表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二話 『剣聖の一撃』


 森の中からまだ顔を出したての青い新芽が早朝の涼しい風でそよそよと揺れていた。

そして突然、新芽の茎が折れんばかりに大きく揺れる。


その少し上、新芽に尻尾が当たるギリギリを飛んでいるドラゴン。鱗を閉じて滑らかになった体で飛んでいる姿が美しくて、優雅な飛行に見えたが、

そのすぐ後ろを猛追する、日の明かりに照らされて金色に輝く光が。



ドラゴンのあの巨体と比べて小さい翼で自由に空を飛べるのは、空気を掴むため一本一本が強靭な筋繊維が詰まっているからだ。

そして今、その太い翼の付け根を突如、

金色の刃が襲う。



ゴオォォォーー!!


ドラゴンの気道を通る声は、二階建ての家の一階まで突き抜けて刺さっているような煙突に、強い風が当たったりする、風が吹き荒れるような、生物としてまず規格外の音量だった。


でもその声は無機質なのに、聞いているだけで憂鬱な気分になれるくらい。人間によく似た恨み辛みの負の感情が混じっていた。


「お前は人里を踏み荒らしたモンスターだ。どれだけ呼んでも仲間は、もう来ないぞ。」


たった今一太刀を当てた、大剣をドラゴンの顔目掛けて向ける。

そのまま騎士道の名乗り風に、ドラゴンに説を解くヘリウスは、また平然と空に立っていた。



人間が何も使わずに、空を飛ぶことなどできない種族のはず。

それが長い年月をかけて進化をした結果、モンスターの中でも間違いない最強種であり、空の王者にもなったドラゴンよりも速い速度で空を駆けて、翼に切り傷をつけたのだ。


この一瞬だけで、ヘリウスの動きは史実として書くことができないほど、ありえない事の連続だ。


剣聖は、全身から金色のオーラが噴き出していた。それは近くにいるだけで肌を刺す威圧感がある、形を持つ程の戦意でもあり、剣聖スキルの一部でもあった。


【剣聖の戦意オーラ

全身や武器武具に纏わせるだけで、それは

どんな盾よりも硬くなり、そのおかげで攻撃力も上がる。



そして、オーラを手で触れて別のものと同調させると、例えどんな大岩でも重さを感じないほど軽く、腕を振るだけで動かすことができる様になる。


この動きもそれの応用だ。全身に剣聖のオーラを纏い、自分の腕で、自分の体をひょいっと摘んで持ち上げる感覚でヘリウスは、空を自在に飛んでいる。


ヘリウスの激しい炎の様に渦巻く闘気と、芯を刺すような忠告を聞いてから、ドラゴンは一気に逃亡の後姿から、

命を賭した全身全霊の攻撃態勢に変わった。


それは、この状況よりも少し前、街に突然ドラゴンが四体現れ、有ろうことかしていると緊急のクエストがあり、

それを受けたヘリウスが、戦闘に入った。

すぐに街を救い、三体のドラゴンは討伐済みだった。


今、目の前のいるのは、その戦闘で他の三体のドラゴンが白目になりながら連携をとって、一体を逃がすために、三体が特攻を仕掛けてきて逃した、その一体だ。


このクエストはしばらくの間、内容があまりに不自然で誰も受けようとしなかった。

通常ドラゴンが高位の同位体で徒党を組むことなどないはずだが、それ以上にドラゴンは聡く、波の冒険者では歯が立たないほど強い。モノによっては魔法を使う奴もいる。


その複雑で難題なクエストに引かれて、受けたのが冒険者の切り札、剣聖だった。


戦闘体制に入ったドラゴンは、全身の魔力の流れが変わり、翼に回してた力が、体の方に廻る。そしてドラゴンの鱗が怪しく光る。


「コレがドラゴンの鱗鎧か、流石に硬そうだな。」


その瞬間、空気が切り裂かれる音が聞こえた。

それはドラゴンの爪の一撃、力がこもった、竜の全力。


顔を狙った爪がヘリウスに到達して、全身を粉砕するまで、

あと、2メートル。


体を倒しながら剣を振れば届く距離だ、と時が止まったかのような、一瞬の肉薄の時間で考えていればあれよと、爪はもう手を伸ばすだけで触れる距離にある。


ヘリウスにまだ動きはない。


目の前まで迫る爪、それは薄い赤色に守られていて、竜の鱗と同じ怪しい光を放っている。空中で、ヘリウスと爪の間に入っただけの葉っぱが容易に切れるのが見える。


10センチ

5センチ

1センチ


1ミリ。


カァアン


剣の刀身と竜の爪が当たる金属音の様な鋭い音が鳴り、ぶつかり合う力に耐えられず、圧倒的な熱量の白煙が舞い上がる。



数秒の沈黙の中、煙が切られた様に晴れて、そこには。

「他の三体が逃した割には、お前が特段強いってこともなさそうだな。」


無傷のヘリウスが立っていた。


そう、一回のまばたきが何十秒にも感じるこの速度の中で、

あの時、ヘリウスの剣を持つ手に僅かに力が入り、剣が跳ね上がった。指先でペンを回す様に剣を操り、横凪の爪に合わせて守っていたのだ。


ギリギリリリ、


そしてヘリウスの剣の柄を持って、剣を動かした時に入れた、指の力だけで竜の爪を跳ね返した。


一瞬火花が散るほどの力のぶつかり合いに、爪は耐えられず勝手に崩壊した一方、剣は何の傷も付いていない。


流石のドラゴンもあんぐりと開けた口、目もポカンと呆けている。


竜もそんな顔をするんだなと、ヘリウスも思ったが、冒険者としての感が、違うとすぐに否定する。

一瞬、ドラゴンの口の中で、圧縮された魔力が見えた。



さっきの攻撃と同じ、いやそれも違う、

さっきとは比べ物にならない圧倒的な魔力量、濃度を増すごとに明度が上がって行く、魔法特有の光。


ドラゴンが炎を吐こうと溜めていることがわかる。


「森が全焼しそうな熱量だな。残念だがそれは撃たせられないッ」

スッと重心を落とした、攻撃の構えになる。


一度は崩した臨戦体制を再び取った目の前の人間を見て、炎が色を変える。

燃え移りやすい赤い炎、温度の高い青い炎、が混じった魔力光の強い白色の炎。



放たれる先は、ヘリウス。





腰下で構えた大剣が光を増す、両刃の後方から青白い炎を噴射して。肉体が何重にも重なって見えるほどヘリウスがブレる。


一撃で、ドラゴンの全身から灼熱の血液が噴き出す。剣撃の余波でドラゴンの背後にあった木々が幾つも幾つも倒れる。


消えた様に見えた剣聖は、もう竜の背後にいた。剣を鞘にしまい。


口内にあった炎の塊も斬り、街で暴れていた竜は全員倒れた。


「コレで脅威は去った。」

そう言ってオーラを解き上空から飛び降りるヘリウス、その背後にはさっきまで大きな雲が《《いた》》はずだ。



雲も、空気も、僅かに残る炎や温度すらも、剣先にある全てが一片のずれも無く、綺麗に割かれていた。


いや、剣聖の一撃によって、空が斬られていた。




 街頭の多い町中も、薄暗くなってきた夜。

寂れた町の外れにある薄汚いギルド、今さっきクエストを受けた場所に、クエスト完遂の確認と、竜の識別のため一部を持ち帰った。

剣聖の筋力なら、竜の全身を物理的に持ち帰ることもできたが、そうはしなかった。

竜の他の部位は、金銭的にも重要な物だから、今頃竜に壊された街の住人が復興にでも使っていることだろう。


受付で2枚の書類を通して、指定された区画の林の伐採と、竜についた指名手配の報酬金をもらったが。

いつも依頼をされた場合、国や地方から剣聖の活動による特別金をもらっている自分からすれば、

今回のクエストの報酬金は、ほんの少しのはした金だった。

だから、


国政のギルドとは違い、冒険者は荒くれの様な姿が多く、ギルド内で酒を飲んでいる者もいる。それと彼らは警戒していた。


初めて見る、剣聖に。

多くの国が支持し、国民から祭り上げられる者、それも歓迎するのは遠くの人間。

羨望の逆があるとすれば、嫉妬か疑いだ。


力がある事はわかっているが、名声が邪魔をして実態を見ていない者からすれば、正体は判らない。


果たしてコイツは敵になり得るのか、

そんないつもとは違う、熱い視線で見られ、ふとやりたくなって。


その金を全部、ヘリウスは冒険者達に振り返って、金貨三枚と銀貨が八枚をテーブルにバンッと置いて。

「ドラゴン退治で気分がいい、今夜は俺の奢りだ!好きに飲んでくれ!」


どんよりとしたギルド内の雰囲気が消え、

鋭い警戒をする俺を見る目が、嘘の様に変わり、明るい顔になった。


深夜なのに、ドアの隙間から光が溢れ、愉快な音楽が流れる。ギルドの中で、

俺は荒くれハゲ達に、肩を組み合い美味い酒を勧められて、酒を浴びるように飲んだ。


その日の早朝、酔っ払いながらやっと宿屋に帰れたと思うと、前面からベットに倒れ込んだ。


記憶も曖昧だが、その日のことを思い出すとふと、こんな寝言を言っていた気がする。


『こんな日がまた明日も来ればいいなぁ。』


それがもうコレからあり得ない、本当の意味での寝言だとは思わなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ