#02 世界※り※※※
白の野草を引き抜いた瞬間、おびただしいほどの血濡れた根が噴き出してくると、蜘蛛の子を散らすよう眼下広がる森へと消えていく。
頂を覆うほどの血の群れに飲まれ、半ば流されるかたちで斜面から乗り出すと、ろくな抵抗もできぬまま、揉みし抱かれるかたちで滑落する。
血と泥にもまれ、ドロドロになってしまった体をなんとか起き上がらせる。
滑落し、傷こそ絶えない体だったが、それすらも手のひらに野草を握りしめているという実感が勝り、押し寄せる安堵が痛みをしのいだ。
不思議な熱を帯びはじめた白の野草。
その仄ほのかなぬくもりをしまい入れ、ひびにまみれたランタンをいそいそと取り換えると、彼女は追われるように後先考えず走りだす。
山林は驚くほどに静かだった。
先ほどの出来事など遠い過去の話だったかのような、物音ひとつない静けさだ。
押し黙った木々の群れを駆け抜け、踏み鳴らしていく間、彼女は何一つとして考えることができなかった。
胸に渦巻く様々な感情一つ一つが鼓動を掻き乱しては、上手く呼吸ができない。
耳にたたきつける心音がとにかくうるさく、思考がうまくまとまらない。
だがそれでも、これだけは断言できた。
これは達成感からくる感情の高ぶりでもなければ、危機感が引き起こす恐怖の揺さぶりでもないのだと。
激情の渦に飲まれたその時、突如山林を巡るつんざく悲鳴が鳴り上がり、溺れた意識が、ようやく視界へと舞い戻る。
荒い息を吐きながら、付近を入念に探る。
一心不乱に走り続け、滅茶苦茶な道筋を辿ってきたはずだった。
だが頭より体が覚えていてくれたのだろう。
道中例の巨木がよく見えた、かの行き道へと自分が迎っていたことに気が付き、たまらず胸を撫で落とす。
しかしそれも束の間、ひどく不安に苛さいなまれた怯え顔を張り付かせると、今しがたおこった凄惨な悲鳴を思い出す。
女の声だった。
大きすぎてどんな声音かまでは聴き取れなかった。
だが何故だか、この叫び声は耳に焼き付いて離れない。
それが、とても、とても近しいものだと心が叫んだのだ。