第三話 選ばれた剣
「なんじゃこりゃーー!!」
おっさんの声が、街1番の高級宿屋の高い天井にこだまする。
そこは技術的にも新しいシーリングライトや、魔法による空調が稼働していて、この国のどこでも、これ以上の生活設備やサービスの行き届いている宿屋は無いと言える。
俺と、この宿の関係も長い、
昔『剣聖』の名を持つ冒険者ともあろうものが、ボロッボロの小汚い宿屋を出入りする姿を、冒険者に夢をみる民衆に見せるわけにはいかない。としてギルドから紹介された。
自分も子供に夢を見せると言われれば、首を縦に振るしか無く、心の中では少し見栄を張ってみたい気持ちもあり、そんなこんなの始まりだったんだが。
辺境の村出身の自分からすれば、合わないと思ってた中心街の生活も存外な、部屋の心地よさに、長年愛用している宿屋だ。
ハイ、上を見て放心状態のまま、現実逃避したくなる気持ちもわかるがそんなことよりも、『剣聖』だ。
その自分の象徴とも言える、スキルの剣聖が何処にもないのだ。
いつもの通り剣を触れば、剣聖のスキルが発動して、身体が軽くなったり、どんな悪い怪我や状態異常でもなくなるはずなのに、
今日は気分が悪かった。それも全部酒のせいだと思い込んでいた。
そしていつも通り、鏡を見ると自分冴えないの顔と、薄い灰色のパネルに名前と生年月日、などなど自分の情報が出てくる、その中でも一番重要なスキルも見えるはず。
それがこの街の普通、それは知っている。
だが名前の横に書かれている、肝心のスキルが、
「無いッ、 亡いッ!、 泣いッー〜!!」
29年間、今までの人生で1番の衝撃だった。
冒険者になるも、モンスターを倒すも、周囲に流されて生きて来た。己が使い手として世界で一番信用していて、いつしか自分の唯一の拠り所になっていたのに。
ヘリウスは、この状況を頭に入れてから、瞬時に事の重大さに気づき、すぐ国政ギルドに連絡した。
カバンの中に入れていた、クリスタルにも見える青緑色の石を、すがる様な顔で取り出し、開口一番に言った、「ヘルプミー」
連絡の向こう側では「あの剣聖が応援を呼んでいる!?」剣聖でも苦戦する強敵が現れた可能性がある、とあらぬ誤解をされたが。
あっちはあっちでパニック、自分もまだ自分のことに驚いているから、会話口でお互いしどろもどろな説明になると。
すぐに話し合いの場を借りて、今日はギルドが貸切になると言うことだった。
「貸し切りにしてますから、出来るだけ早めに来てくださいね。」
口が早い男の声で、一方的に言われると。
「ああ…あの、せめて馬車とか、認識阻害系の魔法をかけてくれませんかッ……ア、もう切れてる。」
とにかく顔は隠して向かいたいと、言い出す前に連絡は途絶えていた。
「…フー、」
ヘリウスは深くため息を吐いて、足の力が抜けた様に床にへたり込んだ。その動作からも分かる通り、顔が死んでいる。
「剣聖のない剣聖なんて、
醤油の無い、お刺身だ。」
ボロいギルドで食べた身近なもので、自分の存在否定までし始めた。
ヘリウスは今からギルドに向かうか、向かわ無いか、そんな目の前にある問題より、かなり根本的なところで迷っていた。
何も背負ってない、自分はもう剣聖じゃ無い、剣聖としての冒険者はもう居ないんだ。
「ちょっと早かったけど、もう…良いんじゃないかな、」
そんな自暴自棄に言ってしまった時、ゆっくりと閉じた瞳の裏に、自分を輝いた目で見てくれる子供の姿が写っていた。
そして、その複数の目が、さっきとは真逆の光もない蔑む目になったのを妄想の中で見た。
そんな姿を想像してしまい、さっきより自分の顔を見られるのが恥ずかしい事だと深く思い込む。
「いや、でもわからない、コレは何かの間違いかもしれない。」
魔法のかかった鏡が壊れてるのかもしれないし、自分の目がおかしいだけかも、しれないし。
そんな自分の都合のいい様に考えれば、まだ小さな希望が見えて来た。
「今は、行くしかない。」
一応は歩き出せたが足が震えて、ドアの前で足が止まった。
でもいつもより姿勢が悪くなっていて、自然と背中に下げた白い鞘が、肘にぶつかる。
いつのまにかかいていた、額の大きな冷や汗も拭かずに、再び街に出た。
「…さぁ行こう、ギルド長とテネスちゃんが待ってる。」
街中をズンズンと歩いている。だがコレは決して自信満々に歩いているから、している足音ではない。
ヘリウスは、下を向きながらキョロキョロと周りを見て、いつもより隠れ路的な、細道を歩いていた。
気が落ち込んで、体に重圧がかかった妄想から、音が実際に聞こえて来るズン⤵︎ズン⤵︎のようだ。
まだ朝だと言うのに、外は薄暗く見えた、
ここは裏路地だから仕方ないとは知っていたが、
裏路地でも二、三人ならすれ違える道幅、
ましてや、ギルドの周りは商店が囲み、その周りを住宅街が囲んでいる。
ギルドに少し近づいた今が一番、人の目に触れる場所なのだ。
「あれ、冒険者さん。」
「え?もしかして、 剣せ」
俺はその声が聞こえた瞬間、背中の剣がもう剣聖の剣では無く、ただの鉄の剣になった事を、知られたくなくて必死に走った。
それでも、剣聖のあった、いつもの早歩き程度の速度しか出なかった。
「俺はいつまでこの、目に耐えなければいけないのか。
剣聖のあった時なら、誰の目にも触れずにギルドに、転移も出来たのに。」
剣聖は、沢山のスキルの集合体なんだ。通常一つのスキルには一つの能力しか宿らない。
だが剣聖は違う、
【ステータス上昇系】ステータスに数値分を加算する事で身体能力、魔力体力や気力など、底上げが可能な物。
【常時発動スキル】ステータスの上昇とは別に特定の技能や技術を上昇させ続けるスキル。 例えば『剣術最大強化』
【技スキル】その通り、技が備わっているスキル。 例えば『ウォークライ改改』
【特殊スキル】特定の条件で発動するスキル。 例えば『背水の殺陣』などなど、
その全部が俺を守ってくれた、そして俺が守りたいと思ったら、絶大な力になってもくれた。
それなのに俺は、
そんなことを考えながら走っていると、白い建物、国政ギルドが見えて来た。
珍しく中は静かそうだったが、その前には、何故ギルドが静かなのか、疑問を浮かべる、人だかりがある。
だからヘリウスは、ギルドの裏口から入っていった。
中に入ると、書類を持った受付嬢や、いつも書類と向き合って、ハンコを押してるだけで偉そうにしている人間も、走り回って連絡を取っていた。
そんなギルド内を横目に、指定の通り3階の個室に向かい、一個だけ置かれた椅子の前の前まで行くと。
すぐに頑丈そうな鍵が閉められて、この部屋には自分を含めた三人がいた。
アキレス東ギルド長のカイナ・ブレイブルと、アキレスNo. 1受付嬢兼、国政ギルド調査員テネス・アンカーバイン。
そしてヘリウス。
木製の椅子にちょこんと座った。
「では、今回の件詳しく説明してもらえるかな、剣聖のヘリウスさん。テネス君書記を頼むよ。」
「…はい、」
それからと言うもの、女の子にまで君付けで呼ぶほど、厳格なギルド長から、
仕事に対する熱意が高すぎて、周りが圧力に感じてしまうタイプのため、今はお互いに胃を痛める要因にしかならないのだが。
冒険者として今は休暇を取っている事になっている、今やギルド全体でその埋め合わせを考えてる最中だと、
そしてコレからのことを、早口で二人から、いっぱい話されたけど、目がまわる様な感覚に襲われて、わからないもう記憶が曖昧だ。
気がつくと、ギルドを出ていた。
掠れる意識の中で最後に聞いたのは、テネスちゃんが、カイナギルド長を納めて、俺を庇ってくれた姿だった。
「分からなかった。」
人は身近なものを、無くしてから大事なものだったと気づくと言うが、自分は曲がりなりにも考えていると思っていた。
「俺には本当に力があるのか?本当に必要とされているのは、この剣聖なんじゃないか。」
考えてはいたけど浅かった、ただ頭の中で考えて来た絶望と、現実で自分のみに起きる一つの挫折が、こんなに大きいなんて、そしてこんなに落ち込むなんて、想像出来なかった。
力が無ければ、守れる存在でもない
俺はもう皆んなの…
顔を隠すことも忘れて、帰る途中突然、前を歩いていたおばあちゃんから。
「昨日は荷物を持ってくれてありがとうね。」と声をかけられた。
「いやいや全然、それにもう俺は、」
言い漏らしかけた時、おばあちゃんの小さい声が、隣に聞こえて、さらには、また隣に、また隣に、と聞こえていって。
次第に、窓から身を乗り出して来る人や、街の住人から、
「「剣聖だー!!」」
「剣聖のお通りだ!!」
とまるで英雄みたいな扱いをされる。
それをされるほど、期待で背中が重くて、
ヘリウスは剣がいつもより重く感じた。
大きな声がさらに大きな声を呼ぶ。
「あり…がとうみんなじゃあね…」
(止めてくれ…!もう俺は剣聖じゃないんだー!!)
心の中では、今すぐにでも逃げ出したい欲求を抑えて、平常心を保ち街中を扇動するようにゆっくりと歩いて、宿まで帰っていった。
不自然な笑顔を貼り付けていたが、空は急に曇ってきて、まるでヘリウスの深い心情を映しているようだった。
0=[スキル《剣聖》は亡くなった。〉
この作品は、私の気分次第ではあるが、
まだまだ続く。
(タイトルの形密かなこだわりなんですけど、気付けた人はいるのかな。( ^ω^ )ワクワク)
ご愛読ありがとうございます。
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