹へ戻りながら、聞こえた声。男の受け渡しの声は胸騒ぎを強調する。私は急いで、歩み寄る。
目撃した光景は、槍先が、弟に向けられている。気が狂いそうだった。人間が私の弟を奪おうとしていたのだから。
気が付くと目の前に槍の女がいた。
冷静に会話をしていたようだったが、私は乱れていた。この女を殺せば弟を護れる。私は必死にしがみつきながら奮戦した。
引けない理由が、私を前に進むように足を動かさせる。早くしないと、弟がどこかいくような気がしてならない。そうさせない。
だけどそんな勢いを終わらす、不思議な事が起こっていた。曖昧な返事をしていたのは覚えている。あの、女を見ていたのも覚えている。だけど、弟が、手首をつかんでいる状況だけがわからなかった。
続けるように、目の前で会話をして、歩み寄る弟。その発している言葉を、理解できなかった。
だって、手は離され、彼女について行くと言い出した。どこまでも、人間は私の家族を奪う。私は必死にこらえた。私の弟でさえ、奪う人間を許すことはできなかったからだ。
このままだと、私は、だれかれ構わず刺してしまいそうだった。きっとそれは、皆に嫌われる。お姉ちゃんにも、私が嫌われる。お姉ちゃんを嫌われる事を、私が許せなかった。
消えそうな思いが、私をこの場から下がらした。走り抜け、自分の家についた時、私は声にならない叫びで、泣いていた。どこまでが悲しくて、どこまでが悔しいのか。私は、きっとわからなくなっていた。
ずっと泣いていると、声が聞こえた。今の私を狂わす陽気な声。
「コンコン。入ってるぜ?」振り向くわけにはいかない。私は泣いていたんだ。目だってとてもはれているはず。こんな姿を見せるわけには……入ってるぜ?
自然と後ろに顔は振り向き、その姿を見ていた。今日は二度目の出会い「何ですか?スミ兄様」あの時は気分が良かったけど、今は誰にもこんな姿を、見てほしくなかった。
「いや、泣いてるんじゃないかって思ったら。その通りだった」
ゆっくり歩いてくるその足取りを私は、床を見るように見つめていた視界を、暗くする。暗く、覆いかぶさるように、私を抱いたその大きな胸板が、私の顔を隠す。
「よく頑張ったな」たった一言だったが、私はどこか安心した。今まで、おどけていながらも優しい声が、何時にもまして私の心に入ってくる。
「よくサボってる人に、私の気持ちはわかりません」心にもない言葉を、私は口にしていた。本当はそんなこと言う気なんてないのに、もう我慢できないんだ。自分自身が、我慢をした時間を発散して帳尻を合わすように、口が動く。
「大丈夫。俺は知ってる」
「何も知らない」
「少しは知ってるさ。俺は、世話をしていた妹を、愛すべき妹を好きでいてくれてる。一緒にいる事をよく見ていた俺は」
そうだった、よく忘れるが、この人は私のお姉ちゃんの世話役。こんな人から、少し硬くて、かっこいいお姉ちゃんが、できる事は、今でも信じられないと、私は疑った事が何度もあった。
「お姉ちゃん……私を置いて居ちゃった……」
止まらない私の口は、ずっと隠してた、私の言葉をさらけ出すように、初めての言葉をだす。
「そうか、お前は俺より若いもんな。大変だな。わかるよ、俺は守れなかった側だから」
「……」
「知ってるか?」不思議とつぶやく姿は、昔、何処か思い出すように声色が変わる「妹が死んだと知らされた時。俺は無力なんだなって思ってた。大事にしていた生命は、生物で、生物はいずれ死ぬ。わかってる。でも、そうは言っても割り切れないよな?本当はもっと、自慢の妹は、生きててくれるかもしれないと、俺はずっと心のどこかで、思ってたんだ」
まるで今の自分の性格を否定するような、隠していた内面を綴るようにした言葉は、私の泣きじゃくりを止めていた。
「けど、現実はそうはいかない。居ないんだよ、探しても。当たり前だよな。俺は、その日から、背中を誰かに刺されているような、そんな感覚が抜けない。すごく、生きにくい」
「お兄様?」
「だけどそうじゃない。それだけでは……俺が生きていけないんだ。生物としても、エルフとしても、死んでしまったものにすがるのは、生きてる生物が、自分の弱みを、死んだ者に押し付けてるだけなんだ。だから俺は、俺自身を殺さないように、自分であり続けるように生きることにした」
「自分で……」
「だからさ、せめて自分で誇れるくらいまでにはって、生き始めた。もっとカッコイイ兄でいようとした事もあったが。もうやめた」
私も、私もその人になろうとして、自分を偽り、お姉ちゃんと、周りに対しての憎悪と嫌悪感をまき散らしていた。きっと、本当はそこじゃないとわかっていたのに……。
「やり直せるかな?」
「大丈夫。俺でもできた。最後まで意地を張れる、リアみたいな子は、何時でもできるさ」
かたい胸板に、私の顔を押し付けるように、髪をこすられまくる。きっとどこかかき消したい事があったんだろう。何も言わずその手は早くなり私は唸った。
「応援してるぜ……ハハハ、どうした?せっかくまともな話なのに?なんかあるなら、今聞けるぞ。今も、これからも、俺はお前のお兄様だからな」
「では」と、一言を添えて、私は今の不満を言ってみることにした
「この、このなでなでが、胸の育ちの良いお姉様であったらなと……思いました」
「……お前なぁ」
2人して笑った時、私は元気が出ていたんだと思う。
落ち着いて、式典に呼ばれた。顔がはれてないか心配していたが頑張ることを決めた。けれど、私は、今ここで顔をあげて、私の手から、何処かに離れる弟の顔を見てあげれなかった。
まだ弱い私には、必死に涙を出さないようにする事が、とても辛くて、私は、言えそうな言葉を、必死に探して、絞り出すように伝えた。
「行ってらっしゃい」を、言ってしまえばきっと私、泣いてしまう。そうなったら私は、この子の姉として弱く見えてしまう。そんな覚悟は、まだできてない私には、大きい事だった。
必死にに頑張って、何時もあっているように、ローブを渡す。強がるように、最後まで言葉で感情を出さないように、押し殺す。
「受け取りなさい。あなたが、私を止めた事を、後悔しないように……外は寒い時もあるから、このローブで少しでも和らげなさい」
内心では、少し変わっていた。「止めてもらった事で、後悔しなくてよかった」と、私は言葉の裏に乗せていた。続けて自然にしようと踏ん張っていく。「頑張れ」と心で言いながら私は言いたい「今日あった事を、覚えてる?あなたが言ってくれた言葉がうれしかった」と、心の中で復唱していたことを、私は忘れない。あなたも、忘れないでほしい。
あの時間を、繰り返すことはできないけど「帰ってきたとき。一緒にどこかに行きましょう」この言葉は、この言葉だけは、どうしても私の弟に伝えたかった。
あんなに頑張って、凛々しく見せようとしてたのに、わがままはそれを壊していく。
もう無理みたい。でも、それだけは嫌。頑なにこれでもかと、泣きそうな口から声が出ないように手で押え、役目を終えて足早に逃げ出した。
そこは、誰もいない家主の居ない家。家主は可愛くて、なつっこくって、もう会えない。私の弟の家だ。誰もいない、そしてこれからは、もう帰ってこない弟の居ない空き家になった。
もう来ないのに、いないのに、私は夜を待っていた。ここから出ると、背中を追ってしまいそうだった。気持ちを抑え、この日差しから逃げるように、目をつむった。
◇ ◇ ◇
――――――私は、眠っていた。
白い世界なのに、私の周りには緑が生い茂っていたの。どこからか懐かしい風が吹いてくる夢。細く優しい手つきの手は、頭に載せられ、ゆっくりと私を撫でてくれる。どこからか、本当にいい香りがするの。
私は、膝枕をされていた。あの日、小さかった私は、何時もこうやって誰かに甘えてた。感傷に浸るように、暖かいてのひらを感じる。そう、昔の私は、いつもその温かさに甘えて寝ていたの。
「気持ちよかった~」あんなのもう味わえないんだね。「でも、決めてるから」別れは告げる必要はなかった。
上を向く。膝枕をしてくれていた、消えかけている顔を覗き込むことは幻だ。もうないのだ。私は顔へと手を伸ばした時に、水面に手を付けたように、その影は、波紋に形をにじませるように消えてゆく。
風が変わる。優しい風が、言葉を話してるように聞こえる。自然の声を聴いているような、私はとても、落ちついていた。また別の言葉が聞こえてくる。この言葉を私は、掴むようにその方向へと手を伸ばす。
「行ってくるね」
夢の中で木霊する声。聞き覚えのある声に体が反応するように起きる。目が覚めるとき、頬を伝う水滴を忘れ、泣き顔の私はもういなかった。
一人ぼっちの、寂しい木の中で、私の身体に、朝日がさしていた。それを理解できるくらいには、私のすれた心は落ち着いていた。
あの日この場所で、何時もあの子はどんな気持ちで、此処にいたんだろう。私はちゃんと、私でいられたのか。優しい声が、私の中でまだ響いてる。今の私は、心を縛る言葉を何処かに消すように、言葉を風に乗せる。
「行ってらっしゃい……」誰かの言葉に返すように、誰も返事をしない独り言は、風に消され、風の入り口から声がする。暗い時間を含まない、あの時間。私がここに来たように、私の名前を呼ぶ声は、風に乗ってやってくる――――――