??? ep.1
――――――胸騒ぎだ。静かすぎる日々に、私は胸騒ぎを感じている。
森の中、何時も何時もそこに彼がいた。
「やれるかな」あの時の面々の顔を見ながら、私はこの場の約束を完遂するように、日々を生きている。風になびかれ、過保護のように日々私は見守っている。
穏やかな日常なのに、新月を過ぎてから私の胸騒ぎはひどくなる。あの時の会話が思い出される。
◇ ◇ ◇
――――――「ポチ。体調はどう?」
少し色んな事を経験した私は、少し大人びた声を出すようになっていた。以前の私と違うように、声をかける。久しぶりに会えた時、私はまた100年ほど歳を取っていた。獣の髭は少し緩やかに下がり、以前の若々しい表情はどこか懐かしさを感じる。
「小娘か、耳が遠くなってきておる以外は普通じゃな」
私が歳を取ったように、あなたは歳をとったのね。外見で判断できるほどに、それは大きくて。私は心配になる。大丈夫?私が心配するような声をかけると、あなたは怒る?。
「そろそろ私も役目が増えるから、小娘はやめてもいいわよ?」
あの日のような威勢はもうないが、日々を過ごした思い出の重さを示すように私はお姉さんになる。いらない意地を張るように、日常があるように、私は意地を張り続ける。
「ハッハッハッハ。そうはいくまいて。どこまで行ってもこの年の差は変わることはない」
一言間がおかれ、ゆっくりと重たい口が開くような気がした。
「のぅ?童」
懐かしい言い回し。元気だったころは、そんな言い回しはしなかった。あの時のあなたはもういない。私はそう信じていた。
「何?」
静かな言葉は、撫でることを止めないように待っていた。
「ワシは新月まで持つかのぉ……身体に表立って出ておる。あれであれば、ワシは今からでも死ぬことが、」私は覚悟を先延ばしにしていた。覚悟より、自分のわがままを通すように、言葉を遮った「やめてよ。私はあなた達と、できるだけ長く頑張って、最後にはみんなで仲良く生きていきたいの」
わがままだとわかってる。必要ない事もわかってる。弱みを言うわけじゃない。これは時間稼ぎ。自分が言っている言葉は、わがままで、彼自身が言ってることは、彼の身体の事。私はそれが理解できてはいたはずなのに、わがままを通すほど怖かった。
「小娘よ……」
「私は帰るから。また時間が空いた時に来るから、待っててよ。また来るわ」
やっぱり、あの日。あの時。私はあなたの言葉を聞いていたら、良かったの?
◇ ◇ ◇
現実に戻すように、元気な声は私の部屋周辺で騒ぎ立てている「エルドラ帰ってくるの!?ねぇねぇ!そろそろ帰ってくるの」慌てたように、周りの人が「巫女様。落ち着きを」いつもこの場所に居る事で、退屈している彼女の気持ちも理解できる。
静かに、簾がめくられ日差しを差し込む。基本的に半日眠り続ける私は、この時間は眠っていた。彼女は、それが理解できている。
「ごめんなさい。もしかして起きてたりする?」
「……」
寝付けない頭を起こすように、私は体を起こす「どうしたの。暇なの?」不機嫌な嫌味な声は、跳ねのけるように笑みを浮かべ待っている。不思議と声をかけられた時、起きるべきだと思った。このまま眠ろうと頑張ってもいいのに。不思議……。
「ごめんなさい、何故かあなたの近くにいたいなって思って……へへ。迷惑よね」
目の細い簾を下ろして、そのまま逃げようとする彼女を私は止めようと声を出す。
「良いわ。こっちよ」
2人して、私は布団の中で彼女の顔を見ながら眠りにつこうとしていた。落ち着く。この人が私の落ち着きをくれる。理由はわかる。彼女が大事な理由も私は理解できるけど、こうしてゆっくりできることがうれしかった。
撫でながら、自身の胸騒ぎを抑えるようにゆっくりとしていたが、外が騒がしい。
――――――大変です!!大変ですよ!!森の中すぐ近くで、巨大な影が暴れてこっちに向かってくるかもしれない――――――
それは、私の胸騒ぎを増長させる。寝てもいられない状況に、私は飛び出すように社から飛び降りる。
疲れて歩き始める男。大声でまだ伝えながら、必死に動く男を捉まえる「どんな奴!」急いだ私の口調は、何時もより激しかっただろう「大きな、あのよく眠っている、狼のような」私は必要な言葉が入った、私の身体は走り抜けようとした。村の道を抜け、外へと足を踏み出そうとした時止められた。
「お待ちを!!」
入り口で、準備のできていない数人の男はお供するといった「遅いからいらない」言葉で強く弾くように言い切ると、奏は慌てて被せる「落ち着いて!!!落ち着いて!!!人はいたほうが良いわよ。森は危険でしょ!?そうでしょ!?」常識のある人間の発言が、私の想いを押さえつける。
「そう……言い過ぎたわごめん。けど足の速い人。体力がある人が必要!それ以外いらない」私の言葉を遮るように、目の前の巫女から強い言葉は続く「早くして!」振り向いて「苛立ちが、顔に出てる。大丈夫。大丈夫よ」私の頭に手がのせられ撫でられる。苛立つ気持ちを落ち着くように、撫でる速度に合わせて呼吸する。
巫女の声に、押されて自分の体力を自慢する男が何人も準備している。槍など弓など、もどかしい。早くいきたいのにそうはできない。
私は八名の男を連れて、森をかける。人間の限界を試すような駆け足は、男の弱音を待っていた。深い森の中、獣の住処の森では何時現れてもおかしくはない。置いていけば、その人間は死ぬ。甘えた体力を許さない。自分の体力を信じたものは置いていかれる事はなく進み続ける。誰も出さない弱音を、信頼するように、かすかにする音のほうへと向かう。
誰も、無駄口はかかなかった。熱量をまとった静かな風のように、その音は村の近くへ獣へと向かう。だいぶ向かってきている。初めの男が急いできたとしても、時間はかなりかかっている。私は急ぐしかなかった。
大きな獣が、音をたてる不自然な行動。私は見当がついていた、私の役目を果たす時間。お別れの時間が来た。言葉では覚悟を叫んでいたが、私はそんなものはなかった。
約束という想いのみが、私の足を動かす。あの日、私は約束したのだ、そうならなければ良いなと思いながら。
――――――森の上空を木が舞った。
「止まれ!!」後ろの男の声は、全員の足を止めた。「このまま出て何か起きても危険だ、獣は人間より強い」そう。ただの人間の力では、生身であろうとなかろうと、到底かなわない。
慎重に様子を見るように、その姿を見る。灰色がかった毛並みは、綺麗で撫でればざらざらする。私はそれが好きだった。視線を見て、こちらにゆっくりと近づく姿を見て、男たちは少し離れ弓を構え始める。
音をたて、その足音は近づいてくる中で程よい距離で動き出す。
男たちは、目で合図するように木の陰から弓がかけられた。八人の男の連度はよく、すぐさま次の弓は射かけられ続ける。だが、知っていた。私達はそんなおもちゃでは死なない。
弓矢は、軽く弾かれ地に刺さる。笑うような咆哮はまっすぐこちらに進む。
「クオォォオォオ」
誰もその光景を見て弓を止めはしないが、次第に弓は尽きてゆく。
言葉を失った男たちは、一度間を置いた「槍で行け!!」勇敢な声は前へと進んでゆく。威勢の良い者、恐怖に目を向けない者から順番に、自身の数十倍あるその巨大な獣へと向かう。
おもちゃは毛に弾かれ、ただ体力を失う。力加減をするようにその身体は獣に飛ばされ落ちてゆく。低く、素早く近くの木へとぶつかる行く男たちは、簡単に気を失う。
人数が減るごとに、私の覚悟が迫ってくるようにその場の光景が伝えてゆく。
「やっぱり、もう、甘えれないね」
何時ものように軽い口はもう来ない「クオォオォオ」言葉を聞かないその吠える姿は、私の愚かさを表している「そう。私があなたをそうさせたのね、あの時」あの時、私は逃げずにあなたの言葉を聞き入れれば、最後を決めていたら、そんな姿にはならなかった。その時の私の考えが、逃げなければ、もっと話せたかもしれない。
「ねぇ、もう聴こえないの?私。馬鹿なのかな?」今になって、内面の弱さを喋る私の声に返事はなく、獣は近づいてくる。
私は何気ない話をしながら、時折会える時間が好き。返事の無い友は、意識を保って今もまだ頑張っている。その姿は、そんな時間は「もうないんだ」その事実を教えていた。
「聞いて。私わがままみたい。皆と頑張って最後までなんて、夢みたいなこと言ってきっと……」歩み寄る足は突然止められる。ここにいる人間は倒れている。知らない存在に、すぐに魔法を放とうとした時。その顔は私の手を止めさせる。
不思議な香りに、不思議な感触「あなた……」ポチが言っていた初めて会った時。私を人でない事をわかった時のように、私もその感じる事ができた。周りの色を溶け込むように反射する、白い髪。自分が知っている者ばかりの世界に、その異質さは簡単に感じ取れた。
風が吹き、少年は手を握りしめ「危ないですからぁ、逃げましょう!」とても情けない声を響き渡らせる。必死の形相で、私を見つめ足が震えている。可愛らしい子。この場所に巻き込まれるように、彼は居た。
少年の姿は、この二人の前では解りやすかった。ポチも気が付くように、ゆっくりと歩み寄り始めた。まるで何時ものように笑いながら「クオックオックオックオックオックオ」優しく近づいてくる。続くような鳴き声は、私を悲しくさせていく。きっと、喋ってる。初めて会あえて喜んでいるように。
あの日の空の下で、出会った時から、彼の笑う姿は変わらない。少年は近づかれ、鳴かれる姿に我慢ができないように、槍をもって殴り掛かる。
槍で殴って殴って 殴る姿勢は、きっと私があの時したかった事。殴ってでも、泣いてでも言えばよかった。あの場所で、わがままを言いたかった「死なないで」そんなわがままを、少年の姿に被せるように、ただ私は見つめる。
疲れ果て止まったのか、少年の身体は押し飛ばされた。飛ばされる影は、次を告げる「もういいのね」少年を見つめる狼の目は、どこか嬉しそうにしていた。寂しい事もあるように、その目では伝えていない。私もしないといけない。
足を、前へと踏み出した。
笑った声がいまでも聞こえているよう。額が目の前に降ろされる。手が届く位置。よく私が撫でていた場所。何時ものように、私は友の額を撫でる。一番仲が良い。一番面白くって、一番覚悟の決まっている。私のわがままに気前よくついてきてくれる、あなたが好き。
私は、匂いを嗅ぐようにうずくまっていた。
もう、言葉を話すことはないけれど、もしただ一つ願いが叶うなら「何でもいい。もう一度、あなたの言葉が聞きたい」非常なのを知ってるのに、伝えたい会話が、話がまだあるのに。こんな風に伸ばしておいて、悲しむなんて、私はひどい奴だ。
首が振られ、身体が離される。その意味が理解できないわけがない。
「ごめんね」
手はまっすぐ伸ばす。皮膚も含めて数回と魔法を撃たないといけない。私の最大を出せば一瞬だ。だが、それは今ではない。不文律が私を悩ませる。今ではない。それはこの二人は、望んでいない。
首を振り、謝るように撃ち始める。
毛が飛び散り、泣かないように目を背ける。
毛を何度も飛ばしていくうちに血が見える。言いたい気持ちをのせないように、私は口を紡ぐ。
皮膚が見え、皮膚を少しづつ削り始める。もう少し、もう少しと言う言葉を、考えたくはない。それは本当に最後になってしまう。
皮膚が、裂けはじめ頭蓋骨が見え隠れする。息を整え、前を向く。その光景は、私をぞっとさせた。知っている生物の頭蓋骨を見ながら、その瞳は私を見ている。私を映り込ませる瞳は、今どう見えているの。わからない。
でも、ここまで来たら、止まれない。覚悟はもうあるはずなのに、私は自分で殺すことで、さよならをしないといけない。
約束だ。約束だ。
……けど変だった。首から冷や汗が止まらない。何時ものように笑えなかった。泣いているような感情がある。終わりは何時ものようにできると思っていた。何時ものように、さよならを言うように、もうわからない。頭が変だ、やらないといけない事とわかっていても、もうお別れをしないといけない。
「ワゥ」言葉が私を落ち着かせる。開いた額に、私は手をかざす。
私は、もう信じるようにただ魔法を放った。血が私を色づかせ、私の気持ちは伝えれないまま。目の前の友は、空気が抜けるように、力が抜けてゆく。
私は声を出して泣きながら、友に向かって手を伸ばし抱き着いた。泣こうが喚こうが、謝って戻る事の無い時間を、私は今失った。
しばらくして、エルドラがやってきた。私は頭がどうにかなりそうだった。殺したのは私で、あの時甘えていたのも私。うまくできると思っていた。
みんなが目を覚ましつつあった中で、私は何時もの私に戻らないといけなかった。感情の整理はできてはいないが、奏を心配をさせてはいけない。自分に言い聞かせる。私は討伐するために出た。そして討伐を終えた事を伝るためにただ帰ると。
昼がだいぶ過ぎたころ、村までたどり着いた。私は、何を話していたのか思い出せないが、私は友のあの瞳が、何を言っていたのかずっと気になっていた。
私は、私でいられただろうか?
◇ ◇ ◇
夜、どたどたとした足音が、廊下を走っていた「奏お願いがあるのだけど」その足は止まり私の言葉を聞くようにただ待っていた。
「私が討伐した獣……良ければ供養してあげたいの。それと切れたらでいいのだけど……綺麗な毛も欲しいわ」頼ったことが無くて怖かったけど「わかりました。早朝にお願いして、必ず人を向かわせますね」理由がきかれると思っていた「へへ。大丈夫ですよ~」彼女は私の声を何も聞かないまま、そのまま何処かへ去っていった。
思い出したくないあの時間がまだ私の中にある。寝床につき、寝なければいけないはずなのに、寝れない夜は、私を困らせる。風が吹き重たい足音がまた戻ってきた「お酒をどうぞ~」明るい言葉を残して去っていった。
何も聞かれない事が怖かった。酒を注ぎながら、思い出さないようにとただ嬉しい事を思い出すようにあなたの顔を思い出す。
「ポチ……」
あの時の、笑うような声を思い出すように、ただ一人で呑んでいた。
亡き友へ、わがままに付き合ってくれた友へ向け、
――――――私は夜空に。ただ一人。祈り歌う。